【BLACK PARTY 2/3 】

 その頃、雪哉と陽介は……――


陽「何なんだよお前ら?! 邪魔だ! 退け!!」


 二階へ向かおうとしたが、階段へたどり着いたところで、敵と出くわした。こちらも敵側の人数が多い。阻まれ、二階へと上がれずにいた。


―「まさか“白谷 雪哉”と“星 陽介”に手錠がかかっているとはな! 好都合だ!!」


―「見ろよ! あのオーシャンがまさかのマヌケ面だぞ!」


 二人に手錠が掛かっている事が、相手からしたら、かなり嬉しい事の様だ。相手の男たちが、余裕の笑みを作って此方を見てくる。


陽「あ゛~~!! “白谷 雪哉”と“星 陽介”だとぉー?! コノ雑魚共が! BLACK OCEANの“ユキ様”と“陽介様”を呼び捨てにするとはいい度胸だぁー!!!」


雪「“マヌケ面”だと?! 黙れ、ブ男!! 鏡を見てから俺に物を言いやがれ!!」


―「黙れ“星 陽介”! 手錠かかったお前になら負ける気がしねー! どうせ俺が勝つ! 呼び捨てして何が悪いんだ!!」


―「うるせー! 白谷 雪哉! 俺が勝ったあかつきには、テメーの綺麗な顔面、ブサイクに整形してやる!!」


陽雪「「絶っ対に負けられねぇー~~?!!」」


 手錠は掛かっていても、相手の男たちが思っている程、雪哉と陽介は一筋縄ではいかなかった。


 余裕だった相手側の表情が、だんだんと焦りへと変わりつつある……――


 ─―ガシャン!!


 雪哉が後ろから、両手を繋ぐ手錠の鎖を、一人の男の首に押し当てた。

 鎖を当てられた男が、一瞬肩を震わす。


陽「ユッキー悪役だな! ソイツどうするつもりだ?」


 雪哉が白い歯を見せて笑みを作った。


雪「人質、捕まえた」


陽「あー! そういう事か!」


 陽介も雪哉と同じ笑みを作った。

 人質本人と周りの男たちに、緊張が走った……――


雪「おい、人質。大人しくしとけよな? ……――」


 雪哉が悪役スマイルだ。


 ─―ガシャン!


 更に首元の鎖を揺らして威嚇をする。


「は……はい」


 人質の男は、ブルブルと震えながら返事をした。


 そうして二人は、人質を捕まえたまま、階段を上がり始めた。


雪「さっさと退け!」


 人質を取られているので、相手の男たちは渋々と、二階への道をあけた。

 雪哉が人質に鎖を当てたまま、先を歩く。そして陽介が、チラチラと相手の男たちを見ながら、雪哉の後ろを歩いた。


陽「俺ら完璧! やっぱり、悪役の才能がある!」


 そうは言ってみるが、やはり、内心では複雑な気分の二人である。


陽「それにしても、ユキ! よく人質なんて思いついたな! 悪趣味!」


雪「何とでも言え。別に気にしねー!」


陽「この悪事がバレたら、きっと絵梨にもっと嫌われる!」


雪「……気にしねーし!」


陽「それ、気にしてる奴の反応(笑)!」


 意味のない談笑をしながら、階段を上がる二人。

 そして、二階へ……――


雪「気にしねーし!!」


陽「気にしてるし!!」


 まだ会話中だ。二階へとたどり着き、顔を上げると……――


陽「ゆっ百合乃?!」


 キョトンとした表情の百合乃がいた。


百「何を“気にしない”の?」


雪「別に!」


 百合乃の後ろの方を見ると、瑠璃がいた。

 瑠璃は明らかに不審がっている様に、“人質”の事を見ている。そして、瑠璃の表情が強張っていく……――


雪「お前はもう不要だ!! さっさと仲間の元に帰りやがれっ!!」


 瑠璃の表情を見て、即刻、人質を解放した雪哉。


陽「ユッキーし?!」


 人質だった男は、ビクビクとしながら仲間の元に帰って行った──……


 雪哉の内心は、“出来るだけ絵梨に嫌われたくない”という思いである。百合乃と瑠璃がいるなら、絵梨もいる筈だ。………――雪哉はヒヤヒヤとしながら、辺りを見渡した。だが……


雪「絵梨はどこだ? ……」


 なぜか、〝絵梨がいない〟


百「絵梨は“用が出来たから”って言って、少し前にここを離れたわよ」


雪「待てよ、どうしてだ?! 俺は『絶対に三人でいろ』って……」


百「知らないわよ。絵梨に聞きなさい」


 焦燥にかられた雪哉の瞳が泳いだ……


 『三人でいろ』、そう言った意味を知らない百合乃は、雪哉とは反対に、とても落ち着いている。

 そして、二人の手錠に今更気が付いた百合乃は、呑気にも思わず引く……


百「……何その手錠?! ヤダッありえない!」


雪「百合乃! 絵梨はどこに行ったんだ?」


百「場所までは分からないって! だからその手錠なに?! ……」


雪「聞け百合乃!! さっき俺らは襲撃を受けた! 俺ら狙われてる! 危険なんだよ! だから『絶対三人でいろ』って言ったんだ!!」


 百合乃は目を見張る。百合乃に衝撃が走った。耳を疑うような話だ……――


百「ちょっと何よ、それ?! ……どういう事!?」


 百合乃の後ろで話しを聞いていた瑠璃も、不安げな表情へと変わっていく。


雪「とにかく分かっただろ!! ……俺は絵梨を捜しに行く!」


 雪哉は絵梨を捜しに行く為に、走り出す──


百「ちょっと雪哉!! 私も捜しに行くから!」


 絵梨を捜しに向かった雪哉の背中に向かって、百合乃が叫んだ。

 そして、百合乃も絵梨を捜す為に、雪哉と逆方向へと向かう。二手に分かれて捜すのだ。


 雪哉と百合乃が去ってこの場には、瑠璃と陽介だけが、ポツリと残された。


「いきなり二人して捜しに行きやがって……瑠璃だって危険だろうが……」


 意外にも陽介は冷静だ。今度は瑠璃が一人にならないようにと、この場所に残ったのだ。


 ─―ガシャン、ガシャン……


 外れないのは分かっているが、無意味にまた、手錠を揺らす。


「やっぱり外れねー。手の自由が欲しい……」


 瑠璃は浮かない表情のまま、壁に背を預けて座り込む。


「ねぇ陽介……何が起こっているの?」


 瑠璃の隣で壁に寄り掛かりながら、陽介が答える。


「おそらく、RED ANGELの仕業だ」


「…………」


 瑠璃の頭の中に、ウルフ、アクア、キャット、ドールの姿が浮かんだ。なんて言うか、複雑な思いだ。騙しているのはこちらも同じなのに、胸がチクリと痛む。


「純が言うにはな、元からこれは“同盟じゃない”って……」


「ならどうして……」


「“同盟”は俺らを連れ戻す為に仕掛けた、見せかけに過ぎない」


「何の為に、アナタたちを連れ戻したかったの?」


「その本当の目的が、まだよく見えないんだが……こうやって、狙われてるのは間違いねぇ。敵って事だけは明白になった」


 陽介の話しをそこまで聞くと、瑠璃は暗い顔をして俯いた。


「絵梨、どこに行っちゃったのかな……」


「絵梨の事なら、心配しなくても平気だ」


「……心配になっちゃうよ」


「大丈夫だよ! 絶対!」


「どうして言い切れるのよ?」


 瑠璃が俯いていた顔を上げて、陽介を見た。

 陽介の表情には迷いが全くなかった。それを見て、瑠璃は呆気に取られる。


「大丈夫だ。ユキが絵梨を捜してる。ユキなら絶対、絵梨を傷付けさせない」


 その言葉に、やけに説得力を感じた。心強い言葉に、瑠璃はいくらか安心する。


「瑠璃も安心しろ」


「え?」


「瑠璃の事は、俺が守ってやるよ」


 にっこりと笑いながら、陽介が言った。

 励ましにも聞こえた言葉に、心が温かくなる。


「手錠かかってるのに?」


「瑠璃、俺をみくびるなよな?」


「陽介って喧嘩強いの?」


「当たり前だろ? 俺はBLACK OCEANの四の一、南のトップを務めた男だぞ!」


 目をパチパチとさせる瑠璃……―─四の一などと言われても、無知な瑠璃にはピンとこないのだ。


「……四の一? 南? ……ごめん、ピンとこない」


 瑠璃の言葉を聞くと、陽介はがっかりと肩を落とした。


「知らないならいいや……」


「ごめん」


 BLACK OCEANの南のトップだった事を、陽介は誇らしげに思っている。けれど瑠璃は、暴走族の話など知らない。


「知らない奴は、知らないものなんだな……」


「知る人ぞ知る……じゃなくて? ……知らない方が珍しいのかな?」


「知らねー」


「もしかして落ち込んだの?」


「どう思う??」


 瑠璃を見ながらにっこりと笑って、質問返しだ。だがそんな事を言われても、瑠璃は困ってしまう。


「内心落ち込んだ? ……ごめんね」


「瑠璃、こっちに来いよ!」


「はい?」


 陽介は手錠の掛かったままの腕を、前に出している。 “こっち”と言うのは、腕の中の意味だ。


「お断り」


「えー! 本当に“ごめん”って思ってるのか!?」


「話が全く違う」


 “ごめん”と思っているなら、“腕の中に来て”、そういう意味らしいが、瑠璃は全く相手にしていない。


「冷てぇ~」


 ガックシとしながら、陽介も瑠璃の隣に座った。


*****


 思わず二人で、足を止める……――

 絵梨を捜す百合乃、瑠璃を捜す誓。偶然にも、百合乃と誓が出くわした。


「BLACK MERMAID総長の女か、久しぶりだな」


「なぜアンタが此処にいる?」


「あ? 教える義理がない」


 誓は百合乃の横隣を通過して、通りすぎる。……――だが一度通り過ぎてから、何かを考え直す様に、誓は足を止めた。そして振り返る──


「義理はなくても、聞いてみる価値はあるかもしれねぇな……」


「何がよ?」


「“瑠璃”って女捜してるんだ、知らないか?」


 当然、百合乃は瑠璃の事も、瑠璃が今どこにいるのかも知っている。


「“瑠璃”を捜してるのね……何の用?」


「やっぱり瑠璃のこと知ってるんだな。案内してくれないか?」


「待ちなよ。アンタは何者? 素性も知れない奴を簡単に、“瑠璃”に会わす訳にはいかない」


 雪哉や陽介が襲撃を受けた。誰が敵だかが分からない中で、簡単に誓を案内する事など出来ない。信用出来ない。


「迂闊じゃない事には感心する。さすがだな。……だが、案内してもらわないと困る。安心しろ。明らかにお前よりも俺の方が、瑠璃と親しい自信がある」


「その言葉の何を信じればいいのかしら? あの子は絵梨の姉。危険にはさらさない」


 百合乃は誓を案内する気など、微塵もない。誓もその空気をひしひしと感じた。


「──なら、お前のこと脅してもいいか?」


 “脅し”だなどと、自分でいくらか躊躇いもしたが、誓はそう言った。


「何のつもり?」


 百合乃の表情が険しくなる。

 ……すると誓は、タバコを一本取り出して、それをくわえた。


 ──カチ!……スカッ! ――


「あ……火がねぇ……」


 仕方なく、誓は渋々とタバコを吸う事を断念した。


「タバコがないと脅す準備が整わねぇ。……だが仕方がない。お前を脅す……」


「何よそれ? ……意味分からない」


 誓は得意気に口角をつり上げた。どうやって脅すというのか……――誓がタバコを吸いたくなる理由は、一つしかない……──


「黒人魚、その後、大好きな聖とはどうなったんだ?──」


 ──そう、をするからだ。


 聖の名前を出された百合乃は、言葉に詰まった。百合乃の目が泳ぐ……


 ――続けて、誓が脅す。


「〝瑠璃の元まで案内しろ〟。 じゃないと、お前が俺を誘惑した事を、聖に話す」


 ──百合乃はサッと、血の気が引くのを感じた。そして唇を震わせながら、誓を睨みつけた。 すごい剣幕でだ……―─


「汚いわよ!」


「汚くて悪かったな。どうするんだ? 案内するのか、しないのか……――」


「嫌な男!」


 虫の居所が悪い百合乃は、誓に背を向けた。百合乃の答えは……―――


*****


 ……誰かが、階段を上がってくる音が響く。瑠璃と陽介に緊張が走った──

 陽介が身構える。瑠璃はその後ろで階段の方を覗き込む。


 ──タンッ……


 足音の人物が階段を上り終える、その直前……――その人物と陽介の視線がぶつかる。


 ──冷静な色の鋭い瞳……


 視線がぶつかったタイミングと同時に、陽介が手錠の手で、その男を思い切りひっぱたき……――だが、男はそれをかわした。更にかわして、かわして……――

 今度は相手の男から拳が飛ぶ。陽介もそれをかわす……──


 ─―バン!!


 そして、同じタイミングで片足で蹴り……―─二人の足が、ぶつかった状態で止まる。

 ……――キッと鋭い目付きで、睨み合う両者。すると──


「なんだ!」


「久しぶり! !」


 そう〝聖である〞。何事もなかったかのように、柔らかい表情になる二人だった。瑠璃は拍子抜けだ。


瑠「気がつくのが遅すぎ……」


 本気の目をして拳を飛ばしていたのに、お互いに罪悪感のかけらもない表情だ。

 瑠璃は、“まるで遊んでいたみたい”と、そう思った。


聖「ん……?」


 すると何やら、聖がキョロキョロとし始めた。


聖「あれ? 皆いない……しかも、雪哉までいない?! 鍵持ってきたのに……」


 鍵を持ってきた聖からしたら、雪哉がいなかった事が、一番痛い誤算だ。


聖「雪哉どこだ?! ……」


 陽介の後ろを覗く。すると、瑠璃が隠れていた……次に、瑠璃の後ろを覗く……


聖「いない……」


 やはり、いない。……


陽「瑠璃の後ろにユキが隠れてる訳ないだろ!! 相変わらず天然だな!!」


聖「雪哉め……どこに行きやがった? 鍵を持ってきたら、いないとは……面倒な奴!」


陽「鍵見つかったのか!?」


 聖が鍵を見せる。陽介はそれを、嬉しそうに見ている。


聖「感謝しろよな?」


 聖が陽介に鍵を手渡した。


陽「サンキュ!」


 陽介もそれを、安堵の表情で受け取った。


「「…………」」


陽「今、気が付いた。……俺に鍵を渡してどうするんだ?! 自分じゃムリだ!」


聖「そうだったな!」


 二人のやり取りを眺めていた瑠璃が、小さくため息をついた。


瑠「貸して……」


 瑠璃は陽介の手から鍵を受け取る。


 ──そうしてようやく、陽介の手から、手錠が外れた。


 瑠璃が鍵を開けてくれたので、陽介は上機嫌だ。


陽「瑠璃、ありがとうな?」


 自由になった両手で、瑠璃の両肩を正面から掴む陽介。


 ─―ぺし……! ぺし……!


 軽く、陽介の手を払った瑠璃であった。


陽「それはスキンシップか!?」


瑠「プラス思考だね」


 ──するとそこに、百合乃と誓がやって来た。百合乃はあの後結局、誓を案内する事にしたのだ。

 ……ここまで案内して、百合乃はもう一度、誓を睨みつけていた。

 百合乃が連れてきたを見ると、陽介が目を丸くする。


陽「あ!? 百合乃、ソイツ誰だ? 何だか聖みたいな奴だな……」


 陽介の言葉を聞いて、誓と聖がお互いを一瞬見た。そして、二人とも浮かない表情で、視線を反らす……


 陽介と聖の後ろにいた瑠璃が、二人の後ろから顔を出した。


瑠「……誓」


 瑠璃が小さく呟いた。……――それが気掛かりで、聖が不思議そうに瑠璃を見る……


誓「! ……瑠璃!」


 誓も、そこに瑠璃がいる事に気が付いた。


 誓に久しぶりに会えた瑠璃は、自然と嬉しそうに笑顔を作った。


瑠「誓!」


 瑠璃が嬉しそうに笑いながら、聖と陽介の後ろから前へと出てくる。まるで子犬のように、ルンルンと誓に駆け寄る瑠璃だった──

 そして誓は、近寄って来たその瑠璃の髪を、両手で一気にグッシャグシャにした。


瑠「誓ぃっ……久しぶりに会えたのにいきなり?! ……」


 ボサボサの頭を押さえながら、瑠璃が誓にうったえる。


誓「うるさい。お仕置きだ。勝手な事ばっかししやがって……」


 誓は瑠璃が勝手に危険な事をしたから、どこか不機嫌な様子だ。


瑠「ごめん……」


 瑠璃がシュンと俯く。確かに自分は、勝手な事をした。……──それが自分の中の正義であったとしても、それは、自分の事を大切に想ってくれる人の好意を無視した行いだ。叱られても、仕方がない。


誓「どうしてあんな選択をしたんだ……」


 誓は悲しそうな目をしながら、ボサボサになったままの瑠璃の髪を撫でて、その乱れを正す。


瑠「だって……」


 瑠璃はいくらか涙目になりながら、誓を見た。

 ──その瑠璃を、誓は抱き締める。


誓「後でしっかりと話そうな……瑠璃が無事で良かった」


 そして抱き合う二人を、無言で眺めるしかない他の三人。


聖「は? ……アイツらはそういう関係だったのかよ!?」


陽「ウソだろっ?! ……瑠璃ぃ~! ……俺がいながら、そんな聖みたいな男を……!」


聖「聖みたいとか言うな!」


陽「聖ぃ~よくも俺の瑠璃を……」


聖「俺じゃねーよ! 見れば分かるだろ! に言え!」


百陽「「〝兄貴!? ……〟」」


 ──さておき、この五人は無事に合流を果たした。


*****


 外の景色がよく見えた。空の色が夕焼けに変わりつつある。長い渡り廊下から見た、空の色……――


 ガラスに自分が映る。長いブロンドの髪……──ガラスに映る自分が、不安な表情をする。

 そうしてずっとガラスを見ていると、ガラスに自分以外の人物が映った。後ろを振り返る──


「こうやって顔を合わせるのは、初めてだよね?」


 振り返った先にいた女が、ローズのルージュで染まった唇で弧を描く。


 ブロンドの女……――“”は、警戒するように女を眺めた。


「これ、なぁーんだ?」


 女が絵梨に、ある物を見せた。

 その物を見て、絵梨は理解する。


「可笑しいと思っていたのよ……」


 絵梨は“分かっていた”とでも言いたげな顔をした。けれど、どこか残念そうな表情にも見える。


「なんだ、怪しいとは思っていたわけ?」


 絵梨と向き合う女……――“”が、笑みを作る。


 キャットが絵梨に見せた物は、雪哉のスマートフォンだった。


 雪哉がキャットのスマートフォンで絵梨に電話をした後、キャットが雪哉のスマートフォンを使って、絵梨を呼び出していたのだ。


 電話で『絶対に三人でいろ』と言った雪哉。その時の連絡は、絵梨の知らない番号からだったが、間違いなく、電話の相手は雪哉だった。──その後、雪哉のスマートフォンからメッセージで呼び出し。

 絵梨は可笑しいと思ったが、一応指定の場所へと向かったのだ。


 不審がってはいた呼び出しだけれど、少しだけ期待したのは確かだった。


 絵梨はキャットを見て、すぐに雪哉と一緒にいた女だという事に気が付いた。


「何の用ですか?」


「話してみたかったの」


「話? ……」


「“人魚姫”ってのは、アナタの事でしょう?」


 ──“人魚姫”、絵梨は自分がそう呼ばれている事を、辛うじで知ってはいた。だが、その呼び名がついた訳などは知らない。


「ねぇ、一体、誰のお姫様のつもりかしら?」


 言葉に圧力を感じた。自分が煙たがられているのが、よく分かる。そしてその理由も、だいたい分かった気がする。


「私はお姫様なんかじゃないし、恋人もいない」


 自分と雪哉に何かしらの関係があった事を知っているから、キャットがこんな事を聞くのだと思った。


「へー、恋人がいないなら、アナタって何なの? 雪哉に片思いでもしているわけ?」


 キャットは本当は、絵梨が片思いなんかではないと知っていた。寧ろ言うなら、“雪哉が絵梨に片思いをしている”のだと感じている。

 だが、ここではあえて、絵梨に対して“片思い”という言葉を使った。


 ──“片思い”……その言葉を、すごく重く感じた。

 キャットと雪哉の関係を詳しくは知らない。けれど、遊びなんかではなくて、本当の恋人同士なのかもしれないと……そう思った。

 キャットが雪哉の恋人なら、雪哉に片思いをしている自分が、煙たがられるのは当たり前だ。

 圧力をかけられて嫌な気分だったけれど、そう気が付くと、自分に非を感じてしまった。


「私と雪哉の関係、知ってるかしら?」


 キャットと雪哉は恋人同士ではない。だがこう言えば、絵梨に“恋人同士”だと思わせる事が出来る。


 キャットの問い掛けに、絵梨は頷いた。“恋人同士”、そう、解釈をして……


「分かってるんだ? ……なら、邪魔はしないでね?」


 そうして口元に笑みを浮かべたまま、キャットは絵梨の元から立ち去る。


 キャットが立ち去った後、絵梨は無表情のまま、しばらく立ち尽くしていた。


***


 ……――そして、立ち去ったキャットは、渡り廊下を越えて、ある部屋へとやって来た。


 この部屋からは、先程の渡り廊下がよく見えるのだ。 その部屋の窓から、渡り廊下にいる絵梨の事を見ていた。


 キャットがじっと窓の外を眺めていると、誰かがその部屋に入ってきた。


東藤トウドウ……」


 部屋に入ってきた男の事を、キャットは“”と呼んだ。東藤という男は、黄凰の副総長だった。


 そうして東藤もキャットの隣に来て、絵梨の事を眺め始めた。


「あのブロンドの女か?」


「そうよ。しっかりと見ときな……」


「ああ。分かってる」


「あの女を……――“泣かして”」


「了解……」


 キャットと話を終えると、東藤は再び扉へと向かった。──扉の前で、一度振り返る。

 東藤は自分の唇についたピアスを舐めた。


「褒美には何をくれるんだ?」


「何がいい?」


「今夜、俺のところに来い」


 そう言い残すと今度こそ、東藤は部屋の外へと出て行った。


 東藤が部屋から出て行ったあと、キャットは再び渡り廊下を眺めた。一人で窓の外を眺めている絵梨が見える。


「……雪哉」


 するとキャットが眺める渡り廊下に、雪哉が現れた──


***

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