最終章

36話

 とある昼下がりの日曜日、葵はソファに腰を掛け、スマホをいじりながらのんびりとした時間を楽しんでいた。セリナも隣で楽しそうに雑誌をめくっている。


 部屋には軽いBGMが流れ、先ほど入れたコーヒーの良い香りが部屋に広がっている。そんな穏やかな休日に、突然インターホンがなり、2人は顔を見合わせた。


「誰でしょうか?」


 セリナが首を傾げ、葵は立ち上がりドアの方に向かった。


「今開けますね~ って、魔王? どうしてここに?」


 葵がドアを開けると、そこには、焦りを隠しきれない表情で魔王が立っていた。


「お前たち、ランベルトを見ていないか?」


「えっ、見てないけど……セリナちゃんも知らないよね?」


「はい、見ていません……」


 葵とセリナがそう答えると、魔王は険しい顔をしたまま手で頭を抑えた。


「実は、あいつには休暇を与えたのだが、帰ってこないんだ。連絡も繋がらないし……普段ならありえない事だ。それに胸騒ぎもする……」


 魔王がランベルトの行方を心配する中、葵とセリナも顔を見合わせて状況を整理しようとしていた。そんな時、葵のスマホから『ピコーン』と通知音が鳴った。


「なんだろう? こんな時に」


 画面を開くと、動画配信アプリからの通知だった。何気なくタップしてアプリを開くと、異様に目につくサムネがあった。


「24時間以内に世界征服……何これ?」


「なんだか嫌な予感がします……」


 セリナも横から画面を覗き、眉を顰めた。ランベルトが消えたのと何か関係がある気がしてならない。


「葵、再生してくれないか?」


 魔王も緊張した表情で画面を覗き込む。動画を再生すると、画面には暗い背景が映し出され、1人の男が低く響く声で語り始めた。


「愚かな人間どもに告ぐ。24時間以内に俺がこの世界を征服する!」


 その瞬間、葵とセリナは息を呑んだ。魔王もまた、険しい表情で画面を見つめていた。


「ねぇ、この声って」


「はい、ランベルトの声ですね」


「あいつは何を考えているんだ?」


 三人は目を見合わせて、事の深刻さを共有した。事態は一刻を争う。ランベルトが上げた動画はものすごい勢いで再生されて、急上昇ランキング1位まで上り詰めた。コメント欄も様々な意見が飛び交う。




斉藤健一郎 - 5秒前

〈こいつ、本気で世界征服しようとしてるのか?冗談だろww〉


ダンジョン徘徊者 15秒前

〈え、これ本当に24時間で何か起こるの??みんな気をつけて!〉


ゴキブリン20秒前

〈ランベルトって誰?何者なのか気になる…〉


エミリー - 30秒前

〈声が怖すぎる…。本当に何かしそうで不安…〉


勇者大好き 32秒前

〈一体何が起こるんだ…早く誰か止めてくれ!〉


のんびりニート - 40秒前

〈世界征服って言葉、アニメとか映画でしか聞いたことないんだけどw〉


魔王信者 45秒前

〈冗談だったら面白いけど、本気だったらマジでヤバいよね…〉


拓也 52秒前

〈急上昇1位になってる!この動画、一体何が起こるの?〉


たけしの部屋1分前

〈世界征服って…どういう意味だ?誰か教えてくれ〉


勇者太郎 1分前

〈ランベルトが動くなんて、魔王様しか止められないんじゃ…?〉


怠惰な妖精1分前

〈みんな、これにどう反応していいかわからないよね…〉


杖なし魔導士1分前

〈もし本気なら、俺たちどうすればいいんだろう…〉


木の棒大好き2分前

〈24時間以内に…って、どういう意味!?どうすればいいの?〉


勇者の巾着 3分前

〈ランベルトがここまでやるなんて…何があったんだ?〉


魔王大好き3分前

〈お願い、誰か魔王に伝えて! ランベルトが止まらないよ!〉




「葵、セリナ、あれを見ろ!」


 魔王が窓の外を示し、葵とセリナが慌てて見上げると、無数のワイバーンが空を埋め尽くすように飛び回っていた。さらに巨大なドラゴンが不気味な叫び声をあげながら旋回している。


「伏せろ!」


 魔王の鋭い声が響いた瞬間、耳元で爆発音が鳴り響いた。葵は反射的に床に伏せて頭を抱え込んだが、激しい衝撃が彼女の体を襲い、地面が震えた。


「何が起きたの⁉︎」


 窓の外を見つめると、目の前に火の海が広がっていた。建物は炎に飲み込まれ、黒煙が空に登っていく。昨日までは平和だった街並みは、今や猛火の渦に飲み込まれ、全てが焼き尽くされようとしていた。


「嘘でしょ……」


 葵はその場に座り込むと、弱々しい声で呟いた。圧倒的な力の差に絶望感が押し寄せてくる。それでも、セリナと魔王は怖けずに空を見上げていた。


「葵さん、大丈夫です。私は勇者です。困難は何度も乗り越えて来ました!」


 セリナは葵の肩に手を添えると、頼もしい声で囁いた。


「我を誰だと思っている? 全ての魔物の頂点に立つ魔王バルケリオス様だ!」


 魔王の堂々とした声に、葵の表情に明るさが戻る。


「うん、そうだよね……まだ諦める時じゃないよね」


 葵はセリナと魔王の手を借りて立ち上がると、呼吸を整えて強敵の群れを見つめた。


「私とバルケリオスで敵を殲滅します。葵さんは皆さんの非難誘導をお願いできますか?」


「わかった。セリナちゃんも、気をつけてね」


 セリナと葵は互いに見つめ合うと、無事を祈るように両手を広げて抱きしめあった。


「無茶だけはしないでね……もしもセリナちゃんに何かあったら……」


「大丈夫ですよ。私は勇者なので負けません」


 セリナは優しい笑みを浮かべて応えた。彼女の瞳には、強い決意と自信が宿っており、それが安心感を与え、葵の不安を和らげる。


「それじゃ、私は避難呼びかけを続けるから。セリナちゃんこれを持っていって。離れていても、これで2人の状況が分かるから」


 葵は撮影用のドローンをセリナに持たせると、自分は銀の槍を手に取って部屋を飛び出した。取り残された魔王とセリナは無言で頷くと、窓から飛び出して魔物の群れを見上げた。

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