第5話

 ゆっくりと返事をすれば、少し騒ぎの種類が変わった気がした。どよめきの中に「普通科じゃない?」「間違いじゃないの」「でも三国さんでしょ」「願書間違えたんじゃない」と少しの噂話も聞こえた。お陰で、ほんの少し緊張した。


 きっと、挨拶は棒読みになってしまったと思う。原稿を読むだけだと言い聞かせ続けていたとはいえ、本当に原稿を読むだけとなった。みんなが何を感じているかなんて分かるはずもないのに、壇上から席に戻るときには、まるで好奇こうきの目にでもさらされているような気がした。



「三国、お疲れ」



 ……それなのに、席に戻った途端、雲雀くんからいたわりの言葉をかけられた。当然面食らったのに、桜井くんまで重ねて「すげーな、代表なんてかっこいいな!」と妙に緊張感のない感想をくれるものだから、もうなにがなんだか分からない。



「……ありがとう」



 ただ、お陰で壇上から降りたときの冷や汗は引いていた。


 入学式は、終始そんな調子だった。もう後半になると新入生の私でさえ「ああ、こんなもんなんだな」と慣れてきてしまった。これはいわば、今後不良たちと共生する高校生活の登竜門とうりゅうもんだったのだ。そう考えると、少し気持ちも楽になった。



「なあ、三国」



 式が終わった後、1組から順番に教室へと誘導されるのを待っている間、雲雀くんがこちらを向いて話しかけてきた。


 ギョッと硬直した私に気付いているのかいないのか、横柄おうへいな態度で椅子に座ったまま「そんなおびえんなよ、とって食いやしねーよ」と。最初に声を聞いたときからなんとなく感じていたのだけれど、雲雀くんの声は静かで落ち着いている。ただ、それは隣の桜井くんの声の抑揚が山あり谷ありなのと対比してしまうせいもあるかもしれない。


「……なに?」


「いや、正直、俺マジで1番で入れるって自信あったから。すげーなあって思って。どこ中?」



 不良って本当に「お前どこ中だよ」って聞くんだ……。一般にイメージするのとは少し違う趣旨を含んでいるかもしれないけど。



「……一色東中……」


「んじゃ、しゅんと同じじゃね?」どうやら桜井くんも話を聞いていたらしく、あたりをきょろきょろ見回しながら「アイツは? どこ?」


「舜は6組だ」



 「シュン」という名前を含む氏名の候補はいくつか浮かんだけれど、下手に関わり合いになりたくないので聞き返すことはしなかった。



「一色東中でもずっと1番か?」


「まあ……」


「ふーん。ま、東中だけちょっと離れてんもんな。知らねーか、そりゃ」


「侑生……。お前マジで悔しいんだな、マジでかっこ悪いからやめたほうがいいぞ」


「別にそんなんじゃねーよ」



 5組の誘導が始まると、二人はお行儀よく誘導に従った。二人の隣の席だったせいで、二人の後ろにぴたりとついていったのだけれど……、私の後ろには1メートルくらいの間隔が空いていた。しかも「噂、マジだったんだな、二人とも灰桜高校はいこうに来るとか」「しかもよりによって揃って5組かよ……」「マジ最悪だ、殺されるより先に死にたい」と念仏ねんぶつのごとくボソボソと嘆きの声が聞こえる。



英凜えり! 英凜!」



 そんな中、後ろから腕を引っ張られ、二人の背中から離された。驚いて振り返ると、そこには、中学の間にすっかり見慣れた顔がある。



「……陽菜はるな、5組だったの?」


「そーだよ! てか英凜が5組のほうがびっくりした!」



 陽菜はボブを揺らしながら「てか連絡しろよお、普通科とか思わないし!」と私の背中を勢いよく叩いた。



「……ごめん、陽菜も普通科と思わなかったし」


「あたしの成績で特別科に入れるわけねーだろ! 余裕で普通科だわ、多分入試の数学2点とかだし」



 はっきりした顔立ちのとおり、陽菜はサバけた性格で、半分男みたいな喋り方をする。



「てか……やばくね? うちのクラス、桜井と雲雀がいるんでしょ?」


「あー……あの二人」


「……え、マジ?」



 どうやら陽菜はるなは2人と私を結び付けてはいなかったようだ。それどころか、桜井くんと雲雀くんのことは知っていても顔は知らなかったらしく「超イケメンじゃん!」と後ろから見える限りの横顔に小さな声で歓喜した。


 「ヤバ! 金髪が桜井だよね? ってことは銀髪が雲雀か。可愛い系の桜井かカッコいい系の雲雀か……。雲雀かなあ!」



 キャーッとでも聞こえてきそうな声音だった。陽菜は自他ともに認めるメンクイだ。



「……桜井くんと雲雀くんって有名なんだね」


「はーっ? お前マジそういうとこだよ、桜井と雲雀知らないとか有り得ないから!」



 みんなが知っていることは陽菜に聞けば事足りる。中学のときから変わらずそんなことを思いながら「あの二人はさあ」と陽菜が教えてくれる情報を頭に入れる準備をした。


 二人とも一色西中学の出身。桜井くんは入学したその日に3年生を蹴っ飛ばして舎弟にし、雲雀くんはその次の日にカツアゲしてきた3年生を返り討ちにしてこれまた舎弟にした。当時から二人でつるんでいて、二人が通った後は死屍しし累々るいるいどころかぺんぺん草も生えないほどの焼け野原になる、そんなことからついたあだ名が“死二神しにがみ”。お陰で当時から高校生にさえ恐れられていて、逆に高校生の不良達はこぞって二人を手に入れようと躍起やっきになっていた――敵に回すと厄介だから。


 灰桜高校では、群青と書いて「ブルー・フロック」と読む不良が席巻せっけんしていて、二人を仲間に欲しがっているという意味では、その群青ブルー・フロックも他のチームと同じ。ただ、二人はどこのチームに入ることも拒んでおり、灰桜高校はいこうに入学はしたけれど群青ブルー・フロックには入っていない……。



「だから、マジであの二人はイケメンだけどマジで見るだけにしたほうがいい。これマジ」



 もう何回か話した……というのは黙っておいた。


 陽菜は「でもなー、マジで顔がダントツなんだよなー」と後ろを振り向き、これから1年クラスメイトとなる男子達を見ながら残念そうに嘆いた。確かに、あの二人の顔の整い方はクラスで群を抜いている。



「つか、英凜、マジでなんで普通科? お前の成績なら普通に余裕に特別科でいいじゃん」



 そういえば、桜井くんと雲雀くんは、なんで私が普通科なのか聞かなかったな。


 そんなことを考えてぼんやりしていると、陽菜は「やっぱ、あれが原因?」と声を潜めた。



「その、病気のせいで、特別科の課外授業とかキツイ感じ?」



 療養のために3年前に一色市に引っ越してきたのだと、陽菜は知っている。というか、中学生のときに担任の先生がみんなに伝えたので、陽菜に限らず、中学の同級生は知っていてもおかしくない。ちなみに陽菜は「掃除当番キツイときとか言えよ!」と、必要な療養の内容もなにも聞かずに、男前にそれだけを申し出てくれた。ちなみに体が弱いとかではないので「そういうのじゃないから大丈夫」と返事をした。

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