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他方で、本棚、パソコン、つくえ、ベッドがこぢんまりと半分の空間に収まっている。すべての家具が白っぽい部屋は、何度も洗剤で漂白されているような印象を受けた。一片の汚れも許さないような、徹底的な管理のもとで。
「ごめん、緑茶しかなかった。外になにか買いにいく?」
「いや、いいよ、緑茶で。ありがとう」
千秋からコップを受け取ると、自分のぶんしかないことに気づいた。
「あれ。千秋、飲まないの」
「いいよ。のどかわいてないんだ」
もしかしたら、いまおれが持っている分で、この家の飲み物は最後なのかもしれないと思った。一度、そう考えてしまうと、素直に飲めなくなってしまった。
千秋がパソコンの電源をつけると、重い産声をあげながら、のっそり、のっそりと画面が立ち上がった。よく見ると、古い型のパソコンだ。最近では珍しい、箱の形をしたパソコン。
「私、普段このサイト見てる」
千秋が、ほら、といっておれに紹介してきた。青光りしている画面をのぞくと、見覚えのあるAVのサイトが広がっていた。
「ああ、おれもよくみるよ。このサイト」
男女でこんなものを目の前にしていると、平然としていられなくて、つい視線を別の場所にやりたくなる。それでも、千秋はじっとこちらを見つめてくるから、おれは「見よう」と呟いた。
どちらかの喉が、高く鳴った。
緊張が押し寄せる。誰かとAVを見るなんてはじめてだ。しかも、女の子と一緒に見るなんて!
どうしてこうなったんだっけ?
と、思い起こしてみるが、頭がもう回らない。緊張が余裕で勝ち、脳のすべてを支配する。心臓が高鳴り、全身が熱く燃える。
暗い部屋に、青光りの画面がひとつ。その中で、快楽のままに叫ぶ女優の声が、あまりにも俺を興奮させるから、最近では感じることのなくなっていた懐かしい欲望が、千秋にこつんとぶつかる。結局、この感情は恋とは違う気がする。しかし、おれは目の前の彼女に、どうしようもなく触れたくなってしまっている。
無防備に静止している千秋にそっと近づく。細い髪が散る首元を焦がしてしまうのではないかと思っていた時、千秋が小さく言った。
「見てこれ」
欲望に満ちたおれの手が、フローリングの床で滑った。いつの間にか、ものすごく汗をかいていた。
「なんだよ」
「こんなにも、胸が揺れてる。両方の胸がさ、不思議なくらい。ほら」
千秋が指さした画面越しの女優の立派な乳房が、確かに暴れん坊になっていた。クライマックスが近いのだろう、より激しく上下に揺れている。それをみて、ああ、なぜかなつかしいなとおれは感じた。
しかし、この女優は千秋の母親、のはずだ。千秋は自分の親のこんな姿を見たいだなんて、一体なにを考えているのだろう。
「こんなん普通だろ。こんなもんじゃん」
「大和もよく見てよ。なんだか不思議と思わない?」
「何が?」
「こんなにも、激しく揺れてさ……」
「だから、胸は揺れて当然じゃない……?」
「まぁ、そうだよね」
おれがこんな態度をとってしまうのは、千秋のことを残念に思っているからだ。もっと純粋に、無垢にエロを嗜んでくれたら、なんとなく救われる気持ちになれるのに。なのに、千秋の行動や発言ときたら、期待を大きくはずしてばかりだ。
とはいえ、自分の親に興奮されても困るけれど。
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