Episode 10 【二日目のパーティー】

【二日目のパーティー】

 パーティー二日目の朝。瑠璃は絵梨よりも先に、起床した。

 青い宝石…──ラピスラズリのピアスを掌に置いて、それを食い入るように、じっと眺めている。

 耳に付けようと、鏡の前に立つ──……だが一瞬、付けるのを躊躇った。──呼吸を整える。一呼吸おいてから、そのピアスを付けた……──


「――お姉ちゃん、おはよう」


 暫くすると、絵梨も目を覚ました。──瑠璃は笑顔で返す。


「おはよう、絵梨」


 今日も、一日が始まる――


***

━━━━【〝RURIルリ〟point of v視点iew 】━━━━


 ──広い部屋に、豪華な料理が並ぶ。バイキング形式の朝食。今のところ平凡過ぎて、まるで、旅行にでも来ているかのような気分……


「瑠璃ー! 一緒にメシ食おうぜー~!!」


 朝からハイテンションだ。陽介登場。声量、大きいって……私、勢いと声量にびっくり。

 どうしてこの人は、毎回毎回、こんなテンションを保っていられるんだろう……


「にしても! また会えるとは思ってなかったよな! まさか絵梨の姉貴だったとは……──運命の巡り会わせってやつか?!」


「全く運命を、感じない……」


「そんなこと言うなよぉ~ー!」


 ─―ギュッ!


「…………」


 何だか手、握られたし……これじゃ、この間バーの時と同じパターンだ……


「お姉ちゃん、陽介と仲いいの?」


 隣から絵梨が、不思議そうに問い掛けてくる。


「仲? 別に……」


「瑠璃ぃ~ー!! “別に”って何だよ?! 冷てぇー……」


 また陽介が、シュンとしてる。


「……手、離してもらえる?」


「え~ー……」


 ──すると、その時……──


 ―バコンッ……!!


「〝い゛っッてぇェェ~ーーー!!〞……」


 痛がり方まで、過剰すぎる。 そしてやはり、声量が大きいって。


「何ナンパしてんだ? 相手にされてねーし」


 陽介の事を叩いたであろう雑誌を、テキトーに投げ捨てて、純、登場。


「純っっ……?! 痛てーだろ! 叩くなよ! ……」


「黙れ」


「純! 冷てぇ~ー!!」


「……うるせーんだよ。黙れ」


「純、怖ぇ~ー……」


 純の態度に、思わず低姿勢になる陽介。

 確かに怖い……物凄く、機嫌が悪そうだ。この人昨日、こんなんだったっけ? ……もしかして、低血圧?!

 ──そして純は……


「朝から騒ぎやがって……」


 ─―ガコン!……


 不機嫌そうに、軽く椅子を蹴った。うん……〝恐ろしい!!〞


「超怖ぇ~ーー!? コノ低血圧男!!」


 やはり、低血圧ですか……

 ……──だがするとそこに、チョコチョコとドールがやって来る。


「……蹴っちゃダメ!」


「あ?」


 ……純は相変わらず不機嫌そうに、声の方へと振り向いた。


「純くん!蹴っちゃダメ!」


 登場したドールが、純を見上げながら、必死そうに言い張っている。

 私と陽介と絵梨はパチパチとしながら、純とドールを眺め、見守っている。


「ド、ドール……起きてたのか? ……」


 あれ? 純、怖くないね。その前に、口ごもってるよ。あの人


「純くん……蹴っちゃダメだよ!」


「わっ分かってる……俺が悪かった。……」


 〝ドールが純を、従わせている?!〟と、呆然とする私たち三人。……

 ──すると陽介が……


「さすがに純も、娘の言う事は聞くんだな!」


「「え?!」」


 私と絵梨は唖然として、目を丸くした。──娘?! ドールが?! ……


瑠「ドールって……あの人の子なの?! ……」


 すると、陽介が自信ありげに頷いた。


─「何言ってんだ? ……


陽「ぅお?! 聖! いつの間に……」


 いつの間にか、聖も登場。 どうやら会話の内容も、理解しているらしい。──そして聖も、自信ありげに発言する。


聖「何言ってんだよ? ……小さな花嫁に決まってんだろ! ……若すぎるけどな。……自由だ!」


 はい?! ……


純「だからっ! 違うって、この前も言っただろ!」


 純は必死に否定している。陽介の話に対しても、聖の話に対してもだ。

 ……あ~、なるほど。……普通に考えて、私は純の言葉を信じる事にする……


陽「なんか怪しいんだよなー……本当かよ?」


 陽介が純に疑惑の目を向ける。聖も頷く。


陽「怪しい! 絶対怪しい! な! 絵梨!」


 ──なぜか絵梨に聞いた陽介。

 絵梨、首を傾げる。


陽「瑠璃の意見は?!」


 続いて、私に聞く陽介。

 私、首を傾げる。


陽「怪しいよな! 聖!」


 続いて聖に聞くと……──


聖「怪しい。……」


陽「なぁー! ユッキー、ユッキー! ユキは、どう思う?!」


 ──続いて、雪哉へ問う。


 ………。返答は、なし。……


 ハッとして、辺りを見渡す陽介──


陽「あれ……あれ?! ……ユキっ?! ユッキーどこだ?! ……ユキぃ~ーー!! 白谷くゥ~~ーん!! ど~ーこですかァァァーーー~?! ……」


 〝雪哉、いない〞。

 と言うか、陽介の探し方、ハンパない……私だったら、絶っ対に! ……あんなに大声で、呼ばれたくない……


陽「白谷くんが……いない!?」


 と言うか、どうして“くん”づけ? ……


 陽介は、『ユキがいないとっ……俺! 話し聞いてくれる奴がいねぇーー~!!』……とか、叫びながら絶叫している。聖と純は、そんな陽介を完全スルーだ。あ~、。確かに話を聞いてくれる人は、雪哉だけなのだろう。


 ……そういえば、百合乃さんもいない。どうしたんだろう?


 白谷くん白谷くんって、陽介がうるさい……白谷くん白谷くんが、だんだんと、“白谷くぅ”になってるし……名前みたい。白谷くう……白谷クー……白谷Qoo……?


 〝あ~……陽介うるさいなぁ……〟──とか、思っていると、隣にいる絵梨が、“ちょんちょん”って、私のドレスを引っ張って、私の事を呼んだ。


「ん? どうしたの絵梨?」


 絵梨の方を振り返る。すると……──


「っ?! ……」


 絵梨がっ真顔で、〝ズーーン!!〞って、なっている?! ブルーな絵梨だ……


「……絵梨?! どうしたの?!」


 そしてその間にも陽介は……


―「白谷くぅ~~ーー!! どこですかぁ~ー!!」


 相変わらず、うるさく雪哉を呼んでいる。すると……──絵梨、〝ズーーン……〞


―「白谷くぅーが……いない!?」


 ──絵梨、〝ズーーンズーーン……〞


 ぅわぁ~~……どうやら、絵梨が〝ズーーン〞ってなっている原因は、あの〝白谷Qooコール〞らしい……

 陽介の奴……真面目に黙らせるしかないな! “雪哉がいない”……は禁句だ! リアルに絵梨が……反応する……


瑠「陽介! うるさい!! ご飯食べるんじゃなかったの?」


 すると、陽介がピタリと止まった。そして、バッと私へと振り返る。


陽「……〝よし! 行こう、瑠璃!〞」


 切替、早っ……!?


 あ~全く! だいたい! 白谷くう哉はどこにいるのよ! ……間違えた。“白谷 雪哉”……


*******


 広々としたダイニングで辺りを見渡して、キャットは安堵のため息をついた。


「……やっと……止んだわね……」


「…………」


「雪哉、相当探されてたけど……いいの?」


「……後で行く」


 どうやら雪哉は、陽介の声がしっかりと聞こえていたようだ。

 雪哉は現在、キャットと共にいる。


「なに雪哉? もしかして私と一緒にいたいの?」


 キャットは冗談を仄めかすように、いたずらっぽく笑って言った。


「……そうかもな」


「……え……」


 パンを挟むトングの動きを止めて、キャットは目を丸くした。──その言葉が意外だったのだ。思わず、横目で雪哉の横顔を眺める。


「なぁ……クロネコ――」


 すると雪哉は真剣な表情を、キャットへと向ける。

 ──〝一体、何? ……〟──騙し合いのゲームの途中と言えど……──そう、何となく嬉しいのだ。

 無意識に何かに期待をし、キャットも雪哉へと振り返る。トッと静かに、トングを戻してから──

 ……と、そこに──


 ―グイっ!


―「キャット!! ──こっちへ!!」


「……っ?! え……ちょっと……!! 何よォー~?! ……」


 一体朝から、何の用があると言うのか? ……──いきなり、慌ただしくアクアが割り込んでやって来たと思ったら、キャットの腕を強引に掴んだ。──そしてアクアは、そのまま何処かへとキャットを連れて行く──……


「アクア?! ……はっはなしてよ!! ……今、いい感じだったんだからッッ!! ……──」


 キャットの言葉は聞かずに、アクアはグイグイと引っ張って、キャットを連れて行く。


 そして雪哉は遠ざかって行くキャットの背中を不思議そうに眺めながらも、流石に追ったりはしないらしい。〝お仲間同士の話だろう? そりゃ俺は不要だよな〟と、随分と割り切った考え方なのだ。


 ──そしてやはり、キャットはアクアにグイグイと連れて行かれる。


「雪哉と一緒にいたのに! 何なのよ! ヤキモチもいい加減にしてよ!!」


「……はい? 俺が誰にヤキモチを妬くと言うんですか? ……」


 引っ張られて、歩きながらの会話。


「何言ってんのよ! どうせ、雪哉にヤキモチ妬いてんでしょう!!」


「なぜ俺が、白谷に妬くのですか? ……冗談は止めてもらいたい……」


「何それ!? ムカつく!! 本当は、私が雪哉に取られるのが嫌なくせに!」


「……ご冗談を。引きますけど? ……」


「あ゛ーー~~もう! ムカつくぅ~~ー!!」


 ──足を止めるアクア。そして……


 ──ドカッ……


「ぃてッ! ……」


 いきなり止まったアクアに、ぶつかったキャットであった。散々な朝である。


「キャット! あれを見て下さい!」


 そしてアクアは、キャットがぶつかった事に対して、完全にスルーである。


「何よ!!」


 イラッとしながら、キャットは言われた通りに、その方へと視線を向けた。『見て下さい』と話し、アクアが指差している方向へと。


「……ん? ドールじゃない。……ドールが、なに?」


 アクアは少し遠くにいるドールの事を、指差していた。


「見て下さいよ! なぜドールが、高橋 純と一緒にいるのですか?!」


「……純? ……あー……って、アイツの事だったんだ」


 アクアの慌てようとは反対に、キャットは取り乱していない。〝それが何?〟と言いたげに、ケロッとしている。


「冗談じゃないですよ!! ……なぜドールが……高橋と……!」


「……ん? 何アクア? ロリコンだったの……?」


「そんなんじゃありませんよ?! ……ただ、なぜドールが?! ……うちの組織の箱入り娘がっ……高橋に毒される!! ……〝一大事です!〞」


「……なに焦ってるのよ。誰といようと、ドールの勝手じゃない?」


「これはです! キャットといい、ドールといい……──なぜ迂闊な行動をするんですか?!」


「私も? ……」


「白谷と一緒にいるじゃないですか! 元より仲間になるつもりなどないのに、なぜ関係を持つんですか!?」


「私は、だからこそ関係を持っているの! 手駒にする為にね!」


 話を聞くと、アクアは〝は?〟と言いたげに、一瞬口をポカンと開けた。


「キャットにそんな器用な事が出来るとは思えません! キャットが白谷に、手駒にされているんじゃないですか? ……」


「これは恋愛ゲーム! 本気になっちゃった方が、いいように使われるのよ!」


 アクアはまた、一瞬ためらうように固まった。……──それから一呼吸置き、また話し出す。


「……そのゲーム、現在どちらが勝っているんですか? ……」


「ちょうど、作戦通りに進んできたところ……」


「作戦? ……」


「そうよ! ……手応えあるんだから!」


「“手応えがある”と、思わされているだけじゃないですか? ……」


 キャットは目つきを鋭くして、アクアを睨む。


「否定しかしないんだから! ムカつく!!」


 言葉を吐き捨てると、キャットはアクアを一睨みする。──アクアに背を向け、その場から立ち去った──


*******


 サラダを刺したフォークを持ちながら、瑠璃はじっと、向かいに座っている陽介の事を眺めている。


「…………」


「なに見てんだ? ……そんなに俺が好きか?! ……」


「……いえ、全く」


「瑠璃、冷てぇー~……! 俺の事見てたくせに!」


「見てたよ。……だって、ありえないんだもん」


 瑠璃は広いテーブルを指差した。主に、陽介の周りを。


「どうして……大皿ごと持って来てるのよ? 他の人が食べられないじゃない? その前に……どれだけ食べるの?」


 そうなぜか陽介だけ、大皿ごと持ってきてバイキングをしている。

 そして先程から焦る事もなく、当然の事のように、尋常ではない量を平らげている。

 いつものテンションより、ずっと落ち着いて食べているから驚きだ。いつものテンション並にすごいのは、量だけだ。


「……ありえない。どこにそんなスペースがあるのよ? ……」


 瑠璃は唖然としている。陽介の大食いっぷりにも、バイキングで大皿ごと持ってきてしまう神経にも。


「よし、小籠包ショウロンポウでも食うか!」


 再び席を立って、陽介は軽やかに走って行く──


瑠「どうして走れるの?! 何なのあの人?! 無駄に爽やかに大食いしてるよ?! ……」


聖「いつもだ。気にするな」


瑠「気になるよ?!」


聖「そうか? 俺は、絵梨の方が気になる……」


絵「……み、見ないでよ……」


 不思議そうに絵梨を眺めている聖。〝見ないで〟と、何となく表情が強張る絵梨。

 そう、絵梨の食事。……〝チョコレートケーキ、チーズケーキ、モンブラン、プリン〞……――


聖「偏食だな。やけ食い?! ……」


絵「ち……違う! ……だって、モヤモヤするんだもん!」


聖「……。そう言うのが、やけ食い」


 ハッとする絵梨。心の中がモヤモヤとしていて、落ち着かないのだろう。


絵「やけなんかじゃ……ないもん……」


 瑠璃はいつも通り、絵梨を心配そうに見ていた……──


******


 ──食事の後、大きな窓から外の景色を眺めながら、瑠璃と絵梨は共にいた。


「絵梨? ……元気ないね……」


 絵梨が家に訪ねて来た日から、何かと絵梨は不安定だ。


「何か、話し聞こうか……?」


 ……そんな絵梨の事を、瑠璃はいつも心配していた。

 瑠璃はそう言うが、絵梨は曖昧な返事しかしない。話そうかどうかを、迷っているかのように。


「感情、溜め込みすぎちゃダメよ?」


 瑠璃は絵梨の頭を、ポンポンと撫でる。


 絵梨が落ち込んでいる理由を、瑠璃は何となく分かっている。昨日の夜、会場で雪哉とキャットが共にいた事を、瑠璃も知っていたから。


「ねぇ絵梨、私って、不細工? ──」


 瑠璃のいきなりの言葉に、絵梨は目を丸くして驚いている。


「そんな訳ないよ。お姉ちゃんは、綺麗だし、かわいいし……どっちかと言うと、かわいい。……」


 絵梨がそう言ってくれたのを聞いて、瑠璃は可笑しそうに笑った。

 絵梨はまたまた、瑠璃の笑った理由が分からなくて、不思議そうにした。


「私、昨日“ブス”って言われた」


 すると絵梨は、更に驚いて、またまた目を見開いた。


「お姉ちゃんがブス?! ……信じられない。……」


「誰にだと思う?」


 絵梨は考え込む。そんな事を言いそうな人など、いただろうか? ──


「分からない……」


「雪哉に言われた」


 絵梨の肩がビクッと震える。心臓が口から飛び出しそうだ。


「ゆ……雪哉が? ……」


 この間、瑠璃に恋愛の話しはしたけれど、“雪哉”の名前は出していなかった。瑠璃は知らないものだと思っている絵梨は、急に雪哉の名前を出されて、余計にドキドキとしたのだろう。

 実際は瑠璃は、絵梨が雪哉に好意を持っている事を、察しているのだけれど……──


「“ブス”とか言うから、最初は怒っちゃった」


「……そうなんだ。……悪い奴ではないんだ……けどね……」


 瑠璃の雪哉に対しての印象が悪くなってしまうのが嫌で、さりげなく、雪哉をかばうような言葉を吐いた。


「どうして雪哉は、私にそんな事を言ったんだと思う?」


 何気なく瑠璃の表情を伺いながら、絵梨は話しを聞いている。──すると瑠璃は絵梨の方を向いて、穏やかに笑った。


「雪哉は、絵梨と比べて、私の事をそう言った。絵梨に比べたら、私なんてブス……笑っちゃうよね?」


「え……?」


 絵梨は小さく口を開いて、呆気に取られたようだった。


 ――『綺麗だ』――


 いつしかの雪哉の言葉が、記憶の中で、鮮明に聞こえた気がした。

 瑠璃はそっと、絵梨の顔を覗き込む。


「絵梨の表情、柔らかくなった。嬉しいの?」


「……そんなんじゃないよ……!」


 絵梨はムキになって、必死に否定する。瑠璃はクスクスと笑う。


「嬉しいくせに」


 初めはムキになっていたけれど、絵梨は視線を泳がしてから、控え目にはにかんだ。


「喜んでる……絵梨かわいい」


 絵梨は恥ずかしくなって、瑠璃から顔を背けた。


「恥ずかしがり屋ね」


 瑠璃を見ないまま、絵梨はコクんと頷く。

 少しだけ気持ちが温かくなったのを感じた。……けれどその時、仲のいい恋人同士が瞳に映った。そして、気持ちの温かさは、簡単に消え去る……―─雪哉とキャットの事を思い出したから。

 さっきまで嬉しそうにしていた絵梨の表情が、再び悲しげに変わる。瑠璃はそれを見逃さない。


「……絵梨……?」


 〝どうしたの?〟……瑠璃も表情を濁した。


 絵梨は飾ってある花へと視線を向けた。


「この花、綺麗だね……」


 絵梨は悲しい目をしたまま、そっと花に触れている。


「うん……綺麗」


「きっと人って、惹かれるものに、心から『綺麗』って言う……でも、客観的な感想として、ただ『綺麗』って言う時もある。大半は、ただの感想……」


 瑠璃は絵梨が何を思って、そう言っているのかを理解した。


「私がどんなに喜んでも、雪哉からしたら、私を見て感想を述べただけ……」


「どうして……そんな事を言うの?」


 ──“キスしてたから……”──


 絵梨は瑠璃に、その事は言わない。昨夜見たその光景を、そっと、頭の片隅へと追いやった──


*****


━━━━【〝RURIルリ〟Point of v視点iew 】━━━━


 時間は流れて、午後になった。

 絵梨と百合乃さんが一緒に話していたから、私は一人で午後の時間を過ごしている。一人で、展示されている絵を鑑賞していた。


 大きなキャンバスに、多彩な色。見ている者を、釘付けにさせる……──


 その中でも、私が特に心を惹かれた絵があった。


 ──〝青空に、桜吹雪〟──


 私は吸い寄せられるように、その絵に惹かれた。


 桜の絵は多いけど、桜吹雪だけの絵って、あまりない気がする。


 桜吹雪の絵……──絵の中だけで躍動感を表現するのって、難しそうだ。きっと素人が描いたなら、“青いキャンバスに桜の花びら”、そうなっちゃうと思う。


 けど、この絵は違う。これは紛れも無く、青空に桜吹雪が泳ぐ絵だ。躍動感がある。


 この絵の時は、〝止まっていない〟。今まさに、桜吹雪の中に立っているような、そんな気分にさせてくれる──


 何より、この絵は綺麗だ。躍動感があるのに、ふんわりと優しい雰囲気も漂っていて……──〝美しくて、温かい感じ〟──心から、惹かれる気がした。


「何を見ているんだ?」


 声をかけられ振り返ると、そこにはウルフがいた。


「……この絵、見てた」


 ドキマギとしながら、私は桜吹雪の絵を指差す。

 すると、ウルフもその絵をじっと見た。

 ──そうしてウルフは何故か、まるで時でも止まってしまったかのように、ずっとその絵を見ている。

 ……もしかしたら、ウルフもこの絵が気に入ったのかな?


「ウルフもこの絵、気に入ったの?」


 するとウルフは、私へと鋭い目つきを向けてくる。


「……何を言っているんだ? この絵を先に気に入ったのは君じゃない。……元から、“これは僕の気に入っている絵だ”」


 ……。どうやら、そうらしい。先に言ってほしかった。そんなに鋭い目で見てこなくても、いいじゃん。──そして、私は不意に思った……


「もしかして、この絵、ウルフが描いたの?」


 何となく、“そうかなぁ”って……


「……僕が、こんなに綺麗な絵を描くように見えるか?」


「……ごめん。〝〟」


「思ってもない事を言うな。この絵を描いたのは、僕じゃない」


 違うんだ。初めは何となく、“そうかな”と思ったのに……けど確かに、『見えるか?』って言われてから改めて考えてみると、“見えない”よね……


「じゃあ、誰が描いたの?」


「……君に言っても仕方がないだろう? ……」


 仕方がないとか、そういう問題? ……聞いただけなのに。その前に、ウルフは誰が描いたのかを知っているんだ。


「仕方ないから、もう聞かない」


 この人、怒ると怖いし……教えてくれないなら、仕方ない。別に、いいや。


「瑠璃は趣味がいいみたいだな……」


 褒められた。ウルフが私を褒めるなんて、意外。……でも、それってつまり、“僕と同じ絵を好きになるなんて、君は趣味がいい”みたいな事かしら? そう考えると、何だか微妙だな。複雑な気分だ。


「ウルフこそ、意外に趣味がいいのね」


「…………」


 うわ、つい『意外に』とか、言ってしまった。嫌味言ったみたいになっちゃった……。……真顔で見られてる。マズイ……

 反射的に、私は若干ウルフと距離を取った。


「離れる事ないだろ?」


「ウルフ怖いんだもん……」


「怖い?」


「うん……怖い」


「…………」


 何だかウルフが、不機嫌そうな表情になった。『怖い』って言ったからかな? ……怒らしたくないのに、さっきから、ウルフを不機嫌にさせる言葉を吐いてしまっている気がする。……

 ──するとウルフは、不機嫌そうに舌打ちをした。マズイ……と言うか、だからって……


「どこが怖いんだ?」


 どこと言われても……初対面で銃を向けられた時点で、印象なんて決まってしまった。

 怖いって言われて、離れられたら、それは嫌な気分にもなるか……だって、怖いんだもん。……けど、もしかして私が悪かったりする?


「そんなに怖いか?」


「ご……ごめんなさい」


 心を落ち着かせ、離れた分を元に戻して、ウルフの隣で足を止めた。


「怖いんじゃなかったのか?」


「だって……『離れる事ないだろ?』って……確かに、そうかなぁって……」


 言われたからウルフの隣に戻ったのに、ウルフは不機嫌なままだ。


「怖いから、俺の言う事なら何でも聞くのか? ──」


 何その言い方……やっぱり怖い。喋り方、僕から、に変わったし……

 前にキャットの言っていた通りだ。ウルフの本当の人格は、きっと冷静な人なんかじゃない。本当はもっと、荒々しい人な気がする。

 ──けれどだとしたら、ウルフはどうして、自分の人格を偽るような事をしているの? 自分を冷静に保たせたり、不意に本当の人格に戻ったり……目まぐるしそうだ。


「そんなんじゃないけど……」


「けど、何だ? ──」


「何でもない……」


 私が口をつぐんで少しすると、ウルフももう、何も聞いてこなくなった。

 そうして無言のまま、しばらく二人で、桜吹雪の絵を眺めていた──


「さっき、絵梨と話していた事なんだけど──客観的に見た“綺麗”と、心から惹かれた時に言う“綺麗”って、言葉が一緒なのに、全く違うよね」


「それがどうした?」


「ウルフがこの絵、気に入っているって言うから。……──それって、心からの“綺麗の方”かなって思って……」


 ウルフは私を見ていた視線を、桜吹雪の方へ戻す。そして、静かに頷いた。

 ──ウルフが頷いたのを確認して、私はいくらか目を見張った。ウルフの心の根本の部分を、ほんの少しだけ、垣間見た気がした。

 ──そう、心から綺麗って思えるものが、ウルフにはある。そう思ったら、“怖い”っていう印象が、少しだけ薄れた気がした。当たり前のような事だけど、その気持ちがあるか無いかで、大きく違う気がするから……──


 ──やっぱりウルフって、怖い人じゃないのかな? ……けどまぁ、こっちは銃は向けられた事があるのよ? わよね……


 ──けれどただ、思った。〝この人はちゃんと、温かい心を、持っている〟って……──


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