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 千秋はパッケージを戻すと、また他の作品へと視線を移した。もうはっきり、獲物がきまっているようで、これは違う、これは違う、とぶつぶつと言っている。かわいい横顔がAVに向かっている。何度見ても、ありえない。

「これは、いわゆる人妻もの。この女優が、一番役にハマってた気がする。どっかで知り合った大学生を誘惑するの。どこだっけな。忘れた。どこでもいいや。とにかく、それで、旦那さんのいない平日の昼間に部屋に呼び込むの。でね、色々な体位を試すんだ。その大学生は若いからって理由で、何度も何度もセックスできちゃうの。ほんとに若いってだけであんなにできるのかな。まぁ、事実はどうでもいいや。作り物だし。それで、昼間っからやりまくった後、夕方ごろには旦那さんが帰ってきちゃう。そのときの、この人の表情、めちゃくちゃリアルだった。ほんとに、プライベートでこんなことやってるんじゃないかって思った。それで、大学生をクローゼットに隠すんだけど、結局バレちゃう。旦那さんは怒っちゃって、この人を犯すんだ。大学生が見ている前で。しかも、散々犯した後は、大学生に同じことやれっていうの。自分の見ている前でね。また、この人、新しい表情するんだけど、それがこなれてて。不思議だった。全部経験済みみたいな表情でね。引き出しが多すぎて、めちゃくちゃおもしろかったよ」

 なんでだろう。やたらと語りに具体性がある。おれなんかよりも、はるかに見まくっているのだろうか。そもそも、なんでそこまで内容を把握しているんだ。

 もしかして、借りたのだろうか。いや、借りられるはずがない。年齢が年齢だ。

 おれが「どうやって借りたの?」と訊くと、「ネットでダイジェスト版」を見たと答えた。

 千秋はどんなふうに自分の性を処理するのだろうと想像した。

 緑さんは「女の子もそういうことに興味がある」といっていた。緑さんが、そういうことに興味があるっていうなら、まだわかる。あの人も、休日にはセックスとかしているんだろうな。想像はしたくはないけれど、容易に想像はできる。

 だけど、千秋は……。想像ができない。似合わない。その身体に男が覆いかぶさっているなんて。それに、千秋が一人でしている姿。この華奢な手が、両足のあいだに伸びている姿は、違和感しか、ない。

「なぁ、こういうのみて興奮するの?」

 その横顔に訊く。

「え?」

 いくつかの間が生まれた。

 しまった。これは失敗したときにうまれる間だ。気まずいタイプのやつ。

「いや、その、なんでもない……」

 千秋の息を吸い込む音が、きこえた。それが大きかったのか、おれの耳が研ぎ澄まされているのかはわからなかった。

「興奮はしないよ」

「しないの?」

「うん」

「じゃあ、なんでみてるの?」

 千秋は女優の右胸に、人差し指を置いた。小さな指は、大ぶりな胸を全く覆うことができないでいる。

「この人、私の母親だから」

 緊縛されている女優はずっと千秋を見ていた。濡れている前髪の隙間で、演技なのかわからない鋭い眼が光っている。千秋は右胸に置いていた指を、這うようにしてスライドさせた。女優の顔にたどり着く。千秋の指が食べられてしまいそうだ。

 この人が、千秋の親だなんて、まさか。

「嘘だろ」

 おれは笑ってみた。すぐに必要なのが笑いではないことに気づいた。

「ほんとうなんだ。私が生まれたころから、なぜかずっと母親なの」

 この女優の顔と、千秋の顔を見比べてみた。顔全体と捉えると、そこまで似ているようには思えない。だけど、顔の個々のパーツを見ていくと、たとえば二重の幅とか、鼻先の少しとんがった形が似ている気がしてきた。

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