第2話

専属になったからと言って、特にする事は変わらない。



一緒に登校して、お昼を食べて、途中まで帰る。



まるで友人のように、ほとんどの時間を共にしていた。



入谷先輩は友達も多く、男女共に人気があって、部活なんかも掛け持ちで助っ人に行ったりと、なんだかんだ忙しい。



にも関わらず、わざわざこちらにも構ってくれるいい先輩だ。



だから、秘密を持って、嘘を吐いている事に、多少なりとも罪悪感が大きくなっていく。



朝、制服のズボンに足を通し、ベルトを閉め、身支度を整えると、男の姿の自分が鏡に映る。



そう、学校で男の姿で過ごす自分と、家で一人でいる時の女の自分。



本当の姿で過ごせるのが一番いい。だけど、私にはそれが出来ずにいる。



臆病な私は、ある日を境に、女として外で過ごす事が出来なくなっていた。



鏡に映る男の姿の自分を見る度に、昔の傷が痛んだ気がした。



小さなアパートから出て、戸締りを確認して階段を降りると、見知った金色の髪が見えた。



「おはようございます。すみません、待たせてしまいましたか? というか、今日も早いですね」



「よぉ。ちょっと朝練に付き合ってた」



「え? わざわざ学校から戻って来たんですか?」



「ん? まぁ、そんな感じ。お前と登校したくなったからさ。気分だ気分」



そう言って、白い歯を見せて人懐っこく笑う。



彼に気に入られているとは思っていたけれど、なかなか懐かれている。



他愛のない話をしながら学校の門をくぐると、靴を履き替える為に先輩と別れた。



上靴を手に持って、ふと気になる方に目が行った。



小柄でフワフワした感じの、少し気弱そうな私とは正反対の可愛らしい女の子。



靴箱を見ながら、固まっていた。



少し近づいたけれど、中に気を取られているようで、こちらには気づいていない。



中は、汚された上靴とゴミでいっぱいだ。



モヤっとして、眉を寄せた。



ほんとにこういう事を平気で出来る女の心理は、全く理解できない。



嫉妬して、逆恨みで、面と向かって文句すら言えず、姑息な手を使ってくる。



一人で何も出来ないくせに。



彼女に声をかけて、上靴を渡してスリッパを履く。



素早く教室へ行き、荷物を置いて教室にあるゴミ箱を手に、来た道を戻った。



一緒に片付けて、友達になった。



睦月紅羽むつきくれはちゃん。



この学校で初めて出来た、女の子の友達だった。



妙に守ってあげたくなるような、か弱い女の子。



私とは大違いだな。



入谷先輩が少しの間忙しく、少しの間彼女と一緒にいる事が増えた。



彼女の主はあまり彼女を呼ばないようで、まだ平和だと言っていた。



東部累の噂は知っていた。



あんな危ない噂がある男の餌食になるのかと考えると、いたたまれなくなる。



どうにか助けてあげられたらいいのだけれど、私にはそんな力も権利もない。



彼女が酷い事をされないように、祈る事しか出来ない。



弱肉強食とは、よく言ったものだ。



帰りも紅羽と同じになったので、帰路を歩いていると、雲行きが怪しくなってきた。



生憎、傘は持っていないのに、容赦なく雨は私達に襲いかかってくる。



彼女の部屋の方が近い為、シャワーを借りる事になった。



ただそうなると、色々と困った事になる。



一度断ったけれど、何度も頑なに断ったりするのもおかしな話で、お言葉に甘える事にした。



が、やっぱり甘かった。



「どうして男の振りをしてるのか、聞かないの?」



「あー、うん……そういうプライベートな話ってデリケートな問題だろうし、気軽に聞くべきじゃないかなぁって……」



ほんとにいい子だな。



程よい距離感を保って、相手の事を思いやれる子。



こんな子に会うのは、久しぶりかもしれない。



「ありがとう。面白い話でもないけど、聞いてくれる?」



そう言うと、少し驚いたような顔をした紅羽は、笑顔を浮かべて頷いた。

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