【BLACK PARTY ROUND2 3/3 】
階段を駆け上がって、聖と陽介はようやく地下空から脱出した。
陽「なんだか知らねぇーけど、助かったな」
二人は再び、瑠璃たちと落ち合うために走る。走り続けて、角を曲がる。だが、角を曲がったその時──
聖「?!」
──ドカッ!
反対の角から同じように走ってきた人物と、聖がぶつかった。
ぶつかった衝撃で後ろに転びそうになるその人物の腕を、聖は慌てて掴んだ。
聖「危っぶね~……悪かった。大丈夫か? ……」
そっとその人物が、顔を上げる。
聖とぶつかった相手は、ドールだった。
顔を上げたドールは、強張ったような表情をしている。
ドールのその様子を見て、聖が陽介へと向き直り問う。
聖「……俺って怖いか?」
陽「脅えてるな。ガキだから仕方ねーんじゃねぇか?」
再び聖が、ドールへと向き直る。
聖「……ホント悪かった。ごめんな? ……」
ぎこちなく再度謝る聖……
そして、陽介が気が付く──
陽「この子たしか……」
聖「あ! ……」
聖もドールの事を思い出した。何度が見かけた事がある。
そしてドールも、この二人が誰だったのかを思い出した。思い出した途端、ドールの表情が柔らかくなってゆく。
体の小さいドールには、正面にいる聖の姿しか見えていなかった。ドールは聖の後ろを覗き込んだ。
「…………」
柔らかくなっていた筈のドール表情が、固まる。
「……純くんがいない……」
ドールは聖がいるのなら、純もいるかと思ったのだ。けれど後ろを覗き込んでみても、そこに純はいない。
聖と陽介は困った表情で、顔を見合わせた。
聖「純の事を捜してるのか?」
ドールはまん丸の目で聖を見上げながら頷く。
D「純くんはどこにいるの? ……」
ドールは不安な表情で、聖と陽介にうったえかける。
聖と陽介は躊躇う。喧嘩を始めた純は普段とは全く違う。その事を二人は知っているから。
聖「……今の純には、会わない方がいい」
するとドールが、悲しい表情に変わった。
D「どうして? ……お兄ちゃんたちは、純くんがどこにいるのか知ってるんでしょう? ……教えて。教えてよ……」
聖「君といる時、純ってどんな奴だ?」
D「純くんはいっつも優しいよ……優しくしてくれる。……」
聖「ならやっぱり、今の純には会わない方がいい。
純の事は捜すな……」
ドールには、聖がどうしてそんな事を言うのか、それが分からない。
ドールは陽介にも視線を向けた。だがやはり、陽介も“捜すな”と、頷く。
──ドールは何も返答をせずに、二人の横を通りすぎる。……――そして、再び走り出した。
聖と陽介はドールの事を気掛かりに思い、走り去るドールの後ろ姿を、少しの間見ていた。
陽「捜すなって言ってるのにな……」
止めても無駄だったのだ。仕方がない……――二人はそのまま、瑠璃たちの元へと向かう──
*****
絵「みんな無事かな? ……聖と陽介もまだ帰ってこない」
俯きしゃがみ込みながら、絵梨が不安な声を出す。
聖と陽介とは、落ち合う場所を決めておいた。その場所で待機するが、二人はまだ帰って来ない。
瑠璃と絵梨、誓は近くに固まって身を潜めている。
だが、百合乃だけが少し離れた場所にいた。百合乃は瑠璃たちには聞こえないようにしながら、小声で通話をしていたからだ。
百「一体どういうつもり? ……早くアイツらを引かせて!」
百合乃の通話の相手は、ウルフだった。
百「どうしてよ、どうしてウルフが……OCEANに何の恨みがあるって言うの? ……」
百合乃は問うが、ウルフははぐらかす様に、答えになる事を言わない。……――元から、答える気など無いのだろう。
百「最悪よ……」
〝何を言っても通じはしない〟と、百合乃は電話を切った。
百合乃は気分が晴れない。裏切られたと思った。騙されたと思った……――
気分は最悪だ。もう、何が何なのか、何故こんな事になってしまったのか、分からなかった。
百「頭、痛くなる……」
――〝どうして? 私はただ、聖に戻って来て欲しかった……だけなのに……〟――
――〝言ったじゃない? ウルフ……私に言ったじゃない……『手を組めば聖は、お前を心配して戻ってくる筈だ』って……戻って来てくれたよ……本当に……――なのに何故、戻って来た聖や私に……アンタはこんな事をするの……〟――
頭を抱えながらうずくまる様に、百合乃はその場に腰を下ろした。
絵「百合乃さん……」
百合乃を心配した絵梨が駆け寄る。
百「……絵梨……あぁ……アイツらの事は、心配しないで平気よ? あの四人は、簡単にどうにか出来るような奴らじゃ、ないから……」
絵梨は百合乃が心配で駆け寄った。だが、百合乃はその絵梨を、逆に励ます。絵梨に弱いところを見せない。――……本当は誰かを励ます余裕など、無いというのに……――
百合乃は絵梨に、平気なふりをしている。だが絵梨にはやはり、分かっていた。百合乃の様子が、明らかにいつもとは違う事に。
絵「……聖、陽介」
そこに聖と陽介が戻ってきた。二人の姿を見て……――無事に戻って来た聖を見て、百合乃もいくらか、安心する……
陽「悪ぃ遅くなった」
再び落ち合えた事に、聖と陽介も安堵する。
誓と瑠璃は二人が戻ってきた事を、離れた場所から見ていた。誓と瑠璃も、絵梨たちがいる方へと向かう。
瑠「誓早く、先に行っちゃうよ?」
瑠璃が小走りで、誓よりも先を歩く。瑠璃は誓の方を振り返りながら言った。
誓「あ? 待てよ」
瑠「誓、遅いから先に行っちゃお!」
瑠璃は誓に冗談混じりにそう言ってから、再び走り出す。だが、………――走り出して、“すぐに止まった”。
「…………」
瑠璃の前に、アクアが現れたからだ。
アクアがモニター室で捜していたのは、瑠璃だったのだ。
それに気が付いた誓が、急いで瑠璃の元まで走ってきた。誓は瑠璃の腕を後ろに引き、瑠璃を自分の後ろへと……――
誓「お前は誰は?」
誓がアクアに鋭い目を向ける。
A「……君に用はない。そこを退け」
誓「瑠璃に用か? なら尚更、退く訳にはいかない」
現状に気が付いた絵梨たち四人にも、緊張が走った……――
瑠「用って何ですか?」
瑠璃が誓の後ろから、アクアに問い掛けた。
誓「瑠璃、話し聞く意味あるのか?」
誓が瑠璃に問う。誓からしたら、瑠璃に全く耳を貸さないでほしい。RED ANGELと関わりを持ってほしくないから。
瑠「用があるなら、その用が済めば終わる……」
誓「瑠璃……」
誓は瑠璃との気持ちが、食い違っている事に気づかされた。誓は瑠璃を止めたい。だから、今回の件もこの場に乗り込んだ。だが瑠璃は、守られて終わるつもりなどない。取り引きも駆け引きもする覚悟で、ここにいる。勝敗を見届ける瞳で、ここにいる。
瑠「用は? ……」
瑠璃が再び問い掛ける。
A「ウルフだ」
瑠「ウルフ?」
A「ウルフからの命で、君の元へ来た」
瑠「……ウルフが私に、何の用だって?」
A「つまりは“逃がさない”そういう意味だ」
瑠璃の表情が強張る……――
そんな事を言われて、誓が黙っている訳がない。……――誓とアクアが睨み合う。
誓「そんな事を、俺が許すと思うなよ」
A「許すも許さないも、大した意味を持たない。……――守りきれるか? ……」
誓「その自信がなきゃ、元からこんな台詞は吐かねぇ」
睨み合いのまま、二人の片手がそっと動く……──
A「自信がなかったら、俺も今ここにはいない」
誓「その自信を、過信しているのはどっちだ? ……――」
A「それが勝敗を分ける事になる」
すると、二人の片手が同じタイミングで動いた。銃口がお互いに向く……──
それを見た他のメンバーの表情が青ざめた。
陽「RED ANGELはまだしも、
陽介はものすごい勢いで、聖に問い掛ける。
聖「……警察」
陽「あ゛ぁん?!
そして絵梨は、隼人の言葉を思い出していた。絵梨がこの件を隼人たちに話したのは、隼人たちが知り合いだから。それならばと思い、隼人たち五人も知り合いに相談した。誓と響に……──
『警察には言えない』と、絵梨はそう言った。だからこそ、五人は“ただの知り合い”として、誓と響にこの事を話した。
──銃口を向けながら、相手の動きを見定める。一瞬も隙など、見せないように……──
だがするとそこへ……──
「ずいぶん物騒なモノ持ってんだな?」
銃口を向けたまま睨み合う二人に、突如投げ掛けられた言葉。……――やって来たのは雪哉だ。
誓A「「誰だっ…!」」
すると誓とアクアが、一斉に雪哉へと銃口を向ける。
雪「俺も面倒なタイミングに登場したものだぜ……」
雪哉が舌を出しておどけてみせる。そのまま何食わぬ顔で、一応両手を上げた。
A「白谷か」
誓「……あ?
誓と雪哉は、互いをじっと見ている。
A「仲間なんかじゃない」
誓「なら俺の味方か? ……それとも俺とも敵か?」
雪「
〝へ??〟と、聖、陽介、百合乃、絵梨、瑠璃はぎょっとしている。〝確かにこの二人、居合わせていたのは一瞬だったが……〟と。
瑠「ちょっと……!」
誓と雪哉は、お互いが仲間だとは認識していないようだ。
誓に食って掛かる様な態度の雪哉を前に、瑠璃に焦りが募った。
瑠「誓、
誓「……………了解」
瑠璃の言葉を聞いた誓は、再びアクアに銃口を向ける……――
そして誓と雪哉はようやく〝あ~、なんだ。あの時のアイツか〟と、互いを認識する。〝一時的に身を隠していた物置のような小部屋の中で、居合わせていた奴か〟と。
そして、瑠璃の言葉を聞いた誓が、銃口の向きを変える筈……──そう気が付いたアクアも、同じタイミングで再び銃口を誓に向けた。
誓とアクアの緊迫した雰囲気……――対照的に、マイペースな雪哉。……
雪「RED ANGEL、これを見ろ」
すると雪哉も、銃を取り出した。これはキャットの物だ。
誓に銃を向けられているアクアは、横目でソレを見た。ソレを見たアクアが、目を丸くする……
A「それはキャットの……なぜお前がそれを持っているんだ!」
雪「“物騒だから没収した”に決まってるだろ。それに、取れるモノは取っとかねぇとな」
A「…………お前がそれを持っているなら、キャットはどうした?」
すると雪哉が、銃をしまって答える。
雪「俺はお前にそれを伝えに来た」
A「わざわざ挑発に来たって訳か?」
雪「誤解だ。わざわざ伝えに来てやった。一応、さっきの礼だ」
さっきの礼とは、雪哉が花巻に鉄のパイプで殴られそうになった時、アクアがそれを止めた事を指している。
A「…………」
雪「お前の仲間のクロネコは、モニター室にいる。おそらく二日は起きねぇから、そこんとこよろしくな? ──」
A「起きないだと?! キャットに何をした!?」
雪「さぁな。心配なら自分の目で確かめろ」
雪哉とアクア、二人の会話は続いていく。
……――そして、二人の会話をじっと聞いていた誓が、ある事に気が付く。聖たちのいるちょうど真上だ。吹き抜けの2階の手摺りの前に立ちながら、こちらを傍観している男がいる。
真上なので、聖たちには見えない位置だ。更には雪哉も、その男に背を向けている状態だった。そして瑠璃も、気が付いていないだろう。── アクアがそれに気が付いているのかは、定かでない。
……――間違いない。此方を傍観している男というのは、ウルフだったのだ。
雪「どうするんだ? 心配なら、行ってみるのが一番手っ取り早い」
──“礼”と言いながらも、雪哉の行動はこの場を回避する為のものにも思える。
A「あの女は、世話が焼ける……」
アクアがため息をつく。 それからアクアは、2階の手摺りのところから、こちらを傍観しているウルフを見た。
アクアはウルフが傍観している事に、気が付いていたのだ。
──すると2階から、ウルフがアクアに合図を送った。〝行け〟と――
A「俺は一先ず引く……」
その言葉をきっかけに、誓とアクアは銃を引いた。
アクアが引くのは、代わりにウルフがいるからだろう。誓はその事に気が付いている……──
そしてウルフが動いた。手摺りからそのまま、階段へと向かう。……─―ウルフがこちらへと向かって来る。
それを見た時、誓の中にある考えが浮かんだ。……─―聖たちも雪哉も、ウルフの存在に気が付いていない。 それなら、ウルフの存在を知られる前に、聖たちをこの場から離れさせたい。
誓「聖、お前ら先に行け!」
誓が離れた位置にいる聖に向かって、叫んだ。
聖「お前、一人で大丈夫なのかよ……?」
誓「余裕だ。心配するな、弟」
聖「別に心配で言ったわけじゃねぇし……」
聖たちがウルフに背を向けたまま、この場を離れるように、誓がその方向へ促す……──
〝警察の考える事は分からねぇ。アクアの事でも追うのか?〟と、聖たちはそんな事を思っていた事だろう。
──聖たちは後ろを振り返る事もなく、この場を離れていく……――
誓「お前もBLACK OCEANだろう? お前も行け」
誓は雪哉にも先に行くようにと促した。
雪「言われなくてもそのつもりだ」
誓「だが、一つ頼みがある」
雪「頼み?」
誓「お前を信用してやる。瑠璃を連れて行ってくれ」
雪哉は瑠璃を見た。瑠璃は誓を見る。
瑠「誓?! 嫌よ! 私は誓と一緒にいる!」
ウルフの目的は瑠璃だ。ウルフがいるこの場に瑠璃を残すのは危険すぎる。誓は雪哉に瑠璃を連れて、逃げてほしかったのだ。
誓「瑠璃、いいから行け」
瑠「なんで? 誓はどうするの? アクアは引くって言っていたし、誓が残る意味なんて……」
ウルフの存在に気が付いていない瑠璃からしたら、誓の行動の意味が分からない。“アクアが引く”のなら、道を阻む者はいない筈。そうなると、足止めの必要ない……瑠璃はそう思っていた。
瑠「…………」
──だが、瑠璃の瞳も、ようやくウルフの姿を捉えた。
誓「瑠璃、分かっただろ? 早く行け」
瑠「でも誓……私もここに残る!」
瑠璃が
誓「瑠璃!
雪「は?!」
瑠「!?」
すると誓の言葉が、瑠璃に、ジ~ンと響いた。
瑠「分かったわ!」
雪「あ? ……」
“自分が守る立場”、の様な言い方をされて、一気に熱が入った瑠璃。瑠璃を奮い立たせる感情、それは〝責任感や使命感〟である。──そうして瑠璃は、張り切って雪哉を引っ張り走り出した。誓の思った通りの結果である。
──結局、雪哉は後ろを振り返らないまま、この場を去った。
──そしてゆっくりと階段を下り、ウルフが誓の前に現れた。
「君はOCEANを僕と、会わせたくなかったんだろう? ……余計な事をしてくれるな」
「どうだか? ……お前こそ、あんな場所でこっそりと、傍観なんてしやがってよ……――OCEANの前に出てくる決心がつかなかったのは、お前じゃないのか? ──」
挑発的に誓が笑みを作った。
****
……――そして此方は、雪哉を引っ張りながら逃げる瑠璃──
瑠璃は必死だ。絵梨の事を思う程に、“本気で雪哉を守りたい”と思った。
だが、そう……真剣だったのに、瑠璃にとって予想外の展開に……――
「遅い」
「はぅ?!」
雪哉を引っ張って走っていたら、雪哉に走り抜かされた。すると自然に瑠璃が、引っ張られる形になってしまった。
「私は誓に雪哉を任されたのにっ……どうして私が引かれる側になっちゃうのよ……!」
「遅いからだ。だいたい、俺がお前に守られるわけないだろう? ……」
誓がああ言ったのは、
「誓にはめられたわ?!」
「今頃気が付いたのか?」
「私戻る! 誓のところに戻る……」
「あ? ……」
瑠璃は誓の方に戻ろうとして、無理に足を止める。……すると、雪哉に引っ張られていたので、思いっきり前につんのめった。
「きゃっ?!」
つんのめった瑠璃を、雪哉が抱き止める。
「ぅわっ……」
抱き止められたまま顔を上げて、反射的に失礼なリアクションを取る瑠璃。
そして……――
「ぅわ……」
反射的に瑠璃を抱き止めたけれど、雪哉も失礼なリアクションだ。
「「…………」」
その時、瑠璃の頭の中に、絵梨の姿が浮かんだ……――
「ヤダ?! 離れて!」
絵梨の事を思い出し、自分を現在抱き止めている相手を改めて認識した結果、絵梨への忠誠心から、過剰に雪哉を嫌がり出した瑠璃である。瑠璃は即刻、雪哉から離れた。
「俺なんか嫌われてる?! “ブス”って言った事、根に持ってるのか? ……」
「いや……そういう訳じゃないんだけど……」
「……――別にいいけど? とりあえず、早く行くぞ」
「そうだった! ……私は誓のところに戻る!」
「は? アイツは『行け』って言ってただろ? 行くぞ」
「ダメよ。戻る……」
誓の方へ引き返そうとする瑠璃。だが、雪哉に掴まれていて、引き返せない。
「俺は戻らない」
「私は戻るから、放して?」
「ダメだ。一人は危ない。俺が戻る気ないから、お前も戻れない」
「私一人で平気だから」
「ダメだ」
「「…………」」
「行く……」
「しつこい……」
「あなたこそ……!」
雪哉はそのまま、納得のいかない瑠璃を引っ張る。そして瑠璃は、反抗を続けている。
「何なんだよ?! めんどくせー女だな!」
「うるさい! 全く! 強情な男ね!」
「バカな女……“危険だ”って言ってんだよ!」
「大丈夫よ。アナタにそこまで、お世話になる気はないわ。アナタだってそうでしょ?」
瑠璃と雪哉は特に仲が良い訳でもない。会ったのも最近で、ほぼ他人同然だ。“私の事など、気にかけなければいいのに”と、瑠璃はそう思った。
だがすると、〝そういう問題じゃねぇんだよ〟と、雪哉がため息をついた。
「お前を一人にして、何かあったらどうするんだよ? 俺は“守れなかった人”、みたいなレッテルを貼られるのは、御免なんだよ」
「そっちですか?!」
雪哉の言葉に、衝撃を受けた瑠璃だった。
「分かったら早く行くぞ」
「?!……」
再び雪哉が瑠璃を引っ張って、歩き出す。
瑠璃は先程の正直な言葉を聞いてしまって、戻るとも言いずらくなってしまった。だがやはり、誓の元に戻りたい。
「……ごめん。私、戻りたい……」
言いずらいが、控え目に言ってみた。
「……“ダメだ”って言ってる」
「「…………」」
雪哉は少しの間、無言で瑠璃を引っ張った。瑠璃も無言で、渋々と歩き続ける。
しばらくして、雪哉は瑠璃を見ずに言った。
「第一に、お前が絵梨の姉貴だからだ。お前に何かあったら、あの女、落ち込むだろう……」
瑠璃は反射的に、一度雪哉の事を見た。瑠璃からしたらますます、絵梨と雪哉が上手くいかない理由が分からなかった。
雪哉は絵梨に、自分の役目を話す気などない。理解してもらえるとも思っていない。
明らかに、それが二人の埋められない溝になっているのだ。
「アナタにとって、絵梨は何なの……?」
「……初めはとにかく、放っておけない奴だった」
「初め? ……」
「アイツが喋れるようになってからは、また少し違う」
“喋れるように……”瑠璃は困惑した。その意味が分からなかった。
絵梨が話せなかった時期は、瑠璃と離れていた時期。瑠璃はその事実を知らなかったのだ。
「喋れるようにって……何? ……」
雪哉も驚いて瑠璃を見た。知っているものかと思っていたから。
「知らないのか?」
「私は一人暮らしで、絵梨は実家だったから……」
──初めて知った。姉の自分が、その事を知らない。瑠璃は不甲斐なさや罪悪感を感じた。“やはり自分が絵梨を一人にさせてしまった”のだと、そう感じた。
内気で不器用な妹を思い出す。昔から、
「アナタは絵梨が辛い時、ずっと傍にいたのね……――ありがとう」
「…………」
雪哉から、返答はない……
……――そして少しの沈黙の後、雪哉が重い口を開いて、瑠璃に返す。
「……――それももう、終わりだけどな」
「………どうして、そんな事を言うの? ずっと傍にいたアナタが離れていったら、絵梨は悲しいに決まってる……」
「仕方ねぇんだよ。俺が悪いんだ。結局こうなるのは分かってた」
「…………」
「俺は中途半端な事をした。……――こんなのは、もう終わりだ」
「…………」
──大切な人の大切な人は、それから何も、言わなかった。
歩き続けるその背中は、寂しげに見えるけれど……――
二人はただ、前へと進んで行った。
***
━━━━【〝
ただ、進むの……
入り組み絡まり合った、この暗闇を……
それがまだ、暗闇の始まりにすぎなくても、進む。
光を求めて進む。
大切な人を抱えながら。
大切な人は沢山いる。
その沢山の大切な人を、私はどうやって守っていく?
中途半端は私は、その罪として、いつか傷つく事になる。
本当はきっと、全員なんて、守れはしないのだから……
何を守るの?
何を捨てるの?
何を失う?
一番大切なものは何? ……
結局なにも、分からない。
私たちは皆、所詮なにも分からないまま、足掻いているにすぎない。
私たちの道は離れて、交差して……定まらずに続く。
……ただアナタの笑顔だけが、私の頭から離れない……――
私の人生は、まるで迷宮に迷い込んだかの様に、変わり始める。
迷宮の中で正解を探していた。
正解など、存在しなかったと言うのに……
その事に気が付くまで、ただ、正解を求めている。
太陽が沈んで、世界は漆黒に影を落とす。
……――そして、息を潜める。
漆黒の摩天楼が、どこまでも続いていく……――
*****
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