1 邂逅

(1)挨拶

第3話

英凜えりちゃんは紺色がよう似合うね」


 入学式の日、新品のセーラー服を見て、おばあちゃんがそんなことを言った。


 灰桜はいざくら高校のセーラー服は、紺色に臙脂えんじのラインが入り、そのラインと同じ色のスカーフを結ぶ、ごくごくありふれたセーラー服だ。しいていうなら、胸に桜の模様が入っているけれど、校章が入っているという意味ではやはりありふれたセーラー服であることに変わりはない。そして、一応、ここ近辺では一番可愛い制服らしいけれど、私にはそれがよく分からない。いや、可愛くないというつもりはないのだけれど、近辺で一番というほどかといわれると、迷いなく首を縦に振るほどではない。

 そうやって首を捻る私の後ろで、おばあちゃんはせっせと荷物を準備していた。私が代表挨拶をするからと張り切っているのだ。お陰で荷物の中にはオペラグラスがある。


「……おばあちゃん、別に代表挨拶っていっても、決まった文章読むだけなんだから。そんなじろじろ見ないでよ」

「なにを言っとるかね、立派なことなのに」


 代表挨拶の内容はあらかじめ決められている。でも、生の原稿を代表者が提出するのが毎年の習わしらしい。だから「毛筆で書いて提出してください」というお知らせを見た瞬間、私はおばあちゃんにパスした。おばあちゃんは鉛筆よりも筆を握って生きてきた世代だから。最初は「自分で書きなさい」と言われたけれど、おばあちゃんとしても孫の入学式の挨拶文の代筆は嬉しかったらしく、最終的には意気揚々と書いてくれた。ちなみに草書で書かれてしまったので、原稿を覚える羽目になった。


「なんか、すごく張り切ってるみたい」

「おばあちゃんも張り切っとるよ。英凜ちゃんの、人生に一回だけの高校の入学式やからね」


 そんなこと言ったら人生なんでもそうだよ、と言いたかったけれど、おばあちゃんと話がかみ合う気はしないので黙っておいた。


 灰桜高校までは、バスと電車とバスを乗り継ぐ。私一人ならバスと電車、なんなら電車だけで済む距離だ。


 校門に着くと、おばあちゃんは「ほら、英凜ちゃん」と私の反応も待たずに手を引っ張る。校門の柱前には、記念撮影の同級生が列をなしていた。


「みんな、大事な日やけんね。はよう来てよかったね」

「……そうだね」


 私は写真が好きではない。気乗りしないまま、でもおばあちゃんを無下にすることはできずに、校門の向こう側に視線を向けて時間を潰す。見えるのは、制服に着られた新入生と、それを早速着崩した新入生の二種類だ。


 私立灰桜高校、通称〝ハイコー〟。多分、灰高と廃校をかけているんだと思う。その通称のとおり、灰桜高校はいこうは廃校寸前といっても過言でないほど、荒れ狂った高校だったらしい。でもそれはもう数年前までの話らしくて、経営者が交代して色々改革を行い、勉強のできる生徒とそうでない生徒とをり分け、いまは玉石混交の状態だ。


 具体的には、いまの灰桜高校は特別科と普通科に分かれていて、特別科・普通科間ではクラス替えもないし、校舎も別々だ。同じ空間にいるのにお互いに交わることはない。頭にはねじれの位置にある直線が浮かんだ。


 写真を何枚も撮られた後、おばあちゃんを引っ張って体育館へ向かう。受付の先輩は真面目そうだから、きっと特別科だ。


「……一年五組、三国みくに英凜えりです」

「はい、三国さん、三国さん……」


 愛想よく笑ってくれながら、知らない女の先輩が名簿内を探す。


「下のほうです」

「あ、はい」


 上から動くペン先を見て補足すると、ちょっと変な反応をされた。また間違えた。でも反省する前に、ペン先が止まる。


「……三国、英凜さん?」

「そうです」


 先輩が「ね、三国英凜さんなんだけど……」と隣の人に耳打ちした。二人で名簿を覗き込み「あ、あるじゃん」「いやあるんだけどさ……」と内緒話をする。


「でも間違ってないんじゃん? 言われなかったっけ?」

「えー聞いてない」

「聞けよお。てか聞こえるって、ほら」


 小突かれて、ようやく先輩は新入生用のリボンを差し出してくれた。箱の中に山積みになっているリボンとは別の、私だけのためのリボンだ。


「代表挨拶、おめでとうございます」

「……ありがとうございます」


 まさか、リボンに「新入生代表」と書かれているとは。目立つのは嫌いなのに。


「ほら英凜ちゃん、こっち向きなさい。おばあちゃんがつけてあげよう」

「いいよ、自分でつけられるよ」


 歩きながら無造作に胸につける。ほらね、というつもりでおばあちゃんを見たのだけれど「斜めになっとろうね」と立ち止まって直された。自分では分からなかった。


 体育館内では、向かって左側に特別科、右側に普通科が着席させられていた。左側はしんと静まり返っているのに、右側は椅子の周辺に立って喋っている子が多い。でも大体想像どおりだ。


 自由と無秩序は大体同じ意味、というわけだ。保護者席に向かうおばあちゃんに手を振り、少し緊張しながら近づく。最後列の端のパイプ椅子の背に「新入生代表」と貼られているのが見えていた。自由席だとどこに座ればいいか分からないから、これだけはありがたい。


「でさー、俺は言ってやったわけよ、文句あんなら金持ってきてから言えよって」


 そう思ったのに、聞こえてきた話に戦慄した。


 私の席の隣に座っている男子は、椅子の背に腕をのせながら、武勇伝でも語るように偉そうな態度だった。それを囲む男子も、列からはみ出たパイプ椅子に座り、またその隣に立ち、楽しそうな笑みを浮かべている。


「カワイソーだな、ないから言ってんだろ」

「いやないとかじゃないじゃん、持ってくるんだって」

「哲学的ィ」


 ギャハハと明るい笑い声で、恐喝きょうかつの犯行告白をしている……。


 あれ、なにか、間違えたかな。背中がぐっしょり濡れるほど、冷や汗が浮かんでいた。もちろん分かっていた、普通科のほうが不真面目な生徒が多いと。でもそれはあくまで相対的な問題で……どちらかというと、特別科は課外授業だの研究授業だのがあって、普通科にはそれがないという、普通科は「誰でも受け入れる裾野が広いコース」くらいに思っていた。


 でも違った……犯罪集団がいた……。呆然と立ち尽くす。


「オイ、どけよ」

「ひっ」


 しかも後ろから脅された! 怯えて振り返り――その銀色の髪に、唖然とした。


 銀……、銀色って……ありなんだ、そういうものなんだ。続いて納得してしまったのは、その男子の顔がびっくりするほど綺麗だったからだ。まるで漫画の登場人物みたいに、左右対称に整った顔で、すごく美人だった。男子だけれど。ワックスかなにかでセットされたその髪には、まるでチャームポイントのように赤いヘアピンが止まっている。そして耳にはこれでもかというくらいピアスがくっついていた。


 呆然とする私の後ろでは、パイプ椅子が乱暴に揺れる音がした。


「なんだあ、コイツ……」

「しっ、雲雀ひばりだよ。目つけられたら厄介だ」


 小声と一緒に、恐喝集団が椅子を離れる。鳥の名前の狼は、私を素通りし、これまた乱暴にパイプ椅子に腰かけた。まるで下手くそな人がやるマインスイーパのように、彼の周りはぽっかりと席が空いた。

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