なにも知らないおっさんが異世界転移する話

TMK.

第1話 なにも知らないただのおっさん

「はっ……!ふっ……!」


 平日の昼。ガラリと空いたスポーツジムで相変わらず俺は筋トレに励んでいる。

 平日ということもあって今日は普段よりも人が少なく、存分に楽しむことができる。

数年前に職場の先輩に勧められて入会してからというものの、時間があれば筋トレというような生活を送るようになった。おかげさまでこの体もなかなか引き締まったもんだが、肝心の先輩は突然会社を辞めてジムにも顔を出さなくなった。

 これをきっかけに桜田先輩と仲良くなれたらだなんて思ってたのにな……。

メールもずっと返信されないし。

くっそー!もっと美人の先輩とあんなことやこんなことをしたかったのによー!

 なりふり構わずサンドバッグを殴り続けた。


・ ・ ・


「結構遅くなっちゃったなー」


 今日は普段よりも調子が良かったのか体が動き続けたため、長時間トレーニングに没頭してしまっていた。日も沈みかけ、空が茜色に染められている。


「家帰って早くメシの支度しないとな」


 そうだ。独身のおっさんにはメシを作って待っていてくれる人なんていない。

分かってはいてもやはり少し寂しいものだ。

本当だったら今頃は桜田先輩が俺の家にいて、おかえりー♡って迎えてくれて、お決まりの決め台詞、お風呂にする?それともご飯にする?それとも……ワ・タ・シ?なんて言われてたんだろうなー!


「あー!どこ行っちゃったんだよ桜田先輩!」


 そう空に叫ぶと同時に俺は肩を何者かに掴まれた。ガッシリとした重みのある手。

肩を掴む手の力が次第に強くなっていく。

暗い路地裏の中。助けを求めても駆けつけてくれるような人は誰もいない。


「おい、おっさん。痛い目にあいたくなければ金を出せ」


 ドスの効いた低い声。


「あー……なるほど。おじさんカツアゲされるの初めてだわー」


 ゆっくりと両手をあげて相手に敵意が無いことを証明する。


「えっと、お金が欲しいんだっけ?肩掴まれてると渡せないなー」

「離したら逃げるつもりだろ」

「そんなに速く走れると思うか?」

「それもそうだな。ほら、離してやるから早く出せ」

「ご丁寧にどうも」


 解放された俺は、ポケットの財布から百円玉を取り出して握り締めた。


「ほら、きみが欲しいのはこれなんだろッ!」


 小銭を握り締めた拳を振りかぶり、男に向けて突き出す。

 文字にならないような断末魔と、拳に伝わってくる人間とは思えないような感触が俺に違和感を感じさせた。


「これで一丁上が……り、あれ……?」


 突然、体中から力が抜けていき、その場に倒れてしまった。歪む視界。知らない女性の声。

 それを最後に俺の意識は途切れてしまった。

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