第8話
紅羽と平和にお昼ご飯を食べていただけなのに、誤解されて紅羽を連れていかれてしまった。
今まで男に大切なものを奪われる事が多かった為か、元々男にいい印象がなくて、特に紅羽の主である、東部累のような女にだらしない男が苦手だ。
もちろん、その逆も然り。
誤解された事に関しては、私を男だと思っている人からすれば、自然な事だとは思うので、紅羽に悪い事をしたと、申し訳なく思う。
酷い事をされてなければいいけれど。
凄く心配で、大好きなプリンの味がしない。
残念だけれど、途中でプリンを食べるのをやめた。
「それもこれも、あの男のせいだ……」
快晴の空を見上げ、立ち上がって伸びをする。
「あ、あの……」
突然隣から声が掛かる。
見ると、大人しそうな見た目の可愛らしい女の子が立っていた。
「私っ、一年の波山っていいます。そのっ……一週間程前、男の人にしつこく声を掛けられていた時、城戸君に助けてもらったんですけど……覚えて、いませんか?」
そういう場面に出くわすのが少なくないから、あまりちゃんとは覚えてはいないけれど、あったような気もする。
「ごめんね、ちょっと覚えてなくて……」
「いえっ! 突然ごめんなさい。それで、えっと……その……」
この感じ、この雰囲気もよく遭遇する。
告白だ。
告白されるのは、小さな頃からよくある事だった。
でも、自分から誰かを思う事はなかった。
だから、断る事ばかりで、その度に申し訳なさでいっぱいだった。
特に、男だと偽り始めてからは、余計にそう思う。
「ずっと好きでしたっ! よかったら、付き合って下さいっ!」
こうやって、一生懸命勇気を振り絞って告白してくれた子達を騙しているのは、凄く心苦しい。
だから、私も誠意を持ってしっかり返事をするようにしている。
「ごめんね。俺、恋愛ってよくわからなくて、君の気持ちには答えられない」
最後にもう一度謝った。
彼女は丁寧に礼を言い、去って行った。
「へぇー、あんたモテるんだな」
背後から声がする。
振り返ると、面倒そうな人物がいた。
教師は当たり前として、校長すら頭があがらないらしく、やたらと偉そうで、主の中だけでなく、この学校一と言っていいくらいには、ややこしい人物。
二年、鳳月奏夢。
「あんた、律樹の奴隷なんだろ?」
「それが、何か?」
「しかも、累の奴隷のお友達?」
何が言いたいんだ。そもそも、何でそんなに詳しいんだ。
無駄に綺麗な顔で、色気を振りまく男の、ガラス玉のような目が私を捉えて細められる。
「何が言いたいんですか?」
「いや、別に。ただ、律樹は男のお前を奴隷に選んだのか気になってな。まさか、美颯にフラれて男に走ったなんて、アホみたいな話があるわけねぇって思ってな。お前がどんな魅力的な理由であいつに選ばれたのか、知りたくてな」
楽しそうにそう言って、彼はこちらに近づいてくる。
近くで見ると、背が高いのもあるけれど、そういう単純な事ではなく、どこか妙な迫力があった。
急に顎を掴まれ、持ち上げられる。
「ふーん……見れば見るほど男にしとくのが勿体ねぇくらい美人だな。これなら男に走る気持ちも分からなくねぇけど……。ま、男なら……だがな」
「な、何をいっ……」
そう言った彼はあろう事か、私の下腹部に手をはわせて掴んだ。
「やっぱりな……お前、女か?」
「っ!!?」
あまりの衝撃に、私は地面にペタリと座り込んだ。
ありえない。まさか、こんな事を普通にするなんて。
しかも、彼は何事も無かったかのように、楽しそうな笑みを浮かべて、私を見下ろしている。
「つか、律樹は知ってんの?」
「あんた……イカれてるっ……」
「あ? 男装してるお前も同じようなもんだろ。理由までは聞く気ねぇし、別に何かしようってわけでもねぇから安心しろよ。ただ、ちょっと疑問だったのを確かめたかっただけだしな」
満足したのか、彼は欠伸をし、私に背を向けた。
「美都っ!」
何と表現したらいいのか分からない感情の中、耳に届く声に体が少し軽くなる。
「奏夢っ! お前、美都に何したっ!?」
「っるせぇな……そんなに大事なら鎖で繋いどけ」
「お前っ……」
今にも掴みかかろうとする律樹の腕を掴み、私は首を振る。
「律樹……もう、いいから……私は大丈夫」
こんな頭のおかしい男とは、もう関わりたくない。
早く消えて欲しい。
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