第一章

第4話

楽しい時間、幸せな時間はそう長くは続かないものだ。



そんな事、分かっていたはずなのに。



身に染みてるはずなのに。



私は普段、病弱な設定である為、体育の時間はだいたい見学している。



人前で着替えが出来ないし、毎回トイレに着替えに行くのもおかしな話だし。



今日も木陰で見学していた。



ボーっと他の生徒を見ているだけでも、私は特に退屈する事はなく、この時間も嫌いじゃない。



ただ、今日は朝から体調があまり良くなかった。



少し体が熱い気がして、朝より辛くなってきた。



保健室へ向かう途中、背後から声が掛かる。



「あら? 城戸君?」



ふわりとウェーブのかかった髪に、派手な口紅をつけた女性が立っていた。この人は英語の担当教師で、実は苦手だったりする。



「どうしたの? 体調悪そうね。大変だわ、手を貸すから保健室へ行きましょ」



これはマズい。



この人には目をつけられていたようで、前々からやたらとベタベタ触ってくる。



今も腕に触って、背中を撫でられている。



私は気づかれないように、スマホを操作する。



「だ、大丈夫です。一人でいけますっ……」



「駄目よ、無理しちゃ。辛そうだわ。さ、私に掴まって」



ほぼ無理やりに歩かされる。



物凄く密着されている為、キツい香水の香りが鼻を刺激して、更に気分が悪くなる。



早く、来て。



足がフラフラしてくる。



「美都っ!」



声がして、私は安堵のため息を吐いた。



「入谷君。今授業中よ」



「えぇ。でも、彼は俺の奴隷なんで、返してもらえます?」



いつもの人懐っこい笑顔ではない、まるで冷えたような笑顔を先生に向ける。



隣で息を飲む音がする。



素早く先生から私を引き取り、そのまま私は入谷先輩に掴まる。



「大丈夫か? だいぶ辛そうだな。ちょっと我慢しろよ」



「ちょっ、先輩っ……」



体のダルさであまり力が出ない為、言葉にも力が入らず、抵抗は無駄に終わってしまう。



大して身長も変わらないのに、入谷先輩は私をおんぶしたのだ。



先輩の背中におぶさったまま、保健室に運ばれる。



背丈は変わらないにしろ、やっぱり男なんだと力の差を見せつけられた気がした。



ベッドへ寝かされ、前髪を撫でられた。



「ちょっと待ってな」



先生がいないのか、保健室は静かだ。



部屋には自分の荒い息遣いだけが聞こえる。



入谷先輩は一体どこへ行ったのかと考えながら、相当弱ってきているのか、意識が朦朧としてきた。



薄れる意識の中で、入谷先輩の声がした気がした。





車のエンジン音と心地よい揺れに、少し意識を取り戻す。



「起きたか? 熱がある。まだ寝てろ」



広い車内で入谷先輩の膝を枕にして寝かされていた。



また前髪を撫でられる。



頭を撫でる手が冷たくて気持ちいい。



心地良さにまた目を閉じる。



それにしても、入谷先輩は男としての私に、何故ここまでしてくれるのか。



そもそも男相手に膝枕とか、どういう気持ちでやってるんだろう。



あの奴隷の女の子を好きみたいだったから、男が好きって訳じゃなさそうだし。



そんな事を考えられるだけ、先程よりは気分はマシみたいだ。



車が止まり、着いたのは私の家だった。



「ほら、まだフラついてんだろ? 掴まれ」



確かにまだフラフラする。お言葉に甘えておく事にする。



先輩に手を引かれ、部屋まで向かう。



「先輩。少し聞きたいんですが」



「何?」



「膝枕とか今みたいに手を繋ぐとか、男同士でする事に抵抗とかって、ないんですか?」



顔だけ振り返り、少し考える素振りを見せた。



「うーん……自分でもよく分かんね。確かによく考えたら、男同士でって変だよな。でも何だろ、お前相手だと別に男とかそういうの、どうでもいいっていうか」



唸りながら考える先輩を背にして、鍵を開けた。



そしてハッとする。



そうだ。あまりに自然にしていた為に、自分の今の状況を忘れていた。



「あの……ちょっと、待っててもらっていいですか?」



「は? 何で?」



「いや、その……そう、ち、散らかっているのでっ……五分っ! いや、二分でいいので」



「別に気にしないって。それこそ男同士なんだから」



押し問答のようになりつつある。



このままじゃ埒が明かない。でも、万が一がある。



バレるわけにはいかないのに。



これ以上、彼を止める術を知らない。

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