第25話 なにも知らない魔王さま

 俺はふと、幼い頃にやっていたゲームを思い出した。


「この世界って魔王みたいなヤツはいないのか?」


 リリーは目を丸くして持っていたスプーンを落とした。

 えっと、俺なにかまずいこと言ったのか……?もしかして、昔この街と魔王はなにか関係があったとか……。


「ごめん、ごめん。言いたくなかったら別にいいんだ。変なこと聞いちゃったな……」

「いいえ、いいんです。ただ、シューヤさんが魔王を知っているということに驚いただけですよ」

「そうなのか」

「はい。地球にも魔王はいたんですか?」

「ん〜、魔王はいなかったかな……」


 ウチの母親のことはおかあサタンって言ってた記憶があるけども……。


「魔王に会ってみます?」

「え!?そんな簡単にできることなのか!?」


 魔王に会った瞬間、謎の爆発魔法で吹っ飛ばされるとか嫌だぞ!?


「簡単もなにも、そこにいますよ」


 彼女は微笑みながらそう言った。

おいおい、もしかして異世界人の俺の命を狙ってるとかじゃないよな……?

どうして今日に限ってギルドの酒場で食事をしようなんて言い出したんだ、俺は!

こんなところで魔王が暴れたらみんなやられるぞ!

——よし、心の準備だけはしておこう。


「なぁ、リリー。魔王は今どんな格好をしている……?」


 相手の装備を知れたら、少しは対処方法も考えるはずだ。

 リリーはあごに手を当てて少し考える。

そんなにも悩むほど危ない装備なのかもしれない。しばらく考えると、再び彼女は微笑んだ。


「とても可愛らしい格好だと思います!」

「可愛らしいだって……?」

「はい。あの可愛さが男性たちを惹き寄せているんでしょうね」


 いや、違うぞリリー、騙されるな……。

それは魔王がなにか魔法を使っているだけだ。

男のハンターたちを下僕にするつもりだ!


「——くそっ!」


 俺じゃそんなやつに敵うはずがない!

まだ、まだ情報が足りない!


「リリー、魔王についてもっと教えてくれるか?」

「もしかして魔王ちゃんのファンなんですか?近くにいるんですから、話かければいいのに……」

「そんなことできるはずが——そうか、その手があったか!魔王は今どこを見てるか分かるか?」

「ん〜、お友達とお話をしているようですが」


 友達……!?いや、奴隷の間違いだろう。

 待ってろ、俺が必ず助けてやるからな。だが、これはチャンスかもしれない。


「その魔王の特徴を教えてくれるか?」


 こちらが先に攻撃を仕掛ければ、流石の魔王でも太刀打ちできないだろう。


「綺麗な長い赤髪で、瞳の色も同じく赤で、えっとえっと——」

「それだけ分かれば十分だ。ありがとう。よし、俺が魔王のところに行ってくるから、リリーは逃げるんだ」

「私になにか用事でもあるんですか?」


 背後から突然聞こえてきた声に驚く。

俺もここで終わりなのか……?いや、諦めるのはまだ早い。元サラリーマンなめるなよ……!


「いやぁ、あなたが魔王さんですね。いやぁ、本当にお美しい。話に聞いていた通りだ」

「へっ……!?」


 魔王は頬を赤らめた。

 いや、本当に可愛い……。お世辞を言って、隙をつこうと思っていたのだが、本当に可愛い…。


「突然どうしたんですか……。私、そんなにもストレートに言われたことがなくて、恥ずかしいです」


 ハートを射抜かれた。これが魔王なのか。恐ろしい……。


「シューヤさん!私がいるのに魔王ちゃんまで口説くつもりなんですか!」

「いや、違うんだ、これには深いワケが……」


 おいおい、なんだか周りが騒がしくなってきたぞ。お前ら先まで呑気に酒を飲んでたくせに、俺を囲むな!記者会見か!


「おぉ、こんどは英雄様が魔王ちゃんに愛の告白するのかぁ!ちっくしょう、俺たちじゃ勝ち目がねぇなぁ!」


 うるせぇ、クソジジイ。

 というかどうして、こんなにも魔王と親しげなんだ?


「お前ら、魔王が怖くないのか!?」

「あぁ、怖いさ。目があっただけで恋に落ちそうになるもんなぁ!」

「違う、そうじゃない!この魔王が街を滅ぼすかもしれないとか考えないのかよ!」

「はぁ……。いつの時代の話してんだよ。戦争なんてずっと昔の話だろぉ?今は共生の時代だ。そんなこと起こるワケねぇよ」


 強制?共生?矯正?いろいろ考えた。


「あの、私はこの街が好きです……!みなさん優しくしてくれますし、それに、とても楽しいです!だから、街を滅ぼすことなんて絶対にしません!」

「あ、あぁ……。悪かったな」

「だから、この街を魔獣から守ってくれたあなたのことも好きです!!」

「——へ?」


 時が止まった。この世界に来るときにモテ要素でも拾ってきたのかな、俺……。


「あの魔王ちゃんから英雄様に愛の告白かぁ!しびれるぜ!今日は一日中飲むぞぉぉぉ!もちろん、英雄様の奢りだぁぁああっ!!」


 男たちは歓声を上げた。

 くそぅ、よく分からんが今日はそういう日なんだな!


「よっしゃ、野郎ども!俺の奢りだ、遠慮なく飲めやぁぁぁ!!」

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