20
「おわった……」
「おわったね」
いままさに果てた、女優の色っぽい顔は、よく見ればなかなかのおばさんだった。
千秋の瞳。大きな瞳の中に、AVが小さく映っている。こんなにまあるい飴玉なのに、酸っぱいだけの女の身体を吸い込んでいる。
「どうする?」
千秋が、おれに訊く。
「どうするって?」
「まだまだ他の作品も見られるよ。まだ足りないんじゃない」
にやにやとおれに訊く。正直、もういいかなって思ってしまっている。
「なんかさぁ」
「うん」
「懐かしいなぁ。昔、こうやってお母さんと一緒に見たよ。十年くらい前かな。あれ以来」
いや、どんな親子なんだ。
「そういえばお母さん、いま大和が座ってる場所に座ってた」
「うええええ!」
おれはびっくりして、立ち上がってしまった。このエロい体がここに鎮座していたと思うと、自分の身体がこの場で溶けてしまうような思いがした。また、少し息があがっている、しかし、興奮じゃないと思う。怖い類いの興奮だ。
それなのに、千秋のテンションはずっと変わらない。悶々としているわけではなく、何かを考えているような、そんな背中。
少なくとも、もう熟女はいい。できれば、もっとこう、若い女優の作品がみたい。
おれは千秋の隣に座ると、マウスをバツ印まで持っていき、素早くクリックした。画面が平凡な世界へと切り替わった。
「ちょっと、なんで消したの」
「もっと若い人のやつ見ようよ」
「だめ、さっきの人にしよう。あの人を見続けるの」
千秋がおれの手を掴み、また可愛げのある瞳でおれを睨みつける。
なんだか心ごと圧迫された気分だ。正直、可愛いと思う。でも、離せ、離せよ……。
「どれだけ熟女好きなんだよ」
「だから、そういう風に私はこれを見てるわけじゃないの」
じゃあ、母親をそんなに見続ける理由はなんなんだよ。決して明言はしないけれど、それが気になって仕方がないんだ。それとも、実はエロ目的でこれを見ているのか。だったらなおさら意味がわからない。本当に、どういった角度でこれをみてるんだ。
千秋がまたマウスを素早く動かすと、また同じ女優があえぎはじめた。女はまだ服を着たままの時に戻っている。
最初からの再生ですか。またこの人ですか。ずっと同じ人ばかりじゃないか。
「飽きない?」
「飽きない」
そうかよ。
もはや、この部屋は千秋と熟女の部屋になってしまった。居場所がない。そして、中途半端に悶々とする。行き場を失った欲望が暴れだしそう。
目の前には、女の子がいる。ちょっと変わっているとはいえ、女の子がいる。そしておれは男なのだ。気持ちが暴発するのは必然性があるんじゃないか? もしかしたら、千秋もそれを承知の上で? そうであるなら、手を出さないというのは失礼にあたるんじゃないのか?
いや、でも落ち着け。短絡的になってはいけない。
――昔の自分の様子を思い出す。千秋に手を出している自分の姿と、あの時おれに襲い掛かってきた彼女の姿が重なる。だめだ、だめだ、いやだ、いやだ。あんな姿にはなりたくない。自分がそうなることは許せない。いやだ、いやだ――
身体が急激に冷え、景色が白んでいくように思えた。それはおれの主観だけでなく、本当に空が白んできていた。点々と輝いてた星は姿を雲に潜め、強くなる風は雨の到来を思わせた。
窓から吹き込む風が直接俺たちにあたるせいで、部屋の寂しさがどんよりと伝わる。
だめだ、もう心身が寒い。
「ねぇ、窓閉めていい?」
「だめ。もうちょっと待ってて。まだ部屋の換気をしたいんだ」
地べたに座っていたせいか腰が痛い。身体に力を入れて、姿勢をかえながら座り直す。千秋の小さな背中がぐっと近くなる。すぐに触れる。手を伸ばすだけで、おれは新しく生まれる気がしている。
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