Chapter 2 【PARTY】

Episode 6 【開幕】

【開幕】

 大きな自動ゲートが開いた。

 目の前に佇むそれは、まさに豪邸だ。まるで、西洋の城のような造りの洋館……──


 ゲートを潜る五人分の足音が響く。そしてその足音は、受付の前で止まった。

 受付の者は五人を順に眺めてから、何か不審がるような表情を作った──


「……五人、だけですか?」


 五人のうち、一人の女だけが、受付の質問に目を泳がせた。残りの四人の男たちは、あっけらかんとした表情だ。


「あぁ。五人だけだ」


「なぜですか……?」



「……はい?!」


 受付は“信じがたい”と言いたいようで、呆れたようにほうけてしまった。

 ……──一体その自信は、どこから来るのか? 四人の男たちは、なぜか余裕そうな面持ちである。


「あぁ~……なんつーの? 集団感染ってやつかな?」


 サラっと大嘘を吐いている悪い奴ら。共にいる女は終始、呆れ顔だ。だが……──


「……そうですか」


〝なぜか承諾した受付〟であった。


「全く! だからきちんと手を洗えって言ったのにな!」(うそ)


 またまた変な嘘をブツブツ呟きながら、わざとらしく受付の横を通過する悪い奴ら……──


「案外通用するものだな?!」


「悩んで損したぜ!」


「相手にされてないだけじゃない?」


「「「「…………。」」」」


 ──男四人、女一人・この五人組はそう、聖、陽介、雪哉、純、百合乃である。……ともあれこうして五人は、パーティー会場へと到着したのだった……──


****


─────────────────

───────────

──────


 ──〝鏡の中の自分を見た〟。

 この日の瑠璃は、燃えるような真っ赤なパーティードレスへと身を包んでいる。


 パーティーは、瑠璃が想像していたよりも盛大なものだった。そして驚くことに、なんと、このパーティーは、三日間も開催されるそうなのだ。


 このパーティーの規模の大きさが、瑠璃の不安を余計に煽る。“RED ANGEL”という組織の大きさを、見せ付けられている気がしたから。


 このパーティー、参加者に衣装まで貸し出してくれるらしい。さらにはメイクと髪型のセットだってやってくれた。……──見た感じやこの待遇の良さ、これが裏組織のパーティーだなんて、到底思えない。“到底思えない”とは言うけれど、事実、これは裏組織主催のパーティーであるのだけど……──


 鏡の中の自分を見つめてしまった自身の行動を、不意に恥ずかしく感じた。〝……何、自分に見惚れてるの? メイクとドレス、髪型が素敵なだけ……〟と、そう自分に言い聞かせると、気を取り直して、瑠璃はパーティー会場へと向かう──


 ──そして会場へと向かいながら、瑠璃は考えを巡らしていた。


 ──このパーティーの主催者は幹部のウルフである筈だ。一幹部である筈のウルフに、何故こんなにも盛大なパーティーを執り行う力があるのか……──可能性はおそらく、二つだろう。


 一つ目の可能性は、〝ウルフがただの一幹部ではなくて、何かしら、他よりも優位であるから〟。


 二つ目の可能性は、〝ウルフがパーティーを主催した背景に、組織全体の何かしらの思惑がある〟から──


 ──正直言って、こちらから言わせれば、どちらも好ましくない可能性の話だろう。だがどちらかと言うと、〝一つ目の可能性がドンピシャ〟である方が、ではあるのだろう。──つまりこれが、RED ANGELという組織全体の思惑ではなくて、であった方が、マシなのだ──


 ──さておき今回瑠璃の一番の目的は、絵梨を見つけることだ。


 会場への入り口を潜る前に、一度気持ちを落ち着かせる為に呼吸を整えると、瑠璃は足を踏み出した──


 会場は広々としていて、各テーブルには、名前もよく知らないようなオシャレな料理がたくさん並んでいた。高い天井には、キラキラ光るシャンデリア……──


 大勢の人たちを見渡す。やはり簡単には、絵梨と会えなそうだ。


 会場では、生演奏の音楽が続く──


 するとその時……──


「妹を捜しているのかい?」


 声の方を振り返ると、そこにはウルフがいた。

 あの時から、ウルフとは全く顔を合わせていない。ウルフの問いに、瑠璃はゆっくりと頷く。


「なんだか久しぶり。体調いいの? ……」


 ついラフに返してしまったけれど、ウルフが体調を崩す直前までピリピリとした空気だったことを思い出して、今更警戒の眼差しをウルフへと向けた。


 ウルフは“いい”も“悪い”も言わずに、ただ穏やかに笑った。


 顔色も悪くない。瑠璃は“体調がいい”と、そのように解釈した。


 ……そうして会話をしていると、あの日見たウルフの寝顔が、不意に頭に浮かんだ。

 そうして勝手に思い出し、ハラハラとした気持ちになる。〝勝手に部屋に入ったことがバレていないか〟それが不安であるようだ。


「とにかく、愉しんでくれ」


 何事もなく、ウルフは瑠璃の前から立ち去った。

 〝バレていなかったみたい〟と、瑠璃は安堵したようだ。


*****


 広い会場の中で、キャットが雪哉に向かって手を振る。

 キャットは黒地にシルバーのラメがよく栄えているドレスを着ていた。


「どう??」


「綺麗」


「フーン。本当はどう思ってるのかしらねぇ?」


 キャットはさっそく、ちょっぴりと不機嫌になる。〝まだまだ思い通りにならない〟と…──

 するとキャットは、雪哉へと耳打ちをする。


「絶っっ対に! ……私に惚れさせてやるんだから! そして、私の手駒にしてあげるわ! ……」


「全部オレのセリフだ!」


 〝何かと思えば喧嘩を売りに来たのか〟と、雪哉もキャットへと、不機嫌な眼差しを返す。

 ──ここは煌びやかなパーティー会場だと言うのに、二人は睨み合ってバチバチと火花を散らしている。

 だがその時、雪哉の瞳が絵梨の姿を捉えた。

 絵梨は真っ白なタイトドレスを着ているようだった。

 ──両手で一つのグラスを持ちながら、絵梨は雪哉の視界の中を通過して行った──

 見入ってしまいそうになるのを抑える。〝綺麗だった〟。……──

 そしてキャットは、雪哉の様子をじっと伺ってから、誰を見ていたのか、振り返ってみた。


「……海を見ていた時と、同じ目をしてた」


 キャットの言葉を聞き、雪哉は動揺した。だが〝表情には出さないように〟と、平静を装う。


「何の話だよ」


 平静を装いながら、笑みを作った──


*****


 ──自分を落ち着かせるために、飲み物を一口飲んだ。

 絵梨は雪哉がキャットと一緒にいるのが嫌だった。

  そう絵梨も、雪哉がいた事に気が付いていたのだ。

 ──雪哉とキャット・耳打ちをする光景が、やたらと仲が良いように見えた。 だからグラスを両手で強く握りしめながら、素通りするしかなかった。


 絵梨は落ち込んだ気分のまま、けれど気持ちを切り替えるように努めながら、瑠璃の事を捜し始めた──


*****


 こちらでは聖が、やたらとワインの飲み比べを始めている。


陽「……ソムリエにでもなれ!」


聖「ヤダ」


 聖は基本何でも飲めるのだが、その中でも特にワインが好きなのだ。──そしていくらでも飲めるタイプでもある。聖はザルなのだ。いくら飲んでも、顔色一つ変わらない。


 するとそこへと、雪哉が戻ってきた。


陽「ユッキーお帰り~!」


 さっそくハイテンションな陽介。……──だが、雪哉は陽介のハイテンションを軽くスルーして、百合乃の事を小さく手招きした。〝ユキ酷~~い!!〟と、雪哉へと振り返って陽介がシュンとしている。


百「どうしたの?」


雪「百合乃に頼みがある」


百「……ん?」


雪「……絵梨がいた。一人だ。危ねぇから、一緒にいてあげてくれ」


 百合乃はその言葉を聞いて、悲しい気分になった。百合乃は出来る事なら、絵梨と雪哉を一緒に居させてあげたかったのだから。──それでも、雪哉の事情を知っていたので、あえて何も言わない。


百「分かったわ。……安心して」


 百合乃は悲しそうに笑ってから、絵梨の元へと向かう。

 百合乃は絵梨の元へと向かうために、サッと聖の横を通り過ぎて行った。百合乃と聖、お互いに目を合わせる事もないまま──


聖「百合乃が悲しそうだった」


 聖は何事も思っていないかのような澄ました顔をしながら呟いて、綺麗に細工のされた片手のデカンタへと視線を落としている。……──けれど次に振り返って、百合乃の後ろ姿を見ていた──


純「天然聖、百合乃のことには結構気が付くよな」


聖「天然? ……」


 純の言葉に疑問を抱く聖。本人は天然のつもりは微塵もないらしい。


陽「聖は百合乃に甘いよな」


 純と陽介の話を何気なく聞きながら、聖は澄ました表情でワインを一口飲んだ。そして表情を変えないまま、言葉を返す──


聖「当たり前だろ。百合乃は俺の妹……だ」


 雪哉は聖のことを、表情を濁しながら眺めている。まるで何か、気に食わない事でもあるかのように……──


雪「百合乃はそうは思ってねぇよ」


聖「俺も、百合乃が思うようには思ってねぇ」


 聖は表情を崩さない。対象的に雪哉は、怪訝そうにも見えて、不機嫌そうにも見える表情で話しをしていた。


雪「へー……お前気が付いてんだな。残酷な奴……──」


聖「……雪哉に言われてたまるかよ」


雪「百合乃が可哀相に見える」


聖「“雪哉に言われてたまるかよ”。絵梨が可哀相だ」


 聖も何気無く、澄ましていた筈の表情を不快そうに歪めた。

 どうした事か、雪哉と聖の空気が、ピリピリとし始めている。“いきなり何なんだ”とでも言いたげに、純と陽介は二人を見ていた。

 聖と雪哉は反りが合わない。何故かお互いにイライラとしている様子だ。


聖「百合乃が悲しそうだった……どうしてくれる? “雪哉のせいだ”」


 〝百合乃が雪哉と絵梨の事を心配して悲しがっていた〟と、聖はそう言っているのだが、雪哉には聖の言っている意味が全く分からない。


雪「何だその言いがかり? 八つ当たりか?」


 聖からの冷たい視線が雪哉へと刺さっている。

 そしてその視線を、うっとうしそうに睨み返す雪哉──


聖「雪哉が絵梨を一人にさせるからだ。百合乃が悲しんでる」


 ……だがそんな事を言われても、納得出来ない理由が、雪哉にはあった。


雪「どうして聖がそんなこと言えんだよ? ……確かに俺と絵梨は一緒にいた……けど、それは絵梨の本心じゃない」


 陽介が驚いた様子で、隣にいる純の方を向いた。陽介は雪哉がそう感じているとは、全く思っていなかったから。

 “思い違いだろ?”と、純が小声で陽介に言った。“だいたい、どうしていきなり、口論みたいになってるんだ?”と、陽介は純に聞き返した。すると純も、“分からない”と首を傾げる。

 ……そしてやはり、聖と雪哉の空気は悪いままだ。


聖「なんだそれ? ……今まで一緒にいて、どうしてそんな答えになるんだよ?」


雪「一緒にいたから分かる。 絵梨が望む相手は俺じゃない」


聖「なら、誰だって言うんだよ?」


 雪哉は眉間にシワを寄せて、更に目つきを鋭くした。どうやら、 はらわたが煮え繰っているようだ。


雪「……お前が気に食わねぇんだよ」


聖「あ? いきなり何だよ……感じ悪りぃな。その前に話し変えんなよ……! 何だって言うんだ?」


雪「……生まれてから、始めてだ……他人が羨ましくて仕方がない……」


聖「だからいきなり話題変えんなよ! ……」


雪「お前が気に食わねぇ……“絵梨に求められてるお前”が……最高に気に食わねぇんだよ!! ……」


 雪哉の発言に、度胆を抜かれた様子の純と陽介。


聖「……は!? なんだと!? ……」


 聖からしたら、純と陽介よりも、更にもっと意味が分からない事であろう。〝絵梨が俺を? は? いや、身に覚えが無さすぎる……〟と。

 聖は意味が分からない状態のまま、“何か思い当たる節はあっただろうか?”と、考えを巡らした。すると……


聖「あ……! ……」


 〝聖は、思い出した〞。

─────────────

────────

 ──夜の街……雪哉と絵梨。


 ─―“あんたなんてっ!! 大嫌いっっ!!”―─


 そうあの日の夜、絵梨が雪哉を突き飛ばして……絵梨はそのまま、走り去った……

 その後だ……確か雪哉はあの時……──


 ─―“あの気まぐれ女っテメーに惚れてやがる!”―─


 “思い出した……”。

けれど聖は、どうしても絵梨が自分に気があるようには思えないのだ。

 今頃になって唖然とした聖は、驚きの表情のまま、思わず小さく呟いた。


聖「……あんたなんて……大嫌い……? ……」


 小さく呟いた聖の言葉は、雪哉にしっかりと聞こえている。


「「あんたなんて、大嫌い?!」」


 純と陽介もびっくりである。

 そして、改めて純と陽介に復唱され、雪哉の機嫌は最悪なのだった……──


*****


 沢山の人が談笑する会場の中、早足で人と人の間を縫うように進む──

 早足で歩く度に、ヒールの音が鳴る──


 ─―ガシ……!


 目当ての人の背中を見付けると、勢いよく後ろから肩を掴んだ。

 肩を掴まれたその人は、驚いて振り返った。


「……驚いたじゃないですか? ……いきなり何の用ですか?


 キャットに肩を掴まれ振り返っているのは、アクアだ。

 そしてキャットは相変わらず、不機嫌な面持ちのまま──


「調べてほしい事がある」


「何をですか? ……」


「“アレ”」


 キャットの指差した先を見て、アクアは表情を強張らせる。


「……何を企んでいるんですか?」


「いいから“アレ”の事を調べて」


「調べる必要はないです。 もう、調べ終わってますから」


「なら話しは早いじゃない? あの“”、何なのよ? ……」


「何言っているんですか? 彼女が“”ですよ」


 キャットの表情が驚きに変わる。


「あの女が……?!」


「そうですよ……調べるも何も、この間、人魚姫の情報を教えたはずです。途中で聞かなくなったのは、ご自分じゃないですか?」


「……この間、私が聞かなかった情報、教えてよ。……えーと、確かぁ、〝通称の由来〟! 喋れなかったからと……容姿の美しくさ……──その、“後よ”! ……」


 この間の話しを思い出しながら、必死に話すキャット。

 その様子を前に、アクアは“仕方ない”と承諾した。


「お教えしましょう。喋れなかった事と、容姿……──あと一つは、“元BLACK OCEAN、白谷の寵愛ちょうあいを受けたから”」


 キャットが目を見開いて一瞬固まった。キャットの中で、あの日、海を見つめていた雪哉の横顔が思い起こされる……──

 そしてキャットはすぐに、目を鋭くして、歯を食いしばる。


「何それ、ムカつくね……?」


 アクアはキャットの表情を見ずに、目線を上げて、自分の持っている情報を頭の中で整理しているようだった。


「まぁ……オレの持っている情報はこんなところですかねー……」


 キャットの表情を見ていないアクアは、呑気に言葉を並べる。そして、それからアクアは、何かを思い出したようだった──


「あぁ、そうだ……先程の情報、少し言い方を間違いました。あくまで、それは客観的に見た話しです。白谷は女の噂が絶えないですし、本当に寵愛しているのかは、分かりません。──ただ、客観的に見ると、“白谷が彼女を特別に扱っているように見える”……って話しだそうです」


 一通り話し終えたアクアが、やっとキャットを見た。そしてキャットの表情を見て、唖然とする。


「そんなの! どっちでもいいのよっ!!」


「…………」


「客観的に見てそう見えるなら、少なくとも他よりは、人魚姫がお気に入りって事よ!」


「……俺、余計なこと言いました? ……」


 キャットの怒る勢いに、アクアは困惑するばかりだった。

 ……──遠くから、絵梨を睨みつけるキャット。絵梨の隣には、百合乃がいた。


*****


 ──そしてこちらは、元BLACK OCEANメンバーだ。相変わらず、この四人の空気が凍りついている。


 ──“あんたなんて大嫌い”……とは、聖に純、陽介、三人とも衝撃を受けたようだった。だが、結構前から一番衝撃を受けているのは、他でもない雪哉だろう。

 そして、そんな最悪の空気の中……──


純「……あ!」


 純がいきなり何かを発見したようだった。そのまま言葉を続ける純──


純「絵梨……に、


雪「お前、からかうな……」


純「からかってねーよ!」


 〝本当だろうな?〟と、一応、純が示す方を振り返る。──するとそこにいたのは、だった。


「……?! ……」


「……!! ……」


 そして瑠璃と、バチっと目が合う。

 さらに、全員が唖然とする。 そう、会うのは、あの夜のバー以来だ。お互いにもう、会う事はないと思っていた。


瑠「……どうして、あなたたちがここにいるの? ……」


純「……どうしてって?! ……俺らが聞きてーよ……」


 この場は全員〝訳が分からない〟と唖然としたまま、沈黙したのだった──


***

━━━━【〝RURIルリ〟Point of v視点iew 】━━━━


 何これ……? どういうこと? ──なんとなく、あの時の四人組に似てる気がして、少し見てたら、黒髪と目が合った……──すると案の定、どうやら似ているんじゃなくて、本人たちだったらしい。

 彼らにはもう、絶対に会う事はないと思っていた。


 四人で物凄く直視してくる。やめてほしい。何だか怖いっ……なに? ……見すぎじゃないかな?


「……似てるよな?」


 黒髪が言った。それに頷く金髪。

 確かこの間も、そんな感じのこと言ってたな……だから、そんなに直視してくるのか……


「うーん……少しだけな!」


 久しぶりだ。オレンジ髪……“陽介だ”。陽介からしたら、少しだけ似ているらしい。……だから何に? ……


「ユッキー!どう思う?」


 そんな全員に聞くことなの? 陽介がそんなこと聞くから、私、ユッキーに物凄く直視されてるし……見ないでほしい。目が合わないように、違う方向を向く。……

 ……あぁ! もう!! 落ち着かない!! 見ないで!

 この状況に少しイライラとした私は、“キッ”とした目でユッキーのことを見た。すると──


 うわ!? この人、見てるんじゃなくて、確実に私のこと睨んでいませんか? 睨んでますよね? 〝睨んでますね〟。………。やめてくれませか? どうして睨むんですか!?


「ユッキー何睨んでんだ?! やめろよ?! 可哀相だろ?!」


 何だか陽介が、私の気持ちを代弁したかのようだ。助かった。……だが、ユッキーは……


「あ? ……睨んでねーし!」


 〝睨んでんだろ!〞

 どうやら、ユッキーは現在、ご機嫌うるわしくないらしい……ご機嫌斜めだ。……


「確かに似てる……」


 〝結局似てるのかよ?!〞

 いくらか虚ろな瞳でユッキーが言った。……喜怒哀楽激しい?


「私が、誰に似てるの?」


 するとユッキーは、澄ました表情で私を見た。


「……やっぱり似てねー!」


 〝結局似てないのかよ?!〞

 ……そしてこの後、ユッキーの口から、衝撃的な言葉が飛び出した……


「全く似てねー! ……こいつ“”だ!」


 ……ブス!? ……。

 何だこの男?! ありえない!!

 ……ちなみに、黒髪は笑いをこらえている様子だ。ユッキーと黒髪……ありえない!!


「ちょっと! 何なのよ?! 私がブスですって?! 可愛いつもりもないけど! ブスのつもりもなかったわよ!!」


 ─―ガシ!!


 勢いでユッキーの胸倉を掴んだ。そして下から、ユッキーを睨みつける私……──私って肝が据わってる?!

 その様子に、ついに黒髪が笑い出した。黙れ黒髪!!

 そしてユッキーは、意外に冷静だし?!


雪「口がすべったんだよ! ……まさか声に出ていたなんて、初耳だ」


瑠「うるさい! ブスだから似てないですって?! その子が私よりもブスだったら、絶っ対に許さないから!!」


雪「アイツはブスじゃねぇー!! 一緒にするな!!」


陽「どっちもそれなりに綺麗な顔立ちだ……!」


雪「何だと?! 一緒にするな! 月とスッポンだ……」


純「お前が絵梨に惚れてるだけだろ? なぁ?


 ……え?! 今……──“絵梨”、“雪哉”……?!


「……待って、あなたが雪哉なの? ……」


 そっと、掴んでいた胸倉を放す。


「そうだ。俺に何か用か?」


 一先ず問いには答えずに、つい雪哉をじっと見てしまう。


「なんだよ……? お前、誰?」


「私は瑠璃……──ねぇ! ……絵梨のことを知ってるでしょう? 私はよ」


雪「……は!?」


陽「えぇ!?」


聖「マヂかよ?!」


純「待てよ!? ……」


 何その反応? そんなに驚く? みんな驚き顔だ。


「「「「…………」」」」


 ──そして沈黙。

 そして、雪哉以外の三人の表情が、何だか哀れみを帯びてきたぞ……?!


陽「雪哉やっちまったな!」


純「絵梨のお姉さんに向かって“ブス”とわな!」


聖「お先真っ暗ってやつか?」


雪「…………俺、ブスなんて言ったか? ……」


聖「言った」


 三人は雪哉のことを、思わず哀れみの目で見ていたけど、逆に私の怒りは消えた。だって、雪哉がそう言った理由は、絵梨のことを特別に思っているからじゃないの? 雪哉にとって、絵梨が特別な存在だという、証拠じゃないの?


 元気のなかった絵梨を思い出した。

 絵梨、大丈夫だよ。雪哉はきっと、絵梨のことを大切に思ってる。


「もしかして、絵梨のこと捜してるのか?」


 金髪が私に言った。


「そうよ……」


「絵梨なら、百合乃と一緒にいる筈だ」


 “百合乃”……確か総長の名前だ。

 ──とにかく、絵梨が一人じゃないみたいで安心した。

 一週間、家に帰ってない。……早く再会して、絵梨を安心させてあげないと──


「なら、百合乃さんは、どこにいるの?」


「……どこに行ったんだろうな?」


 そうだよね。広い会場だし、いる場所なんて分からない。 けど、この四人に会えたのは運が良かった。この四人といれば、絵梨に会える筈だ。


「百合乃と一緒なら安全だ。だから、安心しろ」


「うん……――」


 金髪はそう言って、黄金色を帯びたブラウンの瞳を私に向けた──


  ……あぁ……誓に会いたいな……きっと、心配してくれてるよね? ……――


 金髪を見ていたら、誓を思い出した。私だって、さすがにもう気が付いてる。

 ウルフがあの時に言った名前……百合乃、純、陽介、雪哉、聖。──陽介がオレンジ髪で雪哉が赤茶髪……──そうなると、一緒にいるあと二人は、純と聖だ。〝見れば分かる〟よ。向こうの黒髪が“純”で、この金髪が“聖”なんだよね? ──〝誓の弟の“聖”〟……


 聖はRED ANGELとの同盟をきっかけに、BLACK MERMAIDへ戻った。それは、RED ANGELと仲間になりたくて戻った訳じゃない。──戻った理由は、MERMAIDをRED ANGELから逃がす為だ。

 〝私と聖の考えは同じ〟。 聖もきっと、このパーティーへの参加は見せ掛けだけのモノである筈。


 聖に会えてよかった。誓のためにも、聖がこの契約を解く為の手助けなら、何でもするつもりだから。 ……──けれど、周りがRED ANGELだらけの状況では、そんな話しは出来ない。一先ず、〝この話しは後だ〟。


 聖はどうやら、百合乃さんと連絡を取ってくれるらしく、スマートフォンを取り出した。ありがとう、聖。──これで、絵梨に会えるよ。

 〝もうすぐ絵梨に会える〟・嬉しさと安堵で、私は口元を綻ばせた。するとその時……──


―「ちょっといいかしら? ……」


 いきなり声をかけられて、振り返る。そこにいたのはキャットだった。──黒のパーティードレスだ……この人って黒似合うな。黒猫? ──……

 私は呑気にそんな事を思っていたのだけれど、何故だか、黒髪がキャットを見て気難しそうな表情をし始めた。

 するとキャットは──


「雪哉のこと借りるから」


 キャットは“当たり前”といったように、雪哉の腕を掴んだ。


「雪哉、行こう?」


 キャットは笑顔で、雪哉の腕を軽く引っ張っている。

 私はキャットと雪哉のやり取りを気にして見ている……──


「どこへだ?」


「いいから。二人でいようよ」


 雪哉はキャットからの誘いを、断る素振りもない。当たり前のように、キャットと一緒に行ってしまった。

 〝何? あの二人、どんな関係なの? ……〟──私の中に、モヤモヤとした気持ちが残った──


*****


 雪哉はキャットに引っ張られながら、広い会場の中を進んで行く──


「……何か良い事でもあったのか?」


 やけに機嫌が良さそうなキャットへと、雪哉が問い掛ける。


「ん? ワクワクしてるだけだよ」


 何にワクワクとしていると言うのか…──キャットは相変わらず、機嫌が良いようだ。楽しそうに笑っている。


 キャットは雪哉を引っ張りながら、会場の隅へと向かった。

 中央に比べると、一気に人の数が減っている。そしてその場所で、キャットは足を止めた。キャットが止まり、雪哉も足を止める。


「こんな隅の方にいたら、パーティーなんか楽しめないぞ?」


「良いんだよ。……だって、“この場所じゃないとダメなんだもの”」


「何がダメなんだ?」


「余計なことは聞かないで」


 疑問を抱きつつ、雪哉は仕方なく口をつぐむ。


「さて……――」


 何をするつもりなのか、キャットは雪哉に笑い掛けた。笑い掛けてから、雪哉の首に腕を絡める……──そのまま、スッ……と、二人の立ち位置が反対になった。

 先程と反対になった立ち位置。当然、見えていた視界も反対になる。


「……――」


 雪哉は目を見張る。移り変わった雪哉の視界に、立ち尽くしてこちらを向いた、絵梨の姿が映ったから。

 ──雪哉と絵梨、しっかりと、視線が絡んでいる。


「絵……――」


 名前を呟きそうになったけど、キャットがいるので、言葉を飲み込んだ。


 そして、絵梨を見ながら呆然と固まっている雪哉の事を、キャットは腕を絡めながら、至近距離で睨むように見つめていた。そして、微かにキャットの口角が上がる──


「ホラ、ドコを向いているの? ――」


 声に反応し、雪哉はキャットへと視線を戻す――

 その瞬間、キャットが雪哉の唇に自分の唇を重ねた――


***


━━━━【〝ERIエリ〟Point of v視点iew 】━━━━


 目の前の光景を、穴があくほど見つめてる。


 〝見たくない〟──けれど裏腹に、目が反らせなかった。


 百合乃さんと一緒にいて、百合乃さんのスマホが鳴った。百合乃さんは『少し待ってて』と言って、人気ひとけのない窓際へ行って電話に出た。

 私は少し離れた位置で、百合乃さんを待っていた―─


 そしたら、さっきと同じ女の人と一緒にいる、雪哉を見つけた。そして今、その二人は、私の見ている目の前で、唇を重ねている。


 見たくなんてないのに、目を反らすことが出来ない。


 痛い……心の真ん中のところが、酷く締め付けられたような感覚。胸が痛い。


 苦しい……やめてよ……やめて……ユキ――さっき目、合ってたじゃん……私が見ていること、知ってるくせに……他の子と、キスしてるのなんか見せられて……──そうだよね。私は捨てられたんだもん。

 雪哉は知らないよね。私、雪哉のことが大好きなの……大好きなのに―――………


 胸の痛みと同時に、心の中に、黒いものが沸き上がった。

 ──嫌だ。何この気持ち……? 私はなんて、嫉妬深い惨めな女なんだろう? ……―─


 唇を重ねながら、心地好さそうに何度も頭の角度を変える女……──最愛の人の唇が、知らない女にむさぼられるのを眺めているのは、あまりにも、苦しい。


 ──ふと、昔の映像が脳裏に浮かぶ。雪哉と出会う前の、“彼氏と知らない女が、裸で抱き合っている最中の……──を―─

 でも、あの時よりも、何倍も何倍も……切なさが止まらなかった。


 反らせなかった目が、ようやく動くようになった。同時に、その場にしゃがみ込んで下を向く。

 すると、窓際にいた百合乃さんが、駆け足で私の元へと戻ってきた。


「絵梨……! どうしたんだ? 立てるかい? ……」


 しゃがみ込んで、私の顔を覗き込む百合乃さん。

 私は百合乃さんに肩を抱かれながら、立ち上がった。


「……絵梨? 大丈夫?」


 私を心配するように、百合乃さんは表情を歪めている。


「……平気……ありがとうございます」


 “心配させちゃいけない”。──無理に笑顔を作った。

 百合乃さんは注意深く私の瞳を見ながらも、いくらか安心したように頷いた。そして百合乃さんが言う──


「そういえば、今、聖から連絡があって……」


「…………」


「“お姉さんが絵梨を捜してる”って……」


 私はハッとして百合乃さんの瞳を眺め返す。百合乃さんは〝うん〟と頷いた。

 ──ようやく、お姉ちゃんに会える──


*****

────────────

───────

 ──ここで一先ず、姉妹は再会を果たす。


「絵梨……!」


「……お姉ちゃん」


 百合乃と聖が二人を引き合わせたのだ。


 一週間、連絡も取れなかった不安が、姉妹の中から一気に消え去ったようだった。


 絵梨と瑠璃を引き合わせた後、百合乃は聖たちの方に戻ったので、現在瑠璃と絵梨は二人きりだ。


 絵梨は瑠璃を巻き込んでしまったことを、何回も謝った。瑠璃はその度に、妹に優しく笑い掛ける。


 ──こうして、パーティーへと出席した〝一番の目的は果たせた〟という訳だ。


 ──豪華な料理、綺麗な音楽……このパーティーが、RED ANGELが開催したものでなければ、もっと楽しめたかもしれない……──二人は、そんな事を思ってならない。──そうけれど、そんな事実さえも忘れてしまいそうになる程、盛大なパーティーであった。


 一夜目のパーティーも、そろそろ終わりを迎えようとしていた。


 三日間に及ぶこのパーティーには、それぞれ、出席者たちの部屋が用意してある……──


「ねぇ、お姉ちゃんの部屋に行ってもいい?」


 一日目のパーティーの終わり。自室を目指して歩いていると、絵梨がそう話した。もちろん瑠璃は、快く承諾する。


 こうして二人は、同じ部屋へと入室した。


 足を踏み入れ、二人は部屋を見渡す……──あてがわれたこの部屋も、やはり豪華な造りをしているようだ。窓もそこに掛かったカーテンも、うんと大きな物であるし、調度品も見るからに質が良い。広いベッドはフカフカだ。


 広いベッドへと、二人で寝転んだ。


 瑠璃は絵梨が最近、いつもどこか寂しそうにしていた事を知っている。……そして、一週間ぶりに会った現在の絵梨は、明らかに何か、塞ぎ込んでいるように見えた。


「もう寝りな? ……絵梨……」


「うん……おやすみ――……」


 『おやすみ』と言った後も、何回か小さな嗚咽が瑠璃の耳へと聞こえてくる。……──瑠璃はその嗚咽が完全になくなるのを確認してから、眠りについたのだった──


──────────────

───────────

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