21話

「うぅ……暑いよ……」


 ゲートをくぐると、そこは洞窟の中だった。でも普通の洞窟とは違う。所々に溶岩が冷えて固まったものが張り付いているし、何より暑い。とにかく暑い。まるでサウナの中にいるみたいだった。


「葵さん、何か来ますよ!」


 セリナは前方を睨みつけたまま低く構えた。その目線の先に真っ赤に染まった岩でできたゴーレムが現れた。


「あれは、マグマゴーレムね」


 セリナは葵を守るように一歩前に出ると、視聴者にも分かるように解説をしてくれた。


「いいですか、マグマゴーレムは溶岩石で出来ているのでとても暑いです。剣で切りつけても溶けてしまいます。なので遠距離から攻撃するのが無難です」



〈ふむふむなるほど〉

〈まぁ、確かに暑そうだな〉

〈遠距離攻撃でセリナちゃんできたっけ?〉

〈別の配信者がこいつと戦って苦戦していたな……〉

〈水の魔法をかけても焼石に水だな(笑〉



「では、行きますね」


 セリナは拳を握りしめると、素早く正拳突きを放った。あまりの速さに風がビュンっとなる音が聞こえる。そしてゴーレムの体に大きな穴ができた。



〈えっ、今何をしたの?〉

〈ごめん見えなかった〉

〈今何が起きたの?〉

〈直接殴っていないよね?〉

〈音を置き去りにした……?〉

〈うん、やっぱり勇者って凄いね〉

〈魔王も凄いけど勇者もやっぱり強いな~〉

〈いつの間に武闘派に? 確か剣士なんだよね?〉



「今のは圧縮した空気を飛ばした攻撃です。このように、遠距離から安全に戦いましょう」


 セリナは当然の事のように解説をするが、視聴者はもちろん、葵も理解が追いついていなかった。



〈いや、ごめん、解説を聞いても分からねぇてばよ〉

〈殺傷力をマックスにした空気砲的な感じ?〉

〈ちょっと何言ってるか分からないですね(笑〉

〈マグマゴーレムって余裕でAランク越えだったよね?〉

〈やっぱり勇者はすげーな〉

〈もうこの人だけでよくないっすか?〉



「ですが少し疲れましたね」


 セリナの額にはうっすらと汗が滲んでいた。


「じゃあ、はいこれ、水分補給をして」

 

「ありがとうございます。助かります」


 何もしなくても暑いのに戦闘なんかしたら熱中症になりかねない。葵は保冷剤バッグからアクエリ◯スを取り出してセリナに渡した。


「この飲み物、美味しいですね! 甘いけど少し塩っぱくて体に沁みます」


 セリナは初めて飲むドリンクに目を輝かせながらごくごくと飲み干す。セリナはなんでも食べるし、なんでも飲む。あの華奢な体のどこに入るのだろう?


「暑い時は飲んでないとやってけないからね。そうだ、ちょっと後ろを向いてくれる?」


「えっ、はい、分かりました」


 葵はセリナの着ている服を捲ると、汗拭きシートで背中を拭いてあげた。火山地帯の熱気の中で戦った後だから、セリナの肌は汗で光っていた。


「涼しい?」


 葵は優しく尋ねながら丁寧に汗を拭き取っていく。


「はい、スースーしてすごく涼しいです。葵さんありがとうございます」


 セリナは目を細めて心地良さそうに頷く。葵はセリナの肩から背中、そして腰にかけて優しくシートを滑らしていく。視聴者はそんな2人のやり取りを見ながらコメントを投稿していく。

 


〈お美しい背中だ!〉

〈えっ、カメラ回ってるけどいいの?〉

【1000円】〈サービスシーンだ! あざす!〉

〈セリナちゃんの汗になりたい……〉

〈なんかイチャイチャしてるな(笑〉

【1500円】〈早く付き合っちまえよ〉



「前は流石に自分で拭くよね?」


「そっそうですね、皆さんが見ている前ではちょっと……」


 セリナは新しい汗拭きシートをもらうと、薄手の服の隙間から手を差し込んで体を拭き始めた。


 彼女の動きに合わせて薄手のトップスが揺れて、隙間からチラリと谷間や脇が見え隠れする。その様子にコメント欄はさらに活気づいた。



【1000円】〈脇! 脇が見えた!〉

〈これは至福! 絶景だ!〉

〈皆さんが見てる前ではちょっと……てことは2人きりなら?〉

【2000円】〈あざす! 最高っす!〉

〈美しい……〉

〈谷間も見えたな。それにしても大っπだな〉


 

 コメント欄のおそらく男性視聴者のコメントに気づいた葵は、ムッとした目でドローンを見つめると手でカメラを隠した。



〈うわ! 前が見えない!〉

〈葵さん、今いいところなのに!〉

〈お願いします。どうかその手をどかして下さい〉

〈そんな~ もう少しだけよくない?〉

〈バレたか、やましい気持ちはないので手をどかして!〉

〈あーあ、言わなかったらバレなったのに〉

〈ごめんなさい、どうか手をどかして下さい〉



「反省したのならよろしい」


 葵は軽く注意を入れると手をどかした。すると、いつもの威厳のある声と共に魔王が拍手をしながらやって来た。


「ふむ、まぁあの程度ゴーレムでは相手にならないか」


「バルケリオス!」


「あれ? 今日はランベルトはいないの?」


 いつもなら、部下のランベルトが魔王の近くにいるはずなのに今日は見当たらない。不思議に思って葵が尋ねると、魔王は肩をすくめて答えた。


「あいつは次の企画の準備だとか言って、出て行ってしまった。まあ、そのうち帰ってくるだろう」


「ふ~ん、それで今日は何をするつもりですか?」


 魔王はニヤリと笑みを浮かべて指を鳴らした。すると土で作られたハートマークの物体が葵たちの前に落ちてきた。


「ねぇ、セリナちゃん、これ何かわかる?」


「おそらくゴーレムの心臓ですね」


「ゴーレムの心臓? 何それ?」


 初めて聞く用語に葵は首を傾げてハートマークの物体を手に取った。一体これで何をするつもりなの? 


「セリナの言うとおりそれはゴーレムの心臓。そいつに土を被ることでゴーレムを作ることができる。今回はお互いにゴーレムを作って戦う。どうだ、面白そうだろ?」


 なるほど、いかにも魔王らしい発想だ。男性視聴者は戦いを求めやすいから悪くないかもしれない。



〈それ面白そう!〉

〈いい企画だね!〉

〈さすが魔王様! 俺たちの好みを分かってらっしゃる!〉

〈どんな戦いになるんだ⁉︎〉

〈これは目が離せないな!〉

〈どっちも頑張れ!〉



「制限時間は30分。さぁ始めるぞ!」


 魔王の開始の合図と同時に、葵とセリナは顔を見合わせて頷くと、ゴーレムの制作に取り掛かった。

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