Episode 12 【宴の後の夜更けの事】
【宴の後の夜更けの事】
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白大理石の、広いロビー。革製のクリーム色の長ソファーへと、並んで座っているキャットとドール。そしてその向かい側のソファーには、アクアが座っていた。
一体どうしたと言うのか、アクアは気難しい面持を、正面に座ったキャットとドールへと向けている。
アクアは何か話があるのだろうが、キャットは脚を組んで、そっぽを向いていた。
そしてドールはきょとんとしながら、ちょこんと座っている。
「ねぇ、キャット……アクアがなんだか怖いよ……」
ドールはチラチラとアクアを見ながら、キャットに耳打ちしている。
「アクアが不機嫌な理由は、だいたい分かっているわよ」
キャットは機嫌が悪そうだ。不機嫌そうに、そう小声でドールに返している。
「……何で怖いの?」
するとキャットはアクアの事を鼻で笑って、呆れた表情をした。
「嫉妬よ! 嫉妬!」
「嫉妬……?」
「そうに決まってるわ。アクアはね! 私たちが取られるのが嫌なのよ!」
するとドールが、驚いた表情になる。
「ドールたち、何に取られちゃうの?!」
「ドールが純と仲良しだからよ! 私は雪哉と関係を持っているしね! アクアが嫉妬してるのよ!」
「えぇ?! ……そんなぁ……」
「ドール声が大きいわよ! ……嫉妬だから、気にしなければいいのよ! 嫌ねぇー?」
「嫉妬だなんて……嫌だ~」
小声で会話を続けているキャットとドール。 だが実は、全てアクアに丸聞こえである。
A「……キャット、朝も言いましたよね? 嫉妬でもなければ、ヤキモチでもありません」
ビクッと肩を揺らす、キャットとドール。
D「きっ聞こえてるよ?! ……」
C「地獄耳! あの性格にピッタリだわ!」
まだ、キャットとドールの小声の会話は続いている。
やはり、アクアには聞こえている。だが地獄耳と言うよりは、キャットとドールの声が、小声にしては大きいのが原因である。
A「俺が嫉妬をする理由が分かりません。ただ俺は、“迂闊”だと言いたいんですよ。釘を刺す為に、わざわざ二人を呼んだ」
C「だから私は、迂闊なんかじゃない! 策略よ!」
A「白谷も策略のつもりだから、問題なんです。どちらかが負けるまで終わらない。勝つ確率は二分の一……勝てる保証がどこにあるのですか?」
C「絶対に勝つ……! 今いいところなのよ! 私に心を許し始めているんだから!」
A「どこに根拠があるのですか? 騙し合いなら、どこからが演技で何が真実かなど、計り知れはしない」
C「アクアが気にする事でもないわ! 私のやり方よ!」
キャットはアクアの話しに聞く耳を持たない。──さておきアクアは、次にドールへと視線を向けた。
A「キャットの言い分は“策略”として──ドールは、何のつもりなのですか?」
D「ドールは……――」
不安げな表情のまま、ドールは言葉に詰まる。
キャットも横目で心配そうに、ドールを見ている。
D「キャットォ……」
ドールはキャットに助けを求める。キャットの腕にくっついて、アクアの事を見ないようにした。
C「ドールが怖がってるじゃない! そんな事、別にいいのよ!」
A「何がいいのですか? ……あいつらと本気で仲間になんてならない。──ドールも知っていますよね?」
C「今は同盟中よ! 何か問題でも?」
A「
ドールは控え目に、アクアを少しだけ見る……
D「……ヤダッ……怒らないで……ヤダヤダ……」
ドールはまたすぐに、キャットにくっついて隠れる。問い詰められる感覚が、怖くて仕方がないらしい。
C「今は同盟中! 都合の良い今は仲良くして、娯楽にすればいいのよ! 敵対するなら、さっさと切り捨て。何か悪いわけ?」
キャットはドールを庇って言った。
だが、ドールにとっては、衝撃的な発言だった。思わずバッとキャットから体を離して、ドールは元の位置へと戻った。そこで一人俯きながら、所在無さげに座っている。
A「だから! ドールにそれが出来るのかが問題なんですよ! 傷つく事になるのはドールです! キャットはそれを分かって言っているのですか!?」
C「ハァ?! 馬鹿じゃないの? そんな先の事を考えてどうするのよ! ──みんな! 今を平常心で生きるのに精一杯なのよ! その時だけの娯楽を求めて何が悪いの?!」
A「それはドールではなくて、キャットの本心じゃないですか! 今はドールの話です!」
激しく言い争いをする二人。……ドールは困り果ててしまって、徐々に表情が歪んでいく……
D「ヤダ……やめてよ……アクア、キャット……」
オロオロと話すドールの声は、二人には聞こえない。
……──二人の喧嘩は激しさを増すばかり。ドールはますます困惑する。
D「もぅっ嫌だー!! ……」
ドールは涙目になりながら、立ち上がる。そしてバッと、逃れるように走り出す……
「「ドール?! ……」」
アクアとキャット、二人はハッとした。ドールの走り去って行く背中を眺めながら、目を見張っている……
「ドールっ待ちなよ! ……」
キャットはすぐに、ドールを追いかけようとした。だが……
「キャット! ……」
走り出そうとしたキャットの手を、アクアが掴んで止めた。
「……アクア?! 何よ! ドールが……」
「──もう、白谷に惚れましたか? ……」
「ハァ?! 何がよ……ドールを追わないと……」
「いいから答えて下さい。──キャットは白谷に、惚れているのではないですか?」
「……惚れてなんかない!!」
「なら、もう白谷とは関わらないで下さい」
「だから! そんな事アンタには関係ない!!」
キャットはアクアを睨みつける。そうして思い切り、アクアの手を振りほどいた。いちいち口出しをされる事に、キャットは苛立ちを隠せない。
「いちいちうるさいのよ! そうだ! 早くドールを泣き止ませて、雪哉のところに行かないと……──」
アクアに口出しをされる事が気に食わないキャットは、挑発がてら、わざとらしくそう言った。
「何が欲しくて、白谷のところへ行くのですか?」
「娯楽に決まってるじゃない? いい快感なんだから。最高の対立相手よ!」
「その快感に病み付きって事ですか? そうやって、白谷を必要とし始める……」
キャットは声を荒げているが、アクアは大分、冷静さを取り戻してきている。──キャットは依然、アクアを睨み付けている。
「じゃあね? 早く、雪哉に会いに行かないと……」
アクアに背を向けて、立ち去ろうとするキャット。……──だがやはりアクアは、キャットの肩を後ろから掴んで止めた。
キャットはまた、苛立ちながら振り返る。すると……
「アナタも所詮寂しいなら、この夜は、俺が抱きましょうか? ――……」
キャットは目を丸くしながら、アクアを眺める。
「な……何言ってるのよ……! アクアとはそんな仲じゃないでしょ! ……今更アクアを……」
「忘れましたか? キャットを抱くのは、今回で二度目だ」
困惑しながら、キャットは昔を思い返す。そう、あの時は……──
「忘れてなんかない……でもあの時は……」
「娯楽が欲しいのでしょう? ……」
困惑するキャットと冷静なアクア。
「アンタ……何考えてるのよ? ……」
「俺では不満ですか?」
「やっぱり……嫉妬してたの? ……」
キャットのその言葉に、冷静になっていた筈のアクアに、再び苛立ちが募る。
「何度言えば分かるのですか! 俺はっ……――」
─―カシャ
アクアの言葉の途中で腕を伸ばして、キャットがアクアの眼鏡を外した。
そしてアクアはいきなり視界が霞み、その拍子に言葉を止める。 霞んだ視界を定めようと、アクアは瞳を細める……──
「……悪くないもんね? ─―」
霞んだ視界の中のキャットの表情が、微かにほころんだ気がした……──
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何かが怖くて怖くて、仕方がなかった。
どうしようもない不安や焦りが、襲い掛かる。
目に見えない何かを振り切りたくて、ドールは走った……──
残酷な世界を、垣間見てしまったかのような、絶望的な気分。
とにかく怖かった……連想出来てしまう、その冷たい世界が……──
混乱が消え去ってくれない。
どこを走っているのかも、分からなくなる。
辺りは薄暗い。光を宿したランプの隣を通過する……──すると、すぐにまた全く同じランプが姿を現す。その繰り返ししか存在しない廊下。
変化のない光景が、混乱とリンクする……──まるで、迷宮をさ迷うような感覚に、新たな恐怖と焦燥が生まれる──
走り出したのは自分なのに、まるで勝手に足が動いているような違和感……足を止めたら、何かに呑まれてしまう気がした──……
─―ハァハァ……! ……
息が上がるのに、止まれない。
「キャッ……?!」
走り続けるうちに、ドールは
「ぅう~……」
転び、ようやく止まった自分の体。
ゆっくりと体を起こす。
絨毯に転んだので、かすり傷だ。膝がピンク色になっている。絨毯との摩擦で熱を帯びていた。
ドールは涙目になりながら、怪我をしていないか、自分の足や腕を見て確認している。……──その際に、自分の手首が瞳に映る。無数の傷痕が……
「………うぅ――」
傷痕を、片手で覆うように隠した。自らの傷痕から、目を背けたのだ。
ズキズキと痛む膝を立てて、ドールは顔を上げた。
顔を上げたドールは、溜めていた涙をポロポロと溢した。……──そうして、声に出して泣いた。張り詰めていた感情が、一気に溢れる。
それは、悲しくて泣いた訳じゃない。泣いたのは、顔を上げた視線の先に、安心をくれる人がいたから……
ドールの視線の先にいたのは、純だった。
「うぅ~っ……純くんっ純くん……っ………」
純の胴体に腕を回して、顔を埋めてドールは泣いた。
「また、泣いてるのか……?」
困惑しながらも、純はドールの頭を撫でる。
ドールの嗚咽が響く。
みるみるうちに、純の服に涙の染みが出来る。
そうしていつの間にか、頭を撫でていた純の手が、抱き寄せる形に変わった。
ドールはギュッと、強く強く腕を回していた。一人では怖い。何かが恐ろしい。強く強く掴まっていれば、一人ではない気がした。
……こうしていれば、名前も付けられないような、ボロボロな気持ちを消し去る事が出来る。
「どうして泣いてるんだ……?」
「……分からないよ……ぅう……」
混乱を作り出してしまった原因は分かっている。けれど、それが引き金となり、いろいろな恐怖が湧き上がった。もう、どうして泣いているのかなんて、分からない……
「分からないよ……分からない。……ドールは可笑しいよね……何も分からないのに……泣いて、こんなに泣いて……――」
純はドールの髪を、クシャッと撫でた。
「……可笑しくねーよ」
ドールは涙を溢したまま、純を見上げる。だが純がドールの頭を自分の体へと引き寄せたので、すぐにドールの視界は移り変わった。
「……理由なんて分からねーよな。怖ぇときは怖ぇんだ……」
ドールは純の体に額を付けたまま、微かに頷いた。
──みんな生きていくうちに、傷ついて、汚れて、そうやって変わっていく。
乗り越えて成長して、“もう大丈夫”って、笑う……
でも、心のどこかで覚えてる。忘れたりなんかしない。今までの傷の数々を、覚えているんだ。
──だから、不意に感情は溢れる。何かをきっかけに、傷痕が疼く。だから泣く。訳も分からず、ただ泣く……――
自分の体に回っている細い腕。それを見て、純は手首の傷痕を思い出した。
「傷を無には出来ねぇ、癒すことなら出来る」
負った傷を、なかった事には出来ない。ただ、傷を癒す事なら出来る……──
「……どうすればいいの……どうすれば……――癒える……? 」
純は体を離して、ドールを見た。純が離したから、ドールも回していた腕を解いた。
「俺の経験からいくと、コレが一番効く……」
純はドールの事を、包み込むように、優しく抱き締めた。
***
━━━━【〝
温かい……包み込んでもらう事って、なんて落ち着くんだろう。なんて、安心するんだろう……
体の奥に潜んでいる痛み……それまでも、抱き締めてもらっているみたい。守られている気分。……
……外は暗いよ。一人ぼっちに取り残されて、たちまち孤独が積み重なる。ドールはドールの中に閉じこもって、自分を自分が守って呼吸をするの。
……暗い世界は嫌い。でもね、ドールの見ている世界は暗い。キラキラ光る世界に闇が迫る。輝くものが闇に堕ちる瞬間が怖い。怖い。
……そう、外は暗いの。でもこの腕の中は、明るいな……他の世界みたい。
この場所が好き。ドールはここに居たいよ。
守ってもらえるんじゃないかな……そんな事を、思った……
しばらくすると、くっついていた体が離れた。
─―クシャッ
頭、撫でてくれた。ドール嬉しいなぁ。 純くん、ドールと遊ぼうよ。
「じゃあな。ドール」
え?! ……なっなんで……なんで背中を向けるの?! まだ遊んでない……
純くんは優しい。優しくしてくれるのに、なんだかいつも、あっさりとしている……
「純くんっ……? 待ってよ……」
「……何か用か?」
「遊ぼう……」
「遊ばない」
そんなこと言わないでよ……さっきまで、抱き締めてくれていたのに……純くんって、切り替えが早いのかな……
「純くん……っ……」
純くんの方に走り出そうとした。でも、膝が痛んだ。さっき転んだからかな?
「……ぅ……」
膝が震える。痛くて、歩くのが辛い。
「……あ? ドール……その膝……」
ドールの膝の事、純くんは今、気が付いたらしい。
痛いな。座ろう……
「転んだのか?」
「……うん」
「……歩けない奴を置き去りにしようとするとは……俺って、相変わらず残酷だな」
自分で言うの? それに純くんは、気が付いていなかっただけなのに……
「仕方ねぇ奴だ……」
「えへ♪ わーい!!」
わーい♪ お姫様だっこだぁー! 転んで良かったかもー!
「何喜んでんだよ」
「だっこだぁー♪」
「……そんなに嬉しいのか?」
「うん。嬉しい♪」
「へー……」
さっきの腕の中も、他の世界みたいに明るく感じた。 今も、すごく明るい空間にいるみたいな気分だなぁ……
純くんってすごい。ドールに、明るい空間をくれる。
歩く度に、伝わる震動。心地好く、揺れる。──この場所も好き。
「純くんに抱き締めてもらったり、だっこしてもらったりすると、ドール、心地好い……明るい空間にいる……」
「は? ……お前、なに可愛いこと言ってんだよ?」
……かわいい? ドール、なんだか可笑しい。……顔が熱いよ……もっもしかして! ドール……照れちゃったかも……ドールが、かわいいの……? キャー……恥ずかしい……
は! ……純くんが、ドールを見てる?!
「なに見てるの!」
「反応が、面白ぇから……」
「……面白いなんて言わないで……」
純くんいじわる……ドールは、男の人に『かわいい』って言われる事にさえ、まだ慣れてないんだよ……
純くんは大人だもんね。きっと、ドールがこんなに恥ずかしがるの、不思議なんだ。
“子供が何照れてるんだよ? ……” きっと、そう思ってるんでしょう? 子供は子供でも、ドールは女の子だもん……
「何照れてるんだよ?」
あれ? “子供が”、とは言わなかった。
そのまま純くんにだっこしてもらってた。純くんがどこに向かっているのかは、知らない。
「この部屋は……?」
「俺の部屋」
純くんが向かっていたのは、自分の部屋だったみたい。初めは、ドールの部屋に行って、純くんは帰っちゃうのかも……って思っていた。けど、ドールを連れてきた場所は、ドールの部屋じゃなくて、純くんの部屋だった。
「どうせ一人じゃ嫌なんだろ?」
「うん。一人は嫌だ」
良かった。一人じゃない。
純くんはドールの事を、ベッドの上へと下ろした。
「……もう真夜中だ。寝るだろ?」
どうやら、ドールがもう寝るのかと思って、ベッドに下ろしてくれたらしい。でも、まだ眠れない理由がある……
「純くんは……もう寝るの? ……」
「まだ寝ない。酔いもさめた……風呂が先だ」
酔いもさめた? そっか、たしか、お酒を飲んだ後のお風呂はやめた方がいいって、誰かが言ってたな。
ドールがまだ眠れない理由も、お風呂に入っていないからな訳だけど……なんだか、言いづらいな……
「ドールも、お風呂まだ入ってない……から、眠れない」
「あ? ……そうか、なら……――」
なら……なに? ……
──?! ……ここでドールは、重大な事に気が付いた。 ドールと純くん、どっちもまだお風呂に入っていない。もしかして……“なら……一緒に入るか? お前、どうせガキだし。別に何も気にしねぇだろ?”……みたいな流れになったら、どうしよう?
ダッダメだよ……ドール、恥ずかしいもん……純くんは大人だから、子供と一緒にお風呂に入る事なんて、どうでもいいかもしれないけど……ドールは恥ずかしいもん……大人が思っている以上に、子供だって恥じらいを持っているんだからね……!
ドールは女の子なのに……純くんはドールを、子供扱いするに決まってる。……
どうしよう……“一人で入る”って、言うしかないよね? 断るのもなんだか恥ずかしいけど……
でも……“膝痛くて歩けなかった奴が、どうやって一人で入るんだよ?”って、言われたらどうしよう……──ダメだって! ダメだよ……ドールは恥ずかしいもん……!
「なら、先に入ってこいよ。……膝、痛ぇかもしれないけど、仕方ないよな。……」
あれ? どうやら、仕方がないらしい。てっきり、子供扱いされると思っていた。安心したけど、勝手にいろいろな事を考えていた自分が恥ずかしいよ。
****
お風呂も入って、髪も乾かして……──わーい。これで眠れるー!
─―パフン……!
ベッドフカフカだー!
ゴロゴロゴロ……ゴロゴロゴロ……心地好い。
パフンパフン! ピョーン!!
わーい♪ このベッドトランポリンみた~い♪
純くんお風呂入ってるし、純くんが来るまで、寝ないで待ってよう!
ピョーン……パフン! ……
あ! 眼鏡だー! かけてみようかな~? ……うーん……でも、前にアクアの眼鏡をかけようとしたら、“目が悪くなるから、かけちゃいけない”って、アクアが言ってた気がする。
純くんって視力悪かったんだなぁ……でもなんだか、眼鏡似合ってた気がする。
パフンパフン、ピョーンピョーン?
ゴロゴロ……ゴロゴロ……
ピョーンピョーンピョーン!!
「……ドール、暴れるな」
「ん? あ! 純くんだー!」
「さっさと寝ろ」
「…………」
は! ……片手に持ったタオルで、雑に髪をふいている純くん……はっ半裸だ……
見ちゃいけない気がして、目を逸らす……
ダメだよ……なんだか恥ずかしいよ……
もうっ! ドールが子供だからって!
「おい、ドール……」
「なに? ……っ……」
見ないもん! 絶対に見ない……
「ドール……!」
─―クイッ!
!? ……後ろ向きでベッドに座っていたら、“クイッ!”って、体を回されてしまった。……半裸……――腹筋、割れてる……あ……――っ……みっ見ないもん! ……
「ドール!」
ち……近いよっドールは女の子なのに……
「なっなに? ……純くん……」
「眼鏡」
眼鏡? ……あっ……ドール、純くんの眼鏡、持ったままだ。
「あっごめんね……」
眼鏡をかけた純くんは、ドールの事を不思議そうに見ていた。……もうドール、真っ赤だよっ服着てっ……
「……わ、悪かった。お前、女だもんな」
ドールが真っ赤な理由を分かったらしい純くんは、服を着始めた。
……なんだか、違和感を感じた。純くんのドールの扱い方が、昨日とは違う気がする。なんていうか、昨日はドールの事を、とことん子供扱いしていた。なのに、なんだか扱い方が変わった気がした。
「もう寝るか?」
「眠くなってきた……」
「じゃあ、俺も寝る」
そう言って純くんは、かけたばかりの眼鏡を外してた。
「ドール」
手招きされてる。何だろう?
─―ヒョイ!
「わー♪ だっこだー♪」
嬉しいけど、どうしてだっこしてくれたんだろ?
─―パフン!
「ぅわっ!」
ベッドにいきなり落とされた?! ……びっくりした!
そうしてその後、純くんもドールの隣に座った。純くんは、ドールを見て首を傾げてる。何だろう?
「こうか……?」
─―クイッ!
こうか? って何がだろう? 肩を引き寄せられた。
「何か違うな……」
何が違うの?
「この方が良いかもしれねぇ……」
わぁー! ドール抱き締められてる! なんだかすごーい! でも、純くんはさっきから何をしているの?
「純くん、さっきから何をしてるの?」
「寝やすい格好を探してんだ。お前、抱きまくらな」
「「…………」」
抱きまくら?
「「…………」」
「お前の背丈、ちょうどいい。抱きまくらにする他ない」
嬉しいような……悲しいような……背丈、ちょうどいい? ……他ない……? う~ん。むなしい。……
「これじゃ、ドールが苦しいかもしれねぇ……どうすればいいんだ? 抱きまくらって、どうやって抱くんだ? 抱きまくらなんて使わねぇから、分からねぇ」
なら、どうして抱きまくらにしようとしたの?! 必要なくないかな? ……
その後も、何度かだっこの仕方を変えて、どれが良いかを決めているらしい。
「違うよなぁ……」
「違うのぉ?」
「これも……しっくりこねー……」
「しっくりこない?」
そうして、だっこの仕方を探っているうちに……──あれ? これなんだか違くない? 絶対眠りにくいと思う。
「……あ! ……間違えた。押し倒しちまった」
押し倒す? どうやら、この眠りずらそうな配置は、“押し倒した”という状況らしい。
というか、これじゃ絶対に眠れないよ。ドールは眠れるかもしれないけど、純くんはどうやって眠るの? ドールに自分の体重をかけないように配慮していたら、絶対に眠れないよね? こうやって眠るなら、絶対にドールが上の方がいいと思う。
「純くん! ドールが上だよ!」
「はい?」
「ドール、上じゃないとムリだよ!」
「へー、意外」
一度体勢を戻して座る。そして、純くんの両肩を押す。………純くんが、倒れてくれない。
「お前、何やってんだ?」
「ドールが上の方が絶対に良いから、純くんを押し倒そうと思って」
「お前、また、分かってないだろ」
……ダメだ。純くんが倒れてくれない。ドールは頑張って倒そうとしているのに、純くんは少し笑ってる気がする……何が面白いの?
「純くん、どうして笑うの?」
「必死そうで、面白い」
面白いだなんて……ドール、頑張ってるのに……
「バカか? ……これでどうやって眠るんだよ?」
純くんがベッドに寝込んだ。
やっと、押し倒せたぁ……ドールが上で純くんが下にいる。……どうやって眠る?
「こんな感じ?」
とりあえず、純くんの上で、うつぶせ。……
「「…………」」
「寝ずれぇだろ……」
「うーん……じゃあどうするの? ……」
「……顔近づけるな」
はぅっ?! 片手で顔、掴まれたっ。
はぅっ?! なんだか頬っぺたで遊ばれてるっドールの顔、きっと今変だ!
「純くんっ……頬っぺ放してぇ~……ぅ~……」
「ヤダ。変な顔」
「純くん~……笑ってるっいじわるぅ……やめてよぉ……」
ぅ~……純くんが笑ってるぅ……いじわるだっ……
「純くん~……やめてよぉやめてっ……」
「…………」
あっ放してくれた!
「純くんいじわる……」
「ごめんな? ……もうしねぇから? ……」
笑ってるぅ~……
「悪かったよ……」
頭撫でてくれた。純くん優しいのに、いじわるだ。でも頭撫でてくれると、やっぱり嬉しいな。
とりあえず上から下りて、隣に寝込んだ。そうしたら純くんが、腕まくらしてくれた。
最初はドールの事を抱きまくらって言っていたのに、結局、ドールが腕まくらしてもらってる。なんだか居心地がいい。嬉しいなぁ。ずっとこうしていたい。
心の中で、何かがくすぶっている。日だまりみたいなのが、くすぶってる。
ドールが子供だから、純くんは優しくしてくれるのかな?
ドールは子供だよ。子供のまま……大人になんてならない。純くんは大人だけどね。
ドールは子供……──子供だから、優しくしてくれるのかもしれない……そう思うと、“子供”のままでいいや……って思った。でも同時に、反対の心境も感じた。どうしてなのかは、分からない。
このままじゃ、純くんはそのうち、ドールと遊んでくれなくなっちゃうかもしれない。そんな不安を微かに感じた。
「純くん……」
不安を感じたから、なんとなくもっと、純くんの近くに行った。
「どうかしたか……?」
「ドール、純くんと一緒だと、なんだか嬉しい……」
「だからお前は、なに可愛いこと言ってんだよ? ……」
「ドール……可愛い?」
「……少し可愛い」
「少し?」
「もう寝ろよ……」
「……お休み」
よく分からない感情が、心の中でモヤモヤとしている。
……昨日の夜、純くんと一緒にいた女の人……綺麗な人だったなぁ……大人の女の人って感じがした。
ドールも、大人になるのかな……なれるのかな……? 憧れる……
でも、手首の傷痕が疼いた……―― そしてまた、ドールは自分の殻に閉じこもって、変わりかけた思考は、元通りに戻る。
──〝大人になんて、ならない。 ずっと、子供だもん……〟──
「なぁ、ドール……」
ドールの事を、呼ぶ声がする。この声の主が、思考を揺さぶる。
この人は、ドールに何かを望んでくれるのかな……?
「ドール……一つ聞いてもいいか?」
アナタは、どんなドールを望む? このままのドールと、ずっと一緒にいてくれるの? それとも――……
「お前本当は、歳、いくつなんだ? ……――」
……──それともアナタは、ドールに、大人になってもらいたい? ……
「…………。変なこと聞いて悪かった。……もう、寝たよな……――」
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