【気持ち 3/3 ─ ウルフ ─ 】
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「好きに座って」
百合乃は客人を部屋へと招き、閉め切ったカーテンを開いた。
百合乃に案内されソファーに座ったのは、ウルフだ。
百合乃もウルフと向かい合う形でソファーへと座った。
「どうやら狙い通り、あの四人、戻って来たみたいだな?」
「…………。ウルフの言った通りね」
「これで、メンバーは揃ったかな」
ウルフは“予定通り”とでも言いたげな表情を浮かべた。ウルフとは打って変わり、百合乃は不安そうだ。その不安げな眼差しをウルフへと向ける……
「ねぇウルフ、ウルフの本当の目的は、何なのよ……?」
「目的なんて別にない」
「嘘よ……そうは思えない。 何を企んでいるの?」
──沈黙の広がる部屋。
ウルフは何か物思いをするように、一呼吸を置く。
「……その内、百合乃にも分かるよ」
「何が分かるのよ……? ねぇウルフ……大丈夫だよね?」
これから何が始まろうとしているのか、百合乃は不安で不安で仕方がなかった。
「大丈夫だよ。百合乃は僕の言う通りにしていればいい」
「……信用していいの? だって、RED ANGELのウルフの正体を知ったら、聖、純、雪哉、陽介、四人はどう思うかしら? ……」
「ああ。大丈夫だよ。例え昔と立場は変わっても、あの四人は僕には逆らえない。──だから、百合乃も安心して大丈夫だ」
ウルフの自信に、百合乃にも少しずつ安心の表情が戻ってきた。
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──もしも、寂しさや不安に支配されたなら、人の心は、何を信じるだろう? ……――
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─百合乃とウルフ、二人の話は進んでいく…──
だがそんな中……
―ドタン!
―バタッ!
……“そんな中”、なにやら隣の部屋から、大きな音が響いてきた。……──
「……何かしら?」
隣の部屋から響く、不審な音──。二人は真剣な面持ちで、そっと耳をすました。
―ガタガタッ……
依然として、怪しい音が隣の部屋から響く──
―『……待て』
―ドカン!
―『もう遅い……』
―バタン!! ……
今度は物音と一緒に、誰かの声も聞こえた。
「意味ありげな会話だな。大丈夫なのか? 百合乃」
「分からない。……何の話しかしら……物音もすごいし、揉め事? ……」
「チーム内の揉め事は命取りだぞ? ……早めに芽を摘んだ方がいい」
二人は情報収集の意味もこめて、隣の部屋へと再び耳を傾けた。壁に耳を近づけて、隣の部屋の状況を探る。
―ドカ!!!
するとちょうど、二人が耳を近づけていた壁付近から、大きな音が響いた。隣の部屋の奴らと、壁一枚を挟んで隣にいる状況だ。
その音に驚いて、百合乃は一瞬、ビクッと体を震わしていた。
「……壁一枚で隣同士だ」
「そうね。……」
緊迫した空気。百合乃とウルフ、二人は真剣だった。──〝真剣だった〟・の、だが、この後二人の緊張が一気に吹っ飛ぶ事になるとは……──百合乃とウルフはまだ、思いも寄らない……──
―バン!!
―『だから、待て!』
―『待てって、いつまで待てばいいのよ!』
難しい顔をしながら、ウルフは首を傾げる。
「聞き覚えのある声だ。……」
「私もよ……」
「「…………。」」
そして依然、隣の部屋から聞き覚えのある声が聞こえてくる──
―『お前、体疲れてないのか?! 嘘だろ!? 夕べあれだけ……!?』
―『私を甘く見たわね! 夕べは夕べよ!!』
百合乃とウルフは、顔を見合わせる。〝だから何だか、聞き覚えがあるんだよな……〟と言いたげに。
「「…………。」」
そしてやはり、隣から会話が聞こえてくる──
―『何だと……?!』
―『ふん! 私を誰だと思ってるわけ?』
―『何だか悔しい!! お前こそ、俺を誰だと思ってるんだ!!」
―『元BLACK OCEAN、白谷 雪哉!! 女遊びも相当派手って噂だけど? 所詮その程度なわけ?』
―『何だと?! ……コノ女!』
百合乃とウルフはハッとする。
「「……?!」」
「……雪哉?!」
「キャットか?!」
「「…………。」」
一気に脱力する二人であった。揉め事か何かかと思い焦っていた先程までの時間を、返してもらいたいくらいだ。
「僕について来たと思ったら、男に会うためか。……全く」
ウルフは完全に呆れ顔だ。どうやら、キャットには手を焼いているらしい。
「肉食獣の雪哉を追い詰めるなんて! ソレどんな女よ?!」
〝その女は一体、どんな女なの?!〟と、百合乃も衝撃のようであった。
そして依然……──
―『ふん! 雪哉、悔しいの~? 悔しいわよねー?』
挑発的なキャットの声が聞こえてくる。
―『コノヤロッ……! 俺を挑発したこと、後悔させてやる!! ……』
そしてどうやら、挑発にのったらしい雪哉。
―バッタ~ーン!!
―『〝キャーー!! やっぱり素敵~ー!!♪〞』
……何やら、キャットの黄色い悲鳴が聞こえてくる。
「「…………。」」
〝もう、聞かないようにしよう!〟……と、固く決心をして壁から離れる二人であった。
「全く、ウチの猫は、完全に日が沈むのも待てないのか……?」
「ウチの雪哉は、やっぱり馬鹿みたい。わざと挑発したに決まってるのに……」
ため息をつく二人。
だが“ため息をついた”と思っていたら、不意にウルフが、フッと穏やかに笑った。
「雪哉か……懐かしい声だった――……」
ウルフは昔を思い出しているような、柔らかい瞳をしている──
だが百合乃は、だからこそ余計に、焦燥に駆られるのだろう──
「いつ、四人に正体を明かすつもりなの? ……」
「せっかく同盟を組んだんだ。近いうちに、明かすさ」
そう話しながは、ウルフは百合乃に何かを手渡した。
目を丸くしながら、百合乃は差し出された物を受け取る。
「今日は、それを渡しに来たんだ」
「……招待状? ……」
──それは招待状だった。招待状であるカードには、しっかりと赤い天使の紋章が描かれている。
百合乃が招待状を受け取った事を確認すると、ウルフは笑みを作った。
「じゃあ、そろそろ帰る。 ……────。あぁ、そうだ。……百合乃に一応伝えておくよ」
帰ろうとしたウルフが、何かを思い出したように振り返った。そして言った──
「庭に、赤い花を植えさせてもらったよ?“同盟の証”として──」
意味深にそう話してから、ウルフは部屋を出る。──そうしてその足を、隣の部屋の前で止めた。
ウルフは例の隣の部屋の前で、キャットへと叫ぶ──
「キャット!! もう用は済んだ。帰るぞ!」
すると部屋の中から、慌ただしい返答……──
―「……ちょっと~ウルフ?! どうしてっ私がいる部屋知ってるのよ!?」
「……いいから! 早く帰るぞ!」
―「絶っっ対! 部屋に入ってこないでね?! ……──まだ、帰らなくてもいいんじゃない? ゆっくりしていこうよ~……どうせなら! お泊り?!」
「だめだ! 帰る。早く出てこい」
―「…………は~い。せっかく……始まったばかりなのにー!」
「早くしろ。急げ」
―「わかったから! ……」
「……先に行ってる。──一つお願いだ。ドールを頼んだぞ。責任を持って君が連れて帰ってきてくれ」
〝何をしているのやら〟と呆れつつ、ウルフはキャットよりも一足先に帰ることに……──
*****
──そして少しして……──たまり場の庭に、純とドールが帰ってきた。
「ドールの友達は本当にここにいるのか?」
「うん。待っててくれてると思うんだけど…」
ちょうどウルフが帰った後程のタイミングだっただろう。
──するとそこに、ちょうど聖も帰って来た。
「聖、お前も今帰りか」
聖は純とドールを見て、不思議そうにした。
「純……ずいぶん、好みが変わったんだな。少し、若すぎないか? あっ……いや、気にするな。自由だよな……」
「お前、何を勘違いしてんだ?」
──そこに、次は南たちと話を堪能した陽介がやって来た。
「聖に純じゃねーか! よくも俺をほったらかしやがったな! まぁ俺も! それなりに楽しく過ごして来たけどな!」
一通り言いたいことを言い切ってから、陽介は純の隣にいる、ドールの存在に気が付いた。
「純! ……子供がいたのか?! 何歳の時に授かった子だ?! その前に、誰との子だ! もしかして百合乃!?」
「…………なぁ! どんな勘違いだよ?!」
そこに、今度は雪哉とキャットが来る。
「三人集まって何の騒ぎだ?」
「ユキ! 見ろよ、この女の子!」
陽介がドールを指差した。
じっとドールを見る雪哉。 すると……
「おい、純……誘拐か? 目的は何だ?! ……金か!? それとも趣味か?! ……」
「お前ら三人! どんな勘違いだよ?!」
「その子は、私の連れよ」
「あっ! キャットー。よかった。やっぱり待っててくれた!」
キャットを見たドールは、安心したように笑った。
……その様子に、純の表情が引きつった。
この時、ドールが本当の名前を教えない理由が分かったのだ。そうRED ANGELは、皆本当の名前を明かさない。
そして思い出した。ドールは赤い花を植えていた。〝同盟相手に赤い花を贈る〟。 RED ANGELの風習だ。
「純くん、またねぇ~」
ドールは笑顔で純に手を振った。
純は笑えずに、片手を軽く上げただけだった。──遠ざかる少女の背中を、ただ眺めていた。
*****
──こうしてキャットとドールは帰路につく。
「な~んだ、結局待ってたの?」
キャットとドールが少し歩いた所に、ウルフが待っていた。
こうして三人は、並んで歩き始める。
「そういえば、ドールはどこに行ってたのよ?」
「純くんと一緒にいたの」
「誰それ? どこのガキよ?」
「違うよ。純くんは大人だよ」
「ガキのくせに生意気ね」
「えー? どうしてぇ?」
「生意気よ! ガキのくせに、大人の男と遊んでたのね?」
ドールは首を傾げた。
「……うん。純くんと遊んでた!」
「まったく! 10年早いわよ!」
「……何がぁ?」
二人の会話を聞きながら、ウルフが呆れてため息をついた。
「キャットとドールの言っている“遊ぶ”の意味、違うだろ? キャットはもっと考えを大人にしろ。ドールの“遊ぶ”とキャットの“遊ぶ”が、同じな訳がないだろう?」
ウルフの冷たい視線が、キャットへと突き刺さる。
「ちょっとウルフ! 何その言い方~。私のことだけ悪く言ってる!」
「明らかに変な発言をしてるのは、ドールじゃなくてキャットだからな」
「ドールに騙されちゃダメなんだから! この子、意外にすごいわよ! ……多分!」
適当なことを言うキャット。
白けた目を向けるウルフ。
ケロッとしているドール。
「白状しなさい、ドール! 純クンと何して遊んでたのよ!」
思い出して嬉しそうに、にっこりと笑ったドール。
「追いかけっこ。捕まえたり捕まったりした♪」
「ほらほら! ウルフ聞いた?! この子、男とイチャついてきたらしいわよ!」
「…………。」
「他に何かした?!」
ドールはやはり嬉しそうに、思い出す仕草を取る。
「ファミリーレストランに行った!」
「ファミレスデートね?!」
「…………。」
「二人で一つのハンバーグを食べた!」
「やるわねっ?! ……」
「…………。」
「お膝に座ってた!」
「やるわねっ?! 何それ!? ……うらやましぃ……!」
「…………。」
「ホント、意外にやるわねっ……?! ガキの特権を活かして甘え放題ってわけね?!」
「キャット、もう少し、純粋な解釈は出来ないのか……?!」
キャットは不純な考えをしているようだが、ドールは純粋な心の持ち主だろう。そう思っているから、ウルフはキャットへと冷ややかな眼差しを向けている。
「ウルフってドールに甘いのね!」
「ドールは子供だぞ? ……扱い方が違くて当然だ」
ウルフとキャットは、軽く言い合いのような雰囲気になってきた。
基本的に、あまり話や性格が合わないようだ。
「……だいたい、キャットは同盟チームの基本情報すら知らないだろ? そういうテキトーなの、やめてくれ」
言い合いから発展して、話が変わっていく。
「私に何の知識が足らないって?」
するとウルフ、真剣な面持ちで話す……
「どうやら、雪哉のことは知ってるらしいが……他の三人のことは、全く知らないだろう?」
「……三人?」
「雪哉が元BLACK OCEANの、西のトップだったことは知っているね? 西がいるなら、東と北、南もいる。この4トップくらいは、せめて覚えておけ」
「東西南北? ……4トップ、4人……西が雪哉で……――」
やはり、何も知らない様子のキャット。
ウルフがぶっきらぼうに答える。
「東西南北の順に、聖、雪哉、陽介、純」
ウルフの適当すぎる教え方に、キャットは表情を濁した。
そして同時に、ウルフの話し方に違和感を持った。まるで、知り合いの話を聞かされている気分になったから。
「ウルフは、その4人と関わりがあるのね。……」
ぶっきらぼうだったウルフだが、いくらかキャットを感心したようだった。さっきの会話だけで、そう確信づいたキャットのことを──
「あぁ。よく見知った4人だ……」
ウルフは更に話しを続けた。気難しくなったその面持ちを、キャットへと向けて言う。
「それから、キャットに忠告をする。雪哉にはあまり夢中になるな」
キャットがウルフを見て、苦笑いをした。
「ちょっと……何でウルフがそんなこと知ってるのよ?! ……」
その質問に対しては、一切口にしないウルフ。
「とにかく、絶対にのめり込むな。……間違っても、組織の情報を与えるな」
「それって……」
キャットはハッとして、隣を歩くウルフのことを見た。……──長めの前髪が邪魔で、ウルフの表情を読み取ることは出来ない。
けれど、さっきの言葉で、ウルフの忠告の意味を理解した──
キャットはまだ、横目でウルフの事を見ている。──すると風で前髪が揺れて、ウルフの表情が見えた。──キャットは目を見張る。
「これは同盟なんかじゃない。復讐だ――」
……──闇を見据えたような、その瞳の鋭いこと──。
キャットはウルフのその横顔に、確かな憎しみの色を垣間見た──
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