Episode 14 【三日目】

【三日目】

 ──〝招集です〟──


 アクアに連れられて、キャットは案内された部屋の中へ。広い部屋、開け放たれた大きな窓……――青空から光が差し込む。

 その部屋にはアクアとキャットの他に、ウルフとドールもいる。


D「あー! キャットォ~!」


 ドールはキャットへと、笑顔で駆け寄った。


C「あらドール、ご機嫌ね?」


 ドールの頭に手を乗せながら、キャットは嬉しそうに笑っているドールを眺める。


C「ドール……昨日は大丈夫だった? ドールを追おうとしたんだけど、つい……――」


D「ドールは大丈夫だったよ」


C「そう、ならいいんだけど」


D「それでね! それでね! 昨日ねぇ! ……」


 ニコニコとしながら、ドールはキャットにだけ、小声で語りかける……昨夜の事を──

 そうして話しながら、ドールは何気なく、アクアの様子を一度伺う……


A「……ドール、何ですか?」


D「?! 別に何も……――でね! キャット……──」


 昨夜のように、否定されるのは嫌だ。ドールはキャットだけに、昨日の事を話す。


C「それでご機嫌なわけ? 相変わらず生意気ね!」


D「生意気??」


C「そうよ! 生意気だわ! うらやましい……」


 ドールを相手に、真面目に悔しがるキャットだった。


W「キャットはドールと、精神年齢が大差ないな……」


 様子を眺めていたウルフが、ため息をつく。


A「迂闊な二人ですから……全く──」


 ──何の話であるのか、だいたいは分かったのだろう。アクアもため息だ。

 ──そしてキャットとドールの事はさておき、ウルフはアクアに問う。


A「今回、全員を収集した意はなんだ?」


 そう今回収集をかけたのは、アクアであったのだ。


A「計画についてですよ……ウルフに確認をしたい……」


W「何だ……?」


A「ウルフは、迷っているのですか? ……を……――」


 アクアの言葉を聞くと、ウルフはフラリと窓際まで歩いて行った。……――気持ちを落ち着かせる様に、窓の外の景色を眺める。


 ──青空を、鳥が飛ぶ……――


W「迷ってなんかいないさ……日々濃くなる。どうしようもない、痛みが……――」


 ……――その身に刻まれた紋章を、ウルフは片手で押さえた。


A「なら、早めにあいつらを陥れてやった方がいい……。“リュウ”が帰って来る前に、このゲームに終止符を打たなくてはいけません。リュウが帰って来てしまったら、こんなに自由に動く事は、まず、出来ないでしょうから」


W「その通りだな……」


 二人で話しをしていたキャットとドールも、いつの間にか自分たちの話しを止め、ウルフとアクアの話しに耳を傾けている……──


C「へー、面白そうじゃない? ワクワクしちゃう……──」


 キャットは表情を歪めて、クスクスと笑う。


A「意外ですね……白谷はいいのですか?」


C「だって愉しそうじゃない? スリルのある恋愛ゲームの方が、盛り上がる。──それに雪哉は喧嘩、すごく強いのよ? そこらの雑魚を仕向けたところで、きっと返り討ちね」


A「キャットの考えがよく分からない。……結局、白谷の味方ですか? それとも敵ですか?」


 ドールは然り気無く、キャットの事を眺めている……――キャットが何て答えるのかを、じっと待っている……

 するとキャットは、ニッコリと笑いながら、即答をする──


C「〝〟」


 キャットの言葉を聞くと、躊躇うように、ドールが瞳を泳がせる。一人、俯いた。


C「? ……――ドール?」


D「何でもないもん……」


 『何でもない』と言うのに、キャットの問い掛けに答えた表情は、不安げに歪んでいた。


C「ねぇアクア? “リュウ”って帰って来るの?──」


A「そのうちには、帰って来るでしょう……」


W「“リュウ”か……面倒だ……──」


 ──“”・キャットたち三人が、当たり前のように呼ぶ、誰かの名前……──ドールは不思議そうに、首を傾げた。──


D「“リュウ”って、誰?──」


 すると三人が、目を丸くし、驚いたように、ドールの方を一斉に見た……──


C「リュウって言ったら、“リュウ”よ? ……私たちの周りには、あの“リュウ”しかいないでしょう?」


 ドールは大きな目を開いたまま、固まってしまう。


D「ドール? ……もしかして、リュウの事……覚えてないの? ……」


 すると再び、ドールは首を傾げた。


A「まさか、覚えていない訳がありませんよ」


D「…………――リュウ?? ……」


 ……だがやはり、ドールには覚えのない名前だった。部屋は静まり返る……――


W「全く、覚えてないのか? ……」


 ウルフがドールと目線を合わせて、問い掛ける。


D「覚えてないも何も……ドールはその人の事、元から何も知らないよ?」


 ドールが嘘をついている様には、見えない。三人は動揺した……――


C「何でだかは分からないけど……これはマズいんじゃない? ……」


W「まったくだ──」


 三人の動揺を、肌で感じるドール。この空気が重苦しい……


D「……ごめんなさい」


 ドールは俯きながら、不安げに謝った。


C「そんな、ドールは悪くないから……」


 キャットがドールを気遣うが、ドールの表情は晴れない。


D「…………ドールは、先に戻るね……」


C「……――」


 そうして申し訳なさそうにしながら、ドールは一足先に、部屋を出ていった──


 ドールは混乱していた。自分の事が、分からなかった。本当に覚えていないだけなら、なぜ覚えていないのか……――それさえも、分からない。

 先程の皆の焦った様な表情が、頭に浮かぶ……自分が不甲斐なかった……


 ──そして、ドールが出ていった部屋では……── 


 三人はやはり、驚きを隠せないようであったら。


C「ねぇ、いつからドールは“リュウ”の事を……──どうするの? こんな事、“リュウ”には報告できないわよ……」


W「報告しなくても、帰ってくればすぐに分かるだろうな……」


A「……面倒な事になるのは確かでしょうね。……リュウが、なんて言い出す事か……」


「「「…………――」」」


 ウルフ、キャット、アクア、三人に、重苦しい沈黙が流れるのだった……――


******

────────────

───────


 時刻は12時、昼。


「やっと見つけた! 俺がどれだけ捜したと思ってるんだよ! 誓!」


 賑わう人混みの中で、響が誓に話しかけた。

 堂々と混ざっていても、全く怪しまれない二人だった。裏組織の空気に、完全に馴染んでいる。


「お前こそ、どこに行ってたんだよ?」


「喜べ誓! BLACK OCEANの奴ら、捕まえといてやったぜ!」


「あ?」


「聖ではねーけどな、けど二人も捕まえといてやったぜ! 俺すごくね?! これで情報収集やら何やら、し放題だ!」


「……――“馬鹿弟の、間抜けな友人共を捕まえた”って事か?」


「そういう事だ! ……だが、誓を捜してるうちに、こんな時間に……」


「良くやった!」


「だろう? さすが俺!」


 珍しく、意気投合をしている二人だった。

 誓が響を褒めるなど、滅多にない事だ。誓は上機嫌である。

 腕時計を眺め、響はハッとした。


「もう12時?! 間抜けな友人共が伸びる前に、行ってやらねーとな!」


 そう。“早く行ってやらねば”……響の案内で、誓は歩き始めた。

 会場の人混みの中を、進んで行く……―――

 そしてその時……


「待て響!」


「……どうかしたか?」


 誓がいきなり、響を呼び止めたのだ。 足を止め、響が振り返る。


……」


 人混みの中に、瑠璃の姿を見つけたのだ。

 瑠璃はこちらには、まだ気が付いてない。

 以前と何も変わらぬ瑠璃に、思わず、一瞬見入る二人……ほんのりと湧き上がる安心間……――


「……とりあえず……元気そうで良かった。瑠璃も一緒に行動した方がいい……」


 つい、安堵の笑みがこぼれた。誓が瑠璃の方へ向かおうとする。だが……


「待てよ誓っ……」


「何だよ?!」


 だが、響が誓を止める。


「待てよ。“誰か”と一緒だ。様子を伺った方がいい」


 誓は再度、瑠璃を眺める。……――瑠璃を見付けた喜びが大きくて、先程までは気が付いていなかった。だが確かに、瑠璃の隣には、“誰か”がいる。……――瑠璃の隣にいるのは、だ。

 此方から見る限り、二人は会話を楽しんでいるように見える。 ……誓の表情が、みるみる内に不機嫌に変わっていく。


「何だあの男?スッ転んじまえ」


「誓、性格悪いぞ!」


 イライラとしながら、様子を伺い続ける――

 だが、そうして様子を伺っているうちに、ウルフに動きが……――ウルフがそっと、瑠璃の肩を抱いたのだ。


「何だよあの男? ……きったねー手で触るな!」


「……誓、ホント性格悪いな?」


 更にイライラと、様子を伺い続ける。誓はウルフを、殴りに行きそうな勢いだ。そんな誓の事を、響がなんとか止めている。


「放せ響! あの男を瑠璃から追っ払ってやるんだ!」


「ダメだ! アホ! 揉め事なんて起こしてみろ?! 動きずらくなるだろうが?!」


 仕方なく、悔しそうに、渋々と自分を抑える誓だった。

 だがその時、ウルフが誓の事を見た──


「……――」


 ──誓とウルフ……――大勢の人で賑わうパーティー会場の中で、二人の視線が重なった。

 そして次の瞬間、ウルフが嫌みに笑みを作ったのだ……――


 ─―ガコン!!


 誓は思い切り、テーブルを殴った。


「何だあの男?! ……わざとか?! 気に入らねー!!」


「挑発か? 俺らに気が付いてる……誓と瑠璃の関係も、知ってるって事だよな? ……あいつ、何者だ!?」


 ──そう、ウルフからの挑発だ。だが、ここで挑発したとて、誓と響は。その事も、ウルフの計算に入っているのだろう。……――そう、このパーティーに潜入している誓と響は、下手には動けない。ここで揉め事など起こしでもしたら、注目を浴びる事になる。そうなれば、この潜入を続行出来なくなってしまう可能性があるのだから。


 誓は不機嫌に、ウルフを睨み付け続けていた。だがそうしていると、ある事に気が付いた。……――気が付いたと言うよりも、のだ……――


「……待てよ、あの男は、確か……――――」


 誓と響は、ウルフに見覚えがあったのだ──

 湧き上がる動揺……――二人は瞳を泳がせ

た。


 ――“どう言う事だ? ……”――


 広がる混乱……――それをどうにか、二人は一度、ねじ伏せた……──再び、冷静になる。


「……気に入らねーけど、まだ騒ぎは起こせない……」


 そうして仕方なく、二人は一度、身を引いた。


*****


「ウルフ、くっつきすぎよ……離れて? ……」


「それは悪かったな」


「…………」


 誓が去り、瑠璃に言われると、ウルフはすんなりと瑠璃から離れた。

 瑠璃には、困惑しかない。


「……いきなり、何のつもりだったのよ?」


 戸惑いながら、瑠璃が問い掛けた。……――すると、ウルフは笑顔で答える。


「嫌がらせ」


 “何て人だろう……”と、瑠璃は表情を強張らせた。


「あなたは笑顔で、そんな事を言って……」


 瑠璃は自分が“嫌がらせ”をされたのかと思った。だが本当は、ウルフの行動は誓への“嫌がらせ”である。そして同時に、挑発だった──


******


 たくさんの人の中で、ドールは寂しげな目をしていた。


 晴れない気持ちを抱えたまま、人混みの中を歩く。ただ歩いている訳ではない。こんな時、自分が誰に会いたいのか、もう分かっている。だから、捜すのだ……


 ……――そして捜していた人を、この目に捕らえた。寂しい瞳をしたまま……


 二人の視線が重なる。


「泣きたいのか……――?」


 そんな事を聞かれたら、本当に涙が溢れそうになる。半分泣いたような顔で、ドールは頷いた。


「行くぞ、ドール……泣きにな……」


 ドールの捜していた人は、勿論、純だ。 


 ──〝泣きに行くぞ〟──


 ドールは純の後を、チョコチョコと歩いて行く……――



 ──そして、誰もいない静かな部屋へと二人はやって来た。


 開いたカーテン。窓から差し込む光。……――そのひなたへと、腰を下ろした。


 ドール頬を、スッと涙がつたう……


「お前はいつも泣いてるのか?」


 優しい声色の問い掛けだった。


「……ごめんね」


「ホント、仕方ねー奴だ」


 座ったまま体勢を変えて、ドールを後ろから抱きしめた。純が脚を開いて、その間にドールが後ろ向きに座っている体勢だ。

 ドールは安心するように、身体の力を抜いた。


「やっぱりね……ドールは可笑しいんだよ……」


「何が可笑しいんだ?」


「ドールね、きっと忘れちゃったの……忘れる筈がない人を、忘れちゃったんだって……みんなドールを不審そうに見てた……ドールは本当に何も……分からないのに……」


「何だそれ? 気にする事ないだろ。忘れるくらいなら、どうでもいい奴なんじゃねーのか?」


「だって、全く知らない。何も……覚えがない……忘れてるんじゃないかもしれない……」


「記憶がないのか? ……」


 ドールは頷いた。


「……誰の記憶がないんだ?」


 すると、消え入りそうな声で、“その名”を呟く……――


「“リュウ”…――」


 名前を呟きながら、ドールは無意識に、傷痕だらけの手首に触れた。震える唇……――カチカチと歯が鳴る……

 震え始めたドールを、今度は正面から抱き締めた。


「ドールは可笑しくなんてねーから……」


 “リュウ”は、ドールの傷痕と何か関係している気がした……――


 また、ドールの肩が震えた……――今度は悲しくて、肩を揺らした訳ではなかった。この“優しさ”が嬉しくて、肩を震わして泣いた……


 腕の中で顔を上げる。この腕から離れたなら、どこが居場所なのか、見失いそうだ……――


 いつも心安らげる空間にいられたら、きっともう、怖くない。ここに居たい。この腕の中に……――抱き締めてもらいながら、そんな事を、想っていた。


「ドールはここに居たいよ……純くん」


「好きなだけ居ろ」


「“ここ”って部屋じゃないよ? 純くんのところに居たい」


「馬鹿、知ってる」


 すると純が、ドールの頬を昨夜のように、軽く引っ張る。


「はひっ……ぅ~……はなしてっ……! ……」


「駄目だ。いじり出したら、止められねぇ。……止める気ねぇ……」


「ぅう~! ……いじわるぅ……ヤダっドール変な顔っ……」


「なんだかお前、いじめたくなる」


「いじめないで~……ヤダよ~……」


「そんな事言われると、もっといじめたくなる……」


「……?!!」


 頬を放して、また、ドールを抱きしめた。


「──懐く奴を間違えたな? 俺、性格悪いぞ?」


「間違えてないもん……」


「馬鹿な奴……」


 クシャっとドールの頭を撫でた。

 するとドールはまた、嬉しそうに笑う。

 けれど嬉しそうに笑ってから……――その後にゆっくりと、笑顔が消えていった……──

 ドールはキュッと、純の服を掴んだ。手が、震えている……

 ドールの顔を覗き込むと、さっさまでの嬉しそうな笑顔が嘘のように、悲しげに変わっていた……

 その表情のまま、消えてしまいそうなか細い声で、ドールは呟く……――


「ねぇ純くん……“”……――」


 一瞬、ドールの髪を撫でる純の手が、止まった。

 ……――ドールがそう言った理由を、純はすぐに理解する。ドールを抱き締めていた腕を解くと、何も言わずに、純は立ち上がった。


「純くん……」


 立ち上がった純の事を、床に手を突きながら、ドールが見上げる。

 ……――純はドールから、スッと視線を反らす……


「じゃあな、ドール」


 ドールは悲しい顔をした。

 自分が言った言葉を引き金に、あまりにもあっさりと、離れた体……――そして温もり……


「ドールは仲間の元に戻れ」


「……――」


 ドールを残して、純は部屋を出ていく──


 純が部屋を出ていった後、ドールは少しの間、表情を無くしたまま、手を突いたその床を、ただ眺めていた──……


*****


 そしてその頃……

 片手に飲み物を持ったまま、聖は呆然としていた。


「え? お前ら何やってるんだ? まさか“趣味”とか言わないでくれよな……? ……」


 聖は数歩下がり、“彼ら”と距離を取ったのだった。


「趣味な訳があるか?!」


「舐めてんのか?! 数歩下がってんじゃねーよ!!」


 死角の柱に、背中合わせにロープで縛られている、陽介と雪哉を発見したのである。そして手には、やはり手錠が掛かったままだ。聖、今年一番のドン引きである……


雪「引くな!! さっさと助けろよ?!」


聖「………」


 驚きのあまり、聖はなかなか動かない……


聖「………」


 少しの間、無言が続き……――

 そして聖はだんだんと、面白く感じてきたらしいのだ。失笑だ。


陽「?! 笑うな!!」


 徐々に笑いもおさまってきた。聖はようやく、二人のロープを解き始める。


聖「……っなっかなかほどけないぞ?! だいたい、事の成り行きは!? 何故こんな事になってる?!」


陽「〝悪役が登場したって事だ!〞」


雪「……分からねーぞ。実は今回も、俺らが悪役のパターンかもしれねぇ!」


聖「有り得る……俺らって、ヒーローにはなれないキャラだしな!」


陽「そうだな……」


「「「…………」」」


 そうは言うが、内心は複雑な三人である。ガックシだ。そして今回も、“開き直る”。


聖「フン……ヒーローなんて! モラルを保つの大変そうだし!」


陽「俺ら所詮! 悪役がお似合いだ!」


雪「こうなったらもう、邪道に人気を勝ち取ってやる!」


 さておき、なかなかロープが解けない……――


聖「ぁんだよ?! このロープ……解けねー! ……」


陽「早く解け! 天然聖! ロープの解き方もド忘れしたか?!」


聖「そんなんじゃねー! 固いんだよ!」


雪「言い訳つけるな! 天然聖! さっさとしろ!」


聖「あぁ゛ー~!! 何なんだよ?! 助けてもらってるくせに! うるせー連中!!」


 そして、数分間ロープと格闘し、ようやくほどけたのだった。


聖「ロープは解けたとして、手錠は無理だ。……鍵を持ってる奴を捜さねーと」


陽「鍵を持ってる奴は……」


聖「仕方ねーな……とりあえず、純にも連絡を取って、俺と純でその銀髪を捜すしかない」


 そう言うと、聖は純と連絡を取り始めた。

 ──コールが響く……


聖「……やっと出た! 純! 今どこだ? 出来れば合流したい。少し面倒な事になっててよ……」


―「面倒なこと? 何だ?」


聖「……いや、なんつーか……雪哉と陽介が……」


―「あ? はっきり言えよ。……まぁいい。俺もお前らと合流するつもりだった」


聖「そうか……――何か理由があるのか?」


―「まだよく分からねーけど、おそらく何か動きがある。アイツらが何か、仕掛けてくる筈だ……」


聖「……なんだと?!」


 瞳を泳がせて、焦りを見せる……――焦りの映ったその瞳で、聖は雪哉と陽介を一瞬見た。 ……――二人の“手錠を”。


聖「純、もしそれが本当なら、マズイぞ……」


―「あ? 確かにな。……そんなの言われなくても分かってる」


聖「いや、違うんだ……」


―「何がだ?」


聖「実はな、雪哉と陽介の手に、手錠が……」


―「……は?! あの二人は何してんだ?!」


聖「手錠の鍵をさっさと手に入れないと……俺ら四人のうち、二人に自由がきかない。……こんな時にアイツらに何か仕掛けられたら、相当マズイ……」


―「事情は分かった。俺も行く……」


 電話を切って、聖は雪哉と陽介の方へと向き直る。


聖「純も来る。どうやら、アイツらが何かを仕掛けてくるらしい」


雪「なんだと? ふざけるなよ……手錠が外れねー!」


 ガチャガチャと手錠を揺らす。


陽「やっちまった! 純がくる前にこの手錠をどうにかしねーと! ……純の機嫌は今おそらく最悪! こんなんじゃ罵声を浴びせられること間違いねー!!」


 やたらに焦りだす陽介。

 ガチャンガチャンガチャン!!!


陽「外れねーー~~~!! 純様怖いから嫌だぁぁ~~ーーー!!」


 ガチャンガチャンガチャン!!!

 手錠を揺らしながら、部屋を駆けずり回る陽介。

 白けた目で、陽介を眺める聖。

 いつの間にか、手錠がかかったまま、あぐらで昼寝をしている雪哉。


陽「ぅわっユッキー昼寝?! 敵が何か仕掛けてくるってのに、手錠かかったまま昼寝?! まさかのマジ寝?! ユッキ~迂闊だぞ!!」


 だが、陽介がそう言っている内に、だんだんと、ウトウトとし始めた聖……


陽「え?! 聖?!」


 ─―バタン!


 いつでもどこでも眠れる聖が、雪哉につられて、寝た……――


陽「ぅわ?! 迂闊な奴ら!! 馬鹿だろ?!!」


 〝である〞。


 そしてその直後、部屋の扉が開いた。……――純だ。


陽「?!! ……」


 陽介、焦る……――

 そして取り敢えず……


 ──バタン!!


 〝ぶっ倒れて、狸寝入り〞。


 扉を開け、顔を上げた純が見た光景は……――


純「は? ……」


 雪哉、あぐらをかきながら寝ている。

 聖、ぶっ倒れている。

 陽介、ぶっ倒れている。


純「なんだコイツら?! ……死んだふり? 逆に命取りだろ。幼稚な発想。……」


 引いた目で、三人を眺めている純だった。


純「ォラ! 起きろボンクラ共!」


 三人に軽く蹴りを入れる。


雪「……ぃて?! ……」


聖「……Zzz……」


陽「はぅわっ?! ……純様おっはよ~……“死んだふり”だなんて! さすが純様! ナイスツッコミ!!」


純「明らかに、お前だけ起きてやがったな? ……」


陽「……いえいえ!! 寝てました寝てました!! ホントホント寝たふりも死んだふりもしてません!!」


純「“死んだふり”って俺が言った言葉、しっかりと聞こえてんじゃねーか」


陽「…………」


 誤魔化すように、ニカッと笑う陽介。その笑みが、純のカンに障る……――

 純の不機嫌な表情に、更に焦る。


陽「怒るなって?! ……ホラ! じゃれる暇はないだろ! あ! そういえば! アイツらが仕掛けてくるって、純様はどうやって情報掴んだんだ?!」


純「あ? ドールが教えてくれたんだよ! 変な呼び方するなよ! 気持ち悪い!」


陽「ドール?! ドール! ヤダ?! 純様またその子のこと溺愛してたんだな! 綺麗めのお姉さんとばっかし寝てたくせに! フェイントだったんだな! まさか純様が〝ロリータ コンプレックス〞を持っていたなんて!」


純「おい陽介、鼻へし折るぞ?」


陽「NONONO!!!」


 …………――雪哉と聖も目を覚ました。仕切り直し、この場は真剣な空気へと変わる。


純「取り敢えず、俺と聖で鍵を見つけ出す。──雪哉と陽介は百合乃と絵梨、瑠璃につけ。お前らなら手錠かかってても、女三人くらい守れるだろ?」


雪「当たり前だ」


 ここで、純と聖、雪哉と陽介、二人組に別れた。

 

 おそらく奴らが、何かを仕掛けてくる。今優先すべきは、第一に、“仲間同士”で固まる事だろう。……――そして、奴らが仕掛けてくると言うのなら、尚更、手錠を外さなくてはいけない。


 純と聖で鍵探し。そして雪哉と陽介は、女たちを守る意味も込みで、先に仲間たちとの合流だ。


 純と聖が、先に部屋を出ていく……――


陽「百合乃たちと合流しようぜ! ユッキー!」


雪「よし! 早く連絡を取れ!」


「「…………」」


 だが二人は、重大な事に気が付いた。


陽「どうやって連絡取るんだ?」


雪「スマホ? ……」


陽「手錠……」


雪「手が使えねぇ!?」


〝聖っ純っ?! 何て気のきかねぇ奴らだぁぁ~~!!〞


 と、そんな事を考えながら、二人でドタバタ………

 雪哉が陽介のスマートフォンを取って、陽介に渡す……そして、何とか電話をかけて……


陽「電話かけた! ヤ、ヤバイ!? 耳にあてられない!!」


雪「スマホ貸せ! 貸せ!」


陽「了解! ユキパス!」


 手首だけで、微妙な動きの二人である。


雪「しゃがめしゃがめ!! 俺が耳にあててやるから!」


陽「了解! …………――出ない出ない! 百合乃が出ねー! ……」


雪「百合乃はまだか?! 早くしろよ! ……何だか手首が痛ぇんだよ! 早くしろ! 骨が変にあたって痛ー!」


陽「ユッキー我慢だ! ……百合乃まだかぁーー?!」


 ──ガシャン!!


雪「あ! 落ちた!」


陽「落とすなよ?!」


雪「あ! 壊れた!」


陽「おい! 壊すなよ?!」


 落下の末、陽介のスマートフォンが故障した。


陽「仕方ないからユキのスマホ!」


 陽介が雪哉のスマートフォンを取った。すると……――


陽「………何だよ何だよ?! ユッキー! どうして少しカワイイ系のスマホなんだよ?!」


雪「は? どこがだよ?」


陽「……まぁいいや。えっと……百合乃に電話……――」


 陽介は百合乃の番号を探し始めた。


陽「なぁユッキー、百合乃の番号ないぞ?!」


雪「そんな訳ねーだろ? しっかり見ろ!」


 雪哉が陽介の方へと向き直る。すると雪哉が、目を見張る……


雪「………は?! どうして少し、〝カワイイ系のスマホ〞なんだ!? ……」


陽「ユキ! それ、俺も言っただろ!」


雪「誰のだよ?! 俺のじゃねー!」


 どうやら、雪哉のスマートフォンではないらしい。

 ──取り敢えず、登録されている番号を見ていく陽介。


陽「……“ドール”とか“リュウ”とか入ってる。誰のスマホだ? ……“猫かぶり狼”・これ名前?! 酷っ! つーか猫か狼どっちかにしろ! ……“ひねくれ眼鏡”?!酷っ! 誰のスマホだ?!」


 そこで雪哉は気が付いた。


雪「それ、きっと“クロネコ”のだ」


陽「クロネコ? あの女のか?! いつからだよ?!」


雪「二日前くらい? ……」


陽「普通気が付くだろ?!」


雪「全く使わなかったからな」


陽「それも珍しいな?! ……ぅわ“雪哉♥”って入ってる……」


雪「語尾にハート? さすが俺!」


 キャットのスマートフォンだったので、百合乃の番号が入っていない。連絡が取れなくなってしまった。


陽「俺、百合乃の番号覚えてねー……ユキ覚えてるか?」


雪「覚えてねー……」


 だがそこで、陽介がある可能性に気が付き、問い掛ける。


陽「なぁユッキー! もしかして、絵梨の番号覚えてるんじゃ……──」


雪「…………」


陽「ユキ、覚えてるな?!」


 すると陽介の目を見ないまま、雪哉が頷いた。


 ──躊躇いながらも、雪哉は絵梨の番号を押していく。そして、コールが鳴り始めた。

 コールの音が、何回も響く……

 知らない番号なので出ないのか、それとも気が付いてないのか……──するとその時、コールの音が響かなくなった。

 〝繋がった〟……現在通話中。だが、一瞬だけ間があく。そして……


―「……はい……誰、ですか?」


「絵梨、俺……」


―「……ユキ?」


「あぁ。……今一人か?」


―「違う。……お姉ちゃんと百合乃さん……三人」


「ならちょうど良かった。絶対に三人でいろ」


―「え? どうかしたの? ……」


「とにかく、俺と陽介もそっちに行く。事情は後で話す。今どこだ?──」


―「二階、第三会場……」


「すぐに行く……」


 電話を切ってから、雪哉は絵梨との着信履歴を消した。キャットのスマートフォンに、絵梨の番号が残らないようにしたのだ。


「〝二階、第三会場〟」


「了解」


 二人は部屋を飛び出す。二階、第三会場を目指して、走り始めた──


*****


聖「“銀髪”って言ってもな……他に手がかりないのかよ……」


純「今はその情報を頼りに捜すしかない」


 純と聖は鍵探しだ。


 そうして途中から、純と聖は二手に別れた。


 長い廊下を歩く聖。ほとんどの人が会場に集まっている為、廊下にはあまり人がいないようだった。誰もいない廊下を歩いていても、意味がないと、人が集まっている会場を目指し始めた──


 長い廊下を小走りで、会場へと急ぐ。すると、前から誰かが歩いて来た……──


 そして彼らはすれ違う前に、お互いに足を止めた。そして何故か、お互いを見たまま、数秒間、止まる……――更に、首を傾げる二人……

 だがその内に、二人がハッとした表情に変わった。

 そして聖は、一気に方向転換だ。走り出す……――


「!? ……待て!! ……お前っ! やっぱり聖だろ?!」


 すると聖が走りながら後ろを向き、叫ぶ。


「どうしてお前がいるんだよ?! “川原 響”! 縁起悪ぃーー~!!」


 そう、響だ。

 響から言わせたなら、聖は“仲の良い同僚の弟”だ。そして聖から言わせたなら、響は“兄貴の友人”だ。互いの顔を見たのは、一体何年ぶりであった事か……――互いを認識するまで数秒掛かったのは、“久しぶりであったから”だろう。

 ──さておき響も、聖を追う。


「縁起悪ぃってなんだよ?! 相変わらず生意気なガキだな!! 待てよ聖ー!」


 そして聖は、走りながら考える。響がいるなら、“誓”もいるかもしれない。モヤモヤとした焦りのような違和感が、自分の中に渦巻いた。


 だが、そこで気が付いた……―─響の髪色は“”だ。


「川原 響! もしかして、てめぇー! 俺の連れ共に手錠かけやがったな?!」


「仕方ねーだろ! 話しを聞きたいだけなのに、あの二人、聞く耳を持たねーから!」


「コノ野郎!! やっぱりてめぇーの仕業か!!」


 それが分かれば、また一気に方向転換だ。聖から言わせれば、本当はあまり響と関わりたくなかったのだろうが、“響が探していた銀髪”であると言うのなら、仕方がないだろう。


 そうして聖は何を思ったか、響に向かって走り、勢い任せに跳び蹴りを仕掛けにいくのだった──


 〝へっ?! 元暴走族のノリッ怖ッ!!☆〞と、刹那の一瞬に、響は目を点にした。


「ぅおわッッ!? いきなりすぎだろッッ!!」


 〝急すぎて、避けられは、しねぇーー!!?〞


 ──ドッシャーーー~~~ン!!


 そうして聖の飛び蹴りが、見事に響を仕留めた。


「いってぇ~~!」


 一撃を食らい、壁にもたれて座る響。聖はそれを見下ろす。


 ──ガタン!!


 壁に飾ってあった絵画が落ちる……地面に落ちた衝撃で、額が割れて壊れた。

 〝コノ脳筋ヤロウ……〟と、ギリと歯を鳴らしながら、響は聖を見上げる。


「……ったく! ……ドイツもコイツも血の気の多い連中だな……」


「悪かったな? 俺ら元BLACK OCEAN。行儀良くなんて、してられねぇ──」


 悪役のような冷たい目をしながら、聖が口角を吊る。聖は響の胸倉を掴んだ。


「川原、鍵をよこせ」


「俺は


「とぼけるな!!」


「本当の事を言っただけだ」


「ぁん? テメーじゃねぇなら、誰だってんだよ!!」


 聖は声を荒らげている。──その時、聖の襟ぐりを、後ろから誰かが、思い切り引いた――

 いきなり力任せに引かれ、聖の体が後方に傾く……──その拍子に、聖は響の事を放した。


「……?! コノッ!! 誰だ!」


 聖は振り返る。すると……──


 ──ガツン!!


 振り返った聖の顔面に、拳が入った。


 殴られた衝撃で体が投げ出され、聖が床に手を突く。──目を見開いて、その殴った相手を見上げた。


「…………! ……」


「久しぶりだな、


 見上げた先にいたのは、タバコをくわえたままの誓だ。

 驚きのあまり固まり、誓を見上げたまま、聖は動かない。

 すると誓は冷静な澄ました面持ちのまま、聖の顔面に蹴りを……──

 聖は反射的に、目をとじる。──だがその脚は、顔の目の前で止まっていた。

 誓は聖を見ないまま、タバコの煙りを吐き出す。

 ……再び目をひらいた聖は、誓を見上げながら、舌を打った……──


「“”……──舐めてんのかクソ兄貴! ……」


「あ? 舐めてねーよ。お前の顔を見ると、吸いたくなるだけだ、バカ弟」


「ぁん?! 何だよそれ!」


 タバコを吸いながらの相手に、こうしてやられた事を、聖は認めたくないのだろう。だからそう、腹が立つ。


 誓は聖の言葉には反応せずに、やはりタバコを吸っている。──そうして誓は聖を放っておいて、響へと向き直った。


「響、立てるか?」


「サンキュ……」


 誓は響に手を貸した。弟の行いを、申し訳なく思いながら。

 誓の手を借りて、響が立ち上がる。するとその時……――


「さっきから、うるせーな……」


 廊下に響いていた音を頼りに、純もこの場へとやって来た。


「聖、勝手に暴れてやがったな?──」


「あぁ。少しだけだけどな……」


「俺も暴れてぇ……」


「…………」


 聖は純の目を見た。純の瞳がまた、冷たく変わっている事に気が付く。理性を潰したような──その瞳。 聖はそれを確認する為に、純の事を見たのだ。


「アイツら、殴っていい相手か?」


 誓と響を見て言う純。

 純の物言いに、さすがの聖も躊躇い、目を泳がせた。……なりふり構わずに、衝動のまま暴れ出した時の純の事を、聖は知っているからこそ──……


「待て、純……」


「殴れない相手か?」


「……俺の兄貴……と、その連れ」


「あ? ……」


「とりあえず、お前は暴れるな……」


「……つまらねー……」


 〝暴れられねぇのかよ……〟と、純は悔しそうに壁を蹴った。聖に〝兄貴とその連れ〟などと言われてしまっては、さすがの純も、好き勝手に出来はしない。


 ──さておきこうしてこの場には、聖、純、誓、響の四人が集まったのだった。


 聖が響へと向き直る。


聖「とりあえず、鍵をよこせ……」


響「だから、俺は持っていない」


純「コイツらの仕業か? 聖、やっぱり殴った方が早いんじゃ……」


聖「純はダメだ。殴るなら……〝俺が!〞」


純「なんだと?! ずるいぞ!!」


響「おいおいおい若僧共が! 殴るとか殴らないとか、そもそも舐められたら困るぜ!」


聖純「「…………」」


誓「お前さっさ、聖にやられてなかったか?」


響「誓! お前は俺の味方だろうが! 結局俺より、弟の方がカワイイって言うんだな!」


誓「カカ……カワイイ訳があるか!! 変な事を言うなよ!!」


 必死に否定する誓。誓と響のドタバタ口論が始まってしまった。

 ……そんな二人の事を、聖と純は面倒臭そうに眺めている。だが、“面倒そう”……――と見せかけて、実は聖はのだった。


―「カワイイくせに! 聖がカワイイくせに!」


―「どこがだ!? カワイイなんて歳じゃねーだろ!」


 聖は相当落ち着かない……。そのせいか、腕を組んで目をパチパチとさせながら、8の字を描くように歩いている。“歩き続けている”。


―「カワイイんだろ? 久しぶりに会ったんだから“カワイイ”って言ってやれよ?」


―「言わねーよ! 気持ち悪いに決まってるだろう!」


 そして8の字に動く聖の事を、純は目で追い始めた。


純「聖、何してんだ? ……」


 足を止めて、聖は思いつめた表情で純を見た。


聖「俺って、カワイイか? ……」


純「〝カワイくねーよ!〞」


 べしッッ!!


聖「ぃてッ!!」


 ……そして、誓と響が口論をしているうちに、こっそりと移動し始める聖と純だった。


聖「鍵持ってねーなら、用なしだもんな!」


純「面倒だから逃げようぜ!」


誓響「「……?!!」」


 だが、すぐに気が付かれた。

 そして、誓と響が追ってくる──


聖「ぅわ?! ……なんだか怖ぇ! ……」


 聖と純も加速していく。追い駆けっこのスタートだ……――


───────────

──────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る