06
あのアダルトコーナーに入り浸ってから早一週間。
あれから一度も彼女に会っていない。あのときの後姿が、どうしても頭から離れない。アダルトコーナーに訪れようが、あの女優が出演してるAVの前に立ってみようが、彼女は現れない。
彼女は今どこで何をしているのだろう。一体何をしているのか……。
高校生? フリーター?
それとも、何もしていないという可能性もある……。何にせよ、おれは彼女について何も知らない。
「大和くーん!」
エネルギーのある声がおれを呼んだ。
「お客さんきてるから、はやく!」
店主の緑さんに言われて、ほとんど反射的に身体が動いた。全く潜めることのない声量がさらにおれを焦らす。
一瞬、カウンターにいる緑さんと目が合って、顔だけ笑っていることに気づく。おそらく二十代後半と思しき女性の怒りは、思ったよりも簡単に顕わになるものだと知った。
「あ、はい!」
抱えていた銀色に照るトレイが、一瞬眩しくて、ぼんやりとする。
店の入り口で、じれったそうに客が待っていた。制服の上にエプロンを着たおれを、老紳士が一瞥した。
「お待たせしました。こちらの席へどうぞ」
そういうと、老紳士は、「どうも」と聞こえるような、とくぐもった声を出した。席につくやいなや老紳士は、「コーヒー」と注文をした。
あまりにも暗すぎてどれだけのっぺりした顔にも影をつくるほどの照明。つい漏らしてしまった程度の音量のジャズ。いかにも良い香りのコーヒーが出てきそうな演出をしている喫茶店なのに、そういえばこの店のコーヒーはさほどオーダーが入らない。この店のコーヒーが不味いのかもしれないし、単に喫茶店とはそういうものなのかもしれない。そして、それを理解するほどにはまだおれは若すぎるのかもしれない。
「緑さん、コーヒー、オーダーです」
「うぃ」
いつも通り気の抜けた返事だと思ったが、違った。鋭くおれのことを睨んでいる。
「そんな目でみないでくださいよ……。ちょっと、ぼうっとしちゃっただけですよ……」
「大和くん、なんかあったでしょ」
ぬうんっと顔を突き出して、おれの目をとらえて離さない。コーヒー、オーダー入ってますよ、と言いかけたが、ここは喉の奥へと飲み込んでおく。
「いや、別に」
「言わないと、今日の賄い抜くよ」
それって重大な違反なんじゃないか。でも、賄いって法律で保障されているんだっけ。されていないんだっけ。
「どうせ女の子絡みでしょ。いいなぁ。いいなぁ。若いなぁ。私ももう十年若ければなぁ」
やはり、二十代後半という読みはあたっているようだ。
「で、なんなのよ。何があったの」
「んー、いやぁ」
「なに。ベッドの下に隠してあったAVを彼女にみられた?」
「ちょっ……」
さきほどの老紳士がこちらを見つめている。その意味は、おれたちの会話に注意をひかれたためなのか、もしくはコーヒーはまだかという催促のためなのか。
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