26

「私は一体なにをして生きてるんだろう」

 次第に、千秋の声も震えていく、おれの震え方とは近そうでほど遠い。涙声の言葉は、千秋を誰だかわからなくしていく。

 そうだ。君は誰なんだ。何を持っていたんだ。何がここまでおれを期待させたんだ。君に何の能力があったんだ。

 片方の胸が、ない。片方だけが、乳?

 セックスどうやってやんのかな。男みてぇ、とか思うのかな。ちゃんと興奮できるのかな。そんな乳で。そんな乳で。それが乳? それがおっぱい? それが女のおっぱいの姿?

 じゃあ、どんな乳がよかったんだ。あのAVに出てくるようなやつか。どれがいいんだ。なに選ぼうとしてんだ。そんなことしらねぇよ。わかんねぇよ。そんな基本的な部分が、ある、ない、なんて、おれはさ、考えたことねぇよ。

「おれの前でさ、AVさんざん見て、挑発でもしてんのかなって思ってた」

 辛辣だった。おれの言葉は、千秋のことを殺そうとしているんじゃないか。

「なにそれ。ねぇ、わたしの気持ちわかるの? わかってくれると思ったんだけど。私、女の子なんだよ。ちゃんと、わかってくれてるの?」

 瞬間、瑠衣さんの胸を思い出した。

 なぜ、こんなにも攻撃をしたくなる。なぜ、無防備な人間をいじめたくなる。なぜ、いちいち苦しめたくなる。この後に、無残な結末がやってくるのを感じることができるくせに。

「ああ、もう片方もなかったら、ありえないところだった」

「……」

 千秋の目には涙がたまっているのだろう。あくまで、憶測だ。いまは千秋のことを見られそうにない。

 そうだ、もっと泣いてしまえ。千秋はそうやって、愛されるために生まれてきた。おれと同じように、虐げられるんだ。

「ありえないよね……」

 ああ、ああ。普通に泣いている。千秋は両手で顔を覆い、ごくごく普通に泣いている。千秋は普通だった。じゃあ、胸の代償はなんなんだ。いや、なんでここまで損得勘定なんだ。

 朝方の、夏の終わりの虫は儚く鳴いている。もうすぐお前たちのいのちは終わりだ。季節とともに消えていく。おれたちは秋へと向かっていく。お前たちはいなくなっていく。しかし、おれたちは消えてしまうことはできない。おれたちにとって、ありえないことが起こってしまっても。

 理想を抱いていた。

 たかだか一人の人間のおれは、何かに引き込まれ、恋か、憧れか、あるいは復讐か、それとも克服か、よくわからないものに近づいていた。欠陥的だと思う部分だって、好きになれる。そりゃそうだ。おれだって、欠陥だらけだ。自分がそんな存在だなんて、そんなこと誰だって知っている。

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