26話

「ハッハッハッ待っていたぞ! 今日はお前たちの力を試してやろう!」


「「バルケリオス!」」


 葵とセリナが同時に魔王の名前を呼ぶ。魔王の後ろでは部下のランベルトは冷たい目で2人を見下ろしていた。


「さぁ下部たち、行け!」


 魔王が手を放り上げると、突然、闇の裂け目から無数の魔物が溢れ出て来た。キングゴブリン、ダークスケルトン、ゾンビナイト、さらに巨大なゴーレムまで現れて大広間を埋め尽くす。



〈おいおい、これは多すぎでしょ!〉

〈しかもどの個体もボスクラスじゃん〉

〈これはキツすぎ、流石に無理でしょ!〉

〈でも、2人なら行けるのかな?〉

〈俺だったらもう諦めているな(笑〉

〈こんなの死ぬの受け入れるレベルだよ!〉

〈魔王様、今日は少しやりすぎじゃない?〉



 コメント欄も流石に心配する声で溢れる。中には魔王たちを批判する声もチラチラ流れてきた。


「セリナちゃん、背中は任せて!」


「ありがとうございます!」


 でも、強敵を前にしても2人は臆することなく、背中を任せて魔物に立ち向かった。葵は銀の槍を手にし、鋭い突きで次々と魔物を貫いていく。セリナは相変わらず素手で戦っていたが、反則レベルの力によって魔物の群れを蹴散らしていく。



〈2人ともかっこいい!〉

〈すごいな、もうトップレベルの実力だよ!〉

〈これだけの魔物とやり合うとか凄すぎ!〉

〈頑張れ! 負けるな!〉

〈2人なら勝てるよ! 頑張って~〉

〈なんか、奥のゾンビが何かしてるよ!〉

〈本当だ! 呪文を唱えている?〉

【2000円】〈何か魔法を放ってくるよ! お願い気づいて!〉

 


 危険を教える視聴者のコメントは、戦い必死な葵とセリナには届かなかった。突然2人の体が浮いて上空に飛ばされる。下には武器を持ったゾンビたちが降りてくるのを待ち構えている。


 このまま行くと串刺しにされる。でも、2人は冷静だった。空中で互いの位置を確認してアイコンタクトをすると、体を反転して足裏を合わせた。


「「せーの!」」


 葵とセリナは互いの足裏を力強く蹴ると、その反動でそれぞれ反対方向に飛んだ。そして着地をすると同時に前転をして衝撃を流す。


「葵さん、無事ですか?」


「うん、平気だよ!」


 その後も息ぴったりのコンビネーションで魔物を倒していく。コメント欄では絶賛の嵐が沸き起こり、魔王も楽しそうに見学をする。ただ1人ランベルトは忌々しそうな目で睨みつけていた。


「葵さん! 槍を貸してください!」


「うん、分かった!」

 

 セリナは葵から銀の槍を受け取ると、光の魔力をこめて魔物の群れに向かって突き刺した。


「ホーリー・ランス!」


 聖なる光の柱が標的に向かって伸びていく。その光魔物の体を貫き、強烈な光の爆発が起きた。残っている敵は後わずか。でもランベルトは諦めていなかった。


「まだだ! まだ終わってはいない! 追加だ!」


 ランベルトは魔法陣を展開させると、大量の魔物を追加投入した。流石にこれには葵とセリナも押されていく。疲れと数の暴力により徐々に2人に余裕がなくなっていく。


「ランベルトよ。少しやり過ぎではないか?」


「いいえ、問題ありません!」


 魔王は心配そうに葵とセリナを見守るが、ランベルトは相変わらず冷たい目で2人を見下ろす。


「葵さん危ない!」


 ダークスケルトンの矢が葵に向かって放たれる。狙いは心臓。当たったら間違いなく死ぬ。そんな殺気を帯びた一撃だったが、セリナが庇ったことで九死に一生を得た。


「セリナちゃん!」


「………っ‼︎」


 鋭い矢はセリナの肩に深く刺さっていた。赤い血が腕をつたって落ちてポタポタと地面に広がる。セリナは顔を顰めて傷口を抑えるが、葵が無事だった事を確認して安堵のため息をつく。


「セリナちゃん! ちょっと待って! すぐに手当をするから!」


 葵はパニックになりながらいつものカバンから応急セットを取り出す。


「よし今だ! 畳みかけろ!」


 ランベルトはニヤリと笑みを浮かべると魔物たちに指示を出す。しかし、コメント欄では、そんなランベルトを批判するコメントで溢れかえった。



〈えっ、ちょっとやりすぎじゃない?〉

〈流石にないでしょ!〉

〈畳み掛けたらダメでしょ!〉

〈酷い、最低!〉

〈そんなこと言うんだ……幻滅しました〉

〈ランベルト最低! セリナちゃんが怪我をしてるのに(怒〉

〈今は助けるべきでしょ!〉



「なっ、なんだこのコメントの数は?」


 魔王も今まで見たことのない大量の批判コメントに狼狽する。葵はセリナを守るように抱き抱えて魔王とランベルトを睨みつけた。


「これが炎上だよ! ランベルトがやりすぎたからみんなが怒ってるんだよ!」


「なっ、なんと炎上? 聞いたことのない火属性魔法だな。しかし恐ろしい響きだ……少しそこで待ってろ!」


 魔王は葵とセリナの前に降り立つと、威厳のある堂々とした態度で魔物たちを見渡した


「お前ら……我が誰だか分かっているな?」


 魔物たちはビクッと体を震わせると、武器を置いて膝をつき、深く頭を下げた。さっきまでの戦いは嘘のように静寂と張り詰めた緊張感が大広間に漂う。


「よし、それでいい。そのまま立ち去れ!」


 魔王の命令を受けて魔物たちは逃げるように消えていった。魔王は葵たちの方を振り返ると、膝をついてセリナの傷口に目を向けた。


「少し痛いが、じっとしていろ」


 魔王は慣れた手つきでセリナの肩に刺さった矢を抜くと、闇の魔法で傷口を消滅させた。


「葵、セリナ、すまなかった。これは我の教育不足だ」


 魔王は律儀に謝ると、ランベルトの方を振り返った。


「今日は帰るぞ、そして反省会だ!」


 その声は葵とセリナに向けた優しい声ではなく、明らかに怒りを感じる命令口調だった。しかし、励ますように肩に手を置くと、カメラの方を見つめた。


「こいつも悪気があったわけじゃない。ただ少々、力を入れ過ぎてしまったようだ。どうか許してやってほしい」



〈まぁ、セリナちゃんの怪我も治ったから許そうかな?〉

〈でも少しやり過ぎたね〉

〈部下の失敗も受け入れて謝る。魔王様が上司なら最高だな〉

〈魔物を一括する魔王様かっこよかった~〉

〈魔王様すごく頼れるな~〉

〈やっぱり魔王って凄いな〉

〈闇の魔法でも回復できるんだw〉

〈なんか魔王様に世界征服されるのも悪くないかも(笑〉



 魔王の寛大な態度と誠実な謝罪に、怒りが浸透していたコメント欄も落ち着きを取り戻した。


「では、我らは先に帰るとする。さらばだ」


 魔王とランベルトはそう言い残すと、闇の中に消えていった。残された葵はセリナの傷口を見つめて、そっと手を添えた。


「もう痛くはない?」


「はい、大丈夫です」


 あれだけ深い傷を追っていたにも関わらず、傷跡すら残っていない。葵はほっとため息をつくと、真面目な表情を作った。


「じゃあ、ちょっと付き合ってくれないかな? 行きたいところがあって……」


「行きたいところ? もちろんいいですよ」


 セリナは軽く微笑みながら答えた。葵の声にはいつも以上の真剣さがこめられており、彼女が何を考えているのかを感じ取った。2人は視線を交わして無言で頷く。


「それじゃあ……行こっか。このダンジョンのボスが待っている部屋に……」

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