第10話

「群青以外にも色々あるぜ。まあ群青と一番仲悪いのは深緋ディープ・スカーレットだな」



 その勢力の大きさを表しているのか、群青と深緋の円のサイズは同じくらいだった。



「それから白雪スノウ・ホワイト黒鴉レイブン・クロウ。他にも色々あるんだけど、まあ群青の連中とやり合うのはこのへんだなあ」



 「色々」と言いながら、桜井くんは小さい丸をいくつか書いた。



「蛍さんが群青のトップやってるみたいに、どこのチームにもボスはいるんだけど、チームのメンバーになるのにボスの許可がいるかどうかはまたチームによって違ってて」


「群青と深緋はそれなりに昔からあるし、上意下達が徹底してんだ。だから群青はああやって蛍さんが前に出てきて、気に入ったヤツは自分で誘うし、そうじゃなくても蛍さんに話を通さなきゃいけない。だから先週の庄内みたいに勝手なことは、本当はできない。今頃、庄内はヤキ入れられてるはずだ」



 なんだかヤクザみたいだなと考えていると「上意下達ってなんだ?」「要は上の命令が絶対だってことだよ」「ああ、なるほど。そのとおりだな」と桜井くんへの解説が挟まった。



「で、蛍さんは、ああやって下が勝手にやったら謝りにくるんだ、俺のチームのヤツが悪かったなってな。筋は通ってるだろ」


「……なるほど?」


「深緋のトップとかはそうはいかないんだよなー。あそこはただ上級生が強くて偉いだけだし、蛍さんみたいに筋の通ったヤツじゃない。だから、蛍さんの誘いがどうってより、入るなら群青だとは思うんだよ」



 でもなー、と桜井くんは机に突っ伏した。金髪はたてがみのようにふわふわ揺れる。



「めんどくせーんだよな、上だの下だのって」


「同感だな」


「……2人でいて不都合もないんでしょ? なんで他のみんなはチームになるの?」


「興味津々だな、三国」



 知らない世界の話だから、沸騰している鍋の中のように沸々ふつふつと疑問が沸き上がるのは当然だ。でも雲雀くんは笑った。



「誰かがチームを作ると、それに対抗しないといけなくなる。5人と1人じゃ5人のほうが強いからな」


「俺は5人でもやれる」


「そういう話じゃない、バカは黙っててくんねーかな」雲雀くんは冷たく切り捨て「結局、負のスパイラルみたいなもんだよ。10人も20人も束になってかかってこられたら、敵わねーだろ。だったらこっちは20人、30人の束になろうって考える。だからチームになるしかないし、でかくもなる。くだらねーよな」



 ただの負の連鎖だ、と雲雀くんはぼやいた。その連鎖構造は理解できたけれど、まとまることを“負”とまで言う理由はよく分からなかった。


「……2人ってずっと2人なの?」


「いやー、3人かな。6組にいる荒神あらがみしゅんってヤツともよくつるんでる」



 そういえばそんな話もあった。でも隣のクラスにいるというのに、その荒神くんが5組に遊びにきたことはない。



「舜のことは知ってんだろ、三国」


「……中学2年のときに同じクラスだったけど、どんな人かは知らない」



 いつも教室の隅っこで友達と騒いでいる男子。授業中も寝ているか友達と騒いでいるかのどちらか。茶色っぽい頭にオレンジ色のメッシュが入ってた。女子に人気があるらしくて、いつも何人かの女子に囲まれていた。好かれる女子のタイプは様々で、風紀委員をやっていた大人しいクラスメイトから保健室に入り浸りのギャルっぽいクラスメイトまで、みんな荒神くんに夢中だった。


 そんな荒神くんと喋った記憶は1回しかない。文化祭準備のときに、荒神くんが買い出し係を引き受けてくれて、その荒神くんにメモを手渡しながら「よろしく」と言って「おっけー」と返された。それだけだ。



「まあ、簡単にいうとめっちゃ女好きだしめっちゃモテるしめっちゃ手早い。握手したら妊娠するくらい思っておっけー」


「…………」


「適当なこと吹き込むのやめてやれ。男の欲望に忠実なヤツなんだ。で、女に好かれる顔してるし、女の扱いも上手いってだけ」



 桜井くんの乱暴な紹介を、雲雀くんがフォローした。考えたことはなかったけれど、確かに扱いが上手くないとあんなにモテはしない気がした。



「……その荒神くん、5組に遊びに来ないんだね。隣のクラスにいるのに」


「最近新しい彼女できたから忙しいんだよ。アイツ、彼女ができたら暫くそっちに夢中になるから」


「彼女作ってもいいことねーのにな」


「……ないの?」


「基本弱味だからな」



 これまたヤクザみたいな話が出てきた。内心は茶化したい気持ちでいっぱいだったけれど、雲雀くんは真顔なので、どうやら本気らしかった。



「実際、楽な話だろ。彼女犯すぞなんて言われたらどんなヤツでも土下座したまま死ぬまでぶん殴られてやるし」


「……そうかな」


「侑生は愛が重いんだよ。コイツさあ、ちっさい妹いんだけど、妹が学校帰りに誘拐されたとき、マジで死ぬとこだったんだぜ」



 机に足を投げ出していた雲雀くんがガタッと揺れた。その手にある携帯電話はいつの間にか折りたたまれていて、多分、桜井くんの発言にあせったのだろうことが伝わってきた。


「テメッ……勝手に人の話してんじゃねーよ!」


「だって彼女犯すって言われたらとか言うから思い出しちゃって。そう、コイツの妹がね、誘拐されて『おい雲雀くん、妹欲しけりゃ土下座しろよぉ』とか言われたわけ。そしたらマジでコイツ、妹のために土下座して殴られ続けてたんだぜ、すごくね? 俺が駆けつけたときなんか……なんだっけ、そう、虫の息」


「テメェ!」



 クールな雲雀くんが声を荒げて桜井くんの胸倉を掴み上げた。でも桜井くんはどこ吹く風で「もー、あン時、俺が行かなかったらコイツ死んでたよー、マジでー。1ヶ月くらい入院してたもーん」それどころか一層からかうような口ぶりになっていた。



「……妹、いくつ下なの?」


「あぁ? 6つだよ。今年小学校4年だ」


「妹のことマジ溺愛してんの、マジシスコン」


「うるせーなテメェは!」


「おっと」



 突き飛ばすように手を離されたけれど、桜井くんは蹈鞴たたらを踏むことさえなかった。そのからださばきというか、身のこなしから、先週、3年生を蹴っ飛ばしたときの身軽さを思い出してしまった。



「……雲雀くん、優しいお兄さんなんだね」


「バカにしてんのか三国!」



 怒鳴られたけれど、不思議と怖くはなかった。なんなら笑えてしまったせいで、雲雀くんも怒りのやり場を失ったように口を噤んだ。



「……三国、お前、変わってんな、マジで」


「……そうかな」


「だって普通の女子なんて侑生に怒鳴られたら泣いちゃうぜ」


「テメェも泣かせてやろうか」



 すっかり机から離れてしまった2人を見つめながら、思いがけず得た情報を整理する。雲雀くんは、まだ小学生の妹がいて、その妹のことを溺愛している。話ぶりからして、おそらく2人兄妹。桜井くんは不明。でもこの流れで自分の兄妹の話をしないということは、1人っ子……?


 そうして、頭の中で分類をする。私はまだ、この人達のことを知らないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る