(2)勧誘

第7話

 そんな桜井くんと雲雀くんの所業は、すぐさま学校中に知れ渡った。



「雲雀の裏拳はマジ殺人級」


庄内しょうない先輩、顎に一発食らった後、立てなかったらしい」


「桜井の蹴りで歯が2本折れたんだって」


「急に来た3年を2分でぶっとばすとか」


「人間じゃねえ……」



 確かに、特等席で観戦していて分かったけれど、桜井くんと雲雀くんのヤバさは、一言でいえば躊躇ちゅうちょのなさだった。きっと、大抵は相手を殴ったり蹴ったりすることに躊躇を覚える。それが得体のしれない巨体の先輩だとすればなおさらだ。それなのに、2人にはそれが一切なかった。ともすれば理不尽にさえ思えるほど、決断という思考過程など介在していないのではないかと思えるほど、2人の返事代わりの暴力は早かった。まさしく、命を貰うと決めた死神がかまを振るのに躊躇しないのと同じ。



「おはよー、三国」



 ……そして、人の命をもらうのが死神の仕事にして日常だというのなら、桜井くんと雲雀くんにとって、先輩に絡まれそれを撃退するのは日常なのだ。教室で平然と話しかけてきた雲雀くんに、少し頬が引きつった。



「……おはよう」


「災難だったな、三国。昨日、庄内とかいう3年達が来て」



 どの口が災難などと……! そう反論したいのはやまやまだったけれど、当然雲雀くん相手にそんなことは言えない。「はあ、まあ……」と曖昧な返事をして誤魔化した。



「おはよー、ゆうきぃー」



 桜井くんも平然と、なんなら大あくびをしながら教室に入ってきて「あ、三国もおはよー」とやっぱり私にも声をかけた。自意識過剰でなければ、“死ニ神”に気に入られてしまったらしい。死神に気に入られたって死しか待っていないのだけれど。



「……おはよ」


「なー、三国、俺に勉強教えてくんない?」



 ……そしておもむろにとんでもないことを言い出した。



「……え、なに?」


「お前は勉強したってできないだろ。やめとけ」



 私の疑問を無視し、雲雀くんが冷ややかに切って捨てた。桜井くんはムッと睨み付ける。



「いーや違うね、俺は分かった。俺が今まで勉強できなかったのはお前の教え方が悪かったせいだ」


「テメェの頭の出来の悪さを人のせいにすんじゃねぇ」


「だったらなんで俺の成績は中学3年間ビリケツなんだよ!」


「だからテメェの頭の出来がビリケツなんだよ」


「じゃー分かった、三国が勉強教えてくれて俺の成績が上がったらお前のせいだ」


「別にいいけど、結果分かってんだから落ち込むなよな」


「というわけだ、三国」



 ……何も意味が分からない。ただ巻き込まれていることだけは分かった。


 雲雀くんは知らん顔で携帯電話を取り出し「つか、テストっていつの話」と昨日聞いたホームルームの内容を忘れている。



「来週の金曜! ほら、実力テストがどうとか言ってたじゃん」



 いや、そもそも聞いてないのかも……。冷静に、テストなんて紙切れ1枚の結果にしかならないものをこの2人が気にしているはずがない。気にしている桜井くんが妙なのだ。



「別に、三国に頼まなくたって、幼馴染に教えてもらえよ」


「いやでも、三国は代表挨拶してるじゃん。ってことは三国のほうが頭いいじゃん?」



 安直あんちょくな指摘だったけど、雲雀くんは「ま、そりゃそうかもしんねーけど」と頷いて「でも俺の隣の席だからって、知り合って2日の三国に迷惑かけんのはどうなの」とこれまた妙に冷静な意見を述べた。


 ふーむ、と桜井くんは顎に手を当て、わざとらしく考え込む素振りをする。



「まあ……それもそうかもしない……」


「分かったら解散、解散。先公センコーくる前に座れ」


「でも俺、三国のこと気に入ったから三国がいいな!」



 そんな花いちもんめみたいな――! こんなに迷惑なお気に入り宣言もない。でも桜井くんは、事前の噂話とか昨日の所業を除けば、人懐っこいライオンか犬かのように思えるので、目の前の情報だけに集中すれば可愛く思えなくもなかった。



「ね、三国。いいよね?」



 しかも純粋そうな目で見つめられると断りにくかった。



「……いい、けど……」


「よっし!」


「三国、マジでコイツ頭の中に綿わた詰まってっから。いつやめてもいいからな」



 雲雀くんは申し訳なさそうに肩を竦めた。桜井くんは「これで高校からはビリ脱出だー」とばんざいをしながら席へと戻っていった。


 一体、なぜ、こんなことに。呆然としながら、そしてなにより首を捻りながら荷物の片づけの続きを始めて、昨日とは違う教室の様子に気付いた。


 そういえば、ツートーンくらいみんなの髪の色が暗くなったな。


 別に、そんなに明るい髪色ばっかりだったわけではないけれど、とにかくあの2人に目をつけられてはいけない、そんな心理は簡単に推測できた。私も、高校デビューなんてものをしていたら、放課後には美容院で元に戻してくれと泣いていたかもしれない。そのくらい、この2人の影響力は強かった。


 そんな2人は、昼休みになると揃って「飯買いに行こうぜー」といなくなった。2人が揃っていなくなるのは昼休みが初めてだったので、そこでやっと陽菜が「ちょ、ちょちょちょ英凜!」と私のところへやって来た。大きな目は更に大きく見開かれている。



「お前大丈夫かよ! 桜井と雲雀、両方にめっちゃ気に入られてんじゃん!」


「……めっちゃかは分からないけど、なんか気に入られたね」


「んなこと言ってる場合じゃないだろ。本当にぼーっとしてんだから」



 弟がいて世話焼きの陽菜は、悠長ゆうちょうな返事にやきもきしている。



「大体、昨日のあれ! 見ただろ? やばいだろ! いや雲雀はかっこよかったけどね?」


「……私、陽菜のそういうところ好きだよ」



 でもメンクイ。陽菜はとにかくメンクイ。あまりにも素直な感想と破顔はがんに、微笑ましい気持ちになってしまった。陽菜は「つか昼食べよ、雲雀いないならここでいいや」とお弁当を取りに行って戻ってきた。



「昨日、雲雀が3年の顔面をバーンッて殴ったじゃん? あれの前さ、女顔をからかわれてたじゃん? 女顔気にしてる雲雀に、れたね」セリフのとおり陽菜はテンション高く「桜井と話してるの聞いててもさ、めっちゃクールじゃん? それなのに実は女顔気にしてるとか、かわいー!」



 漫画だったら「クハーッ」なんて胸をいっぱいにする擬態語がついていそうだった。



「えー、私、それなら桜井くんのほうがいいよ」



 桜井くんも雲雀くんもいないからか、陽菜の声を聞いた隣の女子が口を挟んだ。



「ベースが可愛いじゃん。雲雀くんにテッテッテッてついて行く感じ」


「いやいや、あれはおこちゃまだよ。男はもっと余裕をみせてくれないと」


「確かに雲雀くんのほうが上手そう」


「なにがだよ!」



 陽菜は私そっちのけでケラケラと笑った。ただ、私が黙々とお弁当を食べてることに気付いたのか「英凛はどっち派?」とすぐに話題に引き込む。


 でも桜井くんも雲雀くんも、昨日会って昨日話しただけの関係なので、勉強を教えてくれと言われたとはいえ、あんまり興味が湧いていなかった。今のところ分類・・もできていないし。



「……わかんない」


「……不思議だったんだけどさあ、英凜、男に興味あんの?」



 あの2人の中身はともかくとして、外見を前にすれば興味を持たずにはいられないはずだ――それなりに長い付き合いなので、陽菜の考えていることは手に取るように分かった。

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