第4話

 更にヤバそうな人が出てきた……。さっきから後悔しっぱなしなせいで、私の内心は今すぐ回れ右して家に帰りたい気持ちでいっぱいだ。


 ただし、その「雲雀」という名前の狼は、私を無視してドカッとパイプ椅子の一つに腰を下ろした。途端、彼の周辺に座っていた生徒達は慌てて列の反対側に避難した。まるで下手くそな人がやるマインスイーパのように、彼の周りはぽっかりと席が空いた。



侑生ゆうき、おはよー」



 その空白が埋まったかと思えば――今度は金髪だ。金髪がやってきた衝撃に耐えられず、パイプ椅子はガタガタッと揺れる。二人は友達に見えたけれど、銀髪は金髪を見るなりしかめっ面をした。



「お前、12時半に校門つったろ! 何してたんだよ!」


「え、来なかったのはお前じゃん、忘れてんじゃねーよ」


「何言ってんだバーカ。お前いなかったじゃねーかよ」


「いたじゃん! 侑生が来なかったせいで上級生に絡まれて大変だったんだぞ! 見てこの汚れ! 新品なのに!」


「……お前裏門にいたんじゃねーの」


「裏門?」


「……裏門で騒ぎがあったって話してる連中がいた。お前じゃねーの」


「……待ち合わせしてたの、グラウンド側だよな?」


「バカ、校舎の前が正門に決まってんだろ」



 二人の話には決着がつき、金髪は椅子の上で胡坐あぐらをかきながら「なんだよー、待ち合わせ場所じゃないって分かってたら相手にしなかったよ。お前が来ると思ったから場所取りしてたのにさ」と、少し冗談めかしたような口調で言った。


 そんな二人の会話を盗み聞きしているうちに、5組の座席は着々と埋まりつつあった。でも私の席は端と決まっているので(多分壇上にあがるときに列を抜けやすいからだと思う)、他のみんなと違って選べるわけではなく、急いで着席する必要はない。


 それになにより、私の席は、あの金髪の隣だし。なんならあの銀髪がいま座ってる席だし。


 最悪だった。到着した順に自由着席の入学式で、なぜよりによって金髪の男子の隣に座り、しかも座るためには銀髪の男子を押しのけなければならないのか。急いで着席する必要はないどころか最大限遅れて着席したい気持ちでいっぱいになった。とんだ苦行と試練だ。今すぐ回れ右してこの場から逃げ出してしまいたい。


 が、当然、そういうわけにもいかない。ただの入学式ならそれで済むのに、代表挨拶なんて華々しいふりをした苦々しい役割のせいでこの有様だ。式に参加する先生達もこちらを見始めた。そりゃそうだ、パイプ椅子から少し離れたところで新入生が立ち止まっているとしたら理由はひとつ「あの子、どこに座ればいいか分からないんじゃないかしら?」……そうささやかれているのが聞こえるようだった。初日から先生にそんな同情をされるなんて、みじめな扱いはまっぴらごめんだった。


 意を決して、ゆっくりと金髪と銀髪に近づいた。



「……あのう」



 今生こんじょうの勇気を振り絞ったと思う。セットになってぎゃあぎゃあ喋っている金髪と銀髪に、横から口を挟んだのだ。後にも先にも、こんなにも勇気を振り絞ったことはなかったと、その時には思った。後から、そんなのへでもないほどの恐ろしいイベントにことあるごとに巻き込まれていくことになるなんて知らなかったから。


 金髪も銀髪も、揃って振り向いた。第一印象のとおり、銀髪のほうはまるで狼みたいに鋭い目つきと高い鼻だったし、金髪のほうは女子顔負けのぱっちりした目と通った鼻筋で、どことなく子供っぽいのにどことなく精悍せいかんな顔つきをしていた。


 二人とも、有象無象うぞうむぞうの他の男子とは違って、きれいな顔立ちだった。しかも、思春期の悩みってそれ都市伝説でしょとでも聞こえてきそうなほど、白くてつるつるの綺麗な肌。色素の薄い髪色も、そんな綺麗な顔と肌なら許せてしまう気がした。


 なんてことを冷静に考えていたのは、ただの現実逃避だ。内心はこの不良二人組に「あァン!? 俺らが喋ってんのに口挟んでんじゃねえよ!」とどやされでもするのではないかと、よくて殴られて終わりなのではないかと、そんな妄想でいっぱいだった。首から背中までびっしゃりと冷や汗で濡れていた。新品の制服は早速クリーニングに出す必要があるかもしれない。


 先に口を開いたのは、銀髪のほうだった。その口が開かれた瞬間、ぎゅっと拳を握りしめる。


「席なら自由だぞ」



 ……怒られなかった。なんなら、まるで困っている私を助けるようなセリフに、少し面食らった。肩透かしを食らい、少し面食らった。おそるおそる、彼の座席の裏に貼られた紙を指す。



「……そこだけ、指定なので……」


「え、マジ?」



 銀髪の男子は身を乗り出してその張り紙を見た。そこには「代表者」とただのメモのような紙が貼られていた。当然、いろんな人に存在を無視されていたせいでしわくちゃだ。



「マジだ、気付かなかった。じゃ、ここアンタの席なんだ?」



 銀髪は立ち上がり、すぐに私の席を空けて、なんなら金髪の男子を一つ隣に追いやった。



「なんの代表者?」


「……式の、挨拶」



 途端、銀髪のその人の目は、まんまるく、まさしく狼のごとく見開かれた。



「じゃ、1番で入ったのお前か」


「……たぶん」



 なぜ、不良がそんなことを気にするのだろう。現に、他の5組の人達は、声は聞こえているはずなのに何のリアクションもとらなかった。


 というか、この金髪と銀髪のコンビが現れて以来、まるで全員一斉に借りてきた猫のように大人しくなっている。もしかしたら、この二人は不良の中でもかなり悪い方向に有名なのかもしれない。



「えー、ださっ。侑生、試験終わった後は絶対自分が1番だって言ってたのに」


「うるせーな」



 ……インテリヤンキー? かなり悪い方向に有名なのかと思ったけど、もしかして頭脳派で有名なのだろうか。状況も立場も忘れて思わず首を傾げてしまった。


「でもコイツ、マジで頭いーんだぜ。多分コイツに勝ったの──」金髪少年は笑いながら「えっと、誰だっけ」……あまりにも唐突に自己紹介を求めてきた。



「……三国みくにです」


「ほーん。なるほど、三国な、三国」



 「座れば?」と椅子を指差され、おそるおそる座り込んだ。銀髪が、まるで獲物を品定めするようにじろじろと見てくるのに対し、金髪はまるで犬が飼い主でも見るかのような人懐っこそうな顔で私を覗き込んだ。



「俺、桜井さくらい昴夜こうや。よろしく、三国」


「……よろしく……」


「あ、こっちは雲雀ひばり侑生ゆうき。多分お前に負けたから拗ねてんだ」


「拗ねてねーよ。テメェはビリのくせによく言うよな」


「ビリって決まってねーから! ……多分ビリだけど」


「ほらみろ」



 どうやら二人は仲良しらしく、式が始まるまで、そして式が始まった後もずっと何かを話していた。式の間中お喋りをしているのはその二人だけではなく、彼らを筆頭とする不良達のせいで、入学式は式どころの騒ぎではなかった。開始してものの数分で飽きてしまった彼らは、まるで運動会と勘違いしているかのように騒ぎ出し、でも教師陣はそんな有様になにも言わず……。とんだ悲惨ひさんな式だ。



「《続きまして、新入生代表挨拶。新入生代表、三国みくに英凜えり》」



 ただ、諦めるのは勝手だけれど、この不良達の前に立たされる私の身にもなってほしい。



「……はい」

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