Episode 11 【宴】
【宴】
優雅な時間は、あっと言う間に流れる。そうして、日が沈んだ。ディナーも終わり、人々は美しい旋律に酔いしれている。
二日目のパーティーも、そろそろ終わりを迎える。
そんな中、瑠璃たちは会場から出て、広いテラスにいた。『せっかくだから、俺らだけで飲もうぜ?』──陽介の、この言葉がきっかけだった。
現在既に集まっているメンバーは、瑠璃、絵梨、百合乃に聖、純だ。陽介と雪哉は、まだ来ていない。
百合乃は聖との事があったので、参加するかしないかに迷っていた。けれど、絵梨に誘わて参加する事にしたのだ。
──いくら飲んでも全く酔わない聖は、早くもスラスラと涼しげに飲みまくっている。
そして、飲み初めると、案外飲める瑠璃。瑠璃はまた、無意識にどんどんと飲み始めた。
百合乃と純もそこそこだ。
絵梨だけは、ジュースを飲んでいる。
──するとその時、テラスの扉が開いた。やって来たのは陽介だ。
「よっしゃ! 飲もうぜ! このメンバー、気に入った!」
〝皆で楽しく飲む気満々〟だ。陽介は“気合い十分”、と言った様子で入ってきた。そして──
「……俺は参加しねーよ」
「ダメだ! やっと捕まえたのに……不参加なんて認めないぞ! ユッキー!」
──嫌々連れて来られた雪哉も一緒だ。
絵梨はハッと、口を開けている。雪哉が来たものだから、いくらか慌てているようだ。
そうして焦った絵梨は、瑠璃の隣へと移動した。絵梨は瑠璃の存在に、安心感を求めたのだろう。
……──雪哉を見たり見なかったり、絵梨は落ち着かない。
「俺は戻る……」
──やはり、参加したがらない雪哉。
だが陽介は、どうにか付き合わせようと、必死なようだ。
「何言ってんだよ! 昼間もいなかったのによ! ユッキーがいなかったせいで、話し相手探すの大変だったんだからな!!」
「そんなの知らねーよ……お前の問題だろ!?」
「ユッキーまでそんな冷たいこと言うのか?! もう来ちゃったくせに!」
すると……──
「?! ……気持ち悪っ離れろ! 馬鹿野郎!! ……」
ふざけて雪哉に抱き着く陽介だった。雪哉は相当不快そうである。
「ユッキー~~!! ……俺、寂しかったぁ~ーー!!」
そして陽介、離れる気なし。
「ぅえ……お前最悪だ。気持ち悪りー……離れろ!」
陽介を離すのに必死な雪哉。
──その光景を、瑠璃の隣でじっと見ている絵梨。
「お姉ちゃん……」
「どうしたの?」
瑠璃は絵梨を見た。すると、どうしたと言うのか? 絵梨が何か、強い意思を宿したような熱い眼差しで、瑠璃を見ているではないか。……すると……──
「お姉ちゃん! ……」
──ピタッッ!!
なぜか絵梨が、瑠璃にピッタリとくっついた。
「寂しかった……」
「はい?! どうしたの絵梨?! ……くっついちゃって……かっかわいい……」
不思議そうにしながらも、くっついてきた絵梨にうっとりとしてしまう姉、瑠璃であった。
「練習……」
「「…………」」
一瞬、瑠璃の頭にハテナが浮かぶ。だが一呼吸をおいて、瑠璃は理解した。
「……。早く! 実行してきなさい! 喜ぶから! 急がないと陽介に取られちゃう!!」
どうやら絵梨は、雪哉にひっつく陽介の真似をしていたらしいのだ。
『早く、 実行してきなさい!』とは言われたが、やはり不安げな絵梨。……けれど、雪哉にひっつく現在の陽介が羨ましい……
そして意を決すると、絵梨は控え目に、ゆっくりと雪哉の近くへと向かっていく……
相変わらず、陽介は雪哉に抱き着いている。雪哉は陽介を離すのに必死だ。……絵梨が近くに来ている事に、気が付いてない。……
「離せ!!」
──ドカッ!
陽介が、雪哉に振りほどかれた。〝今がチャンスだっ!☆〞絵梨の緊張はピークに達する。……絵梨はおぼつかない足取りで、ソロソロと歩いて行く……
「ユッキー、ひっでぇ~ーー!!」
すると陽介が、再び雪哉の元へと──
絵梨は止まって、オロオロとし始める。
雪哉は陽介を睨みつけている。
「ユッキーもつれないな!」
さらに馴れ馴れしく、陽介が雪哉の肩に腕をかける。
「ベタベタとくっつくな!」
雪哉はやはり、陽介を鬱陶しく思っている。だが陽介は離れない。──そしてやはり絵梨は、オロオロと……
するとその時、雪哉が近くに来た絵梨の存在に気が付いた。
「離れろバカ。邪魔だ……!!」
雪哉は絵梨を眺めながら、思いきり陽介を振りほどく。
「ユッキー……冷たい?! 純ー! 聖ー! ユッキーが冷たい!! ……」
陽介は絵梨がこちらを眺めている事に、気が付いていない。純と聖の方を向いて、二人を呼んでいる。
絵梨は戸惑った。男同士でふざけ合っているこの輪に、飛び込める気がしない。〝ムリだ……〟と、残念そうに、絵梨は背を向ける……
そして雪哉の周りには、陽介に呼ばれた聖と純も集まって来る……──
聖純「「さっきからうるさい」」
陽「二人で言わなくても良くないか?! みんな冷ぇー! ……」
そうして陽介、聖、純は三人で騒ぎ始めた。
絵梨は立ち去る。雪哉だけが、気掛かりそうに絵梨の後ろ姿を見ていた──
こうして瑠璃の隣に戻った絵梨は、ガックシと肩を落とした。 一連の流れを見ていた瑠璃も、大きなため息をついたのだった。〝男共め!☆〟と。
──さておき陽介と雪哉もやって来て、全員が揃ったという事だ。
「これで全員揃った! もう一度乾杯しようぜ!」」
──ここで、“もう一度乾杯”。
グラスの触れ合う音が響いた──
****
━━━━【〝
私の隣で肩を落としている絵梨。
雪哉の事を完っ全に陽介に取られ、惨敗という訳だ。まぁ、あのテンションの輪に、飛び込める筈がない。
雪哉だって、絶対に絵梨に気があるくせに……どうして上手くいかないの? 何か、訳でもあるの……?
──そうしてさておき、私には先程から、気になっていて仕方がない事がある。聖の事だ。聖の飲みっぷりについてだ。そうこの人、飲み過ぎだ……しかも、全く酔ってない。アルコールに強すぎでしょ!?
陽介の大食いにも相当驚いたけど、聖にも驚きだ。
聖は先程から、手摺りに片手をつき、夜の闇を眺めながら、お酒を飲んでる。
──夜空に浮かぶ、月と星々……
一見、星を眺めながら、優雅にお酒を楽しんでいるように見える。いや……本人は実際に優雅な気分なんだろうけど……第三者から見ると、足元の空き瓶の量が、明らかに、優雅な雰囲気を削ってしまっていると思う。
「……よくそんなに飲めるね」
聖と話してみたかったっていう事もあり、私は聖の隣に行って、然り気無く話しかけてみた。
「そうか? お前も意外に飲んでるよな」
「え?! そうかな?!」
私は、また無意識に結構飲んでいたのだろうか?
「絵梨が飲まないから、お前も飲まないのかと思ってた」
「絵梨は未成年だもの。別に飲みたいとも思ってないだろうしね」
「……絵梨に飲ませてみてもいいか?」
「はい?!」
いきなり何を言うか?! 本人も飲みたがっていないと思うし、そもそもあの娘、高校生よ? 飲ましたくない。と言うか、飲ませちゃダメでしょ……
「ダメ。大切な妹に無理にお酒を薦める理由なんてないわ!」
「だよな」
「「…………」」
分かってるじゃない。この人は一体、何をしたかったんだ?!
「俺も、未成年のうちは酒飲まなかった」
「え? 意外……」
これだけ飲める人……それに、暴走族をやっていたような人が、大人しく成人するのを待っていたなんて、意外だ。
「兄貴が……うるせーから、飲まなかった」
「……お兄さんが?」
『お兄さんが?』だなんて、よそよそしい返し方。“誓の事を知っている”って、その事はまだ、言わなかった。まだ、伏せておいた方が良い筈だ……
「いちいち、うるせー兄貴なんだ」
「お兄さんの事、嫌いなの? ……」
何だか、私がドキドキする。お願いだよ、聖……誓のこと“嫌い”なんて、言わないで……
聖はグラスに入ったお酒を、一口飲んだ──
「嫌いじゃねーよ」
私はホッと、胸を撫で下ろす……──
「嫌いだとしたら、それは俺じゃない。兄貴だ。兄貴は、俺のことが嫌いだと思う」
「……そんな事ないって……」
聖がそう感じているなんて、何だか悲しかった。だって誓は──……
「そんなことないって……自分の弟だもの! 嫌いな訳ない……」
私がいくらか感情的になって言うと、聖は不思議そうに私を見た。
「そんな事、別に気にしてねーし……気を使わなくて大丈夫だ」
「気を使ってるとかじゃない……」
必死そうに話す私の事が、聖は不思議で仕方ないらしい。それはそうか……
「弟なんだから……大切に決まってる……」
目を丸くした後、聖は少しだけ口元を綻ばせて笑った。
「お前が気に掛ける事でもない。何だか面白いな」
「何が面白い?」
「お前が他人の事で必死になりすぎだから」
他人と思えないんだよ。誓の聖に対しての、罪悪感、私はその事を知っている。誓は聖を守りたくて、警察官になったんだよ。そんな素敵なお兄さん……他にいる?
「……えっと、名前、何だっけ?」
「瑠璃だよ」
「瑠璃か……とりあえず、ありがとな、瑠璃」
“瑠璃”、そう呼んで、聖は笑った。愛しい人の面影を、微かに感じた……――
聖が誓に嫌われていると思っていた事は、悲しかった。 けれど、聖と話せて良かったと思う。
──聖との話しも終わったし、後はゆっくりと休もうかな? そう思い、私は椅子へと座ろうとする。すると──
「どうぞ……」
「あっ! ありがとうございます! ……」
椅子を引いてくれた?! なんて、紳士なんだ?!
「何か飲む?」
「えっと……はい……」
つっ注いでくれたし?!
「はい」
「ありがとうございます……」
彼はお酒の入ったグラスを手渡してくれた……しかも、不思議なくらいの爽やかスマイルで……
…………。これ、可笑しくないか? この人、人格変わったよね?! ……
「……あっあの……何だか、性格変わりませんでしたか? ……」
「何言ってんの? 俺、いつもこんなんだけど?」
彼は可笑しそうに、クスリと笑った。
……いや、いつもこんなんじゃないと思いますけど? 笑い方、何気に上品になってるし……この人どうなってんの?
そこに、百合乃さんがやって来た。
百合乃さんは、明らかに人格が変わったであろうこの人を、じっと見た。
「あら……飲み過ぎちゃったのね、純?」
そう、人格が変わり、先程からやたらと紳士であるのは、純だ。
この人、飲み過ぎるとこうなるんですか?! 朝はすごく怖かったですけど?
飲み過ぎて紳士的になるなら、飲んでくれって思ってしまう……
──私は百合乃さんと純のやり取りを見つめる。
「ほら……こんなに熱くなってる。……飲み過ぎたのね? ……」
純の首に手の甲をあてて、体温を調べてる百合乃さん。さすがだ。女総長として男共をまとめているだけあると思う。男の面倒見がいい。
「飲み過ぎてない。……なぁ、百合乃も座れよ?」
百合乃さんにも椅子を引いてあげてる……完全に飲み過ぎだ。……だって、紳士的だもん。
「もう飲んじゃ駄目よ? “性格変わるのが嫌だから”って、……いつも制御していたのに、どうして飲み過ぎちゃったの?」
やっぱり……飲み過ぎると紳士的になる人らしい。……
“もう飲んじゃ駄目よ?” だって、百合乃さん、優しいな。もっと飲んでしまえ! ……とか思っていた自分が恥ずかしくなるわ。
──すると、純と百合乃さんのやり取りをチラチラと覗き見ながら、陽介が隣にやって来る。
「驚いただろ?! 純は飲み過ぎると、女には優しくなるんだぜ!」
陽介はそう私に話しかけた。
「女には?」
「女にはな! ……男には優しくならない! 残念だ……」
陽介は真面目に残念がっているみたい。
「な! ユッキーも残念だろ?」
「別に。純に優しくされても……困る」
「……一理あるかもな! ……」
陽介は振り返って、そこにいた雪哉の事も話しの輪に取り込んだのだけれど……──そこで私は、ある事に気が付いた。
「……何か飲めば?」
私、今気が付いた。雪哉が、何にも飲んでいない。
「…………」
すると、なぜか一瞬、静まる。この間、何かしら? ……
「飲まないの?」
「飲む……」
可笑しな間があったけど、結局は飲むらしい。
私はグラスにお酒を注いで、雪哉に渡してあげた。すると……──
「「「「「…………」」」」」
じぃ~~ーーー……
なぜか、雪哉に集まる皆の視線。──何事? 訳、分からない。何が可笑しくて、皆してガン見するのよ?
「どうして、皆にガン見されてるの? ……」
「あ? ……」
辺りを見渡す雪哉。そして、皆の視線に気が付いた。
「何見てんだ?! ……見るなよ!! 馬鹿にしてんのか!!」
雪哉が強めに言ったから、絵梨だけが慌てて雪哉から視線を外した。けれど陽介、聖、純、百合乃さんは、依然、雪哉をじっと見ている。
『馬鹿にしてんのか』……雪哉の発言も、どういう意味なのかがよく分からない。皆の視線の意味も、よく分からない。……一体、何なの? ──
──そうして、皆の視線をうっとうしそうにしながらも、雪哉はお酒を飲んだ。その時──
──ガコン!!
瑠「え?! 何?! 何が起こったの!?」
いきなりテーブルに、雪哉が額を打った。何が起こったのよ!?
陽「ユッ、ユッキーー~~?! 大丈夫か?! 瑠璃がっ! ユッキーをイジメた~ー」
瑠「はい?! 私が?!」
雪哉を揺さぶる陽介。
陽「ユッキー~!! 酒飲めないくせに~~!! 瑠璃姉さんの誘いを断れなかったんだなー!!」
……。『イジメた』ってそう言う意味か?!
聖「雪哉が……酔い潰れちまった」
ボソッと呟いた聖の言葉を聞き、また私は目を丸くする。酔い潰れた?! あの人、コップ一杯もまだ飲んでないけど?! 〝アルコール弱ッッ!!〞……だから皆、雪哉の事を見ていたんだ。
陽「瑠璃姉さんッ!! 勘弁してやってくれよーー~!! ユッキーは姉さんの飲みっぷりには、ついていけませんから!!」
私の両手をギュッと掴んで、懇願してくる陽介であった。
瑠「雪哉っアルコール弱すぎない?!」
陽「ユッキーは弱すぎるから酒飲まないんだぞ! ……どうかッユッキーにだけは……酒の付き合いを求めないであげてくれ! 代わりに、聖ならいくらでもいけますから!!」
瑠「その前に……別に雪哉に飲むの、付き合わせようとしたわけじゃないからね?! 勘違いしないで!!」
そして遠くの方で、絵梨がソワソワとしている。心配なら来てあげてほしい。私のせいだけど……
絵「ゆっ……雪哉? ……」
ソワソワとしながら、絵梨は雪哉の方へ。
聖「絵梨は、雪哉が飲まないのは知ってたけど、“コレ”は知らなかっただろ?」
テーブルに額を打ったままになっている雪哉を指差す聖。
聖「コイツ弱すぎて、この有様」
すると、ムキになった雪哉が顔を上げた。
意識、吹っ飛んでるのかと思ってたわ……
雪「よっ……弱くねぇー!! 酒くらい飲める!! ……余計なこと言うな……!」
これは明らかに、強がっているだろう。すると陽介から雪哉に、哀れみの眼差しが……
陽「ユッキ~ーー?! 強がるなよ~~ー?! そんなっ酒がリアルに飲めない事くらいで!! “リアルにっ! 飲めないくらいで!”」
……復唱しないであげてほしい。雪哉のメンタルがズタボロになる。陽介、悪気はなさそうだからすごいな……
雪「リアルにとか言うな!! リアルっぽく聞こえるだろっ!!」
純「だって雪哉……リアルに飲めないだろ?」
──ガコンッッ!!
純の鋭い指摘を最後に、雪哉は再びテーブルに沈んだのだった。
絵梨は相変わらずソワソワ。
そして陽介、叫ぶ。
陽「ユッキ~~ーー!! 大丈ブかぁーー~~!!」
雪哉の胸倉を両手で掴んで、ガコンガコンと……──雪哉を前後に揺らしまくっている陽介。
陽介が、リアルに心配そうにしてるから、驚きだ。……なんて雑なコミュニケーション!? 陽介、手荒すぎる。
……さすが、あの
そして絵梨はと言うと、陽介にガコンガコンと揺らされている雪哉を、アワアワと見ている。雪哉が後ろに行ったら、絵梨もそっちを向く。前に行ったら、そっちを向く……。陽介の動かすリズムと一緒に、首を動かしている。首を痛めそうだ。
陽「ユッキ~ーー!!」
絵「ゆゆゆっ雪哉ぁッ?! ……」
酔い潰れた雪哉を心配している陽介。陽介が揺らしすぎるから、雪哉を心配している絵梨。 ──この光景は、一体?!
絵「陽介っ……ゆ、雪哉がっ! よぅすけッ!?」
陽介を止めようと必死な絵梨だった。
陽「ダメだ……全く、意識が戻らねぇ……」
そして、ようやく雪哉を放した陽介。
──パタリ。
雪哉、ぶっ倒れた。
『意識が戻らねぇ』……って、どこで意識が吹っ飛んだのかしら? テーブルに額を打った時? それとも、過剰に揺らされた時??
絵梨、失神寸前。百合乃さん、呆れながら、苦笑い。そして、陽介、聖、純は……──
陽「ユキがぶっ倒れた?!」
聖「雪哉が気絶した? ……」
純「白谷 雪哉が眠ってる? ……」
聖「白谷 雪哉? ……」
陽「略して──?!」
純「白雪?!」
「「「〝白雪王子が眠ってる?!〞」」」
…………。なんだ、コイツら? ……そっか、あの五人組の先輩だもんね。このノリ、何となく、納得だ。
百「男って、世話が焼けるわ……」
ため息をつく百合乃さん。
百「ホラ! 雪哉! ……しっかりしなさい?」
百合乃さんは雪哉に肩を貸している。本当、男の面倒見がいい人だな。
雪「……気持ち悪ッ……最悪だ……」
雪哉は、百合乃さんの肩から離れて、フラッと立ち上がった。
雪「一人になりてぇ……」
──そうして雪哉は一人で、どこかへ行ってしまう。
百合乃さんのため息は止まらない。
雪哉がどこかへと行ってから、絵梨は落ち着かないようだった。浮かない表情のまま、ジュースを飲んでる。時々、フラフラと立ち上がって、遠くを見渡したりしている。
その様子を見て、百合乃さんが優しく微笑んだ。
「絵梨……」
百合乃さんは絵梨の頭に片手を置いた。
「百合乃さん……」
「絵梨に、お願いがあるの」
「お願い……ですか?」
百合乃さんはまた、優しく微笑んだ。
「絵梨にね、雪哉の事を捜して来てほしいの……」
「え? ……」
すると絵梨は戸惑いながらも、しっかりと頷いた。
***
━━━━【〝
雪哉の事が、心配だった。落ち着けない。
いないと思いながらも、心配で出来るだけ遠くを見渡して、雪哉を捜してた。そうしたら百合乃さんが、『捜して来てほしい』って言ってくれた。
私は一人でテラスを離れて、雪哉を捜してる……──
どこに行っちゃったの? フラフラしてたくせに、危ないじゃない……
雪哉は強がりなんだよ……私、知ってるんだから。私はずっと、雪哉の隣にいたの。だから、知ってるよ……
いないなぁ……フラフラしていたし……あまり遠くには行かないと思うんだけど……
喫煙室にもいないし……──部屋に帰ったのかな? ……
──一度、自分の足が止まった。嫌な事を、考えてしまった……〝あの女の人のところ〟だったら……どうしよう……──いいや、考えちゃダメ。
なんとか、嫌な考えを振り切って、再び雪哉を捜し始めた。
──あの女の人と私……どっちが、雪哉のことを知ってるの? ……
結局、いろいろと考えちゃう。嫉妬なんてしたくないよ……嫉妬なんてしたら、きっと雪哉を困らせる。こんなこと、考えちゃいけない……──そう、だって私は雪哉が心配だから、捜しているだけなんだから。
〝余計な事は考えちゃいけない〟。……──けどそう、心配する事くらいは、してもいいでしょう? ──
***
──窓から、月が覗いている。 二日目のパーティーを終えた屋敷内は、しんと静まりかえる。
差し込む月明かりで、ほんのりと青白く照らされた部屋。窓からの景色を楽しむようにと、わざと他より小さめに造られた屋敷の一角。
「……雪哉……」
雪哉は、椅子に座りながら、テーブルに置いた腕に顔を埋めて眠っている。
腕に顔を埋めても、横を向いているから、顔が見えた。愛しくて……仕方がない……見慣れていた寝顔だった。 だけど、今は新鮮に思えた。
自分の中に、独占欲が渦巻く。
この寝顔を、他の誰にも見せたくないの……
他の誰かが、この寝顔を知っていると思うと、嫌で嫌で……仕方がない。
やっぱり、好きだよ。少しだけ……触れさせて……──そっと、髪に手を伸ばした。そう、少しだけだから……
──けれど……髪に触れる直前で、私の手は動きを止めた。
釘付けになって、また、私の心を痛ませる……──首筋に付いた、キスマーク。
手が震えた。けれど、その震えた手のまま結局、雪哉の髪に触れた──
例え印があっても……もう、好きになっちゃったんだよ……
愛しくて……愛しくて……雪哉じゃないと、駄目なんだ。傍に居させて──
隣に座って、雪哉と向かい合う形で、自分の腕に顔を埋めた。
こうして傍にいるから、今だけは、幸せだよ──
……──意識が遠退いて、徐々に瞼が重くなる―─――
***
━━━━【〝
月明かりが差し込む。夜風が穏やかに吹く。ぼんやりとした視界──
「……絵梨――?」
夢から覚めたのに、夢を見てる気分だ……──違う……まだ、夢かもしれない。
「絵梨……寝てるのか? ――」
──瞳をひらくと、愛しい人が、俺の隣で眠っていた。
この寝顔を、何度も見た事がある。この無防備な寝顔を見る度に、“誰にも渡したくない”と願った──
自分だけが、この寝顔を知っていたい……そんな勝手な事を、いつも思っていた──……
──どうしようもないくらい、お前が愛しい……
俺には一生、本気で好きになれる奴なんて、現れないと思っていた。
なのに気が付いたら、絵梨に惚れてて、引き返せなくなった……
俺が好きなのは、絵梨だけだ。本気で、愛した筈だった……──
ほんの少しだけ……夢、見させてくれ……──
絵梨が寝てるのを良い事に、そっと、額にキスした。別に恋人でもねぇのにな……ごめんな、絵梨。ありがとう……
……絵梨が好きだ〟と言いながら、俺は、その自分の気持ちを裏切った。
いつも絵梨の事ばっかし考えながら、役目として、あの女と一緒にいた。なのによ……情けねぇけど、相当きつくて……馬鹿みてぇに悲しくなって……役目なんかじゃなく、自らの意思であの女を抱いてしまった。
自分が嫌になる。俺は、絵梨にふさわしくない……――
額から唇を離して、一度髪を撫でた。
出来る事なら、俺が絵梨を幸せにしてあげたかった。
──絵梨、幸せになれよ。
ほんと情けねぇ……きつい。痛ぇ……悲しい……――
──けど今は、絵梨がこんなにも近くにいる。俺の隣にいる……俺、それだけで幸せだ……――
─────────────────
────────────
────────
─────
***
ハッと息を吹き返したように、絵梨は目を覚ます。──そうして、“寝てしまった経緯”を思い出し、頭を抱えた……──
( 大変だ……うっかり寝てしまった。今何時だろう? ……
逆に私が捜されちゃう前に、戻らないと。雪哉も見つかったし。
雪哉はまだ寝っているみたい。本当に酔い潰れちゃったの? それとも、陽介に揺らされ過ぎて、体調が悪いとかかな? ……
けど、私が起きた時、雪哉がまだ寝ていて良かったと思った。だって、起きたら誰かが隣に寝てるって、すごく驚くよね……もしかしたら、引かれるかもしれないし……本当、雪哉がまだ寝ていて良かった…… )
するとその時……──
「……コイツ、こんなところで寝てたのか?」
入り口の方から声がして、絵梨は振り返る。
「聖……」
やって来たのは聖だった。どうやら、聖も雪哉を……いや、ついでに言うのなら、なかなか帰ってこない絵梨の事も、捜していたらしいのだ。
──そうして聖は、雪哉へと声をかける。
「ゆ~きや~、起きろー……!」
起こす気があるのかないのか、聖は覇気のない喋り方だ。
「お~い……もうお開きだ。起きろ」
雪哉はやはり、起きない。
「絵梨……コイツ起きないから、ブッ叩いてみてもいいか?」
「ダメ!」
「だよな」
聖は雪哉の肩を揺らす。すると、雪哉が目を覚ましたのだが……──
「……なんだよ、聖かよ~……」
雪哉の寝起きの第一声は、このような感じであった。明らかに、何かが期待ハズレだったのだろう。
「酷い言い草だ」
だがするとそこで、雪哉は絵梨もいる事に気が付いて、いくらか目を丸くした。
「……絵梨も一緒か」
「見れば分かるだろ」
「………」
「飲み会もお開きだ。戻るぞ……」
「わかってる」
雪哉は椅子から立ち上がるが、少しフラついている……
「……ありえない。お前、極端にアルコール弱すぎだ」
雪哉の何倍も飲んでおきながら、聖は全く酔っていない。
「お前は極端に強すぎだ。……理解出来ねぇ……」
「ホント、弱いな雪哉は……弱すぎる」
「──その言い方が気に入らねぇ……」
「あ? 弱ぇんだから仕方ねぇだろ? ……」
「弱ぇって言うな、俺がやわみてぇだろ? ……」
「…………やわなんじゃねーの?」
「お前だろ? ……」
聖と雪哉は歩きながら、何気なく言い争いをしている。昨日のピリピリとした空気が、再び漂っている。……──二人の様子に、絵梨はいくらか困惑しているようだ。
「負け犬雪哉……」
「あ?」
「負け犬雪哉、歩いて棒にあたっちまえ……」
「聖猿、いっそ木から落ちろ……」
「何の言い争いよ?! 聞き苦しい暴言だわ……!」
「「…………」」
こうして結局、しょうもない口げんかをしながら歩いていった二人であった。
***
その頃、テラスに残っている瑠璃や百合乃はと言うと……
「ずっと立っていたら、足が疲れちゃった……」
どうしたと言うのか、わざとっぽく言った瑠璃。
「喉が渇いた。……お水ほしいな……」
そしてこちらも、わざとっぽくそう言う百合乃。
そして──
「へー、座れば? 飲めば?」
そんな二人の事を冷ややかな眼差しで眺めながら、スパッと切り捨てる純……──
〝あれ??〟と、瑠璃と百合乃は首を傾げて、顔を見合せあった。そうして再度、純を見る。
瑠「あれ? あの人、酔いさめてきちゃったんですか?」
百「そうみたいね」
絵梨が雪哉を捜しに行ってしばらくした頃、どうやら瑠璃と百合乃は、純で遊び始めたらしい。だがどうやら純は、酔いのピークが過ぎ、思考が随分と落ち着いてきたらしいのだ。
百「純……覚えてる? ものすごく、優しかったわよ?」
百合乃の話を聞き、頭を抱える純だった。
純「覚えてる。……また、やってしまった。自分が気持ち悪い……」
瑠「すごく優しかったね」
百「うんうん。……本当、優しかったわ」
純「優しいとか言うな……気持ち悪い。……」
毎回、飲み過ぎると女には優しくなる。記憶が消える程でもないから、本人は酔いが覚めてから、いつも自分の行いを悔やむらしい。
だが〝そんなに悔やむ事なの?!〟と、納得のいかない瑠璃である。
「どうして自己嫌悪に陥っているの? むしろ、そっちの性格をメジャーに……」
だが純は、瑠璃の意見を、断固拒否する。
「俺は優しいなんてキャラじゃない。気持ち悪い……」
「ドールには優しいの?」
──その名を聞くと、純は一瞬言葉を失う。
「そんなんじゃねーよ……」
そうして純は、どこか口ごもる。瞳を泳がせて、何かを考えているように思えた……──
〝何だろう〟と思いながらも、聞き返しはしなかったけれど、この時、純が思っていた事は、瑠璃には到底、気付けもしない事だったのだ……――
──さておき、こうして飲み会もお開き。そうして夜は、一層と更けていった──
────────────────
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