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 もう、ここまでくると、とても幹だなんていえない。そんなどっしりといした表現だと、全然的外れな気がする。でも、なんて表現すればいいのだろう。

 とにかく、気持ちが悪い。何を描いているのが、よくわからないのだ。描かれた身体の肉から血が噴き出しているわけでもないのに、内側から崩壊していく様子が、はっきりと想像できてしまう。肉が溶け落ちて地に染みる。いや、というよりは、地が肉を欲しているから仕方のないようにそこに向かっていく……。

 しかし、彼女の目つきは、とても官能的だった。目じりが下がり、極上の快楽をあじわっているようだった。人にみせる顔じゃない。それでも、もともとの顔のつくりのおかげなのか、彼女自体はさほど気持ち悪くはない。

 でも、こんなの、ちぐはぐすぎる。全然似合ってない。美少女が、めくり終わった紙芝居を、手元で整えると、最初からはじめて、またにんまりとしている。これは、おれにとってどうやら許すことができない。

 さすがにおれの気配に感じたのか、彼女は顔をあげてこちらをみた。いつの間にか、ほとんど距離のないところに来てしまっていた。彼女は一瞬、動揺したようにみえたが、また自分の世界へと戻っていった。

 もっと、おかしいことがある。なにかがおかしい。そうだ、アダルトコーナーにいた時の表情と全然違うんだ。今の表情とあの時の表情が、もしも逆だったら、良かったのに。

「おまたせいたしました」

 なるべく音を立てずにカップを置こうとしたが、うまくいかなかった。なんだったら、余計なくらい高く響いた。

 彼女は大事な作品を汚さないよう机の端にそれをよせて、「ありがとうございます」と小さく言った。

 そうだ。いつまでもここに立っていたら、また不審者になってしまう。

 さっさと立ち去らねば――

 身体の重心を意識した瞬間、「あの、」と彼女が言った。

 本当に言った?

 あれ、本当に言った?

 声が小さくて透明で、掴めない、見えない。

「あの、私のこと知ってしますか?」

 いや、確かに、控えめな口を動かして喋っていた。

 知ってますかって?

 知ってますよ。ついこの間、あんな場所に君がいたから。しかも、二度も見かけた。そして、おれは君の手を掴んだ。さらに、握った。忘れるわけないだろう。そういうこと、わかっていて、言っているのか。なんだよ、恨んでいるのか。それとも、挑発なのか。

 再び沸騰してきた体温は、なんだか怒りを帯びていた。自分がずうっと下に見られている気がしてたまらない。プライドだけは一流のおれの悪い癖だ。落ち着け、落ち着け。

「一年生のとき、同じクラスだったんです」

「は?」

 唐突に何を言い出すんだろう。

 思い描いていたアダルトコーナーががしゃがしゃと崩れ去り、急激に教室が構築される。

 ……一年生?

 ……去年の話か?

 いや、こんな子、高校でみたことない。じゃあ中学のときか? いや、でも、中学の時にしても全く記憶にない……。

「覚えているわけないですよね」

「……」

 彼女が髪を耳にかけた。細い毛束の潮流が、横顔を縁どる。その下で、産毛がいくつか散っていて、耳たぶにはピアスの穴があった。と思ったが、単なるほくろだった。

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