39話

「セリナ、奴の核が見えたぞ! あれが弱点だ!」


「分かりました!」


 禍々しい闇のオーラを纏った核が浮き彫りとなる。セリナは止めを刺すために墜落するランベルトの元に向かい、魔王もその後に続く。


「クソ、ここで終わってたまるか!」


 ランベルトの赤い瞳がギラリと輝いて2人を睨む。するとセリナと魔王の体がピタッと止まって動かなくなった。


「なっ、なにこれ?」


「しまった……拘束魔法か……」


 勝利まで後少し、その微かに生まれた油断が命取りとなり、2人はまんまとランベルトの魔法を喰らってしまった。


「たった2人で私に勝てると思ったのか?」


 ランベルトの声が鋭く響き渡り、その言葉に威圧感が増す。彼の口元から灼熱の炎がチラチラと見え始め、周囲の空気が歪み始めた。


 視聴者はコメント欄に「逃げて!」と書き込むが、そのメッセージは2人に届かない。完全に形勢逆転されて追い詰められていることが、誰の目にも明らかだった。もう、後がない。


「死ね!!!」


 ランベルトが決定的な一言とともに灼熱の炎を吐き出した。まるで生き物のようにうねりを上げて2人を飲み込もうとする。







「じゃあ、もう1人増えたらいいのかな?」


 不意に、冷静な声が響き渡った。その声は緊張感をものともせず、どこか余裕があった。


「葵さん!」


「葵!」


 セリナと魔王は視線を声の主へと向けた。まるで時間が止まったかのような静寂が場を支配し、空気が変わったのが感じられた。コメント欄も彼女の登場に活気づき、この瞬間を見逃すまいと注目を集めた。



〈葵ちゃんだ!〉

〈待ってたよ!〉

〈葵ちゃん!!!〉

〈葵ちゃん2人がピンチだよ!〉

〈来てくれてありがとう!〉

〈葵ちゃん、2人を守って!〉

〈ヒーローは遅れて来るだね!〉

〈葵ちゃんのタイミングが最高すぎる〉

〈これで3対1、形勢逆転なるか!?〉

〈葵ちゃんの登場で空気が変わった!〉

〈ねぇ、その手に持ってる槍って……〉



 葵は深く息を吐くと、助走が出来るように後ろに下がった。その手には金色に輝く槍を持っていた。


「元陸上部の力、見せてあげる!」


 力強い助走から放たれた槍は、空気を切り裂くように一直線に飛んでいく。葵の投げた槍は、寸分の狂いもなく、ランベルトの胸に刺さって核を貫いた。


「そんな……ばかな……」


 ランベルトの声は次第にかすれていき、巨大な体が音もなく崩れ落ちていく。すると、周囲に漂っていた重苦しい空気が和らいでいき、鉛色の空が晴れて、清々しい青空が広がった。


 セリナと魔王を拘束していた魔法も消え去り、彼女達は自由を取り戻した。セリナは肩の力を抜いて大きく息を吸い込むと、晴れやかな表情を浮かべた。


「これが登録者数100万人の力だよ! 皆んな、力を貸してくれてありがと!」」


 葵がドローンに向かって感謝の気持ちを伝えると、大量の感動コメントと投げ銭が送られた。




【5000円】〈葵さん、最高!〉

【8000円】〈さすが葵ちゃん!〉

【20000円】〈鳥肌立った……〉

【25000円】〈本当にすごい戦いだった…感動した!〉

【3000円】〈100万人の力、見せつけたね!〉

【9000円】〈まさか金の槍が役に立つとは……〉

【50000円】〈感動で涙が止まらないよ…〉

【2000円】〈さすが陸上部だね!〉

【10000円】〈セリナちゃんもすごかったよ!〉」

【5000円】〈魔王様の強力な魔王にも震えたよ!〉

【40000円】〈3人で協力して戦うとかエモすぎ!〉

【3500円】〈すごい、あんな魔物に勝つなんて……〉

【5000円】〈この3人がいなかったら、この街は終わっていたな……〉

【20000円】〈凄すぎ! とても感動しました!〉



「葵さん! 無事でよかったです……」


 セリナは呼吸を整えながら駆け寄った。彼女の表情には安堵と喜びが溢れ、葵の姿を目にした瞬間、緊張が一気に解けたようだ。


 傷一つない葵の姿を確認すると、セリナはその場にペタンっと座り込み、心底からの安堵感が全身に広がった。


「遅くなってごめんね……セリナちゃんも無事でよかった……」

 

 葵はそう言いながら、そっと手を伸ばし、セリナもその手をしっかりと握りしめた。2人の胸の奥には温かいものが広がり、互いの無事を確認できたことが、何にも代えがたい喜びだった。


 少し離れたところでは、魔王が静かに2人を見守っていた。彼の表情は冷静で、どこか満足気な様子も見て取れるが、その瞳の奥には複雑な感情が潜んでいた。


 彼ただ黙って立ち尽くし、勝利を祝う2人の姿を一歩離れた位置から見守り続けていた。


「良くやったな……葵、そしてセリナ……」

 

 魔王は静かに呟いて2人に背を向けると、力尽きたランベルトの元に向かった。


「…………バルケリオス様……」


 ランベルトは絞り出すように声を出すと、虚ろな目で魔王を見つめた。


「ランベルトよ。お前は急ぎ過ぎたんだ。力づくで支配しようと焦らなくても良い」


「ですが、それでは愚かな人間どもが……」


 ランベルトが否定しようとするが、それよりも先に魔王の自信に満ちた堂々とした声が遮った。


「お前は冥界から我の後ろ姿を見ているとよい。反省したら100年後ぐらいに迎えに来てやる。その頃には全員が我を讃え、崇拝し、我がこの世界を征服しているだろう」


 魔王は胸を張ると、堂々とした口調で宣言した。


「…………そうですか……世界征服は諦めていないのですね……」


「我は魔王バルケリオスだ。一度宣言した事は必ず成し遂げる!」 


 ランベルトはその言葉を聞くと、目を細め、満足そうに頬を緩めた。魔王の誇らしげな姿に、かつての忠義を思い出し、胸の奥に広がる安堵を感じながら、闇の中へと消えていった。

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