第二章

第7話

ついにバレてしまった。



これでもう、あの時間はなくなるんだ。



今日は一緒に登校する事なく、一人で学校へ向かう。



気持ちは憂鬱だ。



気に入っている時間がなくなるという寂しさと、女と知られた不安とで、重いため息が漏れる。



「どした、ため息なんかついて。悩み事?」



突然声がかかって、驚いてそちらを見ると、入谷先輩がいた。



まさかこんなに普通だとは思わなくて、フリーズしてしまった。



「ん? 何?」



「え、いや、あの……」



どうリアクションしたらいいのか分からず、キョドキョドしている私に、入谷先輩は小さな声で言った。



「そんな心配しなくても、別に何も言う気ないし、どうこうするつもりもないよ」



苦笑して言った入谷先輩から優しさを感じて、少し暖かな気持ちになる。



同時に、この優しさは私にだけ向けられるものではないのだと思うと、胸が痛んだ。



この痛みの正体が何なのかは、分からない歳でもない。



主と奴隷なのに、まるで友人のような関係で、居心地が良すぎて、手放せなくなっていて。



私の中で、彼の存在はなくちゃならないものになっていた。



それが好きかどうかは定かではなくて、でも確かに好意的な感情はあって。



初めての感情に戸惑い、どうしたらいいか分からなくなる。



そういう感情は、苦手だ。



「男であれ女であれ、お前はお前だろ。性別でお前とツルんでたわけじゃねぇしな」



頭を軽くポンとされ、心臓がドクリとする。



こんなの、知らない。



自分の胸の辺りの制服を掴む。



今の私は、変だ。



困った。



「なんちゅー顔してんだよ。ブスになってるぞ」



頬を指で摘まれた。そんな事をするからブスになるのではないでしょうか。



不満に思いながらも、いつも通りのやりとりに、心が暖かくなる。



やっぱり入谷先輩とこうやってふざけあったり、笑い合ったり、この時間が好きだな。



だからこそ、距離感に戸惑ってしまう。



私がこだわってしまうだけなのかもしれないけれど、やっぱり性別が邪魔をする。



私が男なら、少し違っていたのだろうか。



「おい、遅刻すんぞ」



入谷先輩に呼ばれ、足早について行く。



どうしてだろう。何処か先輩の機嫌がいい気がする。



気がする、だけだけど。



「先輩、何かいい事でもあったんですか?」



「ん? 何だよ急に……って、まぁ、ないって言えば嘘になるな。そこまでデカい何かがあったってわけでもねぇけど」



とにかく、思った通りご機嫌ではあるようだ。



「つかさ、お前それやめね?」



「それ?」



「敬語。いい加減やめようぜ。何か堅苦しいし、今更先輩後輩とかいう話でもないしな」



この人は、主と奴隷の話を忘れているのだろうか。



「何だよ。また変な顔。後先輩もいらない。名前で呼べよな」



「失礼な。先輩もさっきから締まらない顔してるからお互い様だよ、律樹」



遠慮なく敬語を解いて、名前を強調しながらそう言うと、先輩は何故か嬉しそうに笑った。



「律樹って、変だよね」



「お前も大概失礼だな。ま、褒め言葉って事にしといてやるよ」



白い歯を見せてニカッと笑った律樹に、また心臓がトクンと鳴った。

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