Chapter 1 【 BLACK ××××× 】

Episode 1 【BLACK OCEAN】

Episode 1 【BLACK OCEAN】

 太陽が一番真上へ昇る。

 もう昼間だと言うのに、机に突っ伏す。隣り同士の机で、偶然にも同じ格好をしながら爆睡する、金髪と黒髪。


「俺の髪型どうだ?!」


「イメチェンに挑戦か?」


「正直に言う。似合ってない……!」


 爆睡する二人の周りで騒ぐ三人。


「正直に答えるな! 気を使え!」


「それって聞く意味、なくないかな?」


「少しイケてるワックス使ったのにな! 残念な奴!」


 ─ピョー~~ン!!


 千晴が岬のワックスを、“ピョー~~ン゛と投げた。

 ──そう、彼ら、だ。


岬「俺のワックスが?!」


 そして飛んでいったワックスが……――


 ─バコン!!!➰☆


隼「いッてぇ~~ーー!!」


 ──〝寝ていた隼人に直撃〟。

 頭を押えながら顔をあげる隼人。


隼「投げたの誰だ!?」


 笑顔で千晴を指差す岬と光。


千「隼人~……怒るな!」


 即刻逃げる千晴。──それを即刻追う隼人。


 ──ダダダダダダダダダ!!!!

 ダッシュ!


隼「待ちやがれー~!」


 ──ダダダダダダダダダ!!!!


千「ギャー~!!……見逃してくれ~~!」


 ──ダダダダダダダダダ!!ピョン➰!


隼「誰が見逃すかーー~!!」


 ──ダダダダダダダダダ!!!!


 その光景を静かに眺めている岬と光。


亮「……騒がしい。……何なんだ?」


 突っ伏して寝ていた亮も起床した。


岬「おはよう! 今、隼人と千晴のお遊びタイム中だ!」


亮「へー……」


岬「今日も平和だな!」


亮「そうか?……」


岬「にしても、俺らって優等生だな!」


亮「……いきなり何だよ?」


岬「夏休みのしてる!」


亮「優等生じゃなくて普通だろ」


 ──そう、本日は夏休み中の登校日だ。


 ――心地好い風が吹く。


 窓の外を見た。……――青空の下の校庭を眺めながら、亮が呟く。


亮「この学校も、ずいぶん落ち着いたよな」


光「俺らが入学した頃は、凄かったもんな」


岬「……聖さんたちがいたからな」


亮「あの頃は、まだBLACK OCEANだったよな」


光「BLACK OCEANの最高潮だった」


 ──ダダダダダダダダン!!


隼「畜生! ……千晴のやつ! 今日は勘弁してやる!」


 隼人は千晴を追う事をやめて、戻って来た。

 隼人が諦めたのを確認してから、千晴も皆の輪へと戻る。


隼「何の話だ?」


 後から来た二人も、会話に加わる。


亮「“BLACK OCEAN„」


千「懐かしいな~、聖さんたちどうしてるかな~」


光「…………──何だか、嘘みたいだよな」


千「何がだよ?」


光「聖さんに雪哉さん、純さん、陽介さん、昔はあの四人が……――なんてな……」



──────

───────────

──────────────────


***─────


━━━━【〝YURINOユリノ〟Point of v視点iew 】━━━━


 アイツ等はRED ANGELとの関わりを、切るつもりらしい。

 私は、どう動けばいいのかも分からずにいる。

 ――アイツ等は本気みたいだ。 RED ANGELからただで、逃げられると思うだろうか?


 ──アンタはどう動くつもりなの? 〝聖〟……―――


 ……震える絵梨を見て、悪かったとは思った。でも、後悔はしてない。だって、戻って来てくれたから。


 ……――拒絶されても、やっぱり好きだ。〝ずっと好きだった〟。──そう、〝BLACK OCEAN〟の時から、ずっと……──


 ──覚えている……――のこと……──


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 ──【BLACK OCEAN】──


 それは、夜を制した、伝説の族の名。


 誰もが恐れ、誰もが憧れる頂点に君臨する。


 ――誰もがBLACK OCEANの世が、続いていくと思っていた。


 だがある日、BLACK OCEANの行く先を、大きく左右することになる出来事が起こった。


 それは、BLACK OCEANの退によって始まった。

 BLACK OCEAN四代目総長、栗原 聡クリハラ サトル 、彼の引退。


 ──そして始まったのが、総長の後任問題。つまりはBLACK OCEAN


 BLACK OCEANは巨大な組織。だから、巨大な組織の統轄の仕方にも工夫があった。 その方法こそが、四天王を置くこと。BLACK OCEAN総長の下に、さらに四人のリーダーを置くことで、巨大な組織を統轄していた。


 だか、それが問題を引き起こす原因となった。つまりそれは、ナンバー2の座が、四人いるということだ。


 ――その四人こそ、聖に雪哉、純に陽介。東に聖。西に雪哉。北に純。南に陽介。――まさに四天王制。


 当然、五代目総長の候補が、四人いる状態になってしまったのだ。


 それが争いの始まりだった。――この総長の座を賭けた争いは、BLACK OCEANが始まってから、全く類をみない程の、巨大な争いになった。──そう、聖、雪哉、純、陽介をリーダーとした四つの権力の争いだ。


 ――今では、あの四人が敵対していたなんて、嘘みたいに思える…――


 ──そして彼らの争いには、未だ決着はついていない。正しくは、彼らは決着をつける機会を奪われたままだ。他の誰でもなく、……――


 ――どうして聖は、私を見てくれなかった? 私が、BLACK OCEAN五代目総長の座を、〝永遠に消し去ってしまった〟からか?……


 ――あの時の聖を、忘れられない……

 聖と出会った頃こそが、総長の後任争いの真っ只中だった。


 あれは、ある秋の夜のことだ……――私の、【黒人魚時代の話数年前の話】にさかのぼる。


*───*───*────*────*───*


 ――数年前の、ある秋の夜。


 黒地に赤い装飾、背中に黒人魚の文字を背負った、黒人魚八代目総長の女が一人、敵対チームに追われていた。


 一人で、黄色に染まる、イチョウ並木を駆け抜ける。


 黒人魚総長こと、私、國丘 百合乃は逃げながら敵の情報を分析していた。


( 追っ手は五人。見たところ、幹部たちの姿はない。今日の追っ手はおそらく、下っ端の雑魚だ。

 ――そして逃げ続けている時点で、スピードは奴等に勝っている証拠だろう。

 相手が雑魚なら、逃げてスタミナ勝負になる前に、喧嘩で片付けた方が早い。負ける気はしていない。

 ――それに、一応仲間に連絡もしておいた。

 ――勝利は確信している。なら、逃げるのを止めるのが得策だろう)


 イチョウの黄色いじゅうたんの上で、足を止めた。

 追っ手も足を止める。


「ようやく諦めたか!」


「黒人魚の総長と言っても、五対一じゃ歯がたたねーだろ?!」


「男が相手じゃ、元からお前に勝利はねぇんだよ!!」


 ( 言いたい放題、うるさい連中だ )


「男が相手じゃ無理だって? ならどうして、私一人を相手に五人で来た?ア ンタら男なら、一人で充分だったんじゃないか?」


 嫌味たらしく挑発。

 悔しそうに歯を食いしばる連中…――


「舐めた口ききやがって!!」


「さっさと黙らせてやる!!」


 そしてまさに、喧嘩が始まろうとした、その時…――私たちの真横を、一人の男が通過した。


 男は学ランを着ていた。少し暗めの金の髪をした高校生だ。


 ――普通はこの雰囲気を感じ取り、離れた場所を通過するべきじゃないだろうか?

 “この男たちに絡まれても、知らないから”と、そう思った。


「オイ!お前何なんだよ!!」


 ――そして案の定、高校生は男に絡まれ始めた。

 ……だが呑気なもので、高校生は男たちを見て、ポカンとした表情になった。まるで男たちの存在に、“今気が付いた„、とでも言いたげな表情だ。……まさか、気が付いてなかったのか?


「なんだその腑抜けた表情は?! お前、何堂々とこの道通ってんだ?!」


「通り道」


「そんなことは聞きてねー! ……――何堂々と歩いてんだよ!?」


「……コンビニの帰り」


 高校生は手に持っていたコンビニの袋を、少し高くして男に見せた。――返答になっていない気はするけれど……


「だからな! んな事はどうでもいいって言ってんだよ!」


 男が高校生の持っている袋を叩き落とす……――音をたてて、袋が地面へと落ちた。

 高校生は無表情で、ただ落ちた袋を見ていた。すると、淡々と高校生が言う。


「間違った。コーラじゃなくて、醤油を買っちまった」


( ……はい? コーラと醤油を買い間違えた? ……この人、天然? )


 続いて、高校生の表情が焦りだす……―─


「ジンジャーエールのつもりが、これ酢じゃねーか?!」


( 馬鹿かよ……?! )


「やっちまった~……仕方ない。いちごオレで我慢するか~……」


 高校生は袋からいちごオレを取り出して、ストローをくわえ始めた。


( ……コーラからのジンジャーエールからの、いちごオレ? ジャンル変わった? いきなりカワイイ感じに…… )


 男たちも唖然としている。 〝コイツは一体何なんだ?〞と。


 高校生は何も気にすることなく、いちごオレを飲みながら再び歩き出した。

 だが唖然としていた男たちが、ようやく元の調子に戻って言う。


「待て! お前、ただでこの道が通れると思うなよ!」


( ……――マズイ雰囲気になってきた……。目の前で怪我なんてされても困る。後が面倒だ。……話がややこしくなるのは避けたい。……そうなると、この高校生をさっさと逃がさないといけない )


「アンタは早く逃げな!」


 腕を思いきり引っ張って、とりあえず、男たちから遠ざけさせる。

 すると高校生は、驚いた表情で私を見た。


「早くしろ! 逃げろ!」


 ――こいつ等は雑魚。心配は無用だ。


 高校生は少しの間、何か考え事をしていたように見えた。――そうしてから、ようやく口を開く。


「じゃあ、お言葉に甘えて、俺は帰ることにする。……寝いしな!」


「さっさと帰れ! 通報だけは絶対にするなよ!」


「そんな面倒なこと、誰がするかよ? 言っただろ? ……──


 高校生は背を向けて立ち去りながら言った。


 ――再び五対一に戻った。〝余裕で勝利〟。

 この男たちを片しながら、思っていた──


 ──〝さっきの男、何だったんだ? 〟──


 ──第一印象は、〝変な奴〟。


*****


 そしてその変な奴に再び会ったのは、秋もより一層深まる頃だった。


 ――イチョウ並木を歩く。

 だんだんと移り変わる風景。イチョウ並木から、モミジの並木へと変わる……──


 当時の私はまだ高校生。

 その日は帰りが遅くなってしまって、辺りはもう暗かった。


 自分だけの足音の他に、何人かの足音が微かに聞こえた。私が止まると、止まる足音。いつからだかは分からない。――尾行されてる。


 高校では正体を隠していた。当然、高校へ通っていることも隠していた。だから、制服の時は安全だと思っていた。


( ――どうするか? 何人だ? ……分からない。逃げて上手くくしかないか )


 ――紅葉で染まった道を走り出した。

 すると、尾行の足音も走り出す……─―


─「気が付かれたか?!」


─「追え!」


( やはり、尾行。どこの奴らだ? 目的は? ……―─辺りは暗い。隙を見て、狭い通路に姿をくらませられるか? …… )


 走りながら徐々に、道の左側へと寄る…――

 すると、目当ての狭い通路が見えてきた。素早くその通路へと入りこんだ。

 奴らが通り過ぎるまで、息を潜める……

 やがて、足音が近づいてきた。


─「どこに行きやがった?!」


─「早く探せ!」


 一先ず安心した。〝気付かれてない〟。

 少しだけ通路から顔を出して、辺りを見渡す……──

 ──その時……──


「痛っ……」


「やっと見つけた」


 気配に気が付いていなかった。さっきの追っ手以外にも、仲間がいたらしい。

 後ろから、髪を鷲掴みにされた。

 暗くて顔が見えない。


( コイツらはどこのチームだ? )


「痛……離せ!」


 髪を引っ張られて、無理矢理立たされる。──すると、男の顔が見えた。


「黒人魚の総長が、呑気に学生やってるってのは、本当だったらしいな」


「お前は……」


 私の髪を今まさに鷲掴みしている男は、黄凰コウオウというグループの総長だった。

 思えば、この間の奴らも黄凰だったのだ……


「この間の奴らの、かたき討ちかい?」


 口調は強いけど、正直、これはマズイ展開だ。捕まっているうえに、相手は総長、この間の雑魚とは話が違う。それに、制服なんかじゃろくに喧嘩さえ出来ない。


「かたき討ち? 馬鹿言うな。ただ。だから、この間も追っ手を出した」


「私に用だと……?」


 いつの間にか、他のメンバーも集まってきた。


「國丘 百合乃、お前は自分の立場を分かっていないのか?」


「立場?」


「お前、よくいろんな連中に狙われるだろ? それは、ただお前が“総長だから”ってだけの理由じゃない」


( “総長だから”だけじゃない……? )


「分からないか? お前が狙われるのは、だ」


 総長が私のあごを指であげて言った。


「“”みんなその名が欲しいんだ。トップを取る為には有力だからな」


──〝國丘クニオカ〟──


 私はその名が嫌いだ。

 その名は生まれた時から、私をこの世界に縛りつける

 こうして今、私が捕まっている理由も、その名のせいだなんて、つくづく、好きになれない名だ。


「トップのBLACK OCEANが争っている今のうちに、トップを勝ち取る為の準備みたいなものだ」


 ──男の言葉が突き刺さる。

 それもこれも、私の名前のせいだ。

 “利用される”。私は道具じゃない。


「……──と、言うことだ。悪いが利用させてもらう」


「誰が利用なんてされるか! ふざけるな!」


「どうやら乗り気じゃないらしいな。──……逃げられねーように、しっかりと縛っとけ」


 総長の命令で、他の男に腕を後ろで縛られた。次に、声も出ないようにされた。


「軟禁か監禁。それが嫌なら俺の女になるか? 三択、好きなのを選んで構わない」


 どれも最悪だ。コイツらなんかに利用されてたまるか。

 声を出せないから、思い切りそっぽを向いた。──視界が総長の男から、夜空に変わる。

 その時に夜空に何かが舞ったのが見えた。長方形の形をした“何か”だった。

 その謎の物体が、飛んで飛んで……こちらに飛んできて……──


 ──バコン!!!


 黄凰の総長の頭に直撃。


 ──カラン……


 謎の物体はその後地面に落下。

 謎の物体の正体……──“紙パックの、いちごオレ”??


 ぶつかった衝撃でパックが開いたらしい。黄凰の総長が、頭からいちごオレまみれになっている。──心の中で爆笑してやった。


 ──グシャッ!


 パックを思い切り踏み付ける総長。


「誰だ?! こんな物投げやがった奴は!!」


 部下たちをギロリと睨みつける総長。

 部下たちは皆、〝違います〟と首を横に振って両手をあげた。

 ──そんな中で、少し離れた場所から、誰かの声がした。


「投げたの俺だけど?」


 全員が声の方を向いた。

 男たちが邪魔で、私には見えなかった。


「テメーか!? こんな舐めたまねしやがったのは!!」


「あ゛? だからそうだって言ってんだろ!? 二度も言わせるな」


─「いきなり首突っ込んできやがって!黙ってろ!」


─「邪魔だ!失せろ!!」


「そうはいかねー! ここは俺の、!!」


─「お前が退け!」


─「でしゃばってんじゃねーよ!」


 すると、黙っていた黄凰の総長が前へと出た。


「どこの誰だか知らないが、調子に乗るなよ?! 俺を誰だと思ってんだ!!」


 ──周りにいた男たちが一斉に、いちごオレを投げた男へと襲い掛かった。

 私には未だに、突然現れた男を見ることが出来ていなかった。


 〝一人で、あれだけの人数を相手するのは、おそらく無理だ〟。


 ……──そう思っていたのだが、しばらくして、そこに立っていたのは、漆黒に青い装飾の特攻服をまとった、一人の男だった。


 男は余裕な表情をしていた。この特攻服は、確か……──


 ──するとその男が、黄凰の総長を睨みつけながら言った。


「俺を誰だと思ってんだ? 俺はBLACK OCEANの、 だ!!」


 ──【稲葉 聖】・BLACK OCEANの四の一、東のリーダー。


─「BLACK OCEANの稲葉だと?!」


─「どおりで敵わねーわけだ!」


─「……俺ら、逃げた方がいいんじゃ……」


 黄凰の総長が、部下たちの弱気な発言に焦り出す。


「この腰抜け共!! おじけづいてんじゃねー!? 俺らはBLACK OCEANからトップを奪うために、黒人魚の総長を捕まえたんだろうが!!」


 総長が私を前へ引っ張り出した。そこで初めて、稲葉 聖と目が合った……


( 待て待て待て!! この男が、BLACK OCEANの稲葉 聖?! )


「制服? ……おい! 黒人魚!? お前学生だったのか!? その前にお前、拉致られ中かよ!?」


 私の存在に、今気が付いたらしい稲葉 聖。

 その前に……──


「お前がBLACK OCEANの稲葉 聖?! お前……“この間の腑抜けた学生”じゃないか!?」


( この間との変わりようは何なんだ!? )


「腑抜け…?! 余計なことは言うな!……お前喋れるのかよ?! 口に巻かれた布は飾りか!?」


( ………!? 確かに私、余裕で喋ることが出来ている?! )


─「あの女?! 喋れてるじゃないか!」


─「どう言うことだ!?」


─「実はあの布、優しめに巻いときました!」


─「「「「なんだと!?」」」」


─「いや~……可哀相かな~って思いまして!」


─「馬鹿か!?」


─「アホか!?」


─「腑抜けか!!」


( どうやら、が布を優しめに巻いてくれたらしい )


総長「稲葉! 俺はお前らBLACK OCEANからトップを勝ち取ってやる!! 言っとくけどな! この女は俺が貰った!」


聖「……はい? 元からこの女は俺のじゃねー!」


総長「そういう意味じゃねーよ!? “國丘の持つ権力”を貰ったって言ってんだ!!」


聖「……。はっ……初めからそー言え!!」


百「勝手なこと言うな!! アンタらなんかに利用される気なんてない!」


聖「……嫌だってよ? どうやら、お前らの女になる気はないらしい」


総長「だから逃げねーように縛ってんだよ!!」


 黄凰の総長の言葉に対して、呑気な表情で考えを巡らす稲葉。

 稲葉 聖、コイツ、どこか抜けてる。

 何か考えを巡らしてから、稲葉が口を開いた。


「お前らって悪役だな。なら俺が、お前ら黄凰をブッ潰してやるよ?」


 どこか天然のような雰囲気から、一変した。

 ──鋭い瞳。それに浮かんだ確かな闘志。


 ──秋を彩る紅葉。

 こんな夜のモミジ、より一層、艶やかに見えた。


 これがBLACK OCEAN東のリーダー、稲葉 聖。


 無駄な動きのない喧嘩。

 驚くほど冷たく見える瞳。


 何がそんなに、この人に拳をふるわすのかが、分からなかった。


 嫌々この世界に縛られる、私の喧嘩が偽物なら、目の前の光景がきっと、


 同じ夜に呼吸をしていても、私と彼の見ている景色は全く違う。


 ──これが、BLACK OCEAN……────



 ……食い入るように喧嘩を眺めてしまっていた。


 気が付けば、そこに立っているのは、私と稲葉と黄凰の総長だけだった。


「お前の部下は全員負かした。分かったら、早くその女を放してやれ」


「……だれがっ誰が放すかよ!! 奪ってみろ!?」


 〝駄目だ。コイツ焦りすぎ〟。黄凰の総長は、気が動転し始めてる。

 こういう時は1番危険。何をやり出すか分からない。

 腕を縛られているうえに、まるで、人質のように掴まれている。〝この状況、危険だ〟。


「負けは分かってんだろ? さっさと放せ」


「なんだよ?! お前ずいぶん、この女取り返すのに必死じゃねーか!! ──本当はコイツ、お前の女なんじゃねーのか?」


 黄凰の総長が口角をあげた。


「…………は? ……」


「否定しねーのか?! 図星だな!?」


「〝だから違う!!〞」


「テメーの女なら好都合だ!!」


 動転した黄凰の総長に、いきなり地面に押し倒された。

 地面にぶつけた頭が痛い。

 総長が取り出したのは、ナイフだった。


「稲葉!! しっかりと見とけ!! テメーの目の前で、この女を犯してやる!!」


 押し倒された顔のすぐ近くの地面に、ナイフを突き刺した。“いつでもナイフを取ることが出来る”、という脅し──


「嫌っ……!!」


「待てよ!! そいつは本当に俺の女じゃない!!」


 ─ドカッ!!


 ナイフはあっても隙だらけ。稲葉が私の上にいる男を蹴り飛ばす。

 ──その時、息を吹き返した黄凰の下っ端が……──


 ─ドンッ!!


 ──後ろから稲葉を突き飛ばした。すると、体勢を崩した稲葉が…──


「ぉわっ?!」


「っ?! 待てテメー?!倒れてくんn──」


 案の定、〝私と黄凰の総長の方へと倒れて、突っ込んでしまう〟。

 

─〝ドーーン!!〞


 こうして全員、体勢を崩してしまい……──身が投げ出される。〝〟──……


「きゃぁぁぁあ゛~~ーー!?」


「ぅおわァァーーーーー!!」


 ─ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ──……!!


 ─ドッカーーーーン!!


 長い坂道を、私と稲葉、総長に下っ端、計4人で転げ落ちた…──という、笑えない展開だ。


 坂の下は、真っ赤なモミジの落ち葉で染まっていた。


 身体が重い。長い坂を転げ落ちても、状況は変わっていなかった。 掴まれたまま落ちて、なぜか結局、私はこの男の下。“運が悪いにも程がある”。


「……さっさとどいて! 重い!!」


 下から男の肩を押してみた。その時私は、さっきとは何かが違う違和感に気が付いた。


「……?! ……──ねぇ、貴方、寝てるの!?」


「……落ちた衝撃で、眠くなった」


「なにそれ!?」


「…………──」


「ちょっ……ちょっと! 寝ちゃったの!? ? ……」


 坂を転げ落ち、私の上にいる人物がすり変わっていた。私の上にいるのは黄凰の総長ではなくて、BLACK OCEANの稲葉 聖だった。


「……稲葉? 人の上で寝ないでよ……!」


 黄凰の総長の時は、嫌で嫌で仕方なかったのに、なぜか今は、鼓動が早くなって、顔が熱くなるのを感じた。


 眠る稲葉の背中に、そっと腕を回した。


 耳元の吐息の音を聞いていた。


 ヒラヒラと舞う、真っ赤なモミジの葉を眺めながら。


 不意にその背中に腕を回してしまった時が、私の心が稲葉 聖を求めてしまった、最初の瞬間だった。


 出会って、想いを寄せ、そしていずれ私は自ら、想いを寄せる稲葉 聖の夢を、奪ってしまうことになる。

 ──そう、BLACK OCEANのいただきを、私が永遠に消し去ってしまう。



 ──“あの時の聖の表情、忘れられない”──



─────────────────

────────


─「BLACK OCEANと黒人魚が仲間になる? ……」


─「そうだ。これからは、 “BLACK MERMAID”」


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─「私に総長だなんて! 無理に決まってる! あの四人の中から決めるのが妥当じゃない!」


─「それでは駄目なんだ。 お前を総長にすることが目的だ。なぜなら──……」


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───────


「“私が総長”。聖ぃ……ごめんね? 許して……────」



 あの時、聖は私の方を振り返って言った。



「百合乃なら、いいよ」



 とても、辛そうに笑ってた……


 どうして、“私ならいい”って言ってくれたの?


 どうして、私を責めなかった?


 もしもあの時、散々に責められていたら、 貴方をこんなにも好きにならずに、済んだかもしれないのに……──



 ──【BLACK OCEAN】──


 夜を制した伝説の族の名前。


 そして、黒人魚との同盟によって、 BLACK MERMAIDへと変わった。


 愛する人の夢は、黒い人魚の手によって、消え去る。


 〝黒い人魚が黒い海洋を支配する〟。


 理想と現実の違い。


 “黒い海洋で黒い人魚が、幸せに暮らす”。


 どうして理想通りに進まなかった?


 ──私の心は償いとして、今でもBLACK OCEANを求める。


 〝そして忘れない〟。BLACK OCEANのことを──……



*───*───*────*────*───*

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