Episode 12 【宴の後の夜更けの事】

【宴の後の夜更けの事】

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 白大理石の、広いロビー。革製のクリーム色の長ソファーへと、並んで座っているキャットとドール。そしてその向かい側のソファーには、アクアが座っていた。


 一体どうしたと言うのか、アクアは気難しい面持を、正面に座ったキャットとドールへと向けている。

 アクアは何か話があるのだろうが、キャットは脚を組んで、そっぽを向いていた。

 そしてドールはきょとんとしながら、ちょこんと座っている。


「ねぇ、キャット……アクアがなんだか怖いよ……」


 ドールはチラチラとアクアを見ながら、キャットに耳打ちしている。


「アクアが不機嫌な理由は、だいたい分かっているわよ」


 キャットは機嫌が悪そうだ。不機嫌そうに、そう小声でドールに返している。


「……何で怖いの?」


 するとキャットはアクアの事を鼻で笑って、呆れた表情をした。


「嫉妬よ! 嫉妬!」


「嫉妬……?」


「そうに決まってるわ。アクアはね! 私たちが取られるのが嫌なのよ!」


 するとドールが、驚いた表情になる。


「ドールたち、何に取られちゃうの?!」


「ドールが純と仲良しだからよ! 私は雪哉と関係を持っているしね! アクアが嫉妬してるのよ!」


「えぇ?! ……そんなぁ……」


「ドール声が大きいわよ! ……嫉妬だから、気にしなければいいのよ! 嫌ねぇー?」


「嫉妬だなんて……嫌だ~」


 小声で会話を続けているキャットとドール。 だが実は、全てアクアに丸聞こえである。


A「……キャット、朝も言いましたよね? 嫉妬でもなければ、ヤキモチでもありません」


 ビクッと肩を揺らす、キャットとドール。


D「きっ聞こえてるよ?! ……」


C「地獄耳! あの性格にピッタリだわ!」


まだ、キャットとドールの小声の会話は続いている。

 やはり、アクアには聞こえている。だが地獄耳と言うよりは、キャットとドールの声が、小声にしては大きいのが原因である。


A「俺が嫉妬をする理由が分かりません。ただ俺は、“迂闊”だと言いたいんですよ。釘を刺す為に、わざわざ二人を呼んだ」


C「だから私は、迂闊なんかじゃない! 策略よ!」


A「白谷も策略のつもりだから、問題なんです。どちらかが負けるまで終わらない。勝つ確率は二分の一……勝てる保証がどこにあるのですか?」


C「絶対に勝つ……! 今いいところなのよ! 私に心を許し始めているんだから!」


A「どこに根拠があるのですか? 騙し合いなら、どこからが演技で何が真実かなど、計り知れはしない」


C「アクアが気にする事でもないわ! 私のやり方よ!」


 キャットはアクアの話しに聞く耳を持たない。──さておきアクアは、次にドールへと視線を向けた。


A「キャットの言い分は“策略”として──ドールは、何のつもりなのですか?」


D「ドールは……――」


 不安げな表情のまま、ドールは言葉に詰まる。

 キャットも横目で心配そうに、ドールを見ている。


D「キャットォ……」


 ドールはキャットに助けを求める。キャットの腕にくっついて、アクアの事を見ないようにした。


C「ドールが怖がってるじゃない! そんな事、別にいいのよ!」


A「何がいいのですか? ……あいつらと本気で仲間になんてならない。──ドールも知っていますよね?」


C「今は同盟中よ! 何か問題でも?」


A「上部うわべだけの関係として、切り捨てるなら構わない。……けれど、ドールにそれが出来ますか?」


 ドールは控え目に、アクアを少しだけ見る……


D「……ヤダッ……怒らないで……ヤダヤダ……」


 ドールはまたすぐに、キャットにくっついて隠れる。問い詰められる感覚が、怖くて仕方がないらしい。


C「今は同盟中! 都合の良い今は仲良くして、娯楽にすればいいのよ! 敵対するなら、さっさと切り捨て。何か悪いわけ?」


 キャットはドールを庇って言った。

 だが、ドールにとっては、衝撃的な発言だった。思わずバッとキャットから体を離して、ドールは元の位置へと戻った。そこで一人俯きながら、所在無さげに座っている。


A「だから! ドールにそれが出来るのかが問題なんですよ! 傷つく事になるのはドールです! キャットはそれを分かって言っているのですか!?」


C「ハァ?! 馬鹿じゃないの? そんな先の事を考えてどうするのよ! ──みんな! 今を平常心で生きるのに精一杯なのよ! その時だけの娯楽を求めて何が悪いの?!」


A「それはドールではなくて、キャットの本心じゃないですか! 今はドールの話です!」


 激しく言い争いをする二人。……ドールは困り果ててしまって、徐々に表情が歪んでいく……


D「ヤダ……やめてよ……アクア、キャット……」


 オロオロと話すドールの声は、二人には聞こえない。

 ……──二人の喧嘩は激しさを増すばかり。ドールはますます困惑する。


D「もぅっ嫌だー!! ……」


 ドールは涙目になりながら、立ち上がる。そしてバッと、逃れるように走り出す……


「「ドール?! ……」」


 アクアとキャット、二人はハッとした。ドールの走り去って行く背中を眺めながら、目を見張っている……


「ドールっ待ちなよ! ……」


 キャットはすぐに、ドールを追いかけようとした。だが……


「キャット! ……」


 走り出そうとしたキャットの手を、アクアが掴んで止めた。


「……アクア?! 何よ! ドールが……」


「──もう、白谷に惚れましたか? ……」


「ハァ?! 何がよ……ドールを追わないと……」


「いいから答えて下さい。──キャットは白谷に、惚れているのではないですか?」


「……惚れてなんかない!!」


「なら、もう白谷とは関わらないで下さい」


「だから! そんな事アンタには関係ない!!」


 キャットはアクアを睨みつける。そうして思い切り、アクアの手を振りほどいた。いちいち口出しをされる事に、キャットは苛立ちを隠せない。


「いちいちうるさいのよ! そうだ! 早くドールを泣き止ませて、雪哉のところに行かないと……──」


 アクアに口出しをされる事が気に食わないキャットは、挑発がてら、わざとらしくそう言った。


「何が欲しくて、白谷のところへ行くのですか?」


「娯楽に決まってるじゃない? いい快感なんだから。最高の対立相手よ!」


「その快感に病み付きって事ですか? そうやって、白谷を必要とし始める……」


 キャットは声を荒げているが、アクアは大分、冷静さを取り戻してきている。──キャットは依然、アクアを睨み付けている。


「じゃあね? 早く、雪哉に会いに行かないと……」


 アクアに背を向けて、立ち去ろうとするキャット。……──だがやはりアクアは、キャットの肩を後ろから掴んで止めた。

 キャットはまた、苛立ちながら振り返る。すると……


「アナタも所詮寂しいなら、この夜は、俺が抱きましょうか? ――……」


 キャットは目を丸くしながら、アクアを眺める。


「な……何言ってるのよ……! アクアとはそんな仲じゃないでしょ! ……今更アクアを……」


「忘れましたか? キャットを抱くのは、今回で二度目だ」


 困惑しながら、キャットは昔を思い返す。そう、あの時は……──


「忘れてなんかない……でもあの時は……」


「娯楽が欲しいのでしょう? ……」


 困惑するキャットと冷静なアクア。


「アンタ……何考えてるのよ? ……」


「俺では不満ですか?」


「やっぱり……嫉妬してたの? ……」


 キャットのその言葉に、冷静になっていた筈のアクアに、再び苛立ちが募る。


「何度言えば分かるのですか! 俺はっ……――」


 ─―カシャ


 アクアの言葉の途中で腕を伸ばして、キャットがアクアの眼鏡を外した。

 そしてアクアはいきなり視界が霞み、その拍子に言葉を止める。 霞んだ視界を定めようと、アクアは瞳を細める……──


「……悪くないもんね? ─―」


 霞んだ視界の中のキャットの表情が、微かにほころんだ気がした……──


****

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 何かが怖くて怖くて、仕方がなかった。


 どうしようもない不安や焦りが、襲い掛かる。


 目に見えない何かを振り切りたくて、ドールは走った……──


 残酷な世界を、垣間見てしまったかのような、絶望的な気分。


 とにかく怖かった……連想出来てしまう、その冷たい世界が……──


 混乱が消え去ってくれない。


 どこを走っているのかも、分からなくなる。


 辺りは薄暗い。光を宿したランプの隣を通過する……──すると、すぐにまた全く同じランプが姿を現す。その繰り返ししか存在しない廊下。


 変化のない光景が、混乱とリンクする……──まるで、迷宮をさ迷うような感覚に、新たな恐怖と焦燥が生まれる──


 走り出したのは自分なのに、まるで勝手に足が動いているような違和感……足を止めたら、何かに呑まれてしまう気がした──……


 ─―ハァハァ……! ……


 息が上がるのに、止まれない。


「キャッ……?!」


 走り続けるうちに、ドールはつまずき転んでしまった。


「ぅう~……」


 転び、ようやく止まった自分の体。

 ゆっくりと体を起こす。

 絨毯に転んだので、かすり傷だ。膝がピンク色になっている。絨毯との摩擦で熱を帯びていた。

 ドールは涙目になりながら、怪我をしていないか、自分の足や腕を見て確認している。……──その際に、自分の手首が瞳に映る。が……


「………うぅ――」


 傷痕を、片手で覆うように隠した。自らの傷痕から、目を背けたのだ。


 ズキズキと痛む膝を立てて、ドールは顔を上げた。

 顔を上げたドールは、溜めていた涙をポロポロと溢した。……──そうして、声に出して泣いた。張り詰めていた感情が、一気に溢れる。


 それは、悲しくて泣いた訳じゃない。泣いたのは、顔を上げた視線の先に、安心をくれる人がいたから……

 ドールの視線の先にいたのは、純だった。


「うぅ~っ……純くんっ純くん……っ………」


 純の胴体に腕を回して、顔を埋めてドールは泣いた。


「また、泣いてるのか……?」


 困惑しながらも、純はドールの頭を撫でる。


 ドールの嗚咽が響く。


 みるみるうちに、純の服に涙の染みが出来る。


 そうしていつの間にか、頭を撫でていた純の手が、抱き寄せる形に変わった。

 ドールはギュッと、強く強く腕を回していた。一人では怖い。何かが恐ろしい。強く強く掴まっていれば、一人ではない気がした。

 ……こうしていれば、名前も付けられないような、ボロボロな気持ちを消し去る事が出来る。


「どうして泣いてるんだ……?」


「……分からないよ……ぅう……」


 混乱を作り出してしまった原因は分かっている。けれど、それが引き金となり、いろいろな恐怖が湧き上がった。もう、どうして泣いているのかなんて、分からない……


「分からないよ……分からない。……ドールは可笑しいよね……何も分からないのに……泣いて、こんなに泣いて……――」


 純はドールの髪を、クシャッと撫でた。


「……可笑しくねーよ」


 ドールは涙を溢したまま、純を見上げる。だが純がドールの頭を自分の体へと引き寄せたので、すぐにドールの視界は移り変わった。


「……理由なんて分からねーよな。怖ぇときは怖ぇんだ……」


 ドールは純の体に額を付けたまま、微かに頷いた。


 ──みんな生きていくうちに、傷ついて、汚れて、そうやって変わっていく。

 乗り越えて成長して、“もう大丈夫”って、笑う……

 でも、心のどこかで覚えてる。忘れたりなんかしない。今までの傷の数々を、覚えているんだ。

 ──だから、不意に感情は溢れる。何かをきっかけに、傷痕が疼く。だから泣く。訳も分からず、ただ泣く……――


 自分の体に回っている細い腕。それを見て、純は手首の傷痕を思い出した。


「傷を無には出来ねぇ、癒すことなら出来る」


 負った傷を、なかった事には出来ない。ただ、傷を癒す事なら出来る……──


「……どうすればいいの……どうすれば……――癒える……? 」


 純は体を離して、ドールを見た。純が離したから、ドールも回していた腕を解いた。


「俺の経験からいくと、コレが一番効く……」


 純はドールの事を、包み込むように、優しく抱き締めた。


***

━━━━【〝DOLLドール〟Point of v視点iew 】━━━━


 温かい……包み込んでもらう事って、なんて落ち着くんだろう。なんて、安心するんだろう……


 体の奥に潜んでいる痛み……それまでも、抱き締めてもらっているみたい。守られている気分。……


 ……外は暗いよ。一人ぼっちに取り残されて、たちまち孤独が積み重なる。ドールはドールの中に閉じこもって、自分を自分が守って呼吸をするの。


 ……暗い世界は嫌い。でもね、ドールの見ている世界は暗い。キラキラ光る世界に闇が迫る。輝くものが闇に堕ちる瞬間が怖い。怖い。


 ……そう、外は暗いの。でもこの腕の中は、明るいな……他の世界みたい。


 この場所が好き。ドールはここに居たいよ。


 守ってもらえるんじゃないかな……そんな事を、思った……


 しばらくすると、くっついていた体が離れた。


 ─―クシャッ


 頭、撫でてくれた。ドール嬉しいなぁ。 純くん、ドールと遊ぼうよ。


「じゃあな。ドール」


 え?! ……なっなんで……なんで背中を向けるの?! まだ遊んでない……

 純くんは優しい。優しくしてくれるのに、なんだかいつも、あっさりとしている……


「純くんっ……? 待ってよ……」


「……何か用か?」


「遊ぼう……」


「遊ばない」


 そんなこと言わないでよ……さっきまで、抱き締めてくれていたのに……純くんって、切り替えが早いのかな……


「純くん……っ……」


 純くんの方に走り出そうとした。でも、膝が痛んだ。さっき転んだからかな?


「……ぅ……」


 膝が震える。痛くて、歩くのが辛い。


「……あ? ドール……その膝……」


 ドールの膝の事、純くんは今、気が付いたらしい。

 痛いな。座ろう……


「転んだのか?」


「……うん」


「……歩けない奴を置き去りにしようとするとは……俺って、相変わらず残酷だな」


 自分で言うの? それに純くんは、気が付いていなかっただけなのに……


「仕方ねぇ奴だ……」


「えへ♪ わーい!!」


 わーい♪ お姫様だっこだぁー! 転んで良かったかもー!


「何喜んでんだよ」


「だっこだぁー♪」


「……そんなに嬉しいのか?」


「うん。嬉しい♪」


「へー……」


 さっきの腕の中も、他の世界みたいに明るく感じた。 今も、すごく明るい空間にいるみたいな気分だなぁ……

 純くんってすごい。ドールに、明るい空間をくれる。


 歩く度に、伝わる震動。心地好く、揺れる。──この場所も好き。


「純くんに抱き締めてもらったり、だっこしてもらったりすると、ドール、心地好い……明るい空間にいる……」


「は? ……お前、なに可愛いこと言ってんだよ?」


 ……かわいい? ドール、なんだか可笑しい。……顔が熱いよ……もっもしかして! ドール……照れちゃったかも……ドールが、かわいいの……? キャー……恥ずかしい……

 は! ……純くんが、ドールを見てる?!


「なに見てるの!」


「反応が、面白ぇから……」


「……面白いなんて言わないで……」


 純くんいじわる……ドールは、男の人に『かわいい』って言われる事にさえ、まだ慣れてないんだよ……

 純くんは大人だもんね。きっと、ドールがこんなに恥ずかしがるの、不思議なんだ。

 “子供が何照れてるんだよ? ……” きっと、そう思ってるんでしょう? 子供は子供でも、ドールは女の子だもん……


「何照れてるんだよ?」


 あれ? “子供が”、とは言わなかった。


 そのまま純くんにだっこしてもらってた。純くんがどこに向かっているのかは、知らない。


「この部屋は……?」


「俺の部屋」


 純くんが向かっていたのは、自分の部屋だったみたい。初めは、ドールの部屋に行って、純くんは帰っちゃうのかも……って思っていた。けど、ドールを連れてきた場所は、ドールの部屋じゃなくて、純くんの部屋だった。


「どうせ一人じゃ嫌なんだろ?」


「うん。一人は嫌だ」


 良かった。一人じゃない。


 純くんはドールの事を、ベッドの上へと下ろした。


「……もう真夜中だ。寝るだろ?」


 どうやら、ドールがもう寝るのかと思って、ベッドに下ろしてくれたらしい。でも、まだ眠れない理由がある……


「純くんは……もう寝るの? ……」


「まだ寝ない。酔いもさめた……風呂が先だ」


 酔いもさめた? そっか、たしか、お酒を飲んだ後のお風呂はやめた方がいいって、誰かが言ってたな。

 ドールがまだ眠れない理由も、お風呂に入っていないからな訳だけど……なんだか、言いづらいな……


「ドールも、お風呂まだ入ってない……から、眠れない」


「あ? ……そうか、なら……――」


 なら……なに? ……

 ──?! ……ここでドールは、重大な事に気が付いた。 ドールと純くん、どっちもまだお風呂に入っていない。もしかして……“なら……一緒に入るか? お前、どうせガキだし。別に何も気にしねぇだろ?”……みたいな流れになったら、どうしよう? 

 

 ダッダメだよ……ドール、恥ずかしいもん……純くんは大人だから、子供と一緒にお風呂に入る事なんて、どうでもいいかもしれないけど……ドールは恥ずかしいもん……大人が思っている以上に、子供だって恥じらいを持っているんだからね……!


 ドールは女の子なのに……純くんはドールを、子供扱いするに決まってる。……


 どうしよう……“一人で入る”って、言うしかないよね? 断るのもなんだか恥ずかしいけど……


 でも……“膝痛くて歩けなかった奴が、どうやって一人で入るんだよ?”って、言われたらどうしよう……──ダメだって! ダメだよ……ドールは恥ずかしいもん……!


「なら、先に入ってこいよ。……膝、痛ぇかもしれないけど、仕方ないよな。……」


 あれ? どうやら、仕方がないらしい。てっきり、子供扱いされると思っていた。安心したけど、勝手にいろいろな事を考えていた自分が恥ずかしいよ。


****


 お風呂も入って、髪も乾かして……──わーい。これで眠れるー!


 ─―パフン……!


 ベッドフカフカだー!


 ゴロゴロゴロ……ゴロゴロゴロ……心地好い。


 パフンパフン! ピョーン!!


 わーい♪ このベッドトランポリンみた~い♪


 純くんお風呂入ってるし、純くんが来るまで、寝ないで待ってよう!


 ピョーン……パフン! ……


 あ! 眼鏡だー! かけてみようかな~? ……うーん……でも、前にアクアの眼鏡をかけようとしたら、“目が悪くなるから、かけちゃいけない”って、アクアが言ってた気がする。

 純くんって視力悪かったんだなぁ……でもなんだか、眼鏡似合ってた気がする。


 パフンパフン、ピョーンピョーン?


 ゴロゴロ……ゴロゴロ……


 ピョーンピョーンピョーン!!


「……ドール、暴れるな」


「ん? あ! 純くんだー!」


「さっさと寝ろ」


「…………」


 は! ……片手に持ったタオルで、雑に髪をふいている純くん……はっ半裸だ……

 見ちゃいけない気がして、目を逸らす……

 ダメだよ……なんだか恥ずかしいよ……

 もうっ! ドールが子供だからって!


「おい、ドール……」


「なに? ……っ……」


 見ないもん! 絶対に見ない……


「ドール……!」


 ─―クイッ!


 !? ……後ろ向きでベッドに座っていたら、“クイッ!”って、体を回されてしまった。……半裸……――腹筋、割れてる……あ……――っ……みっ見ないもん! ……


「ドール!」


 ち……近いよっドールは女の子なのに……


「なっなに? ……純くん……」



 眼鏡? ……あっ……ドール、純くんの眼鏡、持ったままだ。


「あっごめんね……」


 眼鏡をかけた純くんは、ドールの事を不思議そうに見ていた。……もうドール、真っ赤だよっ服着てっ……


「……わ、悪かった。お前、女だもんな」


 ドールが真っ赤な理由を分かったらしい純くんは、服を着始めた。

 ……なんだか、違和感を感じた。純くんのドールの扱い方が、昨日とは違う気がする。なんていうか、昨日はドールの事を、とことん子供扱いしていた。なのに、なんだか扱い方が変わった気がした。


「もう寝るか?」


「眠くなってきた……」


「じゃあ、俺も寝る」


 そう言って純くんは、かけたばかりの眼鏡を外してた。


「ドール」


 手招きされてる。何だろう?


 ─―ヒョイ!


「わー♪ だっこだー♪」


 嬉しいけど、どうしてだっこしてくれたんだろ?


 ─―パフン!


「ぅわっ!」


 ベッドにいきなり落とされた?! ……びっくりした!

 そうしてその後、純くんもドールの隣に座った。純くんは、ドールを見て首を傾げてる。何だろう?


「こうか……?」


 ─―クイッ!


 こうか? って何がだろう? 肩を引き寄せられた。


「何か違うな……」


 何が違うの?


「この方が良いかもしれねぇ……」


 わぁー! ドール抱き締められてる! なんだかすごーい! でも、純くんはさっきから何をしているの?


「純くん、さっきから何をしてるの?」


「寝やすい格好を探してんだ。お前、抱きまくらな」


「「…………」」


 抱きまくら?


「「…………」」


「お前の背丈、ちょうどいい。抱きまくらにする他ない」


 嬉しいような……悲しいような……背丈、ちょうどいい? ……他ない……? う~ん。むなしい。……


「これじゃ、ドールが苦しいかもしれねぇ……どうすればいいんだ? 抱きまくらって、どうやって抱くんだ? 抱きまくらなんて使わねぇから、分からねぇ」


 なら、どうして抱きまくらにしようとしたの?! 必要なくないかな? ……


 その後も、何度かだっこの仕方を変えて、どれが良いかを決めているらしい。


「違うよなぁ……」


「違うのぉ?」


「これも……しっくりこねー……」


「しっくりこない?」


 そうして、だっこの仕方を探っているうちに……──あれ? これなんだか違くない? 絶対眠りにくいと思う。


「……あ! ……間違えた。押し倒しちまった」


 押し倒す? どうやら、この眠りずらそうな配置は、“押し倒した”という状況らしい。

 というか、これじゃ絶対に眠れないよ。ドールは眠れるかもしれないけど、純くんはどうやって眠るの? ドールに自分の体重をかけないように配慮していたら、絶対に眠れないよね? こうやって眠るなら、絶対にドールが上の方がいいと思う。


「純くん! ドールが上だよ!」


「はい?」


「ドール、上じゃないとムリだよ!」


「へー、意外」


 一度体勢を戻して座る。そして、純くんの両肩を押す。………純くんが、倒れてくれない。


「お前、何やってんだ?」


「ドールが上の方が絶対に良いから、純くんを押し倒そうと思って」


「お前、また、分かってないだろ」


 ……ダメだ。純くんが倒れてくれない。ドールは頑張って倒そうとしているのに、純くんは少し笑ってる気がする……何が面白いの?


「純くん、どうして笑うの?」


「必死そうで、面白い」


 面白いだなんて……ドール、頑張ってるのに……


「バカか? ……これでどうやって眠るんだよ?」


 純くんがベッドに寝込んだ。

 やっと、押し倒せたぁ……ドールが上で純くんが下にいる。……どうやって眠る?


「こんな感じ?」


 とりあえず、純くんの上で、うつぶせ。……


「「…………」」


「寝ずれぇだろ……」


「うーん……じゃあどうするの? ……」


「……顔近づけるな」


 はぅっ?! 片手で顔、掴まれたっ。

 はぅっ?! なんだか頬っぺたで遊ばれてるっドールの顔、きっと今変だ!


「純くんっ……頬っぺ放してぇ~……ぅ~……」


「ヤダ。変な顔」


「純くん~……笑ってるっいじわるぅ……やめてよぉ……」


 ぅ~……純くんが笑ってるぅ……いじわるだっ……


「純くん~……やめてよぉやめてっ……」


「…………」


 あっ放してくれた!


「純くんいじわる……」


「ごめんな? ……もうしねぇから? ……」


 笑ってるぅ~……


「悪かったよ……」


 頭撫でてくれた。純くん優しいのに、いじわるだ。でも頭撫でてくれると、やっぱり嬉しいな。

 とりあえず上から下りて、隣に寝込んだ。そうしたら純くんが、腕まくらしてくれた。

 最初はドールの事を抱きまくらって言っていたのに、結局、ドールが腕まくらしてもらってる。なんだか居心地がいい。嬉しいなぁ。ずっとこうしていたい。


 心の中で、何かがくすぶっている。日だまりみたいなのが、くすぶってる。


 ドールが子供だから、純くんは優しくしてくれるのかな?


 ドールは子供だよ。子供のまま……大人になんてならない。純くんは大人だけどね。


 ドールは子供……──子供だから、優しくしてくれるのかもしれない……そう思うと、“子供”のままでいいや……って思った。でも同時に、反対の心境も感じた。どうしてなのかは、分からない。


 このままじゃ、純くんはそのうち、ドールと遊んでくれなくなっちゃうかもしれない。そんな不安を微かに感じた。


「純くん……」


 不安を感じたから、なんとなくもっと、純くんの近くに行った。


「どうかしたか……?」


「ドール、純くんと一緒だと、なんだか嬉しい……」


「だからお前は、なに可愛いこと言ってんだよ? ……」


「ドール……可愛い?」


「……少し可愛い」


「少し?」


「もう寝ろよ……」


「……お休み」


 よく分からない感情が、心の中でモヤモヤとしている。


 ……昨日の夜、純くんと一緒にいた女の人……綺麗な人だったなぁ……大人の女の人って感じがした。


 ドールも、大人になるのかな……なれるのかな……? 憧れる……


 でも、手首の傷痕が疼いた……―― そしてまた、ドールは自分の殻に閉じこもって、変わりかけた思考は、元通りに戻る。


 ──〝大人になんて、ならない。 ずっと、子供だもん……〟──


「なぁ、ドール……」


 ドールの事を、呼ぶ声がする。この声の主が、思考を揺さぶる。

 この人は、ドールに何かを望んでくれるのかな……?


「ドール……一つ聞いてもいいか?」


 アナタは、どんなドールを望む? このままのドールと、ずっと一緒にいてくれるの? それとも――……


「お前本当は、歳、いくつなんだ? ……――」


 ……──それともアナタは、ドールに、大人になってもらいたい? ……


「…………。変なこと聞いて悪かった。……もう、寝たよな……――」



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