21

 結局、おれたちは五度も同じ女優のAVを見た。もう何回も果てた顔を見せた女優が、一度目や二度目と比較して、ぐったりしている気がした。

 千秋はふわあと欠伸をして、傍らのベッドに横になった。

「うーん。眠くなっちゃった。もういい、私寝るね。あとは勝手に見てていいよ」

 なんて自由な女の子なんだ。

 ていうか、おれも眠くなってきた。もうすごく長い時間、今日の夜を過ごしたと思う。そう思うものの、まだ朝日は昇らず、部屋は薄暗いままだ。

「ねぇ、おれももう眠いんだけど」

「……一緒に、寝る?」

 い、一緒?

 一緒に寝るって、どういうことかわかってるのか?

「おいでよ」

 そう言って、千秋は自身にかけていた布団をめくった。その瞬間、バニラの香りがこちらまでやってきた。これは千秋の匂いだ、と思った。

「いや、いいよ、ここで寝るよ……」

「フローリングじゃ痛いでしょ」

 確かに。たぶん、ろくに眠れそうにない。

「え、でも、ほんとに、いいの?」

「いいよ、別に。なに急に挙動不審になって。 何か変な事でも考えてるの?」

 また、にやにやとした表情でおれに訊く。

「そんなんじゃない……」

「じゃあ、眠ろう」

 おれは、お邪魔しますと伝えて、千秋のベッドにもぐりこんだ。おれが普段眠っているよりも数段柔らかく、よく眠れそうな匂いで包まれた。

「そういえば、なんであんなところにいたの?」

 千秋の隣で、おれはいま横になっている。どんなふうに呼吸をしていればいいのかわからない。普段、どんなふうに息をしていたんだっけ。

「あんなところ?」

「えーぶいのところ……」

 AVのところ、AVのところ。おれは景色を思い浮かべた。だんだん、こうしていることが、そして今までしてきたことが、恥ずかしくなってくる。

「いや、男の子にこんなこと訊くの、馬鹿みたいだね」

 別にそんなことはないよ、とおれは言った。なるべく、あらゆることがばれてしまわないように、布団に身体を潜めて。

 なぜアダルトコーナーにいたのか? なぜあんなにも躊躇いながら入ったのか? その答えを、考え、考えた結果を頭の中で巡らせる。

「あれだわ、……リハビリ」

 結局、適当に吐き出した言葉が、正解だと思えた。

「リハビリ?」

「そう、そうだと思う」

「普段は、AV見ないの?」

「最近は、見ない」

「どうして?」

 なぜAVを控えているのか。いまここで言うべきか。

 瑠衣さんとのことは、以前に伝えた。しかし、瑠衣さんがおれに迫ってきたという事実だけであって、その一件でおれがどんなふうに変わってしまったかということは、何も伝えていない。

 言葉の選び方。それが重要だ。自分でも、本当はよくわかっていないんだ。あれから、女の人が嫌いになったわけじゃない。むしろ、今だって、こんなにも胸が高鳴っている。たぶん、きちんとした男子高校生なのだと思う。極めて健全なはずだ。

 だけど、おれは確かに変化してしまった。健やかに成長してきたこころの一部分が、ゆるやかに後退していく、その様子をずっと感じ続けている。

 隣の女の子に、狂おしいくらいに触れたいと思う。そういう欲求は、おれにもある。まだ持ち続けている。だけど、だけどおれは――

「おれは、」

 言いかけた瞬間、千秋の寝息が聞こえて、おれの身体は一気に沈んだ。

 可愛い寝顔が、こちらを向いている。こうして顔を近くで見てみると、全てのパーツが小さいことに気づく。右目の下にある、薄いほくろ。どれだけ深く観察しても、なんの痕もない、いつまでも新しいような肌。ずっと庇をつくっていた睫毛は、いまはもう清らかに休んでいる。

 この子に触れることが、正しい。でも、そうすることを、どうしても身体が許してくれる気がしない。

「千秋」

 口に出して、名前を呼んでみる。けれど、届かない。眠っている顔に、ただぶつかり、反芻する。千秋、千秋。おまえは何を考えているんだ。何を考えて生きているんだ。生きていることは、どのくらい苦しいんだ。おまえはなんでそんなにAVを見ているんだ。そんなに苦しそうなのに、なぜ笑っているんだ。いつか、きちんと心をひらいてくれるか。

「おやすみ」

 頭はいつまでも回転しそうなのに、急に睡魔がすとんと落ちてきた。途端に身体が軽くなり、意識が白色に染まっていく。

 すごく惜しいけれど、瞼を閉じた。


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