【気持ち 2/3 ─ ドール ─】

────────────────

──────────


 聖は部屋を見渡した後に、その視線を純へと向ける。


「そういえば、陽介はどこ行ったんだ?」


「……話し相手を探しに出掛けた」


「相当話し相手が欲しかったらしいな」


「それも仕方ない……辛うじで話し相手の雪哉が寝てるからな!」


 陽介がいないことを、今頃気になり出したようだ。


「雪哉はいつまで寝てるつもりだ? 聖じゃねーんだから起きろ」


「あ? どういう意味だ??」


 聖イコール、なかなか起きない。どうやら、本人には自覚がないらしい。

 未だ起きない雪哉を眺めながら、純が気難しい顔をする。


「雪哉がこんなに寝てるのも珍しいな」


「RED ANGELの猫とじゃれすぎたんだろ」


「……確か、悪態ついてから即刻寝たよな?」


「『ふざけんなよ~。あの女、猫なんて可愛らしいものじゃねーー!』って、言ってたな」


 ──苦笑いの二人。


「どんな女だよ?」


「……雪哉喰われたのか?」


「雪哉を喰う女ってどんな女だよ? 肉食獣の共食いか? ……」


 思わず鳥肌。衝撃であった。二人で苦笑いだ。


「恐ろしい女がいたものだな! 純、顔色が悪いぞ!」


「聖こそ、顔色。──大変だ。雪哉クンが、喰われてしまった……」


「女って怖いな!!」


 依然、苦笑いの二人。 なぜか小声で話している。すると……──


 ―バタン!!!


 部屋に響く大きな音。


「?! ……? ――」


 一体、どうしたというのか、いきなり、部屋の扉が外れた。

 ……何が何なのか分からない二人。

 見ると、扉の所に見知らぬ女が立っていた。どうやら、この女が扉を蹴り飛ばして開けたらしい。

 ……外れた扉を見て、聖があんぐりと口を開ける。


「あ゛?! 誰だよお前!」


 すると、サングラスごしに女がこちらを見た。──それから一通り部屋を眺める女。


「おい……――お前は誰だ?」


 純が女の前に立ちはだかった。

 女は純をじっと睨んでから、サングラスを外す。


「……ねぇ、人探してるんだけど?」


 サングラスを外した顔を見て、純は気が付いた。


「お前は……」


「……あなた、私を知ってるわけ? なら、私が誰を探してるのかも分かってる?」


 ──苦笑いの純。


「純、この横暴そうな女は誰だ?」


 女を指差す聖。

 そんな聖に対して舌打ちをする女。


「この女、多分……――」


 ―ドン!


 わざと純の肩に自分肩をぶつけて、横を通り過ぎる女。──そして、ソファーで寝ている雪哉の前に座り込んだ。


「寝ているのね。勝手に帰るなんて、ひどいじゃない。……雪哉?」


 苦笑いするしかない二人だった。再び小声で、二人は話す……


―「もしかして、あれが噂の女か……」


―「なんて横暴な女だ!」


 そして例の女は、雪哉の体を揺さぶり始める……


「雪哉ぁ? 起きて!」


 そうやって雪哉を起こしているのは、RED ANGELのキャットであったのだ。


―「起こすのかよ?!……誰のせいで寝てると思ってんだ!」


―「面倒そうな女!」


 純と聖は少々引き気味のようである。


 そしてキャットに揺さぶられた雪哉は、目を覚まし……──


「………………? ぅげ?! ……どうしてお前がここに……」


「何その反応~?! 雪哉~! 起きたらいないんだもん! ヒドイじゃない?」


「………………。」


 ──取りあえず、再び目を閉じる雪哉だった。ここは寝たふりだ。


「寝させないけど~?」


 だがキャットが、地味に雪哉の頬を抓る。


「やめろよ!」


「しっかり起きてるじゃない?」


 拗ねた表情をするキャット。……──仕方なく、雪哉が起き上がった。


「……風呂入ってくる。大人しく待ってろ」


「分かった」


 言われた通り大人しく待つ為に、キャットはソファーへ座る。


「「…………。」」


 雪哉は風呂。キャットは堂々とソファー。……純と聖は、気まずい空気に悩む。


「雪哉の奴、風呂かよ?! この女、置いていかれても困る……」


 キャットは勝手に部屋を歩き回り、終いには勝手にコーヒーを淹れ始めた。


「あ、コーヒー頂くから」


 当然のような顔で、一応、純と聖に確認を取る。何故か我が物顔だ。


「俺、出掛けて来る」


 聖が部屋を出て行った。


「………お友達は出掛けるみたいだけど、アンタは?」


 コーヒーを飲みながら、純に言うキャット。


 我が物顔のキャットが、相当気に喰わない。不機嫌な純……


「メシ買いに行く……」


 舌打ちしつつ、仕方なく純も退散した。


「みんな居なくなっちゃった~。人数は多い方が楽しいのに」


 心にもない言葉を吐きながら、キャットがわざとらしく笑った。


*****


 そうして純は、イライラとしながらバイクへと向かった。ポケットからキーを取り出す──


 ──その時、地面に落ちていた赤い花びらが目についた。

 よく見ると、花びらが一定の方向に向かって落ちていた。

 ……──深い意味はなかった。ただ何となく、花びらの続く方向へと進んだ。


「…………何やってんだ?」


「ん? ……」


 何気なく花びらの方向へと進むと、そこに一人の少女がいた。その子は、なぜか赤い花を植えている。

 純が話しかけると、少女はしゃがんだまま、不思議そうに純を見上げた。


 〝別に花を植えたって構わない〟。……ただ、どうしてBLACK MERMAIDのたまり場に、こんな少女がいるのかが謎だった──

 それから、どうしてBLACK MERMAIDのたまり場に花を植えているのか、その件も謎だ。


「花、植えといてって言われたの」


「誰にだ?」


「お友達」


「どうしてだ?」


 少女は純を見上げたまま黙り込む…──


「……別にいいけどな」


 少女が黙り込んでしまったから、問うのを止めた。少女を怖がらせてしまったと思ったから。


「じゃあな。さっさと家に帰れ」


「お兄ちゃん! どこに行くの?」


 『帰れ』と話したのに、なぜか、少女は純の後をついて来た。


「何でついてくるんだ?」


「遊ぼうよ?」


「……“遊ばない”」


 子供の扱いが分からず困る純。

 そんなことはお構いなしに、なぜか後をついてくる少女……

 そして結局、バイクまで少女はついてきてしまった。

 バイクの前まで来て、純が少女の方を振り向いた。


「……お前、家は?」


 少女は首を傾けた。


「名前は? いくつだ?」


 完全に迷子のような扱いになってきた。


「いくつだと思う~?」


 少女は迷子の扱いをされている事にも気付かない。 相手をしてもらえていると思ったのか、ニコニコと楽しそうに笑った。

 その様子に純はため息をついた。


「12歳くらいか? ……」


 仕方なく、話を合わせて適当に答えた。

 少女はニコニコと笑ったままだ。


「お兄ちゃん! 名前教えて?」


 少女は自分の名前は答えないのに、純に名前を尋ねた。


「……純」


「へー、純くんって言うんだ! ねぇ純くん、コレに乗せて?」


 少女はバイクを指差して言っている。


「ダメ」


「え~、どうして?」


「ダメだ」


「乗ってみたいな~……」


「乗せない」


 純は断固拒否をする。


「ねぇ純くん! お願いだよ~……」


 少女はしょんぼりとした表情で、お願いを続ける。


「少しだけだからな? ……」


 少し座らせてやれば気が済むと思った純は、仕方なく承諾した。


「純くんありがとう♪」


 少女は嬉しそうに笑う。


「「………。」」


「……純くん! 乗れないよ!」


 高すぎて自分では座れないことを悟った少女。純に向かって両手を伸ばした。“抱っこして”の意味だ。


「仕方ねーガキだな……」


 ヒョイっと、簡単に少女を持ち上げる純。


「わー! 高~い!」


 少女は自分の知らない高さを、新鮮そうに楽しむ。


「初めて座ったー! 純くん! コレ運転してー? 動いてるのに乗ってみたい」


 好奇心の表情で純を見る。


「それはダメだ」


 純はまた、ヒョイっと少女を持ち上げた。

 抱っこされたまま、少女が不思議そうに首を傾ける。


「どうして~?」


「お前みたいな奴は、落ちそうだからダメだ」


 少女を地面に下ろす。


「……低~い」


 残念そうにする少女。


 少女が乗りたがるので、純はバイクを使う事を止め、仕方なく歩き出す──


「あれ~? バイクはぁ~? 乗らないの?」


 そして少女は、なぜか純の後をチョコチョコとついて来た。


 ─チョコチョコチョコチョコ……――!


 ─チョコチョコチョコチョコ――――……!


 歩幅が全く違う。純は普通に歩いているのに、少女はチョコチョコと小走りで忙しない。

 少女は純に、なかなか追い付けない。


 ─チョコチョコチョコチョコチョコチョコ! ……――


「捕まえた!」


 そして少女はついに、両手で純の服を掴む事に成功した。


「だから、どうしてついて来るんだよ?」


「そんなこと言われても……ついていかないと、迷子になっちゃう!」


「お前、元から迷子だろ。 俺は保護者かよ?」


 すると何故か、自信ありげに頷く少女。


「いや、保護者じゃねーよ?!」


 少女がテヘッ♪と笑う。


「何がテヘだ?! ……」


 少女に掴まれていたので、自然と純のスピードもゆっくりになる。


 ──そうしてしばらく歩くと、コンビニについた。


「純くん、向こうがいい!」


 少女がコンビニに入ろうとした純を、引き止めた。

 少女はコンビニの向かい側の、ファミリーレストランを指差している。


「ファミレスか?」


 少女が大きく頷く。


「ハンバーグ食べる!」


 ─チョコチョコチョコチョコ……――!


 ファミレスへ向かって走り出す──


「!! ……勝手に行くな! 迷子になるだろ!? …… 」


 ──チョコチョコチョコチョコ……!


 純の言葉も聞かずに走り続ける少女。


「待てよ! ……危なっかしい!!」


 ためらいなしに道路を突っ切る少女。ヒヤヒヤとしながら、純も後を追った。


 ──チョコチョコチョコチョコ……――!


 早く捕まえてしまいたいのに、何気に、すばしっこい。 ……


「……捕まえた!」


 純は少女の腕を掴んだ。


「あ! 純くんがついて来たー! やっぱり保護者だったんだね!」


「違う!」


「早く入ろ~♪」


 少女は純を引っ張りながら、ファミレスの中へ。こうして結局、“お昼はファミレスで”・という流れになってしまう。


―「何名様ですか?」


「二名様ー!わーい!」


 もはや、純に成す術なしだ。


 案内された席へと座った。〝禁煙席〟。


 しばらくすると、水の入ったグラスがテーブルへと置かれる。


 少女はメニューを見ながらルンルンとしている。


 純の頭の中では今、“どんな展開でこうなった? ”とか、“結局この子は誰だ? ”とか、当たり前の疑問が無駄に渦巻いている。


 仕方がないので純もメニューを見る。……

 メニューを見始めたのはいいが、どうも見ずらい。


( ……何だか視界が悪い。何だか熱い。足をバタバタしないでくれ……その前に……── )


「どうして俺の膝に座ってるんだよ……?」


〝膝に座らないでほしい〟


「なんとなく!」


 少女はケロッとした表情だ。


「下りろ」


「ヤダ」


「下りろ」


「ヤダー」


 ―ストン!


「ぅわっ、純くん! いきなり膝開かないでよ! 落ちたじゃん!」


「膝なんかに座られたら、動きずらいんだよ!」


 純が膝を開いたから、少女は純の膝の間に座っている形になった。


「あっ! ねぇねぇ! 注文決まってま~す」


 ホールの女の人に向かって、少女は手をあげた。

 女の人はにっこりとしながら近づいてきた。


―「ご注文がお決まりですか?」


「えーっと、ハンバーグ♪ エビフライがのってるヤツ! 以上です!」


「以上?!」


―「デミグラスハンバーグエビフライ添え、一点、かしこまりました。――」


 〝以上〟の言葉を鵜呑みにして、立ち去る女の人。

 呆気に取られて呼び止めるのを忘れている純。


「以上じゃねーよ……!」


 そして少女は、テヘッと笑う。


「だって! 食べ切れないもん」


「は?」


「食べ切れないから、一緒に食べようよ!」


「俺は残飯処理か?!」


 ……一瞬、申し訳なさそうにした少女。けれどすぐに…──


「うん! 純くん、残飯ね!」


 ──やたらと強い目力で、残飯For you宣言をしてくる。


「ねぇ~! 純くんっ怒らないでねー? ……エビフライあげるから~…!」


「そんな低レベルな事で怒らねぇよ!」


 しばらくして、注文したハンバーグがテーブルに運ばれてきた。


「わーい♪ いただきます♪」


 少女はとても嬉しそうだった。


「あっつ~ー……」


 料理が想像よりも熱かったのか、食べるのに苦戦している。


「熱いよ~」


 助けを求めるように、少女は純を見上げる。


「冷ませ。あと、冷めやすいように切っとけ」


「そっかー!」


 少女はまたニコニコとした表情に戻った。

 フーフーと、必死に料理を冷まそうとしている。


 ──純は、この子をどうしたらいいのかを考えていた。

 やはり一度、たまり場まで連れて帰るのが妥当だろうか? 迷子? ……元暴走族としての名残りで、なんとなく、警察には行きたくない。……


「なぁ、お前って本当の迷子か? 名前は? ……家、分かるか?」


「ん~? 元いた場所に戻ればいいや。名前はね――…… 」


 少女はなぜか、名前を言うのを少しためらった。


「……お友達からはね、“”って呼ばれてるの。だから、純くんもそう呼んで」


「ドール? ……変わったニックネームだな。たしかに人形みたいだ」


 この時はまだ、その名を聞いても、何の違和感も感じなかった。


───────

──────────────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る