第21話 なにも知らないオトコ

 ミィのことをどうするか決めることができ、なんだかスッキリした気分だった。

それだけが本当に気がかりだったからな……。

だが、一難去ってまた一難。

俺は今、この長かった人生で一番の問題に出会ってしまっている。

この前、話を聞いたときに覚悟を決めたはずだったが、これは流石になぁ……。


「ういぃー、修也くん元気に呑んでるかー!!」

「は、はい、いただいてますよ……」


 ミィの歓迎パーティーという案はよかったと思うのだが、どうしてこんなことになったんだ。ちょっと酒を飲んだだけで、桜田先輩がこんなにも面倒くさい人になってしまうとは思わなかった。

 リリーは酔っ払って寝てしまったし、助けを求めることもできない。

ミィも寝てしまっているし、ほとんど二人っきりみないな状況だと言えるんじゃないか、これは。

 んー、前の俺だったら喜んでたんだろうけどなぁ……。こんな姿を見たらちょっとな……。

別に嫌だというわけではないが、とにかく逃げたいという気持ちのほうが大きいことは事実だ。


「桜田先輩、飲み過ぎですよ。そろそろやめてください」

「——ヤダ」

「どうしてそんな子どもみたいなこと言ってるんですか!それ以上飲むなら怒りますよ!」


 むぅ、と彼女は頬を膨らませながら俺のほうに近づいてきた。


「……どうしてもやめないとダメ?」

「上目遣いで可愛く言ってきてもダメなものはダメです。それに、これから飲む量は俺が管理します」

「絶対にダメ?」


 うぅっ、酔っぱらってるせいで桜田先輩が甘えん坊みたいになってるぞ!

可愛い、可愛い……!けど、ここは厳しくしておかないと、彼女のためにもならない!

 俺は強く拳を握りしめた。


「はい。絶対にダメです」

「……じゃあ、結衣って呼んで」

「はぁ!?」


 謎の発言についつい驚いてしまった。

だが、彼女はそれだけではおさまらず、俺の首に腕を回してきた。

ちょっと、そんなに近づかれるといろいろ当たってマズい気がするんですけども……。

首にかかる吐息がとてもくすぐったい。

だが、それと同時に酒臭くもある。

ムードもクソもあったもんじゃない。

——けど、やっぱり近くで見てもものすごい美人なんだよな……。

 どんな形であれ、こうやって一緒にいるだけで幸せなのではないかと気がついた。


「ねぇ、結衣って呼んでくれないの?」

「今更どうして呼び方なんかを……」

「みんなちゃんと名前で呼ばれてるのに、私だけ違うもん。もう会社は関係ないんだから、私はあなたの先輩じゃないのよ」


 子犬のような目つき。

そんな顔されたら断れないだろッ……!

それに、これは酒をやめさせるためなんだ。


「……ゆ、結衣……さん」

「ふふっ、えらいえらい」


 急に撫でてくるなんて反則だろ!

これが大人の女性の包容力というものなのだろうか。なんだか落ち着くな——。


「ちゃんとできたえらい子にはご褒美あげちゃう」

「——んぐっ!」


 突然のキスに驚きを隠せなかった。

酒と彼女自身の匂いが混ざった不思議な香り。

気が遠くなりそうなほどの長いキスだった。


「んんっ……」


 そんな声出されたら俺も我慢できなくなるだろ!勢いに任せ、俺は彼女を押し倒した。

なにも言わずにただ俺を見つめる彼女は、とても色っぽかった。

服もはだけてるし、ここで止めたら男の恥だよな。

 ゴクリと喉を鳴らす。


「しゅーぁ、なにしてるのー?」


 ちょうど良いタイミングでミィが起きてしまった。

ヤバイ、この状況は少し教育に悪いような気しかしないぞ……。

 俺はとっさに嘘をついた。


「起きたのか、ミィ。今ちょっと二人で勝負してたところなんだ!ほら、見とけよぉ」


 思いっきり、結衣さんの腋をくすぐってやった。彼女はとても苦しそうだったが、誤魔化せてるだけマシだろう。耐えてくれ、結衣さん——!

 心を鬼にしてくすぐり続けてると、突然何者かにガッシリと頭を鷲掴みにされた。


「アンタ、調子に乗るんじゃないわよ……!」


 久々のゲンコツだった。

今までのものより鋭くなっていた気がする。


「ヘタレくんのおかげで酔いが覚めたわよ」

「その呼び方やめてくださいよ……」

「あそこまでやっといて、なにもしないなんてヘタレよ」

「えっ、覚えてるんですか!?」

「当たり前でしょ!」


 どうやら俺は、過ちを一つ犯してしまったようだった……。

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