第5話
制服を脱ぐに脱げず、私はとりあえず荷物を置いて適当に座るように促した。
キョロキョロと部屋の中を見回して、不思議そうな顔をして私を見る。
「散らかってるって、どの辺が? つか、物がほとんどないよな?」
「そう、ですか?」
「それより、早く着替えて寝ろよ。また熱上がるぞ?」
困った。
凄く見つめられている。これでは着替えるなんて絶対に無理だ。
「あ、あの……もう、一人でも大丈夫なので、風邪を移してもなんですから……」
「遠慮するなよ。お前がちゃんと寝たら帰るし」
まただ。この人はどうしてこうなんだ。
「俺、その……人前で着替えるのが、苦手で」
苦しい。言い訳が苦しすぎる。でも、どう言えば納得してくれるかが分からない。
案の定、先輩は引き下がる事はなく、帰る気配はない。
「やっぱりお前変だよな」
そう言って笑う先輩に、小さく心臓が鳴った気がした。
「と、とにかくっ、先輩はそこから動かないようにっ! いいですねっ!?」
「わ、分かったよ……」
最初からこうしておけばよかった。変に気を回す必要はなかったんだ。
女を匂わせないような服を選び、部屋を移動する。
部屋と言っても、先輩がいる部屋と奥にもう一部屋あるくらいだけれど。
襖なので鍵は閉められないから、素早く制服を脱いだ。
けれど、先程からずっと色々な事に頭を回転させていたせいか、自分が思っていたより熱が上がっていたようで、フラついて座り込んでしまう。
その拍子に、足元にあった本が数冊倒れる。
「美都、大丈夫か?」
先輩が近づいてきている気がする。
今来たら、駄目だ。
サラシを巻いているとはいえ、やっぱり肌を晒すのには抵抗がある。
特に、先輩には見られる訳にはいかない。
そう思うのに、体が思うように言う事を聞いてくれない。その間にも、先輩はこちらへ近づいてきている。
「だ、め……きちゃ……」
絞り出した声は、全く音にならず、先輩には届かなかった。
無情にも襖は開かれる。
「おいっ、大丈……ぶ……っ!?」
駄目だ。頭が働かない。熱い。息が苦しい。
あぁ、バレてしまったかな。
もう、終わりだな。
「サラシ……。じゃ、美都は……女……」
呟いた先輩の声が、戸惑いと同様の色を見せている。
朦朧としながらも、意識は手放す事が出来ず、床に突っ伏して荒い呼吸を繰り返す。
布の擦れる音と、先輩のものであろう足音が耳に届く。
体が浮く感覚。
横抱きにされているのは分かる。入谷先輩の匂いを鼻に感じながら、私は冷たい場所を探して先輩に擦り寄る。
「こら、動くなっ……落とす、だろっ……ちゃんと布団まで連れてくから……」
そう言った声は凄く優しくて、耳に心地よく響く。
布団の冷たい感触を感じ、寝かされたのだと理解した。
「せ……んぱ……」
「あぁ、いるよ。ここにいるから、安心してゆっくり寝てろ」
額に冷たい手が触れる。
それ以外の感触もしたような気がしたけれど、それを確認も予想もする暇なく、意識が遠退いて行った。
次に目覚めた時にはもう外は真っ暗で、額にはタオルが乗せられていた。
「ん……今……何時……」
「夜中だな。一時回ったくらい」
「っ!?」
まさか先輩がまだいたとは思わなかった。
そして、自分が着替えている事に気づき、同時に胸元の締め付けがなくなっている事にも気づく。
完全にバレたのだ。
思っていたよりも早くにバレた事に、不甲斐なさを感じた。
もちろん先輩に対して、申し訳なさも。
「あの……今更な事を聞きますが……その、見ました……よね?」
「いや。着替えさせたけど、見てないよ。でも、ほんと今更だけど、お前が女だってのは分かった」
先輩の表情は、どんな感情なのかがよく分からなくて、怒っているのか戸惑っているのか。
「黙ってた事は申し訳なかったです。怒ってもらっても、なんなら、殴ってもいいですよ」
「アホか。お前俺を女殴る最低男にする気?」
一定距離を保って壁に凭れて座った先輩が、拗ねたようにそう言った。
「……確かにショックではあったな」
「ごめんなさい」
「でも、お前にはそうしなきゃならない理由があったんだろ?」
少し近づいて、私の頭をポンポンとする。
どこまでも優しいな、この人は。
優しくしないで欲しい。好きになるじゃないか。
この関係を、この距離を利用したくなる。
「正直……今は、お前が女で、助かったというか……」
「え?」
「な、何でもない……」
小さな声が私の耳には届く事はなかった。
「いいから今はとりあえずしっかり寝ろ」
「はい……。あの、先輩はずっと起きてたんですか?」
「ちょっとウトウトと? お前は何も気にしなくていいの。適当に帰るし」
静かに落ち着いた声が心地よくて、また眠さを誘う。
瞼が重い。
「先輩、は……何で……奴隷の……私、に……ここ、ま……で……」
返事を聞きたいのに、でも眠さには勝てなくて、意識は微睡みに溶けていく。
優しく頭を撫でられる感覚だけはしっかりあって、それが更に眠さに拍車をかけて行った。
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