第16話
眠り続けている紅羽の知らない所で、それは起こった。
授業中の静かな教室から、悲鳴と物凄い音が廊下中に響き渡る。
何が起こったのか、生徒達が散り散りに廊下へ飛び出した。
その音は隣のクラス、紅羽のクラスからだった。段々激しくなり、悲鳴が連鎖する。
それは違う学年にまで聞こえていたようで、私は名前を呼ばれて振り返ると、律樹がいた。
二人で人集りの凄い隣のクラスに近づくと、見覚えのある長身の男が暴れていた。
惨状の割に、その顔には怒りなどは感じられず、ただ淡々と暴れていた。
それがあまりに異様な光景で、絶句してしまい、自然と律樹の制服を握っていた。
大丈夫だとでもいうように、律樹が私の頭をポンポンとして笑う。
そして律樹は人を掻き分け、止める教師を気にも止めずに暴れ回る東部累に歩み寄った。
「累、やめとけ。もう十分だ」
動きを止めて、律樹を光のない目でチラリと見る。
「十分かどうかなんて、りっちゃんが決める事じゃないよね」
「お前もだろ、アホ。紅羽ちゃんはこんなん望んでないだろ。暴れても何にもならない。お前が悪者になるだけだ。紅羽ちゃん、悲しむぞ」
投げやりに鼻で笑い、持っていた椅子を手から離し、誰に言うでもなく、口を開いた。
「今後紅羽に何かしたら……今度は絶対生かしとかないから。文句ある奴は俺が聞いてあげるから、よく覚えとけ」
大声でそう言うと、東部累は律樹を少しだけ見て泣きそうな笑顔を浮かべて小さく
「りっちゃん、ごめんね。ありがとう。紅羽の事……よろしくね」
と呟いてすり抜けた。
そして、私の前に来ると、私を見下げた。
「紅羽の首輪、外しとく。自由になれって伝えといて。もう、いらなくなったって……言っといてよ」
自傷気味に笑った顔が、あまりにも悲しそうで、苦しそうで、まるで悪さをして怒られている子供を思わせ、こちらが悪い事をしているような気になる。
律樹が呼び止める声も聞かず、東部累は去っていく。
それから彼は、姿を見せなくなった。
私は紅羽が目を覚まし、安堵しながらも、東部累が「いらなくなった」と言った部分だけを言わずに状況を説明した。
彼のあの時の傷ついたような、辛そうな笑顔が、私の頭にこびりついていたから。
目が覚めて、律樹と話し、自分の素直な気持ちと、強い意志を込めたあの顔が、私の気持ちを動かした。
彼女は弱くなんかない。
弱いと勝手に思っていただけで、彼女は凄く強い。私達なんかよりずっと。
強くて慈悲深く、東部累の抱える暗い何かから救い出せる強さがあるんだと。
紅羽が東部累の元に行き、私は律樹と律樹の部屋にいた。
「紅羽はやっぱ凄いな……」
「何だかんだ言いながらも、根がお姉ちゃんなんだよな」
二人で縁側に座りながら、夜空を見る。
「私、東部先輩に謝らないと。もちろんやった事はよくない事だけど、私、あの人の何も知らずに色々……」
そう言った私の頭に、律樹の大きい手が置かれた。
「累はんな事気にもしてない。あいつはさ、悪い事してるって分かってるけど、自分でも何をどうしたらいいかとか、そういうのが分かってなくて、不器用で見た目だけ育った子供みたいなもんだから、それをこれから紅羽ちゃんが受け止めて、正してってくれるって思う。累も紅羽ちゃんの言う事なら聞くだろうしな」
笑う律樹に、私も笑って返す。
バランスの取れた関係。
紅羽が幸せになるなら、私は二人を応援する事が出来るんだろうか。
「何か長かったな……さすがに疲れたわ……」
縁側で座った状態から、上半身だけ廊下に倒して寝転がって伸びをした。
「ありがとう。律樹のおかげだね、色々」
お疲れ様と呟いて、律樹の金色の頭を撫でる。
柔らかくて、サラサラな髪に指を滑らせると、律樹は気持ちよさそうにして私の方に擦り寄る。
私の太腿に頭を置いて、目を閉じる。
「律樹、こんなとこで寝たら風邪引くよ」
「いいじゃん、ちょっとこの状態は男のロマンっつーか、何か癒される」
ウトウトする律樹の髪を撫でていた手を止めて、私は上着を脱いで律樹に掛ける。
「私帰るから、寝るならお布団で……」
「帰んの?」
寝ていたはずの律樹が、私の手をとって口付けながら私を見つめる。
その真っ直ぐで、何処か熱を孕んだ視線にドキリとする。
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