Episode 4 【招待状】
【招待状 ─ 1/2 ─ 】
━━━━【〝
部屋に飾ってある赤い花が印象的。ソファーにテーブル、ベッド、生活感のある清潔な部屋だ。
暇潰しにソファーに座りながら、雑誌を開いた。
松村さんは私に〝君はRED ANGELの男にスパイに誘われた〟と、そう言っていた。
確かに、スパイ役として利用される事もあるのかもしれない。 けれどどうも、私はスパイというより、人質のようなものなのだろうか?
ウルフに呼び出されて、ついて行ったら、この通り。
生活感のある部屋で、雑誌を読む、くつろいでいるように見えるだろうか? 確かにくつろいではいる。
けれど、問題はそこではない。私はこの部屋から、出られないのだ。
あまりにも生活感があるから、当然のように外に出でみようと思ったところ、扉が開かないことに気が付いた。
もしも、怪しい部屋に入れられていたら、即刻出ようとしただろう。けれど生活感があるから、即刻出ようとは思い至らなかった。
だから少しだけ、気が付くのが遅くなってしまったが、これは問題だ。私は出られない。これは軟禁だ。
素直にウルフについて行ったのが間違いだった。
──二日前、私はウルフに呼び出された。警戒しつつ、約束の場所に行った。
その時、ウルフは当たり前の様な顔をしながら、私に言った。『話があるから、一緒に来てくれないか?』──
……私は警戒しつつ、ウルフについて行った。その結果がこれだ。あの男、当たり前みたいな顔しながら、ちゃっかり軟禁しやがった。
もしも、ウルフが手荒に私を連れて行こうとしたなら、当然のように抵抗くらいしただろう。抵抗もせずに、自分からついて行ってしまったなんて、情けない……。
ウルフが見るからに危険そうな外見だったら、やっぱり抵抗したかもしれない。 けれど、そうじゃない。褒めるつもりは全くないが、ウルフは見た感じ、爽やか好青年タイプだ。──あくまでも、“見た目”。
爽やか好青年が、当たり前のような顔しながら軟禁してくるとは、思わなかった。……詐欺だ。ちゃっかり騙しやがった。……
──そして部屋を出る時、ウルフは言った。『少し待っててくれ』──“すぐに戻ります”って顔をしながら言っていた。
だが未だに、ウルフは現れていない。これも詐欺だ。
それとも、あの男の“少し”の感覚が可笑しいのか? 丸二日たっているのに、あの男の中では、まだ“少し”なのか……? ウルフの“少し”は、信用出来ないな……
あの爽やか好青年…ちゃっかりと腹黒そうだ。
ウルフは銃を持っていた。 ウルフには逆らえない。
頭の中では、言いたい放題だけどね。
……でも、監禁よりはマシだ。
最初この部屋に入った時、部下っぽい奴が手枷を持って来た。
あの時は焦った。監禁されるかと思った。
だが、その時ウルフが、ものすごく嫌そうな目で手枷を見て、部下に言った。『不要だ。そんな趣味はない』──助かったと思った。
そう安心したのに、どうやら、ウルフが監禁派よりも、軟禁派であっただけらしい。
そうして頭の中で、ウルフのことを散々に言い切った頃、突然扉が開いた。
そして、当たり前みたいな顔をしながら入ってきやがったのは、ウルフだ。
やっと来やがった。丸二日、放置しやがって……
「さて、話しを始めようか?」
丸二日放置した事に対して、謝罪も言い訳もないらしい。まさか本当に、まだ“少し”の感覚なのか?! ……
『少し』って言うから、てっきり15分くらいかと思っていたら、丸二日も待たされましたけど?
私が不審がっていると、ウルフも面倒そうな顔をした。
「危害を加えるつもりはない」
いや、信用出来ない。銃持ってたし。今日は持ってない? ……やっぱり信用出来ない。
「──なぁ、質問していいか?」
“質問”・きっとこの間と同じだ。答えは求めていない。また、私の反応を見るつもりに決まっている……
「君の妹、雪哉と仲いいのか?」
マズイ。絵梨のことを聞かれるとは思ってなかった。 本当のことを悟られちゃいけない。
何か、何か別のことを考えながら答えてみようかな……? 例えば、何を考える……?
ウルフはじっと私を見たままだ。
だめだ……ここは、ノーコメントを貫き通してみるか!
私も、ウルフをじっっと見てみた。軽く睨む勢い。いや、睨んでます。……軟禁されている恨みもこめて……?
ウルフは納得のいっていなそうな顔をしながら、首を傾げた。
「何だよ? ……」
お前こそ何だよ?!
「私が雪哉の人間関係なんて、知るわけないじゃない!」
とっさに言い返してしまった。
でも、とっさに出た言葉は本音だ。そうか、絵梨目線からじゃなくて、雪哉目線の話しに置き替えてしまえば、嘘じゃない。“コレは使える”。
──“使える”、と思ったのに、ウルフに“は?”みたいな顔をされた。この男は何が言いたいんだ!
「だから、妹の人間関係に雪哉が関わっているのかを聞いた。どうして雪哉の視点に変わっているんだ?」
いい作戦だと思ったら、パーフェクトに疑問点を聞かれてしまった。
始めから感じていたことだが、コイツ、結構賢い気がする。理屈を並べるのが上手そうだもの。褒めてないけどね。
やっぱり、黙っていよう……ボロが出るだけの気がする。“何の情報も与えない”──
沈黙。そしてまた、睨んでしまっている。
ウルフも、なにげに私を睨んでやがる。……
「どうして黙るんだ?」
「どうせ、何かを探っているんでしょう?」
「普通に聞いただけだ」
ウルフはいかにも、“裏なんてありません”って顔をしながら言った。そんな顔をされたら、拍子抜けだ。
まさか私の、はやとちり? でも、ウルフは“当たり前”って顔をしながら、軟禁してくるような奴だし……嘘かもしれない。
「今日は、聞いただけだ」
「…………今日は?! ……」
また、当たり前って顔だ。
“今日は”って、やはりこの間は探ってたのか……
「もういいだろう? 話を始める」
どうやら、本題の話は今かららしい。と、なると、やはりさっきの質問は、何の意味もない世間話だったのだろうか? 私のはやとちり? まだ本題に入っていなかっただなんて、驚きだ。
ウルフとの会話が成り立つ気がしない。絡みにくそうだ。……絡むつもりないけど。
「君にこれを……」
ウルフに何かを手渡された。
恐る恐る受け取る。
「……招待状?」
──それは一通の招待状。
「RED ANGELとBLACK MERMAIDの同盟パーティーが開かれる。それは君への招待状だ」
同盟のパーティー? BLACK MERMAIDを信用したわけじゃないって、この間言ってたくせに、そんなものを開くの?
……その前に、そこに私が招待されるのも、どうかと思う。
「私って、そのパーティーにいても良いわけ?」
BLACK MERMAIDとRED ANGELのパーティー、そんなパーティー、絶対出席したくない。
「君にも来てもらう」
「私は出なくてもいいんじゃない?」
「君も連れて行く」
“来てほしい”から、“連れて行く”に変わった。
私の意見を聞くつもりはないらしい。だいたい、私は軟禁されている。“連れて行く”と言われたら、“連れて行かれる”しかない。
どうせ連れていかれるなら、私への招待状なんて、必要ないんじゃないかな? 招待状があるから、行くか行かないかの、決定権があるものと思ってしまった。どうも納得出来ないけれど。
「会ってみたくないのか? BLACK MERMAIDの総長や幹部にな」
──幹部……そうか。そのパーティーには、聖だって参加するはずだ。
私にとって、マイナスばかりじゃないのかもしれない。
そのパーティーに参加すれば何かが、変わるのだろうか?
「君の妹も来る」
絵梨も参加……?
「駄目よ。そんな怪しいパーティーに、妹を行かせられない」
「怪しいとは失敬だな」
「暴走族と裏組織のパーティーだなんて、怪しいじゃない」
「危険だから行かせられないのか?」
「そうよ。行かせない」
「なら、どうやって妹を止めるんだ?」
どうやって……? そんなの、“引き止める”に決まってるじゃない。
けど、そうだ……どうやって……――? だって私は、“この部屋から出られない”。
そうだ、スマホ……───。いや、それも駄目だ。この部屋に来た日に、連絡を取ろうとしたら、スマホがなくなっていた。
誰の仕業かは分からないけど……──やっぱり、コイツの仕業……?
「スマホ、返して。これじゃ絵梨と連絡もとれない」
「なら、仕方ないな。僕は君のスマホを持っていない」
ウルフが愛想の良さそうな笑顔をつくった。ウルフのこんな顔、初めて見た。
『…―持っていない』で、その嬉しそうな笑顔、一体何なんだ?! そんなに嬉しかったですか? 嬉しいですよね? だってアナタ、腹黒いですもんね!
「仲間の誰かが持っているはずでしょ? かえして」
「知らないな。妹を引き止める手段がないなら、仕方ないだろう」
「仕方なくない。これじゃ絵梨が危険だわ」
「なら、どうすればいいか、答えは簡単だ。妹が心配なら、“君もパーティーに参加すればいい”」
コイツ、元からそう言わせるつもりだった。
絵梨が行くなら、私も行く。
「……ウルフの言う通りね。 絵梨だけを行かせることなんて、出来ない。私も行く」
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───────────
──────
─―♪……♪
「うるさいな~……もう、マナーモードにしちゃえ」
テーブルの上のスマートフォンを拾い上げ、マナーモードへと変える。
「……それは誰のですか?」
「これ? うーん……あの子、名前なんて言うんだっけ? ……」
「“あの子”じゃ分かりませんけど?」
「あの子よ……ウルフが連れて来た子」
スマートフォンを片手に話しているのは、キャット。そして一緒にいるのは、眼鏡をかけた男だ。
「どうして、キャットが持っているんですか? 人のスマホを持っているなんて、怪しすぎます」
〝この女は一体、何をしているんだ?〟と、疑惑の目でキャットを見る眼鏡の男。
「ちょっとアクア! 何その目?! 失礼ね? 好きで他人のスマホ持ってるわけじゃないんだから!」
男の組織内での名前は“アクア”と言う。
「……なら、なぜ持っているんですか?」
「ウルフに“持ってろ”って言われたのよ」
「ウルフが? あの人は何を考えているんだか……」
アクアは呆れたようにため息をついた。〝最近のウルフはよく分からない〟とでも言いたげだ。
「そんな顔してるけど、ウルフに一番忠実なのは、アクアじゃない?」
キャットの言葉に、まんざらでもなさげなアクア。
「どうしてウルフはあの子を連れて来たの? 私は何も知らないわよ。どうせ、アクアには検討がついているんでしょう?〝教えてちょうだい〟」
「あの子は、BLACK MERMAIDと警察を行き来できる存在なんだ。厄介だから、先に手を打ったってわけさ」
「何それ? 警察とBLACK MERMAID自体が無縁のはずなのに……」
「それが、無縁でもないんだ。稲葉 聖の兄は警察だ。あの子はその恋人。さらに、あの子の妹はBLACK MERMAIDの主力メンバーと密接に関わっている。……──厄介な姉妹なんだ」
キャットは頬杖をつきながら、アクアの話しを聞いている。
「姉妹の仲が良いっていうのも、厄介な理由の内の一つだ。だから、姉か妹どちらかと接触をはかった。妹は内気で臆病な性格、姉は社交的で人付き合いも上手い。そして、臆病な妹より、社交的な姉の方が交渉しやすいと判断した」
スラスラと説明をするアクア。…──初めは真剣に聞いていたキャットだが、次第に苦い表情でアクアを眺め始めた。
「何が『人のスマホを持っているなんて、怪しすぎる』よ? ……──どれだけ調べてんのよ! アンタのPCの方が怪しすぎよ!」
アクアのPCを指差したキャット。
彼がPCで何でもかんでも情報を得ている事を知っての事だ。そして“インターネットで調べる”だとか、そんな可愛らしいレベルの話でもない事も──
アクアは指差されたPCを腕に抱えると、不審がるようにキャットを見た。
「壊さないで下さいね? キャットは少々、がさつな面がありますから」
―ベシッッ!!
「……?!」
言われておきながら、PCを一発殴ったキャットだった。
「やっぱり、がさつですね……止めてもらいたい」
「アクアこそ、がさつとは何よ?」
「……いじけないで下さい。“怪しい”なんて言わずに、俺の集めた情報を聞いてみませんか?──あと一つ、面白い話があるんですよ」
キャットはアクアの物言いに、いくらか興味を示しているようだった。
「本当に面白い? ……」
「面白いです」
「なら、聞いてあげてもいいかな」
「──あの子の妹の通称をご存知ですか? 妹の通称は“人魚姫”。OCEANの人魚姫。その通称の由来は、第一に、口をきけない時期があったから。第二に、容姿の美しさ。第三に、元BLACK OCEANの――……」
―バン!
話を遮るように、キャットが机に思いきり手をついた。
「〝面白くない〟。──容姿の美しさって何よ? “他人がすごくキレイ”なんて話し、同性の私が聞いても、全く面白くないわ」
「……第三の理由、聞かないんですか?」
「聞かない。面白くないもの」
渋々とアクアは話しを中断した。
その時、マナーモードにしていたスマートフォンが、机の上で光った。
「……また電話だぁ」
スマートフォンを眺めるキャット。
「……ウルフはね、スマホが鳴っても、絶対に出るなって言ってた」
「恋人からの電話は、イコール警察ですからね。知り合いにも、警察がいるって話ですし」
スマートフォンを手に持ち、興味深そうに液晶を眺めるキャット。
「恋人とその知り合い、名前は何て言うの?」
「恋人の名前が、 誓。知り合いは、 響」
「誓に響……どうやら電話の相手は、そのどっちでもないみたいよ。“絵梨”、って出てる」
「彼女が人魚姫ですよ」
それを聞くと、キャットが微かに笑った。
「人魚姫から電話? 何それ、面白い。……ウルフに内緒で、電話に出ちゃおうよ?」
笑いながらアクアに話しを持ちかけた。
アクアは“NO”の意味で首を横に振った。
その反応に、口を尖らせるキャット……──
「いいじゃない? 出~ちゃおう♪」
アクアの反対を無視して、キャットは通話を開始する。
「あっ?! ……ウルフにバレたら面倒なことに……」
不安そうなアクアとは裏腹に、キャットはスマートフォンを耳にあてて、楽しそうにしている。まるで面白がっているかのように……
「もーしも~し? Hello~? お姉ちゃんに何か用ですか~? ……」
*****
━━━━【〝
「え…………?」
スマートフォンから、知らない女の人の声が聞こえてきた。
お姉ちゃんが、丸二日、連絡もなしに帰って来ない。 何通かメッセージを送ったが、返信はない。何度か電話をかけたが、出なかった。
やっと、連絡を取れると思ったのに、通話の相手はお姉ちゃんではない。
一体、誰なの? お姉ちゃんの友達かな?
「……あの、私はお姉ちゃんの妹なんですけど……お姉ちゃんの友達の方ですか?」
―「違うよ」
電話の人、声のトーンが少し上がっている気がする。楽しそうに話してる。
友達じゃないなら、誰なの?
「……誰ですか?」
―「へー、何だか控え目な話し方。内気っていうのは、どうやら本当みたいね」
何だか嫌だ。この人誰……どうしてそんなこと、知っているの?
「早く、お姉ちゃんに代わって下さい」
お姉ちゃんに代わって。お姉ちゃんはどこにいるの?
―「代われないわ。ここには、いないもの」
「どういうことですか? ……」
―「今、隣りにはいないわ。 どこかにはいるから、気にする事じゃないけど?」
「どこかって……」
―「不安そうな声ね? そんなにお姉ちゃんに会いたいなら、会う方法を教えてあげようか? ──“招待状”が届いている筈よ」
──“招待状”──
確かに昨晩、私のもとに届いていた。
“BLACK MERMAIDとRED ANGELの同盟パーティー”
招待状と言ったら、それしかない。
どうしてその招待状と、お姉ちゃんが関係するのだろうか。
―「そのパーティーに、お姉ちゃんも来る筈よ。だから、アナタもちゃんと出席することね?」
──どうして、BLACK MERMAIDとRED ANGELのパーティーに、お姉ちゃんが……
動揺した。足がすくみそう……
嫌だ。お姉ちゃん、ごめんね。
きっと、私のせいだ。私が、お姉ちゃんを巻き込んじゃったんだ。
お姉ちゃんが丸二日帰って来ないのも、そのせいなの?
お姉ちゃんの身に、何かあったんだ。
「お姉ちゃんは無事なんですよね……?! お願い! ……何もしないで……!」
―「フフ……─―♪ いきなり声荒げちゃって、面白い子ね。多分、危害は加えないと思うから、安心して? ただ、よく聞きな……?」
「…………。」
―「誰にも言うんじゃないからね? 警察なんてもってのほかよ! この約束が守れるなら、危害は加えないわ」
─―ブツ……
─―ツー……ツー……
スマートフォンが一方的に切られた。
私はスマートフォンを耳に当てたまま、しばらく動けなかった。
パーティーに参加すれば、お姉ちゃんに会える……―――
*****
──────────────────
────────────
通話を終えたキャットは、満足げにスマートフォンをテーブルへと置いた。
「しっかり脅してましたね?」
「脅しは重要よ。完璧ね」
******
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