03
たぶん、早くこの場から、この空気から逃れたいのだろう。おそらく彼女は、おれとは全く違う意味で心が高鳴っている。
それでも、意を決したのか、彼女はくるりと反対を向いて、おれに背中を見せた。ゆっくりと彼女が遠ざかっていく。アダルトコーナーに現れた女の子はまるで女神のようで、せっかくこんなところにいる麗しい姿をこんなにも早く視界から消してしまうのはもったいない気がした。
間もなく、おれの右手が純粋に満ちた風に動く。
「ちょっと待って」
彼女の左手をやわらかく掴んだ。まるでドラマのワンシーンみたいじゃないか。だが、ここはアダルトコーナーなのだ。こんな光景を同級生に見られると、カッコいいはずがなんだか気恥ずかしくて仕方がない。
「わっ」
優しくつかんだつもりが、そのあまりにも儚くて脆い彼女の肌の弾力のせいで、余計に力が入ってしまっていた。
「やめてください」
彼女のもともと声は高いくせに無理やり低く調節したような、威嚇したような声がやけに色っぽい。
「ごめん……」
おれがそういうと、彼女は弱々しくおれの掴んだ手を振り払った。あまりにもその力は微力だったのに、おれの手はあっけなく離れた。
どうかしていたのかもしれない。見知らぬ女の子の腕をいきなり掴むなんて。
いや……、それか、どうかさせられていたのかもしれない。哀愁を漂わせながらアダルトコーナーで女優を物色する女の子なんて、世界中探してもいないのではないだろうか。何か特別なものを感じずにはいられなかった。あの表情。彼女におれは吸い込まれていたが、彼女は確かにアダルトビデオに吸い込まれていた。
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