Episode 2 【手の平の中】

Episode 2 【手の平の中】

 ──耳を疑った。

 とっさに走り出す。階段を駆け上がり、息を切らせて、扉を開く──



──〝頭、壊れそうなくらい、怒りが込み上げた〟──


「テメーどういうつもりだ!!」


 怒りをぶつける対象人物の、胸倉を掴んだ。

 今は──……立場とかはどうでもいい。……


「何とか言え!! どうしてだ!! どうして!……──んだよ!!」



 誓が松村に言った。

 松村は眉間にシワを寄せただけで、いたって冷静だった。


「俺が気に食わねーからって、嫌がらせのつもりか!?」


「そんな滑稽こっけいな真似はしない」


「なら、どうしてだ!!」


 松村が胸倉を掴む誓の手を、叩き落とした。


「手段は選ばない。なにも、無理矢理じゃない」


「そんなわけねーだろ!!」


「あの子の立場は、“お前の恋人”という立場だけではない。あの子の妹が巻き込まれている。協力するのは、妹を助けたいという、あの子自身の意志だ」


「妹だと……?! ──」


 誓の中に、一度だけ顔を合わせたことがある絵梨の姿が浮かんだ。


「あの子の妹は、BLACK MERMAIDの総長、幹部たちと親しい」


「総長と幹部だと?! ……」


「そうだ。知らない筈はないだろう? 幹部っていうのは、だ」


 松村は冷静な表情で椅子に腰掛けた。


「そう怒らなくともいいだろう。警察と繋がった分は、あの子の安全確保とでも思え。 ──RED ANGELを手中に収めてやる。騙し合いは、もう始まっているんだ」



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 ──〝騙し合い〟──

 敵の手中に収まるのは、一体どっちだ? ―――

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「奴らの手玉に取られるつもりはない」


 松村は勝ち誇ったような笑みで、笑った──


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*******


 コーヒーの空き缶が、宙を舞う。


 ―カラン……


 空き缶のごみ箱から外れて、地面に缶が落ちた。


「投げるな! コノ不良警官が!」


「うるせー! 悪かったな!」


 地面に落ちた空き缶を拾い、ごみ箱へと入れる誓。


「悪態つくわりに素直だな!」


 響が目をパチパチとさせながら、誓を見た。



 ──午後の公園。

 気分とは反対に、眩しすぎるくらいの快晴。


「うわ~~……何だよ、誓? ……真面目にへこんでんのか?」


「凹んでねーよ。ただ頭が可笑しくなりそうだ」


「大差ない。──らしくねー。何凹んでんだよ?」


「当たり前だろ!」


「やっぱり凹んでんのか?!」


「……うるせ」


「うわっ……誓が凹んでやがる。こんな誓、なかなか見れないぞ。……──聖に見せてやりてーな!」


 “聖の名”を聞くと、明らかに不機嫌になる誓。


「何で聖なんだよ!」


 ムキになる誓を見て、可笑しそうに笑う響。


「笑うな!」


「悪ぃ、面白くて」


「瑠璃が心配なんだよ! 当然だろう!」


 響は可笑しそうに笑うのを止めて、変わりに口元だけでニッと笑ってみせる。


「心配なのは分かる。けど、その目は心配より嫉妬が勝ってる。──RED ANGELの幹部に、本気で瑠璃を取られそうで怖いのか?」


 身も心も、離れてしまうだろうか?


 身も心も、奪われてしまうだろうか?


「怖いとかじゃねーよ」


 響が溜息をついた。


「相変わらず素直じゃない。不思議だよな……」


「何がだ?」


「──はっきり言って、聖の方が協調性と柔軟性がある」


「……──何が言いたい?」


「そのままだ。誓も協調性と柔軟性を養えよ? それで冷静になれ! 瑠璃が心配なら、いちいち凹んでる暇なんてねーよ!」



━━━━【〝SEIセイ〟Point of v視点iew 】━━━━


 響の言ってること、間違ってない。


 瑠璃が大切だ。心配なんだ。

 瑠璃がRED ANGELの奴らと一緒にいると思うと、頭が痛くなる……


 ──どうしてだよ? 危険すぎる。有り得ねーよ。

 瑠璃、お前は馬鹿だ。危ないことなんてするなよ。あんな奴らと一緒にいたら、何されるか分からねーだろ。


 どうして辛い道なんて選んだ……──妹のためかよ? 自己犠牲なんて、俺が許さないぞ。


 俺の立場って一体何なんだ。妹の為だからって、一人で突っ走りやがって……妹のためなら、俺に相談もしないのかよ? 〝お前は本当、いい姉貴だな〟。哀しいくらいに。……──馬鹿、瑠璃。


「凹んでる暇あるのかって聞いてるんだ!」


 〝〟。もう分かったから。


「ヘタレ兄貴! 弟に笑われるぞ!」


 ………。この銀髪のインチキ警官、さっきから一言二言多い。 そろそろ黙ってろ。

 コイツ、何かと聖を引っ張り出してきやがる。嫌がらせか?


 確かに、なぜか聖には負けたくねー。俺がヘタレだと? 聖の間違えじゃねーの?

 ──俺がヘタレで聖に笑われるんじゃない。〝聖がヘタレで俺が笑う〟。


 ……今気が付いた。何だこの対抗心? 俺は聖に負けたくねー。


 俺にとって、聖の存在は不思議なんだ。

 〝罪悪感が残ってる〟。俺が連れ戻さないとって思ってる。

 ──聖、さっさと戻ってこいよ。苛つくけどな……なぜだか、お前には負けたくねーよ。意味の分からねー対抗心だ。

 ──よく分からないけど、つまり、


「ヘタレ狼! 飼い犬に成り下がったか! 悔しかったらワン! って鳴いてみろ!!」


 ………。最早、何の話なのかも分からない。

 コノ銀髪、面倒なキャラだ。うるさいから、そろそろ無視はやめておく。


「誰がヘタレだ? 分かってる。──松村が勝手に瑠璃を巻き込んだなら、こっちだって勝手に動けばいい」


 俺の言葉を聞いて、響はようやく満足げな表情に変わった。



 ──瑠璃、勝手なことしやがって……早く俺の所に帰って来い。

 うさぎみたいなくせに…… 俺がいなくて、寂しくねーのかよ?

 ……俺にはもう、お前が必要だ。

 例えば、お前の手の平の中でなら、転がされてみても構わない……



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