Episode 7 【傷痕】
【傷痕】
*****
一日目のパーティーは終了。大抵の参加者たちは、あてがわれた自室で眠りにつく。──まだまだ眠らぬ者たちが、いようとも……──
──屋敷内の主な照明が消え、所々に光を灯したランプだけが、ほんのりとわずかな明るさをもたらす……──
「本当にいいのか? ……」
「かまわないわよ」
「なら、遠慮しねぇけど……」
腕を伸ばして、男は後ろから女を抱き締める。
男は
「こんなの知ったら、お前の旦那、どんな顔するだろうな? ……」
「さぁね……あんたはどうなの?」
「問題ない。相手なんてバラバラだからな」
話を聞くと、女は可笑しそうにフッと笑った。
「なにそれ? 純粋に気になる子とか、いないの?」
「恋愛なんてしねぇ主義だ」
「純、あなたって変わってるのね」
「そうでもねぇよ」
──自室へも帰らず、今日初めて会った女の背中を抱き締めて、意味のない娯楽を楽しんでいるのは、元OCEANである高橋 純だ。
女のまとったパープルカラーのパーティードレス。……──その背のファスナーを下げた。
再び後ろから身体を抱き締めて、開いたドレスの胸元を撫でる。その膨らみをなぞるように──
女は壁に両手を突きながら、乱されていく自分を感じている。
「…………――ねぇ……立ったまま……? それに後ろ向き……」
「……髪、香りが好きだ。だから後ろ」
そう思わせぶりにも聞こえる本音を吐いて、純は女の髪にそっとキスした。
その行動に女の頬が一瞬熱を帯びる。そうして、後ろからの行為に対して、何も言わなくなった。
「…………ねぇ、純──」
何か訴えたいのか、女はいくらかのけ反って純を見た。
「そんな表情で見るな……脚開け」
控え目に、けれど言われた通り、女は脚を開いた。
指で女の体を慣らしていく──
「……もうこんなに濡れてるじゃねぇか?」
耳元で囁かれた煽りの言葉に、女の頬が赤くなる。同時に体も、熱を帯び始めながら。──女の気分は高揚していく。……そうして気分に浸る程に、体が正直になるけれど。
──自身の体を支える為に、女は壁につく手と脚に力を入れ直そうとする……
「……――」
──けれど、女は上手く力が入らないのか、立っているのも限界そうだ。
──女の様子を確認すると、慣らすことを止めて、純は仕方なく女を抱き寄せる……
女は純の体にしがみつきながら、ピクピクと呼吸をしていた。
〝どうするか……? 〟と、純は薄暗い部屋を見渡した。ここは個人の自室ではない為、柔らかいソファーも、当然ベッドもないのだ。こんな場所で寝込ぶのもどうかと思う。……──そうして仕方なく、女を椅子へと座らせる。
──ドレスは着せたまま乱して、〝続き〟と言わんばかりに指で慣らしていく。……すると女は、夢見心地に、綺麗に鳴いた──
「ここだけは立て……俺も支えてやるから……」
「……純……――」
抱き上げられるように立たされながら、女は虚ろな瞳で純を見つめている。
「……――」
……どこか夢うつつに朦朧とするように、女の意識は若干かすれているようだった……
「……──さてはお前……! さっきの指で勝手に果てやがったな」
「ぁぁ……だってぇ――」
「『だって』じゃねぇーよ! ズルいぞ? ……俺のこともすぐに……──」
〝大人の夜はまだまだこれから〟と、ベルトへと手を掛けた――……
だが、すると……純は何かに気が付いた……。〝あ? 〟と言うように、純はベルトに手を掛けたまま止まっている……
「……ん? ……純、どうしたの……? ねぇ! ……」
「…………なんだと?!」
「……何がよ?」
純は咄嗟に、女を支えていたその手を離した。
自らの力だけで立ち直した女は、純と同じ方向へと視線を向ける。そして、純が止まった理由を理解した──
……不思議そうに、こちらをじっと見ている、二つの眼球。
「待て待て待て?! ……おっお前……〝いつからそこにいた!?〟 ……」
「ついさっき」
「……本当か?! 本当だろうな?! ……──つーか! ……どうしてこんな夜中にいるんだよ……ドール……」
そう気が付いたら、なんとドールがいたのだ。……──純は相当焦っている。
「ついさっき。ここ来た」
「ついさっき? ……本当か?! ──ついさっき……ついさっき、俺、〝ついさっき〞何をしてたっけ?! ……」
ドールの感覚での“ついさっき”とは、一体何分前、何秒前なのだろうか? ……──とにかく、〝ついさっき〞の直前の行動を思い返そうと、必死な純であった。
「“ついさっき”、純くん、そこのお姉ちゃんと抱き合ってたよ」
とりあえず、“抱き合っていた”と言う綺麗な感じの見え方であったらしい事に、心底安心したのであった。……思わず、安堵のため息だ。
「危ねぇ……お前には、10年早ぇから……」
本当に“ついさっき”という瞬間しか見ていないらしく、〝何のお話だろう? 〟と、ドールは首を傾げている。
「夜中だぞ? ……早く部屋に戻った方が……」
「……純くん、ドールと遊ぼうよ?」
「もう寝る時間だろ?」
ドールは少しウトウトしながら話している。
「遊ぼうよ……」
眠そうな、目を擦る。どうやら眠たいけれど、それと同じくらいに、純と一緒に遊びたいらしい。
「遊ばねぇよ」
純は当然そう答えた。けれど、共にいた女は少々躊躇った。
「……ドールちゃんが言うなら、私――……」
「は……? 待てよ……」
そこで、ドールが幹部であるキャットと一緒にいた事を思い出した。それはつまり、この女はドールに逆えない、という意味なのだろう。
「私、戻る……」
「……は?! ……本気かよ?! 俺はまだぜんぜん――……」
〝ドールちゃんが優先だから……〟と、女はあっさりと身を引く。純は困惑するばかりだ。そしてドールは、ポカンとしながら首を傾げた。
「あれ? ……お姉ちゃん帰っちゃったの? ドール、三人で遊ぼうとしたのに……」
呑気な声でそんな事を言っていたドールであった。純、愕然。
「……アイツ……自分だけイッといて……」
「どこに行くの?」
「…………」
「……なら行こうよ!」
「意味わかってないだろ……お前じゃムリだ……」
「? ……」
“餌だけ食われて獲物に逃げられた……”と、ガックシとしながら、純は部屋を出ていく。──そしてドールは、チョロチョロとついて来る。
「どこに行くの~?」
「…………便所……」
──ピタッ……!
〝ピタッ! 〞と、ドールがいきなり脚を止める。
「ん?……お前、いきなり止まったな」
いきなりだったものだから、〝何だ?〟と思い、振り返ってドールを見た。
「ドールは女の子だもん! 純くんのおトイレなんて! ついていかないもん!」
「…………」
ドールはやたら必死に言い張る。 ──そして、〝ガキが何か恥じらってやがるのか? 〟と、必死そうに言うものだから、何だが少し面白い……とか思ってる純であった。
「……なっ何見てるの! はっ早く行けばいいじゃん! ……」
なぜか、顔が真っ赤になるドール。
「何を想像してんだよ?!」
「そんなこと! 女の子に聞かないで!」
「……そんなものを想像してしまったのか? ……」
そして、クネっ! と体を反らして、自分の顔を両手で隠すドール。
〝小さいのが過剰に恥ずかしがるから、何だが面白い〟……とか思っている純。そしてどうやら純は、ドールの
──そして純は、改めて思う。〝先程、ドールの存在にすぐに気が付いて良かった……〟と。
ドールはピタッと止まったきり、その場から動かない。一人で、広くて薄暗い廊下の真ん中に立っている。
連れて行く訳にもいかないので、純は気にせずにドールを放置する。そのまま手洗いに向かった。
***
「待ってたのか?」
手洗いの入り口付近で壁に背を付けて、ドールは膝を抱えていた。そして座ったまま純を見上げて、その問いに頷く。 やけにションボリとした表情だ。
「どうしてそんな表情なんだよ? ……」
「……真っ暗」
「怖かったのか?」
するとドールは、純の服をキュッと掴んで頷いた。
「……一人で真っ暗で……」
何も気にせずに、ドールを置いて行ったが、こんな顔をされるとは……──。もう少し、考えてあげれば良かったと思った。
純はしゃがんで、ドールの頭を撫でてやった。
「ごめんな、ドール。……俺が悪かったよ」
ドールは純をじっと見ている。──それから頷いて、ニコリと笑顔を見せた。
「……じゃあ、もう寝ろ」
ドールはニコリとしていた表情を、プクっと少し膨らました。
「純くんそればっかし……! まだ眠らないもん」
「眠そうにしてたじゃないか?」
「寝ないよ! ……」
「いいから……子供はもう寝ろ」
「ドールは子供だけど……子供じゃないんだよ! 子供じゃないけど……子供?? …──」
何やらドールは、自分で言っておきながら、意味が分からなくなっているらしい。何か考え込んだまま、ポカンと口を開けている。
「子供は子供で子供以外の何者でもない……子供なんだからな……」
そして純まで、自分で言っておきながら、意味が分からなくなっている。
「純くん、何を言っているの?! 早口言葉?!」
「俺も分からねぇ」
「「…………」」
──薄暗い屋敷を、二人で歩き始めた。
「……どこに向かっているの?」
「何言ってるんだ……お前を、部屋に送り届けるに決ってるだろ」
すると……──
──ピタッ……!
──また、いきなりドールが足を止めた。
純は先程同様、止まったドールの方へと振り返る。するとそこには、頬を膨らましたドールがいた。
「いじわるっ……!」
「ほら、行くぞ? ……」
「やだ! ……だいたい、純くんはドールのお部屋知らないじゃん!」
「テキトーに探すつもり」
「?! ……」
純は止まったままのドールを手招きする。そっぽを向くドール……──
「一人じゃ怖いだろ? 置いて行くぞ」
純の言葉を聞くと、ドールは躊躇いの表情になる。──結局、オロオロとしながら純の元に来た。
***
──そして数分後。テキトーなわりに、バッチリとドールの部屋を見つけてしまった純であった。
「子供はもう寝ましょうか~? おやすみ~」
扉を開けて、面倒くさそうにドールを部屋へと押し込む。
「まっ待ってよぉ! ドールはまだ寝ない! 純くんと遊ぶのっ!」
必死に抵抗するドール。部屋の外へと出ようとする。
「ガキの遊びなんて分からねーし」
「ドールが教えてあげるから~……」
「遊ぶ気ねーし……おやすみ!」
サッとドールを部屋へと押し込んだ。純は帰ろうとして、方向転換する。すると……──
チョロチョロ……
──やはり、ついて来る。
──純は思った。〝どうして俺は懐かれているんだ?! 〟と……──
「だから……ついて来るな! ……」
振り返り際、ぶっきらぼうにそう言い放った──
「……っ?! ……」
純は焦り、目を白黒させる。振り返ったらそこに、傷付いたかのような、悲しそうな顔をしたドールがいたから。
「ちょっ……待てって……何でお前……──そんなつもりで言ったんじゃねぇって……」
ドールは今にも泣き出しそうだ。
「ドール? ……」
「……ぅっ……ひくっ……ひく……」
「?! ……」
ドールの大きな瞳から、涙の雫がポロポロと溢れる。……──扱い方が分からない純は、困惑。
「な、泣くなよ?! ……どうしろって言うんだ……」
こう泣かれては、ドールをほったらかしにして、帰る訳にもいかなくなった。
ドールは両手で両目を擦りながら、ポロポロポロポロ、泣き続ける……──
「うっうっ……グスン……」
「泣くな……」
〝泣くな〟と言って、泣き止む訳もない。ドールはもっと泣き出した。
「目、擦るな……腫れるぞ」
どうしたら良いのか分からずに、とりあえず、目を擦っていたドールの両手を、軽く掴んで止めさせた。……すると、泣いているドールと目が合う。大きな瞳が、涙でウルウルと揺れている。
「……もう泣かないでくれ」
「純……くんがっ……怒っ……怒ったぁ……ぅう~……」
「怒ってないから……泣くな」
軽く抱きしめる形で、背中をポンポンと優しく叩いて、純は必死にドールを宥めている。
ドールは小さく肩を揺らしている。けれど、頑張って泣かないようにしているのか、漏れそうになる泣き声を、必死に呑み込んでいた。
「……いい子だ……」
暫くそうして宥め続ける。──すると、ドールの肩の震えが収まってきた。
━━━━【〝
やっと泣き止んだか?
子供の扱い方が分からねぇ……ドールは、俺が怒ったかと思ったらしい。
はっきり言って、俺は全く優しくない。……と、思う。 自分でここまで言い切るのも複雑な気分だが、事実、俺は優しくない。……ドールみたいなガキが泣くのも、当然かもな。
一体、何を勘違いして、ドールは俺に懐いたんだ……? 優しそうに見えたか? ……絶対、見えないと思う。
けど、一度怖いと思った奴には、おそらくもう寄ってこない。子供ってそんなものだろ?
泣き止んだから、俺は帰る。さっきは、俺に遊んでもらいたかったみたいだが、泣かされたんだ、ドールからしたら、“怖いから帰ってくれ”みたいな感じだろ? さっさと帰るか……
腕の中のドールは、だいぶ落ち着いたらしい。穏やかに呼吸をしてる。
帰る前に、ドールの頭を軽く一度撫でた。
「じゃあな、ドール」
ドールはそのまま俺を見た。
少し目が赤くなって、頬には涙の跡が残ってる。
こんなガキ泣かすなんて、俺って相変わらず酷い奴だ。……泣かしてごめんな。
ドールの頭から手を離して、扉へと向かった。
「……純くん……待って……」
ドールはまた、チョロチョロと俺の方へ歩いて来た。 ──怖くないのか?
「純くん……ドールは一人じゃ怖いよ……一緒にいようよ……」
意外な言葉だった。俺よりも、一人でいることの方が怖いってか?
さっき泣かした事もあって、そう言われると帰る訳にもいかねぇ……。
「分かったから……安心しろ」
さっきまで泣いてたくせに、また、いつもの笑顔で笑った。
ドールはなんていうか、本当にいい子だ。そこら辺の生意気な悪ガキとは違う。“ドールはいい子だ”。
──そうしてとりあえず、『一度風呂入ってからまた来る』と言うと、少し不安な表情になったが、なんとかドールは承諾してくれた。 『早く来てね』って、ドールは相変わらず不安げだ。
コイツまだガキなのに、一人部屋だし、不安なのも分かる気がする。
***
再び部屋を訪れると、風呂上がりなのか、ドールはドライヤーで髪を乾かしている途中だった。
「あ! 純くんだー!」
ドライヤーをほったらかして、俺の元へ小走りで駆け寄ってきた。髪、まだぜんぜん乾いてねぇ……
そして俺を見ると、ドールは驚いたような声を出した。
「眼鏡だぁー!」
なんだか知らないが、ドールはじっくりと眼鏡を観察してる。そんなに意外か?
「眼鏡はどうでもいい。……早く、髪乾かさねぇと、風邪ひくぞ」
コクんと一度頷いてから、ドールはまたドライヤーを使い始めた。
──何だこの違和感? 今更だが、どうして俺とドールが、寝る前に同じ部屋にいるんだ? この光景、可笑しすぎないか?
ドライヤーを使っているドールを見てると、やたらと生活感を感じて、変な違和感を覚える。
ドライヤーを使ってる女かぁ……学生時代の修学旅行が頭に浮かぶ。……〝調子狂うような気分〟だ。
ドライヤーを使い終わると、ドールはベッドに
俺の必要性が全く感じられない。勝手に遊んでるしな。──俺、何の為に来たんだ?
「あ! 純くんも座って!」
ベッドをポンポン叩きながら、呼んでくる。
立ってるのも可笑しいから、俺は呼ばれた通り、ベッドに座った。
ドールはまた、ベッドでゴロゴロ転がってる。時々、座ってる俺にぶつかるし……やめろ。暴れるな。
―ゴロン!! ッッ!!
「ぁう?! ……純くんにぶつかっちゃった」
〝何度目だよ?!〞
「暴れるな……」
「は~い。ごめんなさ~い」
言ったら、素直に暴れなくなった。そうして座ってる俺の後ろから、肩に手を置いてる。
「ねぇ純くん。遊ぼ?」
「……何してだよ?」
「SEX!」
「「…………」」
何だと? ……聞き間違いか!? ……聞き間違いだよな?! ……さっきヤリ損ねたからって、俺はドール相手に何て聞き間違いしてんだ?! ……俺って馬鹿か?!
「……今、何て言ったんだ?」
ドールの方を向きながら聞き返した。ドールは少し口を開いて、キョトンとした目を俺に向けている。
「「…………」」
何だこの沈黙? ……
「……Sex」
再びドールの口から出た言葉は、さっき聞こえた言葉と、同じだ。──どうなってんだ……? 衝撃すぎて、俺、固まってる。
「……お前それ、何だが知ってて言ってるのか? ……」
キョトンとした表情のドール。丸い目をパチパチとさせながら、ポカンとしてる……
「……キャットが、言ってた」
「「…………」」
あの女……ドールに何て言葉教えてんだよ?! でも、安心した。驚き過ぎて、寿命が縮まったぜ……
「それは、お前が出来るような事じゃねぇよ。……まだ知らなくて良い事だ。忘れろ」
「……何で? キャットはね、一般的に、異性とする遊びって……言ってた」
コイツ、何にも分かってねぇ……悪いのはあの猫女だけどな……
「違う。……お前みたいな奴は、遊びとか言うもんじゃない」
またキョトンとしてる。ホント、何も分かってない。
「……遊びじゃないの?」
「違う。……その前にな、異性なら誰でもって訳じゃないんだ」
「なら、誰なの?」
誰って言われても……純粋な瞳を向けられているから、余計に困る。
「お前みたいな奴は、本気で好きな奴としかするな」
大きな瞳をパチパチとさせながら、ドールは俺の言葉を聞いている。
俺はドールの両肩を掴んで、ドールの目を見た。
「いいか? ……覚えておけよ?それはな、お互いに好き同士じゃないと駄目なんだ」
するとドールは、ハッとした表情になった。
「……その“好き”は、恋愛の“好き”なの?」
俺は頷いた。
ドールは俺の目を見て止まってる。その内に、両手を自分の頬に当てて、パチパチしてる。
何だか、ガキが真面目に恥ずかしがってないか……?
「そうだったんだ?! ……純くん……何だが恥ずかしい……キャー……」
『キャー』って言って、両手で顔を隠して、首をブンブンと振ってる。ガキのくせに……何だが面白ぇ。
──でもまぁ、ドールは俺の言葉を信じて疑わない。
俺みたいな奴でも、それくらいは流石に理解している。〝そう教えておくのが一番良いんだ〟って事くらい。──そう、“お互いに好き同士じゃないと駄目なんだ”ってな。
──ドールにはそう説明したが、自分は全く違う気がする。なのにドールには、そう説明した。変な話だよな。
「でもそれって、何だか幸せそうだね」
ドールは無邪気笑う。純粋すぎる笑顔が、俺には眩しく感じた。
「お前ならその内、幸せになれるだろ」
「ドールは幸せになれないよ」
ドールは表情を変えることなく、何故か唐突にそう言った。
「そんなこと言うなよ」
「なれないよ。だってドールは子供だもん。“好き”とか、ドールには分からない」
「大人になるにつれて、分かるから大丈夫だ」
「ドールは大人にならない。ずっと子供のままだよ」
「そんな筈ねぇよ。勝手に大人になる」
そう言っても、ドールはやはり“ならない”と言った。
──ドールの言葉の意味について、最初は、“まだ子供だから分からないだけだろう”って、そう思ってた。……
「人を愛するって、どうすればいいの?」
こちらを向いている二つの眼球。
持ち掛けられた質問は、分かっているようで、解っていないものだった。
知っているようで、どこか掴み所がない。
答えにたどり着きそうになっては、すり抜けて消えるような……
──“……どうすればいいの? ”──
答えは、“出て来なかった”。
答えが出て来ないから、とりあえず、その質問から逃れるように、ドールの頭を撫でた。
「……お前、難しいこと聞くな」
けど、もしかしたら“難しい”と感じるのは、俺だけか? ……
ドールは不思議そうな表情をしながら俺を見てて、それ以上は何も聞かなかった。
……暫くすると、ドールが眠そうにウトウトし始める……──
「眠いのか?」
睡魔と戦いながら、ドールは辛うじて頷く。
「純くん、おやすみぃ……」
相当眠かったのか、ドールはすぐに小さな寝息を立て始めた。
俺はそっと、ドールに布団をかけた。
目をとじて寝息を立てるドール。目をとじているから、長いまつげがよく見える。まるで、人形のようだ。
……──ドールに聞こうとしていた事があった。だが、結局聞けていない。
この間、俺が抱いた疑問。 あの日、ただの迷子だと思っていたドールは、キャットの連れだった。そして今も、このパーティーに参加している。
どうして、ドールみたいな奴が、こんな組織の一員なんだ? ……
ドールの純粋さには、あまりに不似合いすぎて、その疑問がいつまで経っても消えない。
──ドールの存在が新鮮に思えた。久々に少しの安らぎを感じた気がする。
ベッドで横向きに寝ていて、両手は肘を曲げた形で、顔の隣り辺りにあった。……──ちょうど、手首から上が、布団から出ている。“それ”を見たからって、ドールへの印象は何一つ変わらない。
別に気にする事なく、ただドールの寝顔を、癒しを求めるかのように眺めてる。そして、“それ”を優しく撫でた。手首に残る、無数の“傷痕”を……
手首に残るそれを見た時、ドールが抱える闇を垣間見た気がする。
──“好きとか分からない”──
──“幸せになれない”──
──“大人にならない“──
──“人を愛するって、どうすればいいの?”──
ドールの言葉が蘇る。
まだ子供だから、分からないだけだと思っていた。けれど、その言葉こそが、ドールの闇を表している気がした。
その傷痕を優しく撫でるのは、傷痕に隠された闇を、気にしない自信があるから。その闇を含めたドールという人間を、受け入れる事が出来るから。
……──眠りについたドールを見ていて、気が付いた事がある。
ドールの潜在意識の中にあるであろう、普段起きている時とは違う表情……──
寝返りをうって、仰向けになる。澄んだ寝顔──
「…………ん……――」
普段より、落ち着きのある声──
いつもより、大人びる表情 ──
子供みたいな、寝顔……――――
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