第15話 なにも知らない彼女のこと

「うわ〜、いい匂い」


 豪華なご馳走がテーブルに並べられ、それらからとても良い香りが漂ってくる。


「ほら、遠慮せずにいっぱい食べるのよ」


 リリーのお母さんに言われ、俺たちは席についた。もちろん、桜田先輩も一緒だ。

 それにしても、今日は疲れたな……。

リリーたちを欺くためのデートが、裏目に出てしまったような気がしてならない。

あのあとはずっと質問ぜめだったしなぁ。

やっと落ち着ける気がする……。


「いただきまーす」


 どれも美味しそうなものばかりだ。

この世界に来てまだまだ日が浅いから、初めて食べる料理にはいつも驚かされている。

変な虫とかなんとか出てきたらどうしようかと思っていたが、そんな心配も無駄だったようで、いつもこの家で出される料理はとても美味しいんだ。


「どう?シューヤくん」


 スープを啜っていると、リリーのお母さんが声をかけてきた。


「相変わらず美味しいですよ。リリーのお母さんは本当に料理が上手いんですね」

「ふふ、ありがとう。でもそれはね、リリーが作ったものなの」

「そうなのか。すごいな、リリー」

「えへへ……」


 俺がそう褒めると、リリーは頬を赤らめた。


「お料理ができる女の子はシューヤくん的にはどうかしら?」

「とても良いと思いますよ。家庭的な女の子には、男のロマンがつまってますからね」


 例えば、裸エプロンとかな。

仕事から帰ってきて、疲れながらも最後の力を振り絞って開けた玄関の先に、裸のままエプロンを身に纏ったリリーがいて、おかえりなさいって微笑んでくれときには……。ぐへへへへ。


「修也くん、どうせリリーちゃんの裸エプロンとか考えてるんでしょ」

「やっぱり桜田先輩はエスパーですか!?」

「単純すぎるのよ、あなた」


 呆れられてしまった。

どちらかというと、桜田先輩の性格の変わりようのほうが俺は呆れているのだが、なんてことは口が滑っても言えなかった。

 ゲンコツをくらうのは、もう嫌だからだ。


「でもよかったわね、リリー。これでサクラダさんより一歩リードしたんじゃない?」


 おいおい、リリーのお母さんがついにこんなこと言い始めちゃったよ。


「はい!お母さんの教えてくれた秘術はちゃんと身につけていますから!」


 えぇ?秘術ってなんなのそれ。

男の胃袋を直接掴む的な?そういうやつ?

というか、それ以上はなにも言わないほうがいい気がするんだけれど……。

 そんなことを思っていると、桜田先輩が、机にバンと手をついて立ち上がった。

 ほら、言わんこっちゃない。


「わ、私だって料理くらいそれなりにはできるわよ!社会人ナメないでちょうだい!」

「へぇ、桜田先輩の料理ってちょっと気になりますね。あっちの世界にいたときは普段なにを作っていたんですか?」

「……」


 突然の沈黙。思い出せないのだろうか。もう一度問おう。


「なにを作っていたんですか?」

「……ラーメン」

「へ?」

「……インスタントラーメンよ!」


 驚きの返答に一瞬思考回路が停止した。

インスタントラーメンってどこの高級料理だったっけ、だなんてことも考えてしまった。

——いや、でも違う。


「桜田先輩、それって料理ができるとは言わないんじゃ……。幼稚園児でもできますよ」

「だから、それなりにはって言ったんでしょ!それに、いろいろアレンジだってできるもん……」


 『もん』って言った。

もしこの事実をあっちの世界で知っていたら、俺は料理の勉強をしていただろうか。

いや、死ぬ気でしていただろうな。


「サクラダさん、誰にだって苦手なことくらいありますよ。ほら、私なんてハンターのランクはDですし」


 リリー、良いフォローだ。ナイス。


「——別にそれくらいいいじゃない。地球にはハンターなんて概念なかったし、女の子は、か弱くて家庭的なほうが男に人気があったのよ……。それに比べて私なんて、ランクは規格外のSだし、大して料理は出来ないし……」


 ダメだ。全然良いフォローじゃなかったようだ。なんか桜田先輩はずっとぶつぶつ言ってるし……。そうだ、いいこと考えたぞ。


「明日、みんなでクエストに行きませんか?そこで桜田先輩の素晴らしい力を拝見したいなー、なんて」


 ちらりと彼女の方に目をやる。

うわっ、めちゃくちゃキラキラしだした。

なんかすごい嬉しそうだし。

自分だって単純じゃないですか、先輩。

 こうして、俺たちはクエストに行く約束をした。

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