第三章

第11話

私の話を、ただ黙って聞いていた律樹の眉が歪む。



「特にいい話でもないのに、長々と変な話しちゃって、ごめんなさい」



笑って言うと、律樹の腕がこちらに伸びてくる。



「よく、頑張ってきたんだな……」



頭をポンポンとされ、そんな言葉を言われたのが初めてで、呆気に取られてしまう。



「何アホみたいな顔してんだよ。そこは普通、泣いて俺に抱きつくとこじゃん」



悪戯っぽい笑顔で笑って、頭を相変わらずクシャクシャと撫でた。



心が、暖かくなる。



癒し、とでも言うんだろうか。



「律樹って、癒し系って言われない?」



「は? 何だよ、急に」



「可愛いって事だよ。ありがと、律樹」



私は律樹に礼を言って笑う。



自然に出た笑顔だったように思う。



「っ……可愛いって、何だよ……俺は格好いい方がいいよ」



「うん、格好いいよ」



「言わされてんじゃねぇかよ」



声を出して笑う私に、しょうがないとでも言うように、律樹はふわりと笑った。



何故か夕飯までご馳走になってしまった私は、最初に通された客間で律樹と二人お茶を飲んでいた。



どこもかしこも豪華で、高級旅館とかならこんな感じなんだろうかとキョロキョロとしている私の耳に、律樹の笑う声がする。



「いつまで物珍しそうにキョドってんだよ。そろそろ慣れろよ」



「いや、これには慣れる気がしないよ……萎縮しちゃう」



そう言いながらも、何処かくつろぎ始めている自分がいたりする。



何だろう、この妙に落ち着く感じは。



「なぁ、もう遅いし、泊まってけよ。部屋ならいっぱいあるし」



そう言った後、小さく「今日は、一人にしたくねぇし」と付け加えたのを、私の耳は聞き逃さなかった。



こんなにも人の事を親身になって心配出来るのも、なかなか珍しい。少なくとも、私はこの人以外でそんな人を知らない。



「過保護だなぁ、律樹は。そんなに私に懐いてくれてるなんて、奴隷冥利に尽きるね」



「奴隷か……。つか、懐くって言い方やめろよな……」



奴隷と言った時の悲しそうな表情が気になったけれど、その顔はすぐに姿を消したから、何も言えずに終わった。



成り行きというかなんというか、正直今から帰るのも億劫に感じてはいたし、何より疲れた。



お言葉に甘えて、今日はお世話になる事にした。



夕飯の時に会った家政婦さんに用意してもらった着替えを受け取り、先にお風呂に入る為に、これまた広い浴場へ来ていた。



「ひ、広すぎて落ち着かない……」



一通りの事を済ませ、端の方で湯に浸かる。



ゆっくり湯に浸かりながら、考えるのは律樹の想い人の事。



私の知っている人なのか、それとも。



グルグルと悩んでいると、自分が思っているより長く湯に浸かっていたようで、頭がボーッとしてしまう。



逆上せる手前くらいであろう事が、フワフワする頭でも分かる。



「ダメだな。つい考えると時間を忘れちゃう」



軽くシャワーを浴びて、脱衣場に出ると少しヒヤリとした風に頭の感覚が戻るような気がした。



素早く着替える。



「わぁ、浴衣だ……何か新鮮」



落ち着いた色なのに、何処か可愛らしい浴衣。浴衣自体を初めて着るからか、ワクワク感を感じながら、鏡で自分の姿を見る。



柄にもなくクルリと回ってみる。



「おっと、ふふっ、今回るのはちょっとマズいかも」



我ながらかなりはしゃいでいるなと、可笑しくなってフラつきながら笑ってしまう。



ポカポカする体に置いてあった水を飲むと、気持ちいい感覚が喉を通り過ぎる。



一息ついて、フワフワした頭で部屋に戻る。



先程の部屋に入るけれど、そこに律樹の姿はなかった。



とりあえず待つしかなくて、座って壁に凭れながら、体の熱を下げつつ律樹を待つ。

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