第3話 なにも知らない乙女心

「ところで、お名前はなんて言うんですか?」

「俺は高城たかぎ修也しゅうや。修也って呼んでくれると嬉しい」

「シューヤさんですね。私の名前は少し長いんですが、リリーって呼んでください!」

「よろしく、リリー」

「はいっ!」


 名前を呼ばれた子犬のように嬉しそうに返事をしてきた。不覚にもそんな彼女の姿にドキドキしてしまっている自分がいる。


「ところで、俺はこれからどうしたらいいんだろうか……」

「もちろん、リリーのお婿さんになればいいんですよ!」


 部屋の扉が開かれると同時に、そう言って中に入って来たのはリリーと同じ金髪の女性。少し胸元の開いた服を着ていて、それが俺の目を奪った。


「ちょっと、お母さん!?急にそんな変なこと言わないでよ!シューヤさんに迷惑じゃない!」

「あらあら、迷惑だなんてそんなことないわよね?」

「いやー、僕にはまだそんな話早いですよー、あははは」


 リリーのお母さんの強い眼光から目をそらし、なんとか誤魔化そうとした。

 あの優しそうなたわわな胸とは裏腹に少し怖い人なのかもしれない……!

 そして、目のやり場に困っていた俺にリリーが四つん這いで近づいてくる。


「——シューヤさんは、私じゃ嫌、ですか?」


 その言葉に俺は戸惑いを隠せなかった。

少しずつ近づいてくる彼女の不安そうな顔。

無言のこの空間に居心地の悪さを感じてしまう。


「シューヤさん……?」


 この間にも彼女の中で少しずつ不安が募っているのだろうと思うと胸が痛くなる。


「あー、もう!嫌じゃないよ!でも、今はまだ出会ったばっかりだし、リリーもまだまだ若いんだから、これからもっと良い人が出てくるかもしれない。だから結論を急いで出そうとしなくてもいいんじゃないか?」


 そう言ってリリーの両肩に手を置いた。

意外な返答だったのだろうか、彼女はぽかんとしていた。しかし、リリーのお母さんだけは止まらなかった。


「ですが、触ったんでしょう?——耳。あなたが気絶している間に聞きましたよ」

「いや、それはその……。知らなくて……」


 リリーからの視線が痛い……。


「まぁ今はそういうことでいいでしょう。娘の初めてを奪った責任はいつかきちんととってもらいますよ。それに、覚悟していてください。その、驚くくらい一途ですよ」

「なっ!お母さんったら先から余計なこと言いすぎ!ほら、早く出て行ってよ!」

「はいはい、あとは若いもの同士ごゆっくり」


 そう言い残して彼女は部屋から出て行った。

正確には、リリーに押されて部屋から追い出されたのだが。

——うぅ、なんか気まずいな。

 女の子と二人っきりだなんて久しぶりだしな。なにか話とかしたほうがいいのかな……?


「あの、シューヤさん」

「はひっ!?」


 突然名前を呼ばれて驚いてしまった。なんだか情けないな…。


「私はシューヤさんが相手なら、構いませんよ」

「いやいや、リリーにはもっと良い相手がいるって!俺だってもう三十過ぎてるんだからさ!もっと若い子のほうが絶対にいいよ」

「そう、ですか……」


 俯いて悲しげな表情を浮かべる。

 やけに潔く諦めてくれるんだな。こちらとしては助かったが。俺がずっとここに居れるという確信は無いしな。

 そうなったときは彼女を傷つけることになるから、早めに諦めてもらうがいいだろう。


——これが、俺にとっては最善策だったのだ。

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