15

 おれは予定通りに八時にはバイトから上がり、座り疲れたのか店の前でたたずんでいた千秋に声をかけた。

 外は雨が降っていた。まだ降り始めの雨らしかった。これから強くなるかもしれないと千秋は言った。

 夜になったのに、ずっと光の中にある街の風景は、いつもより青かった。出来立ての水たまりをよけたが、よけた先にも水たまりがあって、おれはスニーカーを濡らした。

 千秋はそれを見て笑い、おれは街灯の明かりが強すぎて気をとられたと言い訳をした。こっちからいこう、と千秋がおれの手をひいた。千秋の選ぶ道には、水たまりが全然なかった。

 ふと瑠衣さんのことを思い出していた。こんなふうに、一緒に街を歩いたことがあった。そんなことを数度繰り返したのちに、おれたちはベッドで一緒に眠るようになった。大概は瑠衣さんの家だった。

 親は何日も帰ってきていないと瑠衣さんは言った。そして、何度目かの夜に、瑠衣さんは爆発したように、おれに覆いかぶさってきた。

 アダルトコーナーに入る直前に、自分が制服であることに気づいた。

 これは大丈夫なのか?

 もう十八歳ですけど? という顔で入れば問題ないのか?

 それとも、高校生は問答無用でアウトなのか?

 うろたえていると、千秋がおれの背中を押した。幕の向こう側には、大柄のおじさんがいて、おれは頭からぶつかってしまった。汗臭い肉に、容易く頭が食い込んでいく感じがした。おじさんは、おれのことを一瞥したが、その後、しばらく千秋をじっと見ていた。

 ああ、そうだった。おれが制服を着ていることよりもずっと、女の子がアダルトコーナーにいることのほうが異常なんだ。だから、ついてきてほしかったのかな。

 アダルトコーナーに入ると、途端に千秋の動きが鈍くなった。まるではじめて入ったみたいな顔をしている。

「千秋は何か好きな作品はあるの?」

 おれは知っていた。ここで千秋を見たとき、一度目も二度目も、千秋は同じパッケージを手に取っていた。もう、相当な熟年の女優を気に入っている様子だった。

 千秋はあっち、と指をさした。やはり、あの女優がいるコーナーだ。

 おれたちは女優の前に立つと、何をするわけもなく、ただ上から順番にパッケージを眺めていた。どれをとっても、とにかくエロい。いろいろな格好のエロが、一度に視界に入ってくるというのは、アダルトコーナーでないと味わえない。

 千秋はその中から緊縛された女優が、床を這っている作品を手に取った。タイトルは『お縄と奴隷妻』らしい。

「ああ、これこれ。この作品を描きたい」

 なるほど、モデルを探していたのか……?

 それにしても、美少女がAVを片手にはにかんでいるなんて、これはこれでちょっとだけ興奮するものがある。いや、でも、本当はそんなもの手に取ってほしくないのだけれど。

「その人知ってるの?」

「うん」

「もしかして、そのAV見たことある?」

「あるよ。確か、旦那さんがずうっとトイレにいかせてくれないの。いつまでたっても我慢させられるから、この人、途中で漏らしちゃうんだ。漏らしちゃったのは路上だったな……。どうやって外で撮影したんだろうね。人の目があるのにね。そういや、アスファルトがさらに黒くなってさ、排水溝に向かって流れてた。映像だから、においなんてないのにね、わたし、あのとき鼻がツンとした。空気が全部おしっこみたいな味がした」

 気持ち悪いくらいよく喋る。頭の中で再生される映像を伝えるのに、口の動きが全然ついていけていない。千秋の言葉と千秋の身体が、同一であるとは思えない。あらためて、嘘みたいな光景だと思う。

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