【BLACK PARTY ROUND2 2/3 】

 じめじめとしていて、薄暗い地下空間……──明かりは、落ちてきた床の穴から差し込む照明の光のみ。……けれど、その照明の光さえも、上手く届き切りはしない。それだけ、そこそこ深い地下空間であったのだ……


 ――そして地下へと落ちた、聖、陽介、吉河瀬は……──


聖「ぅわ?! 死ぬかと思った……」


 人間の手は加わっているのだろうが、半分が天然物の洞窟のようになっている地下だった。 落ちた先は、水が溜まった場所。まるで、鍾乳洞しょうにゅうどうような……


陽「酷い目にあった~最悪だ……」


吉「何で俺まで……」


 なんとか三人は、水の中から這い出る。


 そうして辺りを見渡していると、すぐに、吉河瀬を追って来て他の男たちも、この地下の洞窟へとやって来た。

 水から這い上がった先には、道に沿うように、不気味な地下牢が広がっている。その光景に、全員が表情を強張らせた。……さすがは、裏組織の所持している屋敷なだけあるだろう。ゾッとする……


吉「……悪趣味や?!」


 だが、牢は全て空の状態だ。その点だけには、全員が安堵したようだった。


 するとその時、聖が何かを見付けたようであった。


聖「……」


一同「……?!」


 牢から少し離れた場所に、牢の鍵がかかっていた。

 ……──鍵の存在に気が付いてしまった彼らは皆、血の気が引いたようであった。全員の脳裏に浮かぶ……――〝相手側に鍵を取られたら危険〟だと。

 ──直ぐ様、聖と陽介が鍵に向かって全力疾走だ。


吉「取られちゃアカン!!」


 直ぐ様、吉河瀬も二人を追う。その後に続く一同。

 聖は鍵へと、手を伸ばす──


聖「取った!」


陽「さすが聖!」


 聖が鍵を取った。この人数差で相手側に牢の鍵など取られでもしたら……――どうなるかなど、簡単に予想がつく。

 鍵を手に持ち、つかの間の安堵だ。だが……


吉「渡さんわ!」


 吉河瀬が聖へと飛び掛かる。


聖「……?!」


 聖は体勢を崩して、馬乗り状態にされる。……すると倒れ際、鍵が聖の手から、すり抜ける──


 ──〝ピョーー~~➰ン!!〞


 倒されたその衝撃で、鍵は吹っ飛んだ。

 それに気が付いた陽介は、ハッとして、一先ず聖を放っておいて、鍵の方へと走った──


吉「よぉコラ! 鍵を渡さんか!」


 吉河瀬はまだ、鍵が飛んでいった事に気が付いていないようだ。


聖「鍵なんてねぇーよ!」


 馬乗りにされたまま両手をあげて、持っていない事をアピールする聖。


吉「何やて?!」


 するとそこで……


「吉河瀬さん! 鍵が向こうに……!」


 一人の男が叫んだ。

 吉河瀬は口をあんぐりと開けて、振り返る。


吉「向こうか?! やられたわー!!」


 吉河瀬は即刻、聖を手放して鍵の方へ……──

 だがその頃、既に陽介が鍵を取った頃である。


陽「よっしゃ! 貰い!」


「待てコノオレンジ野郎!」


「鍵は俺らが貰う!」


陽「絶対あげねー! バーカ!!」


「貰うんじゃなくて“力ずくで奪う”!!」


陽「コノ人数差、卑怯だっ! 畜生ーー!!」


 『力ずくで奪う』と宣言して、男たちは陽介へと殴り掛かる。


 避けて避けて避けて……―― 反撃して──


 ──バッシャーン!!


 殴り合いの末、誰かが吹っ飛び、水へと突っ込む──


 水しぶきが舞う……――


 依然、陽介は鍵を守りながら応戦する。


陽「集団リンチだぁっ!! 誰か俺を助けろ! ヒーロー助けてー! 正義のヒーローはヒロインのピンチにしか現れねぇーのか!?」


「うるせー黙れ! セリフが長い!」


 両腕を掴まれている陽介。“助けて宣言”をするが、誰も来ない。


陽「マヂでマヂでヒーロー来ない。もしかしてヒロインのピンチを救い中? あ~俺は後回しか! 妥当な判断だ……つーかヒーローいない! 聖く~~~ん! 助けてーー!!」


「うるせー奴だな?!」


 ──ガツン!!


 殴られた陽介の体が、投げ出される。そして……


 ──〝ピョー~~➰➰ーン!!!〞


陽「痛い゛ーー~~っ!!」


 その衝撃で、再び飛んでいった〝鍵〞。


「?! しまった鍵が?! ……」


 男たちが飛んで行く鍵の方を向く……――そして陽介がその隙に、掴まれているのを振りほどく……――


 ──ガツン! ガツン! ガツン!


 陽介はお返しと言わんばかりに、右から順番に、男たちの顔面を殴った。そして、即刻疾走……――


「アノ野郎っ?!」


「鍵に気を取られているうちに……」


 殴られた鼻を押さえながら、疾走中の陽介を睨みつける男たちであった。


 ──そうして陽介は、一先ず聖の方へと走った。


 〝ピョョョー~~~ー➰ン!!〞


 鍵が飛んで、飛んで……――――


吉「鍵や?! ……」


 吉河瀬のいる場所へと、鍵が飛んできた。

 吉河瀬の後ろで焦る聖……――前方から走って来る陽介も、焦りの表情だ。

 ──そして吉河瀬が、〝鍵を取った〞。


吉「鍵は貰った! お前ら! あの二人を捕まえるんや! 牢にブチ込んだる!」


 吉河瀬の命令で、陽介と聖は取り囲まれた。大ピンチである。

 ……――そして、一斉に飛び掛かられて、取り押さえられるのだった。


陽「犯人逮捕みたいに捕まえやがってぇ~~!!」


 リンチを受けているのは聖と陽介なのに、まるで、犯人逮捕のような光景だ。


 その後二人は、捕まって牢まで連れていかれる。


 一人の男が、牢の扉を開いた。


吉「残念やったな、オーシャン! お前らが最初の牢の住人や!」


 吉河瀬が二人の事を、牢の中へと押し込む。──だが、“押し込”……もうとした、その時――


 聖と陽介が、〝アイコンタクトを取る〞。


聖陽「「〝コイツ貰った〞!!」」


 ──グイッ!!


「なんだよ?! 放せッ! ……」


吉「何する気や?! 待ち!」


 一瞬の瞬間に、聖と陽介が近くにいた男を捕まえる。その男を連れて、自ら牢の一番奥へと行った。

 そして聖と陽介、二人が、愉しそうに笑う……――

 鍵を持ったまま、牢の前で焦りをみせる吉河瀬……


聖「どうした! 牢の鍵、閉めたらどーだ?」


陽「ま! コイツも巻き添いだけどな!」


「はっ放せ! 放せ!! ……」


 聖と陽介に捕まったまま、ジタバタと暴れる男。

 他の男たちも、吉河瀬の後ろで生唾をのみ込む。


「吉河瀬さんっ……」


 捕まっている男が、不安げな表情で吉河瀬を見る。他の男たちも、チラチラと吉河瀬の顔色をうかがっていた。


 ──……聖と陽介と一緒に仲間を閉じ込めて鍵を掛けたなら、黄凰側からして、人質を取られているのと同じだ。残酷な話、隔離された牢という空間の中で、仲間が暴行を受けない保証はない。


 聖と陽介も賭けだ。人質がいるからと言って、吉河瀬が鍵をかけないとも限らない。


 ──仲間もろとも閉じ込めて、鍵を掛けてしまえば、吉河瀬は標的であるブラック オーシャンを二人捕らえる事が出来る。だがそれは同時に、仲間の一人を、鮫の泳ぐプールへと入れておくようなもの。──吉河瀬の答えは……──


吉「アカン! ……何てことすんねん! 俺の部下を早う返せ! ……」


 吉河瀬に鍵を閉める気など、微塵もない。


 陽介と聖は、〝ハッとする〞。


陽「なっなんてイイ奴なんだ?! 聞いたか聖?! 『アカン!』だってよ! 〝アカン!〞 アイツ少しカッコイイぞ?!」


聖「『何してんだマヌケ! 後で助けてやっから、大人しく待っていやがれ!!』……とは言わないんだな! 感動した!」


陽「あ? 聖、それ誰のセリフだ?」


聖「純が言いそうなセリフ!」


陽「〝納得!!〞」


 吉河瀬の言葉に、不意に感動しまくる二人であった。  

 更に、捕まっている男も、じーん……と感動中だ。そしてそして更に、他の男たちも感動中である。実は吉河瀬は、部下からの信頼度が相当高いのである。


陽「俺らが悪い奴みたいなこの空気はなんだ?!」


 吉河瀬は部下が中にいる限り、牢の鍵をかけない。

 吉河瀬の部下を一番後ろにして掴んだ状態で、聖と陽介が牢の扉の方へ……――

 牢の中から一先ず外へと出た。……――こうしてこの場は、振り出しに戻る。


吉「しぶとい奴らやな! 観念し!」


聖「そんな簡単にやられてたまるかよ……」


 ──再び、鍵の争奪戦勃発だ。


 〝ピョーー~~ン!!〞


 争奪戦の末、またまた吹っ飛んだ鍵を──


 ──パシ!


 聖がキャッチした。


陽「聖ナイス!」


吉「しもうたっ!」


 だが聖は、自ら思い切り鍵をある方向へ投げる……──


 ──〝ピョョョ~~~ー➰ン!! 〞


聖「陽介! 絶対に一番先に取ってこい!!」


陽「?! 何だと?!オイッ!!」


 いきなり聖からの無茶ぶりだ。意図が分からないまま、取り敢えず鍵を追う陽介──


 投げられた鍵は、牢の一番奥に落ちた。


吉「何や?! どういう意味や?!」


 吉河瀬も意図が分からないまま、取り敢えず鍵を取りに牢の中へ……


陽「聖! どういうつもりだ!!」


 陽介が鍵を手に取り、牢の外にいる聖の方を振り返る。

 ……すると、鍵が陽介の手にある事に気が付いた他の男たちも、鍵を取り返しに向かう……――それを確認してから、聖が叫んだ。


聖「鍵持ったまま一番先に出ろ!!」


 聖の考えを瞬時に理解した吉河瀬も、部下に叫ぶ。


吉「全員来たらアカン!!」


 …………――だが、時、既に遅し。全員が牢の中へとたどり着いてしまった。

 聖以外が全員、現在牢の中だ。

 そして、叫んだのも一瞬。その一瞬に陽介が鍵を持ったまま、牢の外へ転げ出る……――

 吉河瀬も全力で、牢の外へと続く扉へと向かう──


吉「思い通りにはさせへんわ!!」


 ──ガツン!!


 だが、扉まで走ってきた吉河瀬の顔面を、一発殴ってやったのだった。


「吉河瀬さんっ?!」


 殴られ身が投げ出された吉河瀬の事を、部下が受け止める。

 そして──


 ──ガチャン!!


 聖と陽介は、手早く牢の扉を閉めた。そして、鍵をかける。──だ。


 鍵の掛かった音を聞き、ハッと吉河瀬は体勢を整え、顔を上げる。


吉「?! ……待てや!! 許さへん! 絶対許さへんっ!!」


 慌てた様子で走ってきて、吉河瀬が牢の中から鉄格子を掴む。


陽「聖! やったぞ! お前賢いな!」


聖「陽介、よく一番先に出て来た! さすがだ!」


 ──パチン!


 上げた片手と片手を叩き合い、喜ぶ二人。──ニッと笑いながら、牢へと向き直る。


陽「じゃあ、またな吉河瀬!」


聖「安心しろ。全部片付いた頃に、鍵、開けに来てやるから」


吉「信用できるかボケ! ……許さへーー~ん!!」


 牢に収まり無害の者の事など、構っている暇などない。悔しそうに叫んでいる吉河瀬の事は、もう無視だ。

 元々あった場所へと、鍵を戻す。

 そして聖と陽介は、出口を探し始めた。……――だが見たところ、落ちてきた床の穴くらいしか、出口に繋がる場所はなさそうだ……


聖「階段もねぇーし……」


 問題が浮上した。階段がない。“地下から出られない”。……再び二人は、頭を抱える事になるのだった──


*****


 キャットはずっとモニター越しに、聖、陽介、吉河瀬の事を傍観していた。

 頬杖を突きながらモニターを眺めていたキャットは、ポカンと口を開けている。


ヨッシー吉河瀬が、牢屋に入っちゃった……」


 悪ふざけで地下牢への入り口を開いたところ、協力関係にある吉河瀬が、地下牢へと閉じ込められた。……キャットは苦笑いで焦りつつも、気を取り直し、また他のモニターを眺め始める……──一通り、全てのモニターを見てみた。


「…………」


 だがやはり、キャットはキョロキョロといろいろなモニターを見ている。


「……いない……」


 一体、何を捜しているのか、更にキョロキョロと……──


「…………」


「誰を捜しているんだ?」


「?!」


 突然声を掛けられ、キャットは驚いて後ろを向いた。モニターに夢中で、誰かが近くに来ていた事に、全く気が付いていなかったのだ。


「……雪哉っ?!」


 振り返った先には、雪哉がいた。

 そして実は、先程キャットが捜していたのは雪哉だったのだ。


「雪哉……いないと思ったら、ここにいたのね?! 驚いたわ……」


「来たばっかしだけどな。つーか俺の事を捜してたのか?」


「…………」


「俺もお前の事を捜していた」


 雪哉の言葉を聞いて、キャットの表情が明るく変わった。喜んで、キャットは雪哉に抱きつこうとする。だが──


「なに喜んでんだ? バカが……」


 抱きつこうとしたキャットの事を、雪哉が止めた。

 キャットが見上げると、雪哉は険しい面持ちをしていた。


「ちょっと雪哉! ……会いに来てくれたんじゃなかったの?」


「勘違いだ。お前をしつけに来た」


「しつけ?! 犬じゃないんだから、しつけって何よ?!」


「知ってる。お前は猫だもんな」


「そういう意味じゃないわよ?!」


「うるさいぞクロネコ。しつけだ」


「嫌よ!」


 キャットはスッと身を引いて、雪哉と距離を取った。


「逃げるな……」


 雪哉が、身を引いたキャットの両腕を掴む……――


「だいたい、私がしつけられなきゃいけないような事、何かした? ──」


 雪哉との距離が近いので、キャットは何気なく視線を反らす……──


「……お前、もしかして東藤に、何か頼んだんじゃないか? ──」


 雪哉が言っているのは、東藤が言っていた『幹部から直々に頼まれた別件』、その事についてだ。


「何よそれ? ……」


 キャットは雪哉と、目を合わせようとしない。


「ちゃんとコッチ見ろ……」


 雪哉がキャットに、正面を向かせる。


「ちょっとヤダからッ……」


 雪哉の言葉が図星なので、キャットは雪哉と目を合わせたくない。また横を向く。……──だが、雪哉がすぐに前を向かせる。


「ヤダッて……」


 腕は掴まれているけれど、雪哉と距離を取りたくて、キャットは逃げようとする。


「どうしたヤダんだよ?」


 雪哉はキャットを逃がさない。追い詰め、問い詰めるように……──


 ──ガタッ……


 追いやられ、壁にキャットの背がつく……


「っ……」


「……言っておくけどな、あのブロンドの女は、俺には何の関係もない」


「……ブロンド……何の話よ……」


 ブロンドの女というのは、もちろん絵梨の事。キャットも分かっているが、分からないふりだ。


「あのブロンドの女は、百合乃を初め、女たちに可愛がられている。だから今回も一緒にいるだけだ」


 キャットは納得のいかない表情をしている。


「聖、陽介、純とも仲がいい。けどな、俺との関係だけ、最悪だ」


「え? ……」


 予想もしなかった言葉で、つい声がもれた。


「どうせお前はあの女に嫉妬でもしたんだろう? アイツはお前の嫉妬する相手じゃねぇ。俺とアイツの関係は、最悪だからな──」


 “キャットが嫉妬をした”と、その解釈で話しが進んでいる。……――キャットの中で、雪哉のその解釈の仕方が引っ掛かる。


「嫉妬ですって? ……」


「嫉妬だろう?」


「どうして嫉妬するのよ?」


「は? お前が俺に惚れてるからだ」


 ……――キャットは目を丸くして、言葉を失う。


「違うのか? 違うとは言わせねぇ……」


 雪哉が顔を近づけ、流し目でキャットに迫る──


「なぁ、惚れてるだろう? ……――」


 掴まれたままの手……――その手に、雪哉が指を絡めてくる……

 キャットは、絶対に目を合わせないように必死だ。だが……――やはり、正面を向かされた。


「ダメ! ……危ない! ……」


「何がだよ?!」


 どうしても直視すると、顔がほてるのだ。認めたくはない事実なので、無理に顔を背けた。そしてキャットは──


「ダメダメ! ……ハナちゃんハナちゃん! マキちゃん! 助けてっ!! ……」


「誰だよ?!」


 部屋の外へと、必死に助けを求めるキャット。すると、扉が開いた……──


「あ~い……呼びましたか~?」


 そうして、だるそうに部屋へと入ってきたのは、だ。


雪「花巻の事かよ?! てっきり、二人来るかと思った……」


C「ハナちゃん助けて! 雪哉が誘惑してくる!」


花「え~……だりぃ~。誘惑に乗っちゃったらどうスか?」


C「ハナはホントやる気ないわね! だいたい、あんた見張りでしょう? 雪哉に堂々と入られてるじゃない!」


花「知りませんよ~。寝てる隙にソイツが勝手に入ったんですから~」


C「何寝てるのよ!」


雪「クロネコ、あんな奴ほっとけ。俺と遊ばねーか?」


 ──キャットが期待の目をしながら、雪哉を見た。──


花「ネコちゃん超嬉しそうじゃないスか? 敵っスよね? 敵~……昼ドラになっちゃいますよ~?」


 花巻の言葉で、キャットがハッとした。そして再び、誘惑から逃れようとする。


C「ハナちゃん助けて! 私は雪哉に惚れちゃいけないの!! ……」


花「へー、俺に何をしろと?」


C「ハナ! こっちへおいで!」


 キャットに手招きされて、仕方なく歩き出す花巻。

 雪哉と花巻の視線がぶつかる……――

 渡り廊下の時の事もあり、二人の間に火花が散る。

 二人が火花を散らしているうちに、キャットは何とか、雪哉の手から逃れた。

 雪哉は花巻を睨み付ける事に夢中だ。……――逃れたキャットを、わざわざ再び捕まえる事はしなかった。

 雪哉と花巻は、さらにバチバチ………―――

 ……――するとその時、何の前触れもなく、キャットが花巻に抱きついた……


花「何スか? ……」


雪「クロネコ?! ……何のつもりだ!」


C「だって雪哉が誘惑するんだもん。でも私は、誘惑に乗る訳にはいかないの! だから考えた! 〝ハナで気を紛らわす!〞」


 行き当たりばったりなキャットの発言に、言葉を失う二人。

 そしてキャットは口元を綻ばせながら、花巻を見上げる。


C「ねー? ハナも嬉しいでしょう? 私のこと好きぃ?」


 キャットは花巻に、ピッタリとくっついている。


花「~。もっと清楚な子が好き~」


 全く空気を読まない花巻。“ふつう”というどうでもいい返答に、“清楚な子が好き”という、つまり、“キャットは清楚でない”という失言だ。


C雪「「…………」」


C「ハナのバカ! 酷~い! ハナは私の味方でしょうが!」


雪「クロネコ、俺の方に来い」


 雪哉がキャットを手招き、さらに両手を広げて準備万端。キャットは迷わず、雪哉の元へ……―─


花「ネコちゃ~ん? ソイツ敵だろ~? ……」


C「雪哉~」


 キャットは花巻を無視して、雪哉の元へとやって来た。だが雪哉は、抱きしめそうで、抱きしめない……


C「どうかしたの雪哉~?」


 抱きしめそうで抱きしめない雪哉に問う。すると……


雪「痛ってぇー……マジいてぇー。手首が超いて~……」


 花巻の鉄パイプ事件で負った“手首の傷”を、いきなり大袈裟に痛がる雪哉。……


雪「手首が痛くて抱きしめられねぇ~イテテ……」(嘘)


 明らかにわざとらしい痛がり方だ。

 だが、抱きしめてもらえなくて、キャットがしょんぼりとしている。そしてキャットの目に、例の手首の傷が映った。


C「?! 雪哉っその手首どーしたの?!」


雪「アイツにやられた~」


C「?!」


 雪哉がわざとらしく、花巻を指差した。


C「ハナのバカァー!」


 ──パチン!


 花巻の頬に、平手打ちをお見舞いしたキャットであった。


花「痛って~。ネコちゃん俺の味方なのに~……」


 〝ざまぁ見やがれ!〞と、雪哉が小さくガッツポーズを作っている。


C「もういいもん! ハナはどこかに行って!」


花「は~い」


 花巻は言われた通り、まただるそうに部屋から出て行く。

 だがその時に、キャットはある事を思い出し……―急いで花巻を呼び止めた。


C「そうだ! ハナは一階の西広間に行って!」


花「西広間……どうしてスか?」


 するとバッと、キャットはモニターを指差した。


C「その広間から地下に下りられるわ。地下牢にヨッシーたちがいるから、鍵を開けてあげて」


花「吉可瀬が? またどうしてそんな事に……」


C「オーシャンの聖と陽介の仕業よ」


 “聖と陽介”、その名前に雪哉が反応する。……

――


 それからキャットは、花巻だけに何かを耳打ちした……──


花「あ~い。了解。……──ネコちゃんの言う通りに吉河瀬を助けたら、何が褒美くれますか?」


C「……えぇ。勿論よ」


 〝絵梨を泣かして〟と頼んだ時、あの時も、東藤に同じような事を言われた。

 あの約束はアクアが止めた事によって、無かった事になった。

 あの時アクアに怒られる羽目になったので、多少、花巻の言葉に躊躇いはした。………――だが、結局承諾をしてしまった。


花「アイスおごって下さ~い。チョコがコーティングしてある、パリパリするやつね~?」


「「…………」」


 それだけを言って、部屋を出ていく花巻だった。


「アイス? ありえない。ハナって可愛いすぎだわ?!」


 雪哉は、先程キャットが指差していたモニターを見ていた。聖と陽介が映っているモニターだ。

 モニターの中の二人は、何故かドタバタとしているのだ……――

 ――〝一体、どうしたんだ?〟――雪哉には分からなかった。

 そしてキャットは、雪哉がモニターを見ている事に気が付くと、嫌味に言う。


「雪哉の仲間がドタバタとしているね~? その二人には、しばらく地下で大人しくしていてもらうつもりよ」


 意地悪にキャットが笑った。……―それから話し続ける。


「ハナにはこっそりと出口を教えたわ。……―─頑張ってヨッシーたちを牢に閉じ込めたらしいけど、結局、雪哉の仲間は地下に閉じ込められる……」


 キャットの発言を聞いて、雪哉は理解した。聖と陽介がドタバタとしているのは、“出口がない”からだという事を。


「そういう事か」


 キャットに挑発されても、雪哉はいたって冷静だった。──そして雪哉は一通りモニターや電子機器へと目を通した後に、モニターの近くのボタンを押した。


「ちょっと?! 何を押したの?!」


「あ? 出口がないみたいだから、階段」


「階段?!」


 キャットがモニターを見ると、地下と地上を繋ぐ階段が出現していた。


「あぁ~!! 雪哉なんて事をするのよ~!」


 それに気が付いたキャットが、階段を引っ込めようと、そのボタンを押そうとする。


「バーカ。誰がさせるか」


「雪哉ぁー!!」


 ボタンを押そうとするキャットを、雪哉が簡単に捕まえた。……──キャットはバタバタと、逃れようとするけれど……


「大人しくしてろ」


「せっかく閉じ込めたのに! ……」


 キャットがモニターを見ると、聖と陽介は階段を駆け上がっていた。

 キャットはがっかりと、肩を落とす……──

 ……――するとそのとき偶然、キャットの視界に、隣のモニターが入った。その部屋は、ドールを一人で残してきた部屋だった。

 キャットは目を、丸くする。


「……ドール……?」


 キャットは真剣な眼差しで、モニターをじっと見ている。……いる筈の部屋に、

 キャットは雪哉に捕まった状態のまま、他のモニターへと視線を移していく……――ドールを捜しているのだ。だが……


「クロネコ……」


 雪哉がキャットを、自分の方へと引き寄せた。


「……ドールがいない……」


 キャットはやはり、焦燥感を感じながら、ドールを捜し続けている。


「クロネコ、お前少しの間、


 雪哉の言葉の意味が理解出来ずに、キャットが雪哉の方を振り返った。


 ──振り返ったキャットへと、雪哉がキスをする。キャットもそれに身を委ねた。


 ……――だがその時、雪哉の片手が何かを取り出した。──ブルーの瓶の香水。それはまるで香水のようで、実は全く別の物だ……

 キスをしながら、キャットに横からソレを、一振り浴びせた。――だ。


 ……しばらくすると、自然と唇が離れる。


 力が抜けてふらつくキャットは、雪哉の肩に額をくっつけて寄り掛かった。そしてゆっくりと、そのまま、眠りに落ちていく……――─―――


 雪哉はキャットの事を、そっとソファーへと寝かした。


「……悪く思うなよ? いたずらばっかりするから、こうなるんだ……」


 寝ているキャットに語りかけてから、雪哉は部屋を出ていった──


****


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