1 邂逅
(1)挨拶
第3話
「
新品のセーラー服を見て、おばあちゃんがそんなことを言った。
そうやって首を捻る私の後ろで、おばあちゃんはせっせと荷物を準備していた。当然、入学式の準備なのだけれど、それはそれとして、私が代表挨拶をするからと張り切っているのだ。お陰で荷物の中にはオペラグラスがある。
「……おばあちゃん、別に代表挨拶っていっても、決まった文章読むだけなんだから。そんなじろじろ見ないでよ」
「なにを言っとるかね、立派なことなのに」
入学式の代表挨拶は、挨拶の内容は決まっている。それでも、一応、毎年、生の原稿を挨拶者が提出することになっている。つまり、毎年毎年、代表挨拶者は決められた用紙に決められた挨拶文を写経しなければならないのだ、しかも毛筆で。
だから、そのお知らせを読んだ瞬間、私はおばあちゃんにその仕事を押し付けることにした。おばあちゃんは毛筆が上手いから(というか、多分鉛筆よりも筆を握って生きてきた世代だと思う)。おばあちゃんには自分で書きなさいと言われたけれど、おばあちゃんとしても孫の入学式の挨拶文の代筆は嬉しかったらしく、意気揚々と書いてくれた。お陰で私の代表挨拶文は書道の先生顔負けの達筆な字で書かれている。ちなみに最初は草書で書かれてしまったので、原稿を読めないと書き直してもらった。
そんなこんなで迎えた入学式は、柔らかな日差しに包まれ、春の
おばあちゃんと一緒に校門をくぐれば、そこに広がるのは、初々しさを体現するかのように、制服に
私立灰桜高校、通称“ハイコー”。多分灰高と廃校をかけているんだと思う。その通称のとおり、
その具体的な選り分けをどうやって行ったかというと、端的に成績とクラス分けによって行っている。灰桜高校のクラスは、特別科と普通科に分かれていて、出願のときはどちらかを選ぶことができるし、特別科を希望しても成績が悪い場合には普通科への合格とされる。入学後は、特別科と普通科はクラス替えもないし、校舎も別々だ。それでもって特別科はその名のとおり、特別な待遇もある(課外授業が充実してるとか、奨学金を貰うのに有利だとか、要は進学クラスみたいな扱いだ)。つまり、特別科と普通科は色々な側面から厳格に区分けされていて、お互いに交わらないようになっている。
それは灰桜高校を知る人にとっては共通認識で、受付をする子と親とが「普通科棟は動物園だから」なんて
そんな親子の後に、おばあちゃんと並んで受付前に立つ。
「……1年5組、
受付を担当している(おそらく)3年生から二度見された。
「三国……、5組……?」
「5組の、三国です」
繰り返すと、3年生は「ね、三国英凜さんなんだけど……」と隣の3年生に耳打ちした。二人で名簿を覗き込み「あ、あるじゃん」「いやあるんだけどさ……」とコソコソ内緒話をする。
「……5組で、間違いないですよね?」
「間違いないです」
もう一度頷くと、コホンと3年生が咳払いした。
「……どうぞ。ご入学、代表挨拶、おめでとうございます」
胸につける花のリボンには「新入生代表」と書かれていた。5組の列に向かいながら胸につけようとすると「英凜ちゃん、不器用なんだから、こっち向きなさい」とおばあちゃんにつけられた。
体育館内では、向かって左側に特別科、右側に普通科が着席させられていた。その結果、左側は黒々としているのに反し、右側は――もちろん黒や茶もあるけれど、それよりなにより金や銀に赤や青まで、非常にカラフルにまとまりのない
おばあちゃんはそんな様子を見て「あらまあ……」と困った顔をした。
「昔は男の子はボウズって決まってたんに、今時やねえ……」
「……そういう問題じゃないと思うけど」
髪型に言及するなら、どちらかというと色を問題にするべきではないか。とはいえ、戦時中のことを引き合いに出されてもうまく反論ができない。とりあえず、おばあちゃんには保護者席で大人しく座っておいてもらうことにした。
そして――分かっていたこととはいえ、私は5組のグループを前に、立ち尽くす。
灰桜高校は、荒れ狂ってる部分とそうでない部分とが混在しているけれど、それは色々な側面から厳格に区分けされている。そのひとつが特別科と普通科という区別で、1組から4組は特別科、そして5組と6組は普通科だ。
普通科を選んだことを一瞬で後悔したくなるほど、左右の違いは歴然としていた。5組では、椅子に座っているとは到底思えない態度で「でさー、俺は言ってやったわけよ、文句あんなら金持ってきてから言えよって」「カワイソーだな、ないから言ってんだろ」と
本当に後悔した。うっかり選んだわけではなく、自分できちんと丸をつけたときの光景を脳裏に浮かべながら、この普通科を選んだことを後悔した。いくら玉石の石側といったって、不良が多いといったって、犯罪者集団がいるとは思わなかった。想定が甘かった。あの時の自分の頭を後ろからぶっ飛ばしてやりたい。
「オイ、どけよ」
ほらどやされた――! ヒッと怯えて飛びのきそうになったけれど……、私ではなく、犯行告白じみた話をしていた男子達が、ガタガタッと音を立ててパイプ椅子から立ち上がった。
「……なんだコイツ」
「しっ、
彼らの目線を追って振り返れば、そこには一人の男子が立っていた。
まるで狼だった。そのくらいきれいな銀髪だった。ワックスかなにかでセットされたその髪には、まるでチャームポイントのように赤いヘアピンが止まっている。そして耳にはこれでもかというくらいピアスがくっついていた。
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