第四章
第15話
ある日の廊下で、私は珍しいものを見た。
あの先輩じゃない男と一緒にいる、紅羽がいる。
紅羽の顔に触れている男子生徒は、見覚えがない。
そして、私は紅羽の顔を見てハッとした。
よく見ると頬が赤く腫れ、少し切れている部分もある。
傷一つない綺麗な紅羽の肌に、痛々しい怪我。
まさか。
頭に思い浮かんだのは、紅羽の主であるあの男。
紅羽は否定する。嘘を言っている感じではないけれど、どうしてもあの男が信用ならない。
すると、紅羽の隣に立っていた男子生徒が呟いた言葉に、紅羽の表情が強ばった。
つくづく汚い奴ばかりだ。特に女は陰湿で、しつこくて、タチが悪い。
でも、元を辿れば原因は、多分あの男だろう。
考えれば考える程、腹が立つ。
紅羽は悪くないのに、あの男が選んだせいで、何の罪もないこの小さくてか弱い女の子が傷つけられている。
そんな事が許されていい訳が無い。
手当させようと思った矢先、現れた男は不気味に綺麗な笑顔を浮かべていた。
紅羽が怯えるのが分かったけれど、奴隷である以上、私が庇えば余計この男の怒りが紅羽に向いて、迷惑がかかる。
彼女に危害が加えられるのだけは、絶対避けなければいけない。
こんな明らかに傷つけられているのが分かるのに、どうして責められなきゃいけないのか。
理不尽過ぎて、黙って見ていられない。
そう思っていたのは私だけではなかったようで、紅羽といた男子生徒と律樹が止めに入っていた。
けれど、この男にはやっぱり意味がなかったようで、紅羽は私達に無理矢理作ったような笑顔で笑いかけ、行ってしまった。
悔しそうな顔でその男子生徒は紅羽が行ってしまった先を睨みつけていたけれど、すぐに頭を下げて行ってしまった。
彼は、紅羽が好きなのだろうか。
「紅羽ちゃん、大丈夫かな……累、暴走しなきゃいいけど……」
暴走。あの男のそんな姿を想像しただけで、怖くなる。
いつの間にか握りしめていた手を、律樹が優しく重ねるように握ってくれる。
「大丈夫、必ず助けるよ」
「うん。ありがとう」
律樹の手を、しっかり握り返し、私は紅羽がいなくなった廊下を見つめていた。
その次の日から、紅羽が学校へ来なくなった。
もちろん、東部累もだ。
嫌な予感しかしなくて、律樹も何か思うところがあったようで、最近は苦しそうな、難しい顔をしている。
すぐに登校してくるだろうと思って、ただ待っていたけれど、数日経っても姿を見せない二人に、さすがに待つ事に限界が来た私は、もういてもたってもいられなくて、律樹と二人で東部累の寮へと向かう。
彼は色んな場所を点々とするようで、寮にいるかは分からないけれど、律樹が言うには紅羽は、今までの子達とは明らかに執着度が違うから、自分のプライベートスペースにいるはずだと。
律樹の家の車に乗り、東部累の寮へ向かう。
「あいつは評判通り、女と遊んでるし、酷い事も平気でする。でも、その時ですら本心見せないから、そんなあいつがあれだけ紅羽ちゃんに執着するって事は、あいつにとって紅羽ちゃんは希望なんだ」
複雑な環境にいるらしいあの男は、紅羽を離したくない一心で、紅羽を閉じ込めようと必死になっている。
「まぁ、希望ってのは俺の願望も入ってるけどな。でも、当たらずも遠からずだとは思ってる」
「それでも、こんなやり方は間違ってる」
恐怖や快楽なんかで、無理矢理手に入れるなんて、そんなのやっていいわけがない。
寮に着いて急いで部屋へ向かう。
鍵が閉まっていて、中からは行為が行われているであろう声が、微かに聞こえる。
でも、今はそんな事に構ってはいられない。
何度も二人して扉を叩き、東部累が出てくるのを待つ。
少しして扉がゆっくり開き、東部累が顔を出した。
相変わらず気だるげなのに、何処か危なっかしい雰囲気があり、目が何も写していないような、全てを諦めているかのようで。
一瞬、怖くなった。
とにかく今は紅羽だ。
東部累を押しのけて中へ入ると、部屋は異常な空間だった。
一体この部屋で数日も何が行われていたのか。正直考えたくもなかった。
ベッドへ横たわる紅羽を見て、また絶句した。
足が、震える。
服を纏わない細い体中に、どちらのともつかない体液が塗れ、目は虚ろで何処を見ているかも分からず、空を見つめている。
元々小さかった体が、もっと小さくなった気がした。
こんな弱くて小さな体で、どんな酷い事に耐えたのだろう。
床に散乱する目を背けたくなる異物達に眉を顰め、私は東部累へ近寄ると、こちらを一瞥する男の頬を力一杯怒りを込めて叩いた。
言いたい事はたくさんあって、散々罵倒したって言い足りない。
紅羽を抱き上げた律樹に促され、私はその酷い空間から足早に飛び出した。
こんな所に、一秒だっていたくなかった。
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