22
頬に何かが触れている。身に覚えのある、掴むような触り方で、これはいつもの悪夢だと思った。
けれど違った。体温が奪われてしまうくらいに、これは冷たい。
恐る恐る目を開ける。光が視界で満ちている。もう朝日が昇ったのだろうか。
おれの顔に、腕が伸びている。やはりこれは、手のひらだ。
そうだ、おれは昨日、千秋の部屋に来て、千秋のベッドで眠ったんだ。だから、ここは千秋のベッドだ。そして、この手の正体は千秋に違いない。
目が光に慣れると、おれに触れているのが、AVの中の女優だということに気づいた。見覚えのある、現実味のない顔が、表情も作らず、こちらを見ている。
その女は四つん這いになって、おれに覆いかぶさっていた。寝起きだからか、こんな状況だからか、力が入らない。
横にいるはずの、千秋のほうへ視線を向ける。確かに、傍にいる。おれと同じく、寝た状態で女を凝視している。
「触らないで」
鳥の、ちゅんちゅん、と鳴く声がする。やはり朝がもう来ている。部屋は明るい。
「触らないでって言ってるでしょう」
千秋の声が、部屋にひそひそともれる。なぜか千秋は泣きそうになっていて、いま、女の手を掴んだ。その振動が、おれの肌に伝わる。
「なんで。あなたの身体じゃないでしょ」
「いいから手をどけて!」
「ねぇ、君、かわいいね。なに? 千秋の彼氏? この子が家に人を連れてきたの、はじめてなの。そうかぁ、昨日は一緒に眠ったんだね。どうだった? 気持ちよかった? もしかしてはじめてだった? ごめんねぇ、この子、全然したことないから下手くそで」
「うるさい! 触るな! 気持ち悪いな!」
千秋は身体を起こして、女を突き飛ばした。瘦せっぽちの身体は簡単に床に転げて、静かだった朝が震えた。
「いったいなぁ。親になんてことするの? ひどいよ」
「……」
千秋……。そうだ、この人は千秋の母親なんだ。
映像でみるよりも、ずっと老けていて、とても女優には見えない。でも、よく考えてみたら、昨日みた作品は何十年も前のものなのかもしれない……。思い起こしてみれば、作中に古い型の携帯電話が出ていた。それなのに、あまり古い作品だとは、思わなかった。
「いやぁ、でもまさか、千秋が彼氏を連れてくるなんて。お母さんうれしいわぁ。そうだ、朝ご飯作ってあげるね。なにがいい?」
千秋はさっきから震えていて、瞳はずっとがらんどうのままだ。起きたばかりのはずなのに、瞼は開ききっている。
女が歳に似合わない華やかな服を脱ぎ始めた。おれが数秒、目を背けているあいだに、部屋着に着替えてしまった。そのままキッチンに立ち、お湯を沸かした。
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