第96話
「……三国ってメールとかすんの」
「あんまりしないよ」
おそらく、大してメールが溜まっていない受信メールボックスを見ていたからだろう、雲雀くんの声は疑問形なのに「しないんだろ」と言っていた。
「池田とかメールしそうじゃん」
「陽菜はね。でも私があんまり返さないから」
「女子ってそういうの返さないといけないんじゃねーの」
「陽菜はいいの。私が返さないって分かってるから」
「ふーん。仲良いな」
また新着メールが届いた。メールを開くと「 (ヒДマ`)」と書いてあったので思わず吹き出した。雲雀くんも思わず笑い出したくなりつつ、でも悔しいので
「器用すぎ」
「……顔文字だけ
「顔が目に浮かんじゃう。目がヒマになってる桜井くん」
そういえば受信するばかりで返信すらしていなかった、と返信ボタンを押そうとすると、雲雀くんの手に止められた。驚いて顔を上げたけれど、その視線の先の桜井くんを見て理由が分かった。誰かに声をかけられている。
「……あれ美人局?」
「いや、2人組だから違うと思う。能勢さんが聞いてたのは全部1人だった」
ちょっと貸して、と雲雀くんに手を差し出されて携帯電話を渡すと、物凄いスピードで文字を打って桜井くんに「美人局じゃないからあしらえ」とメールを送った。
「さんきゅ」
「……雲雀くん、文字打つの速いね。女子高生の私も
「形無しって言う女子高生いねーからな」
「……なんか意地悪言われた気がするんだけど気のせい?」
「気のせいだろ。三国、全体的に遣う言葉が文語っぽい」
やっぱり意地悪を言われている気がする……。「ど……どのあたりが……」「形無しとか」やっぱり意地悪だった。
「池田とか昴夜と会話が成立してんのが不思議なレベルだよな」
「……確かに陽菜は擬態語とか擬音語が多いかも」
桜井くんはどうだっけ……と美人局ではない2人組の女子に声をかけられる様子を観察しながら日々の会話を思い出す。陽菜ほど擬態語や擬音語が多いイメージはない代わりに、どことなく子供っぽい喋り方な気はするのだけれど、それはきっと雲雀くんの喋り方が落ち着いているという相対的な問題だろう。
「……桜井くんって、こう、親戚の小さい子が騒いでるイメージだよね」
「……なんとなく思ってはいたけど、やっぱ三国アイツのこと馬鹿にしてんな」
「してないよ、こう、弟みたいだなって思ってるだけで。そういえばね、この間うちに来たとき、桜井くんピアノを子守唄に寝ちゃって」
「アメイジング・グレイスを歌ってたっていうあれ?」
「うん。桜井くん、バイト明けだったんだよね。アメイジング・グレイスの後にカノン弾いてたんだけど、その途中で寝ちゃって」
「アイツ犬っころみたいな寝方するよな。広くても丸まって」
「犬っころ……確かにそうかも」
おばあちゃんが昔飼っていた雑種犬を思い出す。確かに冬になるといつも丸まって寝ていて、くしゃくしゃの毛玉が転がっているようだった。桜井くんが寝ている姿の写真を引っ張り出して並べてみると、確かに近い。
「……桜井くん、よく寝るの? 雲雀くんがそうやって見るくらい」
「ああ、アイツ家の鍵開けて寝てるから」
「……不用心」
「それこそ牧落とか勝手に入ってんだろ」
牧落さんは最近よく6組に遊びに来る。特に桜井くんと雲雀くんが群青のメンバーとなってから、その
「牧落さんって桜井くんと幼馴染なんだよね? 蛍さんも言ってたけど、ご飯持ってきたりする仲なんだ」
「いや別に、そんなんじゃねーよ。あれは最近の話。家には来てたけど飯は全然」
「そうなの?」
「そうだよ。昴夜も言ってたけど、もともと牧落の家は親が厳しいからな、あんまり昴夜の家に入り浸ってたら怒られるんだろ」
「ロミオとジュリエットみたい」
「そんな大げさなもんじゃねーだろ。……来たかもな」
雲雀くんの声で桜井くんへと視線を向ける。携帯電話片手に座り込んでいる桜井くんに高校生くらいの女子が話しかけている。今度は1人だ。
「美人局の人ってどんな人なんだっけ」
「黒髪ってことしか分からん。あー、でも顔は、まあ、近い気もする」
さすがにその美人局の女子の顔や名前までは分かっていない。ヒントは例の中津くんの動画だけで、いわく一瞬だけ顔が写っているのだそうだ。私は中津くんの動画を見ていないので、そこは雲雀くん頼りだ。
桜井くんとその女子が話している様子を見ていると、私の携帯電話に着信が入る。雲雀くんの携帯電話からなので、桜井くんからだ。美人局に出会ったときは携帯電話を通じて会話内容を聞く
「《じゃあ俺と一緒? 俺も友達と待ち合わせてたんだけどブチられちゃって》」
桜井くんの声は聞こえるけれど、周囲の雑踏と混ざって少し聞こえにくい。眉間に皺を寄せていると――不意に頬に雲雀くんの髪が触れた。
「えっ」驚いて携帯電話を耳から離すと、雲雀くんは「しーっ」と口の前に人差し指を立てて、携帯電話を私の耳に押し戻す。そしてそのままそっと自分の耳を携帯電話の外側から押し当てた。
どうやら雲雀くんも会話内容を聞きたかったらしい。ああ、なんだそんなことか……と少し驚いている心臓を押さえた。急に距離が近くなるから何かと思った。
「《いいじゃん、一緒に遊びにいこー》」
「《おねーさん高校生? 俺年上は2コまでだよ》」
雲雀くんと肩同士が触れ合う。その触れ合った部分から伝わってくる熱のせいで気が散って、ケータイから聞こえてくる音声に集中できなかった。ただ……おそらく今のところ、美人局と断定できそうな発言はない。
「……三国」携帯電話から耳を離した雲雀くんが小声で「そこのドクターコーヒーの窓側に座ってる連中を見てくれ。俺らと
雲雀くんに言われたところを見ると窓側の席に向かい合って男子が2人座っていた。取り立てて派手というわけでもない茶色い髪と装飾品、それでいて地味で真面目そうとは言えない制服の着こなし。さっきのいまで形容するのも馬鹿みたいかもしれないけれど、いわゆるありふれた高校生2人だ。
「アイツら、昴夜のほう見てないか?」
「……見てる」
「多分美人局だな。アイツら、あの女子と別れてから店入ったから」
雲雀くんの観察眼に舌を巻いた。道行く人々の中で、その3人組に目をつけていたということだ。私は何も気が付かなかったのに。
「……よく見てたね」
「あの手の連中は挙動が怪しいからすぐ分かる」雲雀くんはカメラを取り出しながら「何ってわけじゃないけど。遊んでる男女3人組じゃねーなってのは分かるもんだよ」
そんな目で見ようとなんて思っていなかったし、そんな目で見たところで私に分かったとも思えなかった。
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