19話

「ふぅ~ ただいま~」


 帰宅した葵とセリナは自然と息を合わせるように機材を片付け始めた。やり取りもなく、手慣れた動作で整理し、2人はリビングに向かった。


「今日も疲れましたね~」


「そうだね、連戦だったからね」


 葵は台所の灯りをつけると、冷蔵庫を開いて食材を並べた。


「何作ろうかな? 簡単なものでいいかな?」


「葵さんのお料理はどれも美味しいのでお任せします!」

 

「じゃあ、クリームシチューにしよっか。簡単で美味しくて、疲れた体にぴったりだよ」


 まず初めに葵は野菜を切ると、鍋の中に入れてクリームシチューの元と共に煮込み始めた。焦げ付かないように様子を見つつ、鶏肉を切ってフライパンで焼いて、鍋に戻す


 次にゆっくりと掻き回しながら、ジャガイモが鍋の底にへばり付いて焦げるのを防ぎつつ、トーストにバターを塗って焼き始めた。


 セリナはいつも通り葵の見守り係をしながら、待てをされた子犬のようにジィーと料理が完成するのを待ち続けていた。


「いい匂いがしてきました~ 早く食べたいです!」

 

 待ちきれないセリナはテーブルに食器を並べ、完成したらすぐに食べられるように準備をしていた。


「さぁ、出来たよ! あ、それとガーリックトーストも作ったの。香ばしくてシチューと合うと思うよ」


 セリナはテーブルに出来立ての温かい料理を並べると、ごくりと唾を飲み込んだ。ついでにお腹の虫もグーグーと泣き出す。


「それじゃあ、いただきます!」


 葵とセリナは楽しそうに手を合わせて食事を始めた。シチューの濃厚な味わいが、2人にほっとする瞬間を提供してくれた。鶏肉と野菜はじっくりと煮込まれており、とろけるような食感が絶妙だ。そこにガーリックトーストの香ばしい香りが合わさり、最高の晩食が完成した。


「これは……本当に美味しい!」


 セリナは目を輝かせながら、感情を抑えきれない様子で話し始めた。


「このスープのクリーミーさが口の中に広がって、まるで包み込まれるような温かさがあるの。鶏肉はしっかりと柔らかく、野菜は甘みがしっかりと感じられて、噛むたびに旨みが広がります!」


 彼女はさらにガーリックトーストを一口かじり、また感嘆の声をあげた。


「そして、このガーリックトースト! 外はカリッと香ばしく、中はふんわりしていて、スープとの相性が抜群! ガーリックの風味がスープの優しい味を引き立てていて、すごく美味しいです!


 セリナの熱心な食レポに、葵もつられて笑みを浮かべた。


「そんなに感動してくれたら、作った甲斐があったよ」


 セリナは幸せそうな表情でスープを口に運び、溶ろけてしまいそうな笑みを浮かべる。


「本当に、今日の晩ご飯も最高でした。これからも葵さんの手料理が食べたいです!」


「ふふっ、ありがとね。じゃあ、次は一緒に作ろうね」


 葵は嬉しそうに答え、2人は互いに笑顔を交わしながら食事を楽しんだ。


「でも、今日はハラハラして楽しかったね。セリナちゃんの活躍にはびっくりしたよ! あのボスゾンビを一撃で倒すなんて……」


 葵は目を輝かせ、セリナがボスと立ち向かうシーンを思い返した。セリナは少し照れたように笑みを浮かべる。


「あの時は自分でも驚きましたけど、なんとかやれましたね。でも、正直に言うと、ゾンビが出てきた時は心臓が止まりそうでした……」


 セリナはスプーンを置き、思い出すように言った。葵はそんなセリナを見つめながら、ふと微笑みを浮かべる。


「でも意外とセリナちゃんは怖がりなんだね。ゾンビが出てきた時は私の後ろに隠れていたし」


「あっ、あれはちょっとびっくりしただけです! まさか急に出てくるとは思わなかったので……」


 セリナは恥ずかしそうに顔を赤らめて言い訳をした。その仕草に葵はクスッと笑う。


「ふふっ、そうだったんだ。でも、セリナちゃんが一緒だと本当に楽しいよ。次も頑張ろうね」


「はい!」


 2人の間に流れる静かな時間は、夜の静けさと共に、互いの心をさらに近づけるように感じられた。窓の外には綺麗な月が輝き、部屋の中を柔らかく照らしていた。


「ふぅ……お風呂に入ろっか?」


「はい、そうしましょう」


 2人は食器を片付けてから浴室に向かい、服を脱いで洗濯機に詰め込んだ。セリナは長い髪を丁寧に洗い、葵もそれに続く


「セリナちゃん、背中洗ってあげるね」


「ありがとうございます」


 葵は石鹸を泡立たせると、セリナの陶器のように艶やかな背中を丁寧に洗い始めた。指先でそっと滑らせるように、細かな泡を均等に広げていく。セリナはその心地よさに目を閉じ、リラックスした表情を浮かべる。


「どう? 痛くない?」


「大丈夫です。とっても気持ちいです」


 葵はほっと息をはくと、丁寧にセリナの肩から腰まで優しく洗った。まるで割れ物を扱うかのように、慎重に、そして心を込めて。


「今度は私が葵さんの背中を洗ってあげますね」


「えっ、いいの?」


「お礼ですから、遠慮しないでください」


 セリナは手に石鹸を取ると、泡を立て始めた。その手つきはどこか優雅で、葵が先ほどしたのと同じようにセリナは丁寧に背中を洗い始めた。


「痒いところはありませんか?」


「うん、大丈夫だよ」


 お互いに背中を洗い合う時間は、言葉では言い表せない、信頼と親しみを感じる瞬間だった。セリナはお湯で背中を流すと、湯船に浸かった。


「ふぅ~ 温かいです……」


 セリナは目を細めると、心からリラックスした表情で言った。葵も同じように湯船に浸かり、共感するように頷く。


「うん……癒されるね……セリナちゃんと一緒だとより疲れが取れる気がするよ」


 心も体も温まった2人はお風呂から上がり、髪を乾かしてパジャマに着替えた。葵はブラシで髪をとかし、セリナはベッドに腰を下ろして軽くストレッチをしていた。


「今日もいろいろあったけど……楽しかったね」

 

 葵はセリナの隣に座ると、今日の冒険を思い返すように話した。セリナもその言葉に頷いて、穏やかな表情を見せる。


「葵さんが側にいてくれたから頑張れました。1人だったら、多分逃げ出していたと思います……」


 セリナの正直な言葉に、葵の胸の中は温かい気持ちで満たされた。セリナの素直さと信頼に心がときめく。


「ふふっ、じゃぁ、次も一緒に頑張ろうね」


「はい……」


 やがて、セリナが眠たそうに目を擦り始めるのを見て、葵は優しく声をかけた。


「そろそろ寝よっか」


「そうですね……」


 セリナは天井をぼんやりと見つめながら、そっと呟いた。


「今日みたいな日が、ずっと続いたらいいのに……」


「大丈夫だよ、セリナちゃん。これから一緒にいるからね」


 セリナはその言葉に安心し、安らかな表情で目を閉じた。葵はセリナの寝顔を見つめると、そっと髪を撫でて自分も布団に潜り込んだ。


「おやすみ、セリナちゃん……」










* * *


「ゴォおおおおおお!」


「ギャァあああああ!!!」


 魔王と葵たちが配信をしていた館から、ゾンビたちの悲痛な叫び声が響く。


「チっ! ダメだったか……」


 ランベルトは、鬱憤を晴らすようにゾンビたちを容赦なく叩きのめし、その肉体を無惨に引き裂いた。顔を歪め、舌打ちをしながら、思い通りに事が運ばない苛立ちを露わにする。


(バルケリオス様が世界征服を成し遂げるには、あの勇者が必ず脅威となる。早めに対処しなければ……)


 ランベルトは殺気を帯びた目を光らせると、ドスの効いた声で呟いた。


「次は必ず仕留める……」

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