第11話 なにも知らない美人女性2
「はぁ、あの話は嘘だったんですか」
リリーは胸を撫で下ろした。
それとは逆に、俺は少しショックを受ける。
会社に来ていないと思ったらまさか異世界に来ていて、ギルドを作って有名になってて——。
だめだ、頭が働かない。
「ねぇ、聞いてるの、修也くん」
「へぇっ!?あぁっ!はい!ちゃんと聞いてましたよ!」
「じゃあ私たちがなんの話してたか答えて」
「……無理です」
「まったくもう。こっちにきてちょっとたるんだんじゃないのー?」
「いやぁ、えへへ」
「褒めてないから」
まさかこっちに来てまた桜田先輩と話せるときがくるなんてな……。
ところで、なんの話をしていたんだろうか。
「あの…それで話ってなんですか?」
「あのね、修也くん。自分の後輩のことだから、こんなこと信じたくないのだけれども……。リリーちゃんの耳を触ったというのは本当なの?」
「……っ!?」
「本当なのね……」
やめてくださいよ、桜田先輩。
そんな大きなため息ついたら幸せが逃げますし、俺も逃げたくなりますから。
「こちらの世界で、エルフの耳を触るってどういうことか分かっているの?」
「えっと、ヤったあとから知りました」
いつの間にか正座させられてるよ、俺。
だって知らなかったんだもん!!仕方ないじゃん!
「知らなかったから仕方がないなんて言い訳は通じないわよ?」
「エスパーですか!?」
またまた桜田先輩はため息をついた。
「可愛がっていた後輩が異世界でセクハラしていたなんてね……。私の教育が悪かったのかしら」
「そうですよ、桜田先輩の教育が——!」
視界が上下に揺れた。
振り下ろされた彼女の拳は、正直魔獣のそれよりもとても重たく感じた。
「修也くん、責任をとるつもりはある?結婚ってそんなにも簡単なことじゃないのよ?分かっているわよね?」
「はい……」
うぅ、なんだか言葉の重みが違う気がする。
というか、足が痺れてきたんだけども……。
というか、なぜ先からリリーは目を輝かせているのだろうか。それが不思議でたまらない。
『責任』という言葉を聞いてからずっと激しく首を縦に振っている気がするんだが、それはなぜなのだろうか。
「それでね、先輩としていい案があるのだけれども、それを聞く気はある?」
お?やはりどこに来ても桜田先輩は優しいようだ。こんな俺に助け舟を出してくれるだなんてな。もちろん、答えは一つだけだ。
「嫌です!」
またまた視界が上下に揺れた。先よりも強い一撃だった。
「先輩がせっかく助けてあげると言っているのにどうして聞かないってのよ……!」
「いや、会社ではどんな理不尽があるか分からないから、甘い言葉に誘われるなって教えてくれたのは先輩ですよ?」
「ここは会社でもないし、地球でもないの!それで、聞くのか聞かないのか答えなさい」
「はい、聞きます」
大人しく話を聞くことにしよう。
じゃないと、答えが一つしかない、ゲームのNPCとの会話のように永遠にループしそうだからな。俺の頭も砕けるかもしれないし。
「もちろん、どちらを選ぶかはきみ次第よ。強制はしないし、自分で考えたらいい。リリーちゃんとのことを無かったことにする、その方法というのはね——私と結婚することよ!」
なるほど。その手があったか。
「って、どういうことですか!?」
驚きのあまり立ち上がるが、足が痺れていたせいでその場に倒れてしまった。お恥ずかしい。だが、俺と同じように、先まで激しく首を振っていたはずのリリーも泡を吹いて倒れてしまっている。それくらい、桜田先輩が放った言葉は衝撃的だったのだ。
「どういうことって、そのままの意味よ。私と結婚すれば、彼女の責任は取らなくて済むのよ?」
「そういう発言をしながら俺の体にまたがるってことはそういうことですよね?そういうことですよね!?俺、勘違いしちゃいますよ!」
「勘違いじゃないわ。あなたの思っている通りよ」
スカートの裾をつかみ、それをめくりながら妖艶な笑みを浮かべる。
それに応えるように俺は激しく腰を振った。
それも、全身を使ってだ。
「そうそう、それで合っているわ。やる気満々じゃない、修也くん」
そして大きく息を吸う。
「誰か助けてー!!このままじゃ俺、犯されるかもしれないんだけどぉぉぉぉっ!」
「ば、ばかっ!違うでしょ!」
「違うことはないですよ!俺が好きだった桜田先輩はこんな卑猥なことするはずないですよ!さてはお前、性欲が溜まりに溜まった淫乱な魔獣だな!?」
——三度目のゲンコツを食らった。
ものすごい鈍い音がした。先から俺の頭ばっか殴りやがって、そういう魔獣なんですか。
「私は淫乱でも、魔獣でもないわよ!せ、性欲が溜まってるのは間違ってはないのだけれども……」
「え、なんか言いました?」
またまた鈍い音がした。不意に涙が溢れる。
「なんで俺ずっと殴られてるんだろう……」
「自業自得よ」
「というか、そういう魔獣なんだったら早くどいてくださいよ。そんな気分じゃないので」
「だから、魔獣じゃないって言ってるでしょ!」
「本当に桜田先輩なんですか?」
「そうよ」
ふーん。認めないつもりなのか。じゃあほんの少し、意地悪してみるか。
「それじゃあ、本物の桜田先輩にしか分からない質問してもいいですか?」
「いいわよ?」
「桜田先輩がコンビニで買うか迷っていたエロ本の名前は?」
「……わくわくエキサイティング」
「桜田先輩が好きな下着の色とデザインは?」
「……黒のレースよ」
「桜田先輩は処女ですか?」
何度目だろうか。再びゲンコツを食らった。
「アンタね……そろそろ殴るわよ……」
「もう殴ってるでしょ……」
「それで、そんな最低な質問でなにが分かるのよ」
「——本物ですね、桜田先輩!」
「だから最初からそう言ってたでしょう!」
本当、驚いたなぁ。
好きな人にここで再会できるだなんて。
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