第14話

「んー、と、で、三国ってめっちゃ頭良い附属行くって話じゃなかったっけ」


「それはただの噂。隣のクラスの山谷さんの名前が絵梨で、その山谷さんが県外の高校を受けるって話になってたらしいんだけど、その話が『エリは県外の高校を受験する』って形で池田陽菜の耳に入って、陽菜が『英凜が受験するってことは附属高校に違いない』って勘違いしたってわけ」


「あー……なるほどね、そういう。噂ってやっぱ噂だな」



 その話には、荒神くんだけでなく桜井くんと雲雀くんも頷き、少し感心していた。


「なるほどな、そうやって分解されると分かりやすい、つかめっちゃ納得した」


「その全容を知ってんのもすげーけどな」


「別にそんな大したことじゃ。噂は出所と出方──原文を見つければ、大体事実の曖昧なところを誰かが勘違いで補ってるって分かるよ」



 それはある意味当然の事実確認方法だったのだけれど、途端「んァー!」と荒神くんが頭をくしゃくしゃにかき混ぜた。茶色い髪はサラサラなのでそんなことをしたって変な乱れ方はせず、それどころかふわりと元の位置に戻る。



「三国、本当にそういうところ! その頭の良さがなければ俺は三国が好きだったのに!」



 その「好き」の意味を理解できずに機能停止してしまったけれど、2人が動じる様子はなく、なんなら「お前は女ならなんでも好きだろ」なんて一蹴するのできっとただの挨拶だ。桜井くんに言わせれば握手したら妊娠するらしいし、たらればの告白は挨拶と同義なのだろう。



「違うんだよ、好きだけどさあ、可愛い子はみんな好きだけどさあ、違うの! 俺は頭のいい子は無理なの!」


「なんで?」


「だって頭がいいわけじゃん? なんかこう、上手く丸め込めないんだよね、別に騙そうとしてるわけじゃないんだけど」



 冷ややかな眼差しを向けてしまったせいか、荒神くんは私と目を合わせた瞬間に後半を付け加えた。



「すっごい細やかなことでもすーぐアラに気づいちゃう。俺はそういうのイヤなの、お互い楽しくやりたいの」


「……はあ、そうですか」


「舜って本当にクズい発言するよなあ。開き直ってていいと思うけどさ」


「女の子なんてただでさえ面倒くさいんだから、できるだけ面倒くさくない子を選びたいのは当たり前」



 本当に女の子が好きなのか疑いたくなる発言だったけれど、そういう“好き”もありなのだろう。雲雀くんも「男の欲望に忠実なヤツ」と評していたし、不特定多数と気楽に付き合いたい、とか。それ自体にあまり違和感はなかったのだけれど、中学生の頃に入れた情報とは少し違っていたので、荒神くんの情報は少し修正することにした。


 荒神くんは宣言のとおりそのままテーブルに居座り、初対面に等しい荒神くんも加えた4人で夕飯をとることになった。そんな内情はともかく、自分の様子を俯瞰すると、荒神くんのいうとおり拉致された家出少女に見えなくもない気がして少し不安になった。


 ただ、荒神くんの不安は別のところにあるらしい。「つか、お前ら永人えいとさんに誘われたってマジ?」なんて眉間にしわを寄せて渋い顔をしている。


「あー、なに、そんな噂立ってんの」


「マジだけど断った」


「なんで!」


「え、普通にだるくない、チームとか。なんか群れてると弱っちいみたいで恰好悪いし」



 しくも、ブルー・フロックは“青の群れ”。桜井くんがどこまで分かって言っているのか分からなかったけれど、そのセリフはある意味で的を射ていた。



「なんでぇ? まあ群れるとあれってのは分かるけど、群青は格好いいじゃん。つか俺は永人さんが格好いいと思う、マジ」


「まああの人は恰好いい人だよな」



 雲雀くんがぼそっと返事をしたので視線を向ければ、空の鉄板が目に入った。一方、私の目の前にはまだ半分近くスパゲティが残っている。もしかして飲んだのではと思えるほど早い食事だったけれど、隣を見れば桜井くんの鉄板も空だし、ずっと喋り続けている荒神くんのお皿だって残すはヒレカツ一口のみだ。


 男子の食事はスピードが違う。つい慌ててパスタを巻いた。



「だろ? 誘われてるうちに群青入ったほうがいいじゃん」


「それとこれとは別だ」


「えー。永人さん抜きでも、入ったほうがいいと思うけどなー。だってお前ら、庄内さんぶっ飛ばしちゃったんじゃん?」


「来るんだからぶっ飛ばすしかないじゃんそんなの」



 そんな、蚊が止まったから叩いたみたいにさも当然の行為として語られても……。一寸の虫にも五分の魂なんて話は措くとして、人間相手にそれをやったらそれはただの蛮人だ。



「入学式だって群青の2年のことぶっ飛ばしたんだろ?」


「あれは向こうが悪いんだってば」


「てか、そうだよ、お前らがそういうことするから、俺だって芳喜よしきさんに呼び出されたんだぞ! お前らを群青に誘えって!」


「芳喜? 誰?」


「2年の能勢のせ芳喜さんだよ! めちゃくちゃ頭良いんだぜ、群青は永人さんの力と芳喜さんの頭があるから歴代最強だって言われてるくらい。いやま、喧嘩も強いんだけどさ」


「あー、はいはい、分かった。あの背が高い色気あるイケメンの人だ」


「そうそう、その人。北中にいた人だよ」


「俺、あの人なんかやなんだよなー。背高いしイケメンだし実家も金持ちだろ? なんかさー、世の中不公平って感じするんだよな」


「侑生もイケメンで金持ちじゃん」


「俺のほうがイケメンだから侑生は許せるの」


「お前のほうが背低いじゃねーか」


「はん、分かってねーな、大事なのは股下またしたなんだよ」


「言ったな? 測ってやろうか?」


「あッやっぱいい。代わりに三国に聞こ、三国、俺と侑生どっちがイケメン?」


「え?」



 くだらない話なのになんだか楽しそう、その程度の気持ちで聞き手に徹し、必死に口を動かしていたところにまさかの巻き込みが発生した。お陰でフォーク片手に食べかけのパスタを前にして静止するなんて間抜けな図が出来上がってしまった。



「えっと……なに……」


「侑生と俺とどっちがイケメンか」


「お前本当に三国に迷惑料払えよ」



 くだらないのは雲雀くんにとっても同じなのだろう、カフェラテの入ったカップを傾けるその眉間には深いしわが刻まれている。



「それより三国、急いで食わなくていい」


「え?」


「俺らが食い終わったから急いで食ってんだろ」



 図星をつかれて押し黙ると「どうせ俺らは永遠にドリンクバー飲んでるから。食い終わったら帰るってわけじゃない」なんて付け加えられた。


 やっぱり、雲雀くんはちゃんと分かるんだ。いや、でも、私だって、そのくらい。集団の中で、1人が黙々と食事をとっている状況があれば、そしてその1人の食事のスピードがあるタイミングを境に上がるのを確認すれば――なんて、必死に言い訳をした。



「……まあ……」


「あ、マジ? 気にしなくていいつーか、むしろゆっくり食って。ドリンクバーで居座ると気まずいから」



 それが本心なのか、その場しのぎの気遣いなのか、私には分からない。


 せいぜい分かるのは、それを考えずにできる桜井くんの頭は悪くないということだけだ。



「……ありがと」


「つか侑生はそういうところが狡い! そうやって隙あらば株上げようとするじゃん。そういうのがなければ俺のほうがモテると思うんだよね」


「狡くねーだろ、人として当然の気遣いだ」



 チクリと、その謙遜が胸を刺す。



「よし、侑生と比べんのやめ、やめ。こんなんだと侑生のほうが有利だ」


「お前はスタートラインが後ろだろ」



 ほんの少しの焦燥を誤魔化すように、視線をスパゲティに落とす。急いで食べたお陰で残りは少しだ。




 それから暫くして、雲雀くんと桜井くんが席を立ったとき、明らかに2人でいる隙を狙って、荒神くんは「なあ、三国」と話しかけながらわざわざ私の隣に移った。



「……なにか?」


「や……あのさ、余計なお世話かもしんないんだけど、三国、お前、昴夜と侑生と一緒にいて大丈夫か?」



 その趣旨が分からず、ゆっくりと瞬きして敷衍してくれるように促した。荒神くんが視線を泳がせるのを見て、話を切り出したときの間が気まずさゆえだったのだと気が付いた。



「……俺はいいんだ。俺みたいなのはいい。俺は中学の時からずっとアイツらと仲良くやってるし、アイツらがイイヤツなのも知ってる。でも三国、俺がアイツらと仲良くするのと、三国がアイツらと仲良くするのは違うと思う」


 きっとその相違は、有体にいえば、私と荒神くんの学校成績にあるのだろう。荒神くんの成績なんて知らなかったけれど、それがさして良いものではないことは想像がついた。片や、自分の成績が中学から引き続き群を抜いて良いことは──自惚うぬぼれなんかじゃなく、分かっていた。


 でも、それがなんだというのだろう。自分が所属している社会で群を抜いて学校成績に秀でることに、一体何の意味や意義があるというのだろう。


 その意味で、荒神くんの心配は的外れだった。



「や、なんかさ……俺が口出すことじゃないかなとも思うんだ。でも、三国は“優等生”だろ?」



 別に、なにひとつ気を悪くする言葉なんてなかったのだけれど、荒神くんは必死に慎重に言葉を選ぶかのように、たどたどしく語った。なんなら、その声音だって、桜井くん達がいるときとはトーンが違った。どう違うのかは上手く言語化できなかったし、もしかしたらそのスロウペースな言葉の運びからそう感じているだけかもしれなかったけど。



「アイツらと――俺と遊んでていいの? 普通が退屈だとかさ、平凡な日常に飽きたとかさ、なんかそういう軽い気持ちでアイツらと一緒にいるのは、俺みたいなヤツだけでいいと思うんだよね」



 たまに、不思議になる。人が他人のことを勘違いし、自分が思った通りの枠に当てはめて理解しようとすることなんていくらでもあるのに、他人を分からないと思うことが、なぜ普通ではないのかと。



「……心配しなくても、普通にも平凡にも飽きてないよ」


「……そう?」



 荒神くんの眉は八の字になって、まるで本当に心配されているような気がしてしまった。



「それならいいんだけど。三国ってさ――」


「おい舜、そっち俺の席」



 荒神くんが何かを言い終える前に桜井くんが戻ってきて、不満げに頬を膨らませながら私の向かい側に座った。今度は雲雀くんが「奥は俺の席だろ」なんて言う番だけど、桜井くんはもう動かない。



「舜、なんやかんや言って結局三国のこと口説いてんの?」


「いや、昴夜と侑生、どっちがイケメンかこっそり聞こうと思って」


「俺だよな!」


「……心配しなくても2人ともイケメンだよ」


「そーいう話じゃないんだよ、三国ィ!」



 普通にも平凡にも、飽きてない。

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